「先生、お疲れ様です」
シャーレにカズサがやって来た。こうして遊びに来るのも随分と久しぶりになる。
実は、このところ先生の仕事が立て込み、一週間まるまる寝ていない日が続いていた。その仕事もひと段落つき、こうしてカズサ達とも会えるようになったのだ。
「いやあ、大変だったよほんと」
「だからって、連絡くらいくれてもいいじゃん。私こう見えても結構心配してたんだからね?」
「あはは。ごめんごめん」
一週間ぶりのまともな睡眠。
おかげで思考は随分とクリアになった。
というより昨日何していたかさえ記憶があやふやだ。
「今日は、休憩用にお菓子とかいっぱい持ってきたんだ。あとで一緒に食べよ?」
「分かった。メール送ってからすぐ行くよ」
送信先にメールを飛ばし、送受信。
これで問題なく送れたはずだ。
「私は飲み物を準備するよ」
「ありがと、先生。確かこっちの棚に……あった。マイフォーク。前に置いていってたんだよね」
デスクにあるパソコンを閉じソファに向かう。
この時に送ったメールの内容を確認しなかったことを、後に先生はめちゃくちゃ後悔することになる。
○
「あ〜食べた食べた」
「カズサはスイーツに目がないんだね」
「太るとか言っちゃ怒るからね」
「大丈夫。どんなカズサでも可愛いからね」
「もぅ……先生だから襲われちゃうよ?」
ジト目になったカズサが先生の肩に体重を乗せる。
からかうつもりで頬に指を突く。
ガチャ。
その時、空気が凍った。
「先生から離れなさい」
「誰?」
穏やかな昼下がりから一転。
今にも銃撃戦が始まろうかという緊張具合。
キョロキョロと先生は両者を眺める。
「あんたこそ誰?」
「き、キキョウ? どうしてここに」
万物を凍てつかせんというレベルの双眸でキキョウは先生の隣でくっつくその"敵"を睨む。
「カズサ、だけど。私達の邪魔をしないでよ」
「はん。私は知ってるよ。先生は私にSOSを送った。その様子じゃあんたは気付いてないみたいだけど」
「「(なんのことだろ……)」」
先生とカズサ、同時に首を傾げた。
「SOS? 私が先生に何したっていうの?」
「わざわざ対面型のソファで先生に隣に座ってべちゃべちゃ触ってるのに、何したはないでしょ」
「何それ。もしかして私に嫉妬してるの?」
バチバチ。両者から火花が散っている。
そんな気がした。
「えーと、二人とも落ち着いて?」
「先生、私といると嫌なの?」
カズサがグイッと先生に躙り寄る。
襟元を掴んで引き寄せた。
香水の匂いが微かに香る。
「いや、じゃ……ないです」
何故か敬語になった。
「ほら。嫌じゃないって言ってるよ?」
「誘導尋問みたいなものでしょ。そういうのはこうやってやるの」
今度はキキョウが先生の首をグイッと自分の方に向けさせた。
「私といるとどう? ありのままで言って」
キス出来る程の距離感で、キキョウが問う。
「キキョウといる時も楽しいよ」
「はあ。これで分かった? あんたが私と先生の間に付け入る隙が無いってこと」
「ふーんだから。誰にでも言ってるかもじゃん」
「ダメね。あんたと話してたら埒が明かない」
そう言ってキキョウは携帯を取りだした。
モモトーク画面を開き、突き付ける。
「ほらこれ。目に入らない?」
キキョウが見せたのはトーク履歴。
その最新の状態はこうなっている。
「おねがい助け」既読
『何があったの』
『答えなさい』
『五分以内に解答がない場合突撃する』
『いますぐ行くから』
「あれ……」
タラタラと先生の額に汗が流れる。
「これが何よりの証拠。あんたがシャーレに来た後くらいに発信したんでしょ。違う?」
その時カズサは思い出す。
『分かった。メール送ってからすぐ行くよ』
お菓子を食べ始める前。
先生は確か、そう言っていた。
「先生……私は邪魔だったんだ。ごめん、気付かなくて。本当にごめんなさい」
カズサの猫耳がしゅん、と垂れた。
「ほら。早く帰りなよ。先生が迷惑してるよ。大体ここ一週間連絡が付かなかったのも変だった。 あんたが裏で糸を引いてたんでしょ」
「待って!!」
先生は咄嗟に口にした。
「ごめん、これ本当に私が送ったの?」
途端に二人は呆然とする。
「いや。こんなの打った記憶が本当になくてさ」
「じゃあアカウントが乗っ取られてるということ?」
キキョウの案も可能性はある。
が、恐らくは違う。
最近の履歴を見るに、誰これ構わず送られたという形跡は無い。
「あ……もしかして」
さっきのメール一斉送信。
下書きの分まで一気に送っていた気がする。
記憶は無い。
が、昨日の先生の記憶が定かでは無い今。
徹夜の先生がふざけ半分に書いたそのメールは。
『ひぃん。残業終わらないよう』
『そうだ。キキョウとかに助けてもらえば……』
『メールで呼ぼう、「おねがい、助け」』
そこで寝た。
睡魔に負けた。
小一時間して、再び起きた先生は最後の力を振り絞って仕事を終わらせ仮眠室のベッドで寝た。
その時に下書きに残っていたとしたら───。
「すみませんでしたァァァッッ!!!」
土下座した。
全ての過失は先生によるものッ!!
それを意味深に、よりによってこのタイミングで!
最悪な形で二人を呼んでしまった。
「ま、まあ誤解ならいいけどさ……」
「そう。あんたの事だから薄々そんな気もしていたけれど。はあ……」
大きくため息を付き、失望した様子の二人。
何か償いの必要はあるだろう。
「許して。何でもするからさっ」
刹那。時が止まった。
静かに。キキョウとカズサが顔を見合わせる。
眼光がギラりと光る。
「そっか」
「ふぅん。ならそういう事で」
何やら急に機嫌を直した二人。
何とかなったようだ!
「一旦百鬼夜行に帰る。色々準備もあるし」
「そうだね。私もトリニティに帰るよ」
さっさと帰り支度を始める。
「カズサだっけ。一緒に帰る?」
「そうね。これは二人で勝ち取った権利だし」
鼻歌混じりにシャーレを後にする。
その背中を見つめながら、先生は肩を下ろす。
「二人が仲良くなってくれて本当に良かったよ。一時はどうなるかと思ったけどほんと解決して良かったっ!」
了