この項目では、京阪電気鉄道の駅について説明しています。奈良鉄道→関西鉄道に存在した同名の駅については「京都駅 」を、かつて存在した西鉄北九州線の停留場については「西鉄北九州線#電停一覧 」を、2019年3月に開業した山陰本線の新駅の仮称であったJR七条駅については「梅小路京都西駅 」をご覧ください。
七条駅 (しちじょうえき)は京都府 京都市 東山区 七条大橋 東詰にある京阪電気鉄道 京阪本線 の駅 。駅番号はKH37 。
歴史
地上線時代の京阪電車と京都市電の交差の様子(1978年)
大仏前駅 の駅名の由来となった、4代目大仏 を安置する方広寺 3代目大仏殿(1973年焼失)
京阪本線の開業当初は、七条大橋の北側の正面橋の付近に大仏前駅 (駅名の由来は京の大仏 を参照)、七条大橋の南側の塩小路橋の所に塩小路駅 (1918年12月1日 旅客営業廃止、1955年6月25日 貨物営業廃止)が存在した。その後、京都市が七条通を拡幅して市電 を敷設することになったため、乗換の便を図るべく大仏前駅を廃止し、その翌日に七条通に面した当駅が開業した[ 2] 。
当時の駅の構造は七条通を挟んで北側に大阪方面への下りホーム・南側に三条行きの上りホームが設置された千鳥配置で、下りホーム側に駅舎がある構造だった。四条駅(現・祇園四条駅)と同様に上りホームの利用者は一旦下りホーム側の駅舎で乗車券を購入した後、上りホームの改札を通る形になっていた。市電との平面交差で架線が邪魔になるので踏切遮断機が設けられず、駅員が赤旗で人や車を止めていた。遮断機が設置されたのは京都市電が廃止された後1978年10月以降のことだった[ 3] 。
年表
七条大橋 東詰、川端通 と七条通 との交差点の直下に位置し、相対式ホーム 2面2線を有する地下駅 である。清水五条寄りに非常用渡り線 が設置されていたが、現在は撤去されている。この渡り線は地上駅時代にも設置されていたものである。
当駅は地下1階に改札 およびホームを両方備える一層形式である。そのため、改札口は各ホーム毎に独立して設けられており、改札内には互いのホームを結ぶ通路が存在しないが、改札外の地下には反対側改札口への連絡通路が線路の下を通る構造をとって設けられている[ 17] 。このような構造のために、京阪にとっては当時行っていた折り返し乗車の扱い[ 注 3] の運賃 収受を確実にできるという産物もあった。
駅ホームのカラーリングは、「みやこぶりを表した高貴で奥ゆかしい『薄藤色(紫 )』」とされた[ 18] 。
のりば
付記事項
上下ホームとも有効長 は8両である。当駅以北の地下区間各駅では8両編成停車ができる。
駅の地下化時に、コンコース階の淀屋橋方面には宮永理吉作の壁画「鴨東連比」が、出町柳方面には西協友一作の幅4.4 m・高さ1.3 mの壁画「三十三間堂絵図」が設置された。なお、西脇は8800形2階建て特急車の壁面や三条駅のコンコースに画かれている時代祭行列図も手掛けている。
利用状況
2024年 (令和6年)度の1日平均乗降 人員 は14,462人 である。特急および快速急行停車駅としては中書島駅 に次いで少ない。
近年の1日平均乗降人員の推移は下表の通り。
年度別1日平均乗降人員[ 統計 1] [ 統計 2]
[表示 ] 年度
乗降人員
増減率
出典
2017年(平成29年)
14,817
2018年(平成30年)
14,214
-4.1%
2019年(令和元年)
14,102
-0.8%
[ 京阪 1]
2020年(令和0 2年)
7,815
-44.6%
[ 京阪 2]
2021年(令和0 3年)
8,826
12.9%
[ 京阪 3]
2022年(令和0 4年)
11,121
26.0%
[ 京阪 4]
2023年(令和0 5年)
13,242
19.1%
[ 京阪 5]
2024年(令和0 6年)
14,462
9.2%
[ 京阪 6]
年間利用状況
各年の利用状況は下表の通り。府の統計書では年度別乗車人員が、市の統計書では年次別乗車人員・降車人員が公表されている。
下表内の数値の単位は全て「千人」である。
年間利用状況 [ 統計 3] [ 統計 4]
[表示 ] 年度/年次
年度別 乗車人員
年次別
出典
乗車人員
降車人員
1991年(平成0 3年)
4,945
-
[ 京都府 1]
1992年(平成0 4年)
4,820
[ 京都府 2]
1993年(平成0 5年)
4,764
[ 京都府 3]
1994年(平成0 6年)
4,718
[ 京都府 4]
1995年(平成0 7年)
4,284
[ 京都府 5]
1996年(平成0 8年)
4,329
[ 京都府 6]
1997年(平成0 9年)
4,045
4,137
4,756
[ 京都府 7]
1998年(平成10年)
3,791
3,722
3,842
[ 京都府 8]
1999年(平成11年)
3,664
3,577
3,693
[ 京都府 9]
2000年(平成12年)
3,335
3,355
3,391
[ 京都府 10]
2001年(平成13年)
3,264
3,279
3,312
[ 京都府 11]
2002年(平成14年)
2,990
3,008
3,100
[ 京都府 12]
2003年(平成15年)
2,836
2,839
3,100
[ 京都府 13]
2004年(平成16年)
2,363
2,384
2,389
[ 京都府 14]
2005年(平成17年)
2,846
2,855
2,932
[ 京都府 15]
2006年(平成18年)
2,611
2,617
2,626
[ 京都府 16]
2007年(平成19年)
2,587
3,579
3,790
[ 京都府 17]
2008年(平成20年)
2,668
2,677
2,665
[ 京都府 18]
2009年(平成21年)
2,569
2,580
2,660
[ 京都府 19]
2010年(平成22年)
2,618
2,631
2,606
[ 京都府 20]
2011年(平成23年)
2,625
2,653
2,757
[ 京都府 21]
2012年(平成24年)
2,536
2,543
2,581
[ 京都府 22]
2013年(平成25年)
2,507
2,435
2,439
[ 京都府 23]
2014年(平成26年)
3,487
3,381
3,530
[ 京都府 24]
2015年(平成27年)
3,242
3,214
3,307
[ 京都府 25]
2016年(平成28年)
2,442
2,442
2,590
[ 京都府 26]
2017年(平成29年)
3,701
3,701
3,902
[ 京都府 27]
2018年(平成30年)
2,821
2,821
2,887
[ 京都府 28]
2019年(令和元年)
2,837
2,837
2,966
[ 京都府 29]
2020年(令和0 2年)
1,641
1,641
1,704
[ 京都府 30]
2021年(令和0 3年)
1,687
1,687
1,655
[ 京都府 31]
2022年(令和0 4年)
2,163
2,163
2,184
[ 京都府 32]
2023年(令和0 5年)
2,648
2,648
2,693
[ 京都府 33]
駅周辺
駅は川端通と七条通との交差点の地下にある。駅のすぐ西を鴨川 が流れ、七条大橋がかかる。当駅と京都駅 とは約1.2 kmの位置にある[ 20] 。
駅東側
駅西側(鴨川対岸)
バス路線
バス停留所 は、駅前の七条大橋東詰(七条通と川端通との交差点)の七条通沿いに設置されている。
なお、呼称は社局によって異なる。駅名は「しちじょう 」だが、京阪バスを除き、バス停は「ななじょう 」と読む[ 21] (京阪バスのみが「しちじょうけいはんまえ」と称す)。
七条京阪前 バス停
七条通東行
京都市営バス (Aのりば)
京都バス
18系統:東山通・銀閣寺 八瀬 ・大原 行
臨東山系統:東山通 高野橋東詰 行
七条通西行
京都市営バス(Bのりば)
86号系統・88号系統:京都駅・京都水族館 ・鉄道博物館 行
206号系統:京都駅 四条大宮 方面
208号系統:京都駅 西大路七条・西大路駅 方面
京都バス
川端通南行
川端通北行
京阪七条 バス停
塩小路駅
七条駅 が開設される前の、京阪本線が開通した1910年 (明治 43年)4月15日 に開設された駅。七条駅の1筋南側の塩小路通 の南側に造られた[ 22] 。京阪本線の建設中に塩小路通 - 五条通 間の土地買収が遅れ、塩小路駅からの暫定開業も検討されたが、京都市より「(軌道敷設の免許付で)鴨川と琵琶湖疏水の間の堤防に線路を敷いては」との提案を受け入れて鴨川縁に線路が敷設[ 23] されたため、始発駅として暫定開業は無くなり途中駅として開業した。その後京都市の都市計画に基づき1913年 (大正 2年)4月に七条通りが拡幅され市電が通され、連絡のために七条駅が建設されたが大仏前駅 のように代替で廃止されることなく、1918年 (大正7年)11月30日 まで5年半にわたって旅客営業を続け、旅客営業廃止後も貨物専用駅として1955年 (昭和 30年)6月25日 の貨物輸送の廃止まで貨物駅として存在した[ 24] 。
貨物運輸は1913年(大正2年)7月4日 に開始され、1937年 (昭和12年)6月のダイヤ時点では塩小路駅 - 天満橋駅 間に定期貨物電車が3往復、不定期が3往復、塩小路駅始発で中書島駅 で宇治線 へ乗り入れ往復後に天満橋駅へ運行する列車が1本設定されていた[ 25] 。戦後も1946年(昭和21年)2月時点で1日2往復、1953年(昭和28年)9月には1往復の定期貨物電車が運行されていた。この当時は、塩小路通りの踏切を越えたところで一旦停車し、後退して塩小路駅構内に入り、天満橋行きは一度三条駅 まで北上してから折り返して運行された[ 26] 。
隣の駅
京阪電気鉄道
京阪本線
■ 快速特急「洛楽」
京橋駅 (KH04) - 七条駅 (KH37) - 祇園四条駅 (KH39)
□ ライナー(平日のみ運転)・■ 特急・■ 通勤快急(平日下りのみ運転)・■ 快速急行
丹波橋駅 (KH30) - 七条駅 (KH37) - 祇園四条駅 (KH39)
■ 急行
伏見稲荷駅 (KH34) - 七条駅 (KH37) - 清水五条駅 (KH38)
■ 通勤準急(平日下りのみ運転)・■ 準急・■ 普通
東福寺駅 (KH36) - 七条駅 (KH37) - 清水五条駅 (KH38)
脚注
記事本文
注釈
^ 外部リンク(京阪電鉄)の表記に準拠。
^ トイレ入口はホームに面していたが、ホームに柵を設置して改札外の通路に変更。また出町柳行きホームへ通じるエレベーターもホーム上に設置され、柵で区切られた通路を通る。
^ 専用乗車券 を購入することで、東福寺駅以南の駅から一旦七条駅に向かった後、京橋 - 淀屋橋 間の各駅に向かう扱い。1989年当時の「京阪時刻表」や駅ポスターでは、「折り返し乗車には、特別きっぷを発売。」と宣伝していた。
出典
^ おけいはん.ねっと|京阪電車へのアクセス 「JR京都駅から」をクリック。
^ a b c 参考文献『京阪百年のあゆみ』資料編142頁の各駅紹介・年表184頁
^ a b 出典 : 駅置き月刊広報誌「くらしの中の京阪 1982年4月号」、参考文献「鉄道ピクトリアル」1984年1月増刊号の68頁に七条駅の新線工事中の写真(撮影1982年2月7日)が掲載されている
^ 出典 : 関西鉄道研究会編 「車両発達史シリーズ1『京阪電気鉄道』」 30頁の「1-2急行運転開始」より
^ 出典 : 文理閣刊「京都の治水と昭和大水害」155頁『第6章 昭和10年6月京都大水害 』「4)交通機関」より抜粋
^ 出典 :『京阪百年のあゆみ』資料編206頁の年表より
^ 出典 : 関西鉄道研究会編 「車両発達史シリーズ1『京阪電気鉄道』」 37頁の「5-1京阪特急の登場」より
^ 参考文献 :「鉄道ピクトリアル2009年8月増刊号特集京阪電気鉄道」98頁/「鉄道ピクトリアル アーカイブセレクション25『京阪電気鉄道』1960~1970」145頁
^ 出典 : 『京阪百年のあゆみ』資料編226頁の年表より
^ a b 出典 : 『京阪百年のあゆみ』資料編247頁の年表
^ 出典 : 駅置き月刊広報誌「くらしの中の京阪 1988年9月号」/ 開業80周年記念誌『過去が咲いてる今』巻末年表177頁
^ 出典 : 駅置き月刊沿線情報誌『K・PRESS』2011年4月号16面「くらしのなかの京阪」
^ 出典 : 駅置き月刊沿線情報誌『K・PRESS』2013年1月号16面「くらしのなかの京阪」
^ 出典 : 駅置きの月刊沿線情報誌『K PRESS』2015年5月号16面「くらしのなかの京阪」
^ 出典 : 駅置きの月刊沿線情報誌『K PRESS』2016年3月号16面「くらしのなかの京阪」
^ 出典 : 駅置きの月刊沿線情報誌『K PRESS』2017年1月号16面「くらしのなかの京阪」
^ 京阪本線は、当駅と東福寺駅 間にある塩小路通との交差部の南側で地上線から地下線に切り替わる線形をとっているが、JR東海道線をアンダーパスして塩小路通までの勾配区間の間は約140nbsp;m・地下線開口部と七条駅ホーム南端は約220nbsp;mしか離れていないことから、京阪本線の最急勾配の33パーミル勾配(天満橋駅から地上へ・枚方市駅の大阪側・萱島駅の寝屋川車庫への出入庫線と同じ)の線形をとったとしても琵琶湖疏水の送水管・ライフライン の下に地下二層式の駅を建設することは無理があることから、このような構造になった(出典:電気車研究会『鉄道ピクトリアル』1984年1月増刊号特集「京阪電気鉄道」の記事『京都市内の地下化工事の経過と今後の予定』)
^ 季刊広報誌『グラフ京阪』京阪電気鉄道、1987年、『京都地下線開通特集号』P7(七条駅の紹介文)
^ a b “七条駅|駅構内図 ”. 京阪電気鉄道. 2022年9月20日閲覧。
^ NAVITIME 七条から京都駅八条口までの徒歩経路[1]
^ 「一条」・「四条」との混同を避けるため、市電時代の停留場名である「七条大橋(ななじょうおおはし)」以来、「ななじょう 」と呼ばれている(参考:七条の読み方、「しちじょう」「ななじょう」どっち? - 京都新聞(2013年2月20日付)
^ 出典・関西鉄道研究会季刊誌「『関西の鉄道』No.17「京阪電気鉄道特集 part2」30頁掲載の当時の地図より。これは京阪電気鉄道開業50周年記念誌『鉄路50年』より抜粋、とのこと。
^ 出典・関西鉄道研究会季刊誌「関西の鉄道No.8」特集京阪電気鉄道の7頁『京阪電鉄建設の経緯』
^ 参考文献・「車両発達史シリーズ『京阪電気鉄道』146‐149頁、第11章「貨車のあらまし・創業期から1950年代まで」、『京阪百年のあゆみ』資料編142頁(各駅紹介)、同216頁(年表)より。
^ 出典・『鉄道ピクトリアル』2009年8月増刊「特集 京阪電気鉄道」144‐151頁「京阪電車の戦後史」の中の145頁掲載のダイヤグラムより
^ 出典・『鉄道ピクトリアル』2009年8月増刊「特集 京阪電気鉄道」144‐151頁「京阪電車の戦後史」の中の145 - 146頁の『役割を終えた貨物電車』より
利用状況
京阪電鉄・移動等円滑化取組報告書
京都府統計書
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
七条駅 に関連するカテゴリがあります。
外部リンク
[表示 ]
(淀屋橋 - 三条間:京阪本線、三条 - 出町柳間:鴨東線)
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