出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/17 16:34 UTC 版)
| 守口市駅 | |
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守口市駅と京阪百貨店守口店(2007年5月)
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| もりぐちし Moriguchishi |
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◄KH10 土居 (0.7 km)
(1.1 km) 西三荘 KH12►
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| 所在地 | 大阪府守口市河原町1番1号 |
| 駅番号 | KH 11 |
| 所属事業者 | 京阪電気鉄道 |
| 所属路線 | ■京阪本線 |
| キロ程 | 8.3 km(淀屋橋起点) |
| 電報略号 | 守(駅名略称方式) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
27,063人/日 -2023年[1]- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)4月15日 |
| 備考 | * 1971年6月20日に守口駅から改称 |
守口市駅(もりぐちしえき)は、大阪府守口市河原町にある、京阪電気鉄道京阪本線の駅。駅番号はKH11。
京阪開業と同時に駅が開業、電車に送電する変電所も併設された。大正時代・駅の京都側に網島より車庫と車両工場が移設され、昭和初期には「野江の七曲り」と言われた守口-野江間の直線への付け替えと立体交差化、さらに複々線化が実施された。この間、1931年には大阪市電都島守口線が守口市に乗り入れている(1969年廃止)。
戦後は守口(1971年に守口市に改称)- 寝屋川信号所間の高架複々線化が1970 - 1980年代に実施され、それに伴い車庫と車両工場は寝屋川市の寝屋川車庫に移転統合された。それらの施設の跡地に京阪百貨店や駅前広場「カナディアンスクエア」が整備された。この時期には平行路線として大阪市営地下鉄谷町線(現・Osaka Metro谷町線)が延長されている。
開業時に電車線専用の変電所が守口駅の側に建設され、1932年(昭和7年)12月に守口変電所に1000kWの蓄電池が設置、使用開始[28]した。が翌年の室戸台風で守口車庫や駅が破損して新京阪線のように電力会社からの送電再開前に電車を走らせることはできなかった。
戦後、旅客の増加に併せて1961年(昭和36年)3月17日に守口変電所が更新され、京阪初のシリコン整流器で直流化された(それまでは回転変流器か水銀整流器で直流化)。その後の複々線高架化で移設され、2018年現在、高架区間の耐震補強に併せて2020年完成を目指して守口市駅の京都側で変電所の更新移設工事が行われている[29]。
現在では守口市駅は高架化されているが、1933年12月に蒲生信号所から守口駅までが複々線立体交差化された時点では地上駅で大阪側には踏切も存在した、また完成時期が世界恐慌の真っ最中で新京阪線(現阪急京都線)の待避線・ポイントを撤去して転用したといわれている[2]。
1970年3月に守口(現・守口市)駅 - 新門真(現・門真市)駅間の複々線高架化の認可申請をした段階では守口駅の京都側から高架化される計画で1972年(昭和47年)の高架化工事着工時にも守口市駅の高架化の認可はなされていなかった。しかし守口市が守口市駅の高架化を前提に再開発計画を立てていたため、翌1973年4月11日付けで萱島駅の設計変更と共に高架化が認可された。また高架工事に伴い移設された仮駅舎は1975年の夏にはほぼ完成していたが、仮駅前のバスターミナルへの進入路の借地交渉が纏まらず約1年間使用できなかった[30]。このため高架化工事が約2年間遅延し、守口市駅下り線(大阪行き)の高架化工事の完成をもって土居駅-寝屋川信号所間の複々線高架化は竣工した。
また守口市駅の京都側には車庫への出入庫線のほかに京阪本線の中央部に引き上げ線が設置され淀屋橋駅 - 守口市駅間の普通が折り返しに使用していたが1980年の3月のダイヤ改正で運転区間が萱島駅まで延長されたため引き上げ線は廃止撤去[7]され、同年6月8日に下り線も高架化され、ようやく淀屋橋駅 - 寝屋川信号所間約14kmが連続立体交差化された。その後も付帯工事が続けられ1982年3月に竣工した。
2015年8月、駅構内の耐震補強工事が行われ、2016年3月末に終了した[31]。
当駅は3層構造の高架駅であり、改札・コンコースは2階、ホームは3階に位置する。所属の京阪本線は東西に走っている。改札口は東西1ヶ所ずつ設けられ、東改札には京阪百貨店が隣接し、エレベーターが設置されている。
当駅は京阪本線の複々線区間に位置しており、島式2面4線のホームによって、快速急行・準急等の速達列車と普通列車との緩急接続を可能としている。早朝の一部を除いて、内側2線の2・3番線(A線)に快速急行・急行・準急が発着し、外側2線の1・4番線(B線)に区間急行・普通が発着する。ホームはいずれも8両編成の列車が停車可能である。待避可能駅のため、発車メロディも導入されている。
駅構内にはエル守口と呼ばれるショッピングエリア・Plag-in(旧・アンスリー)・ユニクロなどの商業施設が並んでいる(一部は京阪百貨店の店舗)。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1・2 | ■京阪本線 | 上り | 枚方市・三条・出町柳方面[32] |
| 3・4 | 下り | 京橋・淀屋橋・中之島線方面[32] |
平日朝ラッシュピーク時の下りを除き、ほぼ終日に渡って準急と普通の緩急接続を図っている。
京都方面から当駅まで運転される最終の普通列車がある。2016年のダイヤ改定までは、その列車は4番線で夜間滞泊され、翌朝に当駅始発中之島行き普通列車として運転されていたが、ダイヤ改定で翌朝の当駅始発中之島行き普通列車が廃止された関係上、夜間停泊せずに折返し寝屋川信号所まで回送するダイヤに変更された(このため、2番線と3番線間にある京都方の渡り線は毎日使用されることになった)。
この他、早朝には2番線から発車する上り普通が設定されていた(土曜・休日ダイヤのみ)。
平日朝ラッシュ時の下りは快速急行・準急の運転がなく、代わって当駅を通過する通勤快急・通勤準急が運転されている。
そのため同時間帯下りは優等列車が区間急行のみとなり、3番線から発着する列車はない。この区間急行は京橋駅 - 当駅間で急行線を、当駅 - 萱島駅間は各駅に停車するため緩行線を走行する。そのため、当駅の土居方の渡り線で転線を行う。ただし、平日朝ラッシュ時の下りには京橋駅 - 当駅間でも緩行線を走行する区間急行が設定されており、この場合は転線を行わない。
近年は当駅への急行・準急の停車時間帯が拡大傾向にある(現在、当駅を通過する急行は深夜急行、準急は通勤準急に改称され、通勤快急ともども片道のみの設定)。その反面、それらの通過時間のカバーの役割をになっていた区間急行は減少傾向にあったが、2006年4月16日のダイヤ改定で準急に代わって昼間時にも運転されるようになった。しかし、2011年5月28日のダイヤ変更により昼間時の区間急行は消滅した。
2008年10月に設定された快速急行は当駅に停車することになったが、平日朝ラッシュ時下りは代わりに当駅通過となる通勤快急が運転される。
2022年(令和4年)度のある特定日における1日乗降人員は30,980人(乗車人員:15,887人、降車人員:15,093人)である。
近年の特定日における1日乗降・乗車人員は下表の通りである。
| [表示]年度 | 調査日 | 乗降人員 | 乗車人員 | 出典 |
|---|
駅東口ロータリー内に京阪バス(寝屋川営業所)の路線が発着する。停留所名は「京阪守口市駅」。
主に寝屋川市内へ向かう路線が発着しているが、現行ダイヤでは日中は摂南大学行きが1時間に1本乗り入れるのみとなっており、守口市内南部へ向かう路線と合わせてこの時間帯は1時間に2本しかバスが発着しない。
かつては3・4のりば[33]から発着する路線もあったが、運転士不足から2023年度に廃止され、現状では1・2・5のりばのみの使用となっている[34]。
6のりばは関西空港交通・大阪シティバスと共同運行の関西空港行きリムジンバスのりばとなっている。ただし現在は運休中。
駅西口付近には「守口市駅西口」停留所もあり、こちらからは守口南部線の駅ロータリー行きが経由する。
国際花と緑の博覧会(花の万博)開催期間中は、当駅から会場まで京阪バスが多数運行されていた。
| のりば | 路線名 | 系統・行先 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 寝屋川守口線 | 1号経路:寝屋川市駅(西口)/寝屋川車庫 | 朝夕のみ運行、最終便は寝屋川車庫止まり。大久保経由 |
| 9号経路:摂南大学 | 日中のみ | ||
| 2 | 国道線 | 4号経路:寝屋川市駅(西口) | 朝夕のみ。地下鉄大日南口経由、平日朝ラッシュ時のみ大日駅(広場)通過 |
| 5 | 守口南部線 | 19号経路:鶴見緑地/東郷通 | 最終便は東郷通止まり。その他は日中のみ運行 |
| 29号経路:南寺方東通循環 | 朝に左回り、夕方以降に右回りの運行 | ||
| 30号経路:世木公園 | 日中のみ運行 |