出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/07 13:07 UTC 版)
|
Katsura Miyaji |
|
金蛇水神社花まつりで(2022年5月8日) |
|
| 本名 |
|
|---|---|
| 生年月日 | 1976年10月7日(49歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 三代目桂伸治 |
| 名跡 | 1. 桂宮治 (2008年 - ) |
| 出囃子 | 阿波踊り |
| 活動期間 | 2008年 - |
| 活動内容 | 落語家 |
| 配偶者 | あり |
| 所属 | 落語芸術協会 ブロードヒル(芸能事務所) |
| 公式サイト | 桂宮治公式サイト |
| 受賞歴 | |
| 2012年 NHK新人演芸大賞 落語部門 大賞 2013年 にっかん飛切落語会 最優秀賞 2014年 前橋若手落語家選手権 優勝 2014年 国立演芸場「花形演芸大賞」銀賞 2014年 にっかん飛切落語会 最優秀賞 2015年 北とぴあ若手落語家競演会 北とぴあ奨励賞 2015年 高円寺エトアール寄席二ツ目グランプリ決定戦 優勝 2022年 令和2・3年度 彩の国落語大賞[1] 2022年 浅草芸能大賞 新人賞[2] |
|
| 桂宮治 | |
|---|---|
| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2021年2月9日 - |
| 登録者数 | 8640人 |
| 総再生回数 | 1,893,546 回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2025年4月30日時点。 |
|
桂 宮治(かつら みやじ、1976年〈昭和51年〉10月7日 - )は、落語芸術協会およびブロードヒル所属の落語家。東京都品川区出身、在住。出囃子は「阿波踊り」血液型B型。公式ホームページでスケジュールを公開している。
落語芸術協会若手ユニット「成金」メンバー。日本テレビ『笑点』の「大喜利」メンバーで、メンバーカラーは若草色。BS日テレ『笑点 特大号』の「若手大喜利」元メンバー。
実家は武蔵小山商店街でレストランなど手広く商売をしていた。品川区立小山小学校、品川区立荏原第一中学校、東京学園高等学校卒業[3]。高校卒業後演劇を学び俳優の道を志すが芽が出ず、生計を立てるために大型商業施設などで化粧品の実演販売をしていた。巧みな話術で営業成績はトップクラスを誇っていた。同じく舞台俳優をしていた現在の妻と出会い、2007年に結婚[4]。ある時、YouTubeでたまたま目にした桂枝雀の落語の面白さに衝撃を受け、落語家を志す。また、「人生は一度なんだから好きなことをした方が良い」と妻の後押しもあり、落語の世界に入ることを決意[4][5]。セールスマンの仕事は、本当にお客様を幸せに出来ているかどうかを以前から疑問に思えていたことから自身の結婚式当日、化粧品の実演販売を辞めると宣言した[4][6]。
本人が他に挙げる理由としては、収入はかなりあったものの、徐々に仕事に行くことがつらくなっていたこと、現在の妻が自分と同居生活をして経済面も含めて精神的にも支えてくれたことを、2024年3月1日放送のラジオ番組『生島ヒロシのおはよう定食 / おはよう一直線』(TBSラジオ)で語っている。 2008年2月、桂伸治門下として2月下席より浅草演芸ホールに楽屋入りし、前座となる[注 1]。3月に浅草演芸ホールにおいて初高座(ネタは「子ほめ」)に臨んだ。前座時代に第一子が誕生し[7]、後に二女一男の父となった。収入は化粧品の実演販売をしていた頃からは大幅に減少していた。
2012年3月下席より二ツ目に昇進した。同年10月、NHK新人演芸大賞の大賞を受賞した(ネタは「元犬」)。
2021年2月中席より真打に昇進することが2020年3月、落語芸術協会より発表された[8]。落語芸術協会の落語家としては、会長の春風亭昇太以来29年ぶりの5人抜きでの抜擢真打となる[注 2]。「成金」メンバーでは三代目柳亭小痴楽、六代目神田伯山に続く、単独での真打昇進披露となる。
落語芸術協会による真打昇進披露興行は、2021年2月中席(新宿末廣亭)を皮切りに、2月下席(浅草演芸ホール)、3月上席(池袋演芸場)、3月中席(国立演芸場)およびお江戸日本橋亭・上野広小路亭で4月1日まで開かれたのち[9]、4月23日の名古屋・大須演芸場まで催された[10][注 3]。
2022年1月1日放送の『お正月だよ!笑点大喜利まつり』で、2021年12月26日に卒業した林家三平の後任として演芸バラエティ番組『笑点』(日本テレビ)の新メンバーに就任することが発表された[11]。 同年1月23日、大喜利レギュラーメンバーとして初出演した。当初は出演者が着用する色紋付ではなく、黒紋付で登場した。また、宮治の加入を機に約30年ぶりとなるメンバーの席替えが行われ、宮治は上手(客席から見て一番右端)の席になった[12]。放送終了後に続けて放送した報道番組『真相報道 バンキシャ!』にコメンテーターとして生出演(リモート出演)した[13][14]。
2022年2月6日の放送より若草色の色紋付で登場した。この色は所属する落語芸術協会の前会長で、回答者や司会者として番組開始から実に50年以上携わってきた桂歌丸が長らく着用したものであり、収録後の取材では「鳥肌が立った」「(歌丸が"ミスター笑点"と呼ばれたことに対し)"ミスったー笑点"と言われないように一生懸命頑張ります」と意気込みを語った[15]。
2022年12月4日の放送で、座布団10枚を獲得した。
本人曰く、生来の「人見知り」。学校に行くと気を遣うし、ただ家族と一緒にいたかったという理由で保育園から中学校1年生までは不登校まではいかないが、学校に通うことが大変だった。しかし、両親の離婚を機に親に迷惑をかけられないと学校へ行くようになり、中学校では生徒会長も務めた。高校では、1年生の終わりごろに中華料理店でアルバイトを始める。バイト代で高いバイクを買い、成績も考えずバイト先の仲間と遊び明かした一方で、小さいころから舞台に立つことへの憧れがあったことから、何もないときは、下北沢の本多劇場などへ行って、芝居を観たりしていた[18]。
幼いころドリフターズを見ていて芝居に出たいという気持ちが漠然とあった。 高校卒業後は、当時大好きだった俳優、加藤健一の事務所に入るためオーディションを受ける予定だったが、バイクで交通事故に遭って大怪我を負い受験できなかった。結局他を探し、加藤健一事務所の演出をしていた星充の俳優養成所に入る[19]。様々なアルバイトで生計を立てながら芝居に出る日々が続くなか、20代半ばでドラッグストアや量販店の店頭で化粧品を売る「ワゴンDJ」という仕事に出会う。
美容雑誌をよく読んで新商品のうたい文句や成分を学び、自分だけのキャッチコピーやアプローチを考え仕事に臨んだところ、売り上げが伸び、短期間で全国の量販店から指名が来るようになった。化粧品セールスの会社には約6年在籍し、ひと月に25回も店頭に立つ程のトップセールスマンになった一方「自分は人の人生を不幸にしているのではないか。」という気持ちが芽生えたという。
「家に帰って心の底から買って良かったと思ったお客さんは全体の何割だろう」という疑問を当時同棲していた妻に相談したところ、「辞めちゃえば。つらい仕事していたら、お金があっても幸せじゃないから。一度きりの人生なんだから、やりたいことをやれば?」と言われ、仕事を辞めることを決意した。結婚式場の予約を済ませ、段取りを決めていた時期だった。会社を辞めることを決意したものの、踏ん切りが付かず悩んでいるうちに結婚披露宴当日になった。披露宴のスピーチで会社を辞めることを言えば、逃げることもできないと思いつき、披露宴で会社を辞めることを宣言した[20]。
仕事を辞めたものの、何か当てがあったわけではなかった。そんな時、YouTubeで桂枝雀 (2代目)が新宿末廣亭で行った「上燗屋」を見て衝撃を受ける[注 6]。10回見て、10回笑った。「人を笑わせ、幸せにできる職業がある。落語家になりたい」
その後、自分が弟子になりたいと思う人はどこにいるのだろうかと、都内の寄席を回る。夏に結婚して冬になるまで何十公演と足を運び、2007年(平成19年)12月、国立演芸場で運命の出会いをする。桂伸治(3代目)が「外記猿」の出囃子に乗って「どうもー」と出てきただけで、電気が走った。桂枝雀を見た時と同じくらいの衝撃を受け「この人しかいない。この人が弟子に取ってくれなかったら落語は違う。」と思い、弟子入りを決意した。
その後桂伸治の出番がある寄席を見つけ、楽屋に赴き桐箱入りの羊羹を差し出して弟子入りを願い出る。その場では「落語家はめちゃくちゃ貧乏だし、やめたほうがいいよ。」と諭されるものの、やる気にほだされ後日妻を連れて来るように言われる。妻と一緒に行った際も「やめなさい」と繰り返し説かれたが、最終的に弟子入りを認められた[22]。
入門を許可され師匠の桂伸治に教えられたことは、「嘘と泥棒をするな」「仲間を大切にしろ」「その日の一番になれ」の3点だった。そのため、笑点メンバーになることを師匠に隠さなければならないのはきつかったという。
2022年元日に桂伸治一門が新年の挨拶のため師匠の自宅に集まるのだが、そのとき、ようやく笑点メンバーになることを師匠とおかみさんに打ち明けることができた。メンバー発表の数時間前のことで、妻の次に言ったのは師匠とおかみさんだった。
入門後は「見習い」として師匠に付いて回り、落語界で生きていくのに必要な行儀を身につける。師匠が気持ち良くいられるように動き続けるのが修行の始まりで「あのお弟子さんとって良かったね。」と言ってもらえるようになろうと決意していた。楽屋にいる間は誰より気を使い、「やれ」と言われたことは何一つ手を抜かずにこなしていくうち、3年も経つと「スーパー前座」と呼ばれるようになっていた[23]。
前座のとき、打ち上げの席で、西荻窪のカフェで勉強会を始めないかと誘われる。収容人数30名程の落語好きが集まる独演会で「宮治展」と銘打ち、2011年7月から隔月で開催されている。ここで、多くのネタをおろすとともに、常連客からの講演会などの仕事の依頼を受けるようになった。
また同じ時期に、サンケイリビング新聞社主催の独演会の依頼も受ける。お江戸日本橋亭や日本橋社会教育会館、内幸町ホールで何度か催した後、二つ目昇進直後に収容人数300人の国立演芸場に舞台を移す。国立演芸場での独演会の依頼は年間4回で、しかも初回チケットが発売される前に翌年の依頼もあった。なりたての二つ目がそれほど大きな仕事をするのは前代未聞で、お客様が来てくれるのかという恐怖から翌年の依頼について、一度は断ったという。しかし、初回チケットが即完売になったことから、現在まで継続して行われている[24]。
お酒が大好きである[25]。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で息子の運動会を見に行けないため、せめて練習だけでもと思い、帽子を被り、サングラスを掛けてマスクをして20分ほど見に行ったところ、帰宅後息子が「今日、学校に不審者が来た」と言っていたと言った後、「それは恐らくお父さんです」と笑点の大喜利の挨拶で語った。
顔が映画『男はつらいよ』で「タコ社長」を演じた太宰久雄や、お笑い芸人の岡部大(ハナコ)に似ており、『笑点』の大喜利でもネタにしている。実際に実子から「お父さん、大河ドラマに出てる格好いい」と岡部と間違われた実話を2023年5月21日放送の『笑点』の二問目「言いたいのに言えない~家族編~」の答えとした。
新車を買ったが、納車日に車庫入れで擦った。
新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言下の2021年2月7日、京王プラザホテルで真打昇進披露宴が開催されたが、新型コロナ感染予防対策の徹底から、以下のような異例のパーティーとなった[26]。
| 日付 | ゲスト | 備考 |
|---|---|---|
| 2021年2月11日 | 笑福亭鶴瓶 | |
| 2021年2月12日 | 桂雀々 | |
| 2021年2月13日 | 三遊亭鳳楽 | |
| 2021年2月14日 | 三遊亭好楽 | |
| 2021年2月15日 | 立川談春 | |
| 2021年2月16日 | 桂南光 | |
| 2021年2月17日 | 立川談笑 | |
| 2021年2月19日 | 桂文珍 | 芸協真打交互枠で三遊亭円楽(口上参加) |
| 2021年2月20日 | 山田邦子 |
| ゲスト | 備考 | |
|---|---|---|
| 2021年2月21日 | 立川生志 | |
| 2021年2月22日 | 三遊亭兼好 | |
| 2021年2月23日 | 三遊亭萬橘 | |
| 2021年2月24日 | 桂三度 | |
| 2021年2月25日 | 桂かい枝 | |
| 2021年2月26日 | 月亭方正 | |
| 2021年2月27日 | 桂枝光 | |
| 2021年2月28日 | 三遊亭竜楽 |
| 日付 | ゲスト | 備考 |
|---|---|---|
| 2021年3月1日 | 桂そうば | |
| 2021年3月2日 | 笑福亭べ瓶 | |
| 2021年3月3日 | 立川こはる | |
| 2021年3月4日 | 桂雀太 | |
| 2021年3月5日 | 笑福亭鉄瓶 | |
| 2021年3月6日 | 三遊亭好の助 | 芸協真打交互枠で三遊亭円楽(口上参加) |
| 2021年3月7日 | 三遊亭朝橘 | |
| 2021年3月8日 | 桂福丸 | |
| 2021年3月9日 | 桂三四郎 | 芸協真打交互枠で三遊亭円楽(口上参加) |
| 2021年3月10日 | 立川吉笑 |
| ゲスト | 備考 | |
|---|---|---|
| 2021年3月18日 | 山田邦子 | |
| 2021年3月19日 | 山田邦子 |
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)