カンニング竹山(カンニングたけやま、1971年4月2日[注 1] - )は、日本のお笑いタレント、俳優、コメンテーター、YouTuber。本名および旧芸名、竹山 隆範(たけやま たかのり)[1][3][注 2]。
福岡県福岡市城南区出身。サンミュージックプロダクション所属。
概要
1992年に中島忠幸とお笑いコンビ『カンニング』を結成[4]。紆余曲折を経て2004年に『エンタの神様』に出演し、竹山自身の過激な言動・行動で毀誉褒貶がありつつも注目を集める[5]。2006年12月の中島の逝去後は、芸名に「カンニング」をつけた『カンニング竹山』として活動している[6]。
2008年に単独ライブ『放送禁止』を開催して以降はそれをきっかけにコメンテーターの役割の仕事も行うようになり[7]、思想・哲学の項目でも分かるように、生まれ育った日本への強い愛情、平和への願い、国防の大切さ、中国による人権侵害への警告、エネルギー問題への提言、東日本大震災後の福島県に対する風評被害の払拭をする旨の発言などを発信し続けている[8][9][10][11][12]。
福岡県福岡市城南区出身[13]、福岡県立早良高等学校卒業。上京して大学卒業後には芸人になるつもりだったが、大学受験(高千穂大学と帝京大学)の結果は不合格だった。1990年、予備校時代には同じく浪人中だった小学校の同級生であるケン坊田中(現:田中健二)とコンビ『代々木くんと河合くん』を組んだ。コンビ名は2人が通うそれぞれの予備校名が由来だったが、予備校側から了承が得られなかったため『ター坊ケン坊』へ改名[14]。4月に開催されたTNCのオーディション番組『第1回激辛!? お笑いめんたい子』で優勝、5月にコンビとして福岡吉本第1期生となり所属契約を結ぶ。
福岡吉本では博多華丸・大吉やコンバット満らが同期に当たる。しかし竹山は「福岡で売れても意味がない」と、わずか1年で福岡吉本を辞め上京[15]。
東京で、田中と同じく小学校の同級生だった中島忠幸と再会し[4]、1992年、中島とコンビ『カンニング』を結成。一時期は渡辺プロダクションに所属するも単純に売れずにリストラされ、元渡辺プロ関係者からの紹介でサンミュージックへ移籍(竹山本人は「素行不良で移籍した」と自虐的な鉄板ネタとして公言している)。当時のサンミュージック所属の芸人は3組のみで、カンニングは2組目だった。その後、フリーフォークス(MANZAI-Cの個人事務所)への所属を経てぶっちゃあ(ブッチャーブラザーズ)の呼びかけによって再びサンミュージックに出戻った。
2004年6月、日本テレビ『エンタの神様』に初出演。しかし漫才中にいきなり脱糞発言を繰り返した。7月の2度目の出演では突然ズボンを脱いで本気で脱糞しかけたためスタッフに強制退場させられ、放送終了後、日テレには苦情・クレームの抗議電話が殺到した。8月に3度目の出演で中島から一喝され、土下座および謝罪の弁を述べた。なお同番組には10年後(2014年7月28日)にもこの一度だけの約束として出演し当時の模様を語っている[5][16]。12月には、中島が白血病で入院し、コンビでの活動は休止せざるを得なくなったが、中島の復帰に備え一人で活動を続けた。
2005年、山崎邦正(現・月亭方正)とコンビ『竹山崎』として第5回M-1グランプリへ出場、3回戦まで進出。
2006年12月20日、療養中の中島がウイルス性肺炎の発症により逝去[4]。コンビは事実上の解散となるが、芸名に「カンニング」をつけた『カンニング竹山』として活動している[6]。なお、相方の家族とは交流が続いており、中島の息子を旅行に連れて行ったこともある[17]。
2007年3月30日、およそ15年間付き合ってきた2歳年上の女性と結婚[18]。
2008年、役者として初の役名(藤井哲男役)付き映画となる『イエスタデイズ』へ出演。単独ライブ『放送禁止』を開催(後述)。後者のライブをきっかけにいわゆる「社会派芸人」としてコメンテーターの役割の仕事も行うようになった。時折ピントがズレた発言をしたり、発言の一部が曲解されるなどの騒動はあるものの、後述する思想・哲学の項目でも分かるように基本的には保守寄りな政治スタンスである[8]。特に中国による人権侵害への警告や東日本大震災後の福島県に対する風評被害の払拭を啓発する発言への評価が高く、後者に関しては2019年に著書『福島のことなんて、誰もしらねぇじゃねえかよ!』を上梓した[10][12]。
半生
実際の誕生日は1971年3月30日だが、同学年より1年多く過ごせると親が戸籍上では1971年4月2日を誕生日とした[19]。
父は事業を行っており非常に裕福な家庭で育った。幼稚園へは運転手が運転する白いベンツで通っていたほど[20]で、リビングには象牙や虎の敷物、火縄銃が飾られていた[21]。
9歳の時に父が経営していた会社が倒産、一転して借金取りから追われる生活となる。当時は子供心に「人はお金が絡むと豹変する。金を信用しちゃいけない」と考え[22]、周りの大人たちが敵に変わっていく様を痛感したという[23]。
竹山が高校生の頃、バブル景気に便乗する形で父の羽振りが再び良くなる[22]。だが竹山の上京後、またしても父の会社の経営が傾き返済計画を話し合っていた家族会議の最中に父が脳出血で倒れ、そのまま死去。父の没後、東京にいた竹山に裁判所から書類が届き、全く身に覚えのない13億円もの借金が発覚(竹山の兄は20億円の借金を背負った[22])。結局、相続放棄をする形でその負債は免れた[24]。父がどのような会社を経営していたのか、息子の竹山は一切知らなかった[21]。「借金はするな、保証人にはなるな」が父の遺言のようなものだったと語っている[22]。
芸人としてほとんど売れていなかった20代前半の頃、相方の中島が原付で交通事故を起こし、その示談金だった50万円を工面するため消費者金融から借金をした。この時に意外にも簡単に借りられると味を占め、アルバイトもさぼって堕落生活と化し遊興費のため借金を重ねて450万円、利子だけでも月15万に膨らんだ[22]。部屋には借金取りが押し寄せ、ネタ作りもままならない状態で舞台に臨んで苦し紛れに生まれたのが「キレ芸」だった。キレ芸は「お笑いの形ばかり気にしていたことから、かっこつけるのを辞めて、自分たちが本当に面白いと思っていることを、テレビに全く映らなくてもいいから開き直って、思いっきりやってみよう」という思いから誕生した。「電車の中や居酒屋で怒ったり説教したりするおじさんとか面白そう」という話になり、漫才の中に取り入れたら面白いんじゃないかということになったという。実際に本人が語ったところによると、ライブがあるのに借金取りが家の前にいたため窓から屋根伝いに逃げるようにライブ会場に到着し、「何で俺がこんな目に遭わんといかんのじゃー!!」とキレたのが始まりだった。その芸は客ウケこそ悪かったが芸人仲間からは評価が高かったため、本格的にお笑いへ臨むことを決意[25]。450万円の借金は、特定調停を申し入れて債務整理をした[22]。
2013年、当時予定していた主演ドラマが急遽中止となりスケジュールが空いたため教習所へ通い、42歳で普通自動車運転免許を取得した[26]。
2015年1月、フジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげでした』の企画内でハワイのマツモトシェイブアイスの経営権を購入。「竹山かき氷本舗(タケヤマシェイブアイス)」の店名で、4月14日から5月13日まで期間限定でかき氷やTシャツ等を販売した。1000万円の大台を超える売り上げだったものの、利益はほとんど残らなかったという[27]。
人物
- 中島と同じく、喫煙者(中島はその後禁煙)であり、1日に3箱ものたばこを吸うヘビースモーカーだったが現在は加熱式たばこに変えている。2018年に制定された東京都の受動喫煙防止条例については、「飲み屋で全面禁煙はきつい」などと不満を漏らしている[28][29]。睡眠時無呼吸症候群でCPAPによる治療を行っていることを公表している[30]。
- 2020年には「テレビ引退説」が囁かれたが、これに対して6月29日放送の『ABEMA Prime』で「ちょうど同じ時期に、仲間たちと“オンラインサロン”をやろうという話が立ち上がって。『今の俺に一番合っているんじゃないか』という軽い気持ちで、サロン名を“竹山報道局”と名付けて。そうしたら、『宮迫さんのYouTubeにもいきなり出るし、“竹山報道局”も急に立ち上げるし、竹山色んな考えがあってテレビを捨ててインターネットに進出するんじゃないか?』と意外と業界の人がざわつき始めて」と反論した[31]。
- 理想の上司として、親交のある木梨憲武(とんねるず)を挙げている[32]。
- 節税のため個人事務所を30代で設立しており、妻が社長職に就いている。妻と税理士が綿密に申告を行ったため、2019年には優良申告法人として表彰を受けた[33]。
思想・哲学
- 生まれ育った日本への強い愛情や愛着を持っており、自身の『故郷』として生まれ育った福岡、東日本大震災以降ゆかりのある福島県、「お笑いコンビ・カンニングのホーム」だという東京都中野区、『探偵!ナイトスクープ』などをきっかけにゆかりのある大阪府を挙げている[34]。
- 自身が通っていた小学校は日教組色が強い校風だったことを明かしており、国旗日の丸の掲揚に対する見解の相違が原因で教員同士が殴り合いの喧嘩に発展した様子を目の当たりにしたとのこと[9]。この小学校の校風の影響により、当時の竹山ら生徒が国旗日の丸や国歌「君が代」の存在を覚え意識するようになったのは、中学校に入って以降だったという[9]。なお、竹山自身は国旗日の丸の掲揚および国歌「君が代」の歌唱に肯定的な立場であることを表明している[8]。また、日の丸を燃やす、罰マークをつけるといった国旗損壊罪の罰則に該当する行為については「ダメに決まっとるやないか」という見解を示し、法律の必要性についても「気持ちは分かる」「皆が納得できるように宜しくお願いします」と発言している[35][8]。
- 「戦争はダメだ」という思いから、日本における終戦の日にあたる8月15日には手を合わせていることを語っている[9]。
- 子供の頃に沖縄の平和祈念公園や広島と長崎の原爆資料館を訪れたことと、大人になってから知覧特攻平和会館・靖国神社を訪れた経験を語っている[9]。
- 東日本大震災および福島第一原子力発電所事故の発生以降噴出した福島県へのネガティブな印象やそれを流す勢力に対しては批判的な立場をとり[36][37][38]、当時出演していたラジオ番組「ニュース探究ラジオ Dig」で震災直後の福島を訪問。これをきっかけにその後も度々プライベートで一観光客として後輩や妻と共に福島県各地を訪問、Twitterで紹介している。様々な場所で地元の人々との交流をするようになった[39][40]。観光名所や温泉の良さ、食べ物や酒を始めとした県産品の美味しさに気づき、これらを知った経験を基に2019年には福島県に関する著書を上梓した[12]。この本では福島県郡山市出身で当時『探偵!ナイトスクープ』で共演していた西田敏行との対談も掲載されている[41]。西田が局長を退任してからも食事会やグループLINEなどでの交流が晩年まで続いた[42]。
- 原子力発電所に関しては「なくなればいい」と考えているが、「思想だけ主張してもしょうがない」「現場に行って現実をちゃんと知らないと」としており[43]、2016年5月末には実際に福島第一原子力発電所を見学した経験もあり、労働環境の改善状況を知り驚き、作業員の温かい人柄に触れ気さくに応じている[44][39]。
- 麻薬取締官や薬物依存症患者を取材した経験があり、薬物事件が報道された際には取材で得た知識や違法薬物の使用が禁じられている理由が体に害を及ぼすためであること、および依存症に対する治療の重要さを度々語っている[45][46][47]。違法薬物を使用している芸能人に対しては「仕事を入れない方がいい」「絶対捕まる」と警告している[46]。
- 韓国の政治的姿勢を批判する発言を度々している[38][48]。また「政治の問題と文化は一緒にしちゃいけない」「外交問題と民間の交流は分けて考えるべき」といった考えも述べており、韓国への旅行や文化交流に対しては肯定的である。日本人女性が韓国で暴行を受けたという動画が拡散した際には「ああいうバカは政治問題が無くてもやるんです」「反日感情からやっていたとしたら、それはそれでバカの中のバカ」という見解を示している[48]。
- ウイグル・チベット・内モンゴルが標的となっている中国による人権侵害については「ナチス党政権がアウシュビッツ強制収容所でやっていたことと一緒」と語っており、それらに対する報道が少ないメディアへの苦言も述べている。この問題を知って中国人を感情的に憎むことは否定的であり、中国に住む人に対して「本当のことを教えなければいけない」と考えている[10][49]。
- 東京都のソーラーパネルの設置義務化の方針に対しては上述した中国による人権侵害とも絡めて批判的な見解を示している[11]。また、釧路湿原におけるメガソーラー建設問題についても自らの意見を発信している[50]。
- 拉致問題、核問題、国民の栄養失調といった諸問題を起こした北朝鮮の国家体制を批判している[51]。
- 国防に対して理解を示し、災害派遣活動を含めて自衛隊に対して敬意を表している。また、一番戦争したくない人は軍隊や自衛隊員であるという見解を語っている[8][52][53]。
- 普天間基地移設問題に関連する辺野古移設県民投票については「(辺野古の埋め立てに)基本的には反対なんですけど、多分自分が沖縄県民で住んでたとしたら、賛成票に入れるかもしれないね」と語った[54]。
- 憲法改正に対して「いまのままだと不便なことが起こってきている」として一定の理解を示している[53]。
- AERA dot.では2017年から2023年までコラムである「言わせてもらいますけどね!」を連載し、同サイトの設立・運営者である朝日新聞出版の親会社(朝日新聞社)から発行されている『朝日新聞』の論調と全く異なる内容の文章を書くことも多かった[55]。この傾向は『一冊の本』(朝日新聞出版)の中で太田光(爆笑問題)が連載している「芸人人語」とも共通している[56]。
趣味・特技
単独ライブ『放送禁止』
- 2008年から毎年秋頃にかけて、単独ライブ『放送禁止』を開催している。なお、このライブは放送作家の鈴木おさむから「どっちにしても相方はもういないし、(竹山が)独り立ちするための形をつくるべき」と竹山に提案した事が開催のきっかけとなっている(その後、鈴木は『放送禁止』の構成・演出を担当している)[7]。本ライブは竹山が自腹で制作費を出している[7]。また開催当初はチケットが売り切れず、大赤字を竹山自身が自腹で賄ったこともあったが開催する毎に人気は上昇、2017年時点ではチケット即日完売の人気公演にまで成長している[70]。芸能人のファンも多くライブには多くの芸能人が訪れており、ライブ終了後には絶賛コメントが寄せられるなど高い評価を得ている[71]。
- 『放送禁止』というタイトル名から見て分かるように、本ライブでは竹山自身が「テレビではできない笑いに挑戦する」内容が主となっている。「テレビでは堂々と喋ることのできない話」「テレビではやりにくいお芝居」「テレビではやりにくい研究発表」など[72]をライブ内で行っている。また「毎日1万円を365日配る」[7]「公演中に竹山が自らの携帯番号をTwitterで晒し、本番中にかかってきたイタズラ電話の相手と本気で話す」[73]などの竹山自身が体を張る企画も行われている。同じくサンミュージック所属の後輩などがゲスト出演したりもする。
- 『放送禁止2012』では「人の死と笑い」というテーマに挑戦し、この時七回忌を迎えたかつての相方・中島の死に初めて言及して笑いに変えてみせた[74]。なお、竹山によればこの「中島の死を笑いに変える」という試みは、「『放送禁止』が始まった時に『ライブが5年続いたらやろう』と決めていたネタ」だったとのこと[7]。
- ライブの模様を収録したDVDも定期的に発売されていたが、2017年2月24日に発売された『放送禁止2015』のDVDを最後に発売は途絶えている。これについて竹山は、そもそもこのライブは「DVDは出さない」「ツアーもやらない」ということで始めたのだが、初期は興行的に赤字で費用を補填するため仕方なくDVDの販売を始めたという。その後ライブ動員数が増えた事により、竹山の「もう(DVD発売は)いらないです」という意見が通ったため以降発売する事はなくなった。竹山によれば「今後も出る予定はまったくない」とのこと[75]。
- また竹山は、あくまでも『放送禁止』は実際に会場に足を運んでくれた観客のためのもので「DVDで全部見せるわけにはいかない」という思いから、「(会場に来た)お客さんだけが一番得する作りにしてください」とリクエストしているという。このためDVDの編集には拘っていると言い、「結構大事なところとか『放送禁止』で一番キモになる、俺が一番ここだけはみんなに見て欲しい、聞いて欲しい話とかを全部カットしたり、(わざと余計に)ピー音を入れたりしてる」と語っている[75]。
- 竹山は毎年このライブを催す理由について「カッコつけたことを言うと、カンニング竹山の軸は『放送禁止』なんです。あの舞台があるから1年間テレビ芸の仕事ができるんですよ」と語っている[7]。
出演
現在の出演番組
テレビ番組・ネット番組
-
現在のレギュラー番組
-
準レギュラー
過去の出演番組
バラエティ番組・情報番組
-
過去のレギュラー番組
-
過去の準レギュラー番組
-
不定期出演
特別番組
テレビドラマ
映画
ウェブドラマ
ラジオ
ター坊ケン坊時代に九州朝日放送でラジオデビュー。
CM・広報
作品
DVD
- カンニングの思い出づくり(2005年1月14日、BSフジ/ポニーキャニオン)
- 死球〜DEAD BALL〜vol.5(2005年8月25日、ビデオメーカー)
- 『カンニングの恋愛中毒』シリーズ
- カンニングの恋愛中毒 恋人達を襲うドエロ幽霊を追え!! in木更津(2006年5月26日、TLIP)
- カンニングの恋愛中毒 一人暮らしの美女を襲うドエロ・ストーカーを追え!!(2006年5月26日、TLIP)
- カンニングの恋愛中毒 カンニング竹山 VS 小沢仁志〜(2009年8月25日、電子公園)
- カンニングの恋愛中毒 「芸人面接」未放送映像SP(2012年10月17日、ポニーキャニオン)
- 『放送禁止』シリーズ
- カンニング竹山単独ライブ 放送禁止(2009年3月25日、Contents League)
- カンニング竹山単独ライブ 放送禁止Vol.2(2010年3月25日、Contents League)
- カンニング竹山単独ライブ 放送禁止Vol.3(2011年4月27日、Contents League)
- カンニング竹山単独LIVE「放送禁止2011」(2013年2月20日、ポニーキャニオン)
- カンニング竹山単独LIVE「放送禁止2012」(2013年2月20日、ポニーキャニオン)
- カンニング竹山単独LIVE「放送禁止2013」(2014年3月19日、ポニーキャニオン)
- カンニング竹山単独LIVE「放送禁止2014」(2015年9月2日、ポニーキャニオン)
- カンニング竹山単独LIVE「放送禁止2015」(2017年2月24日、リバプール)
- 『お台場お笑い道』シリーズ
- お台場お笑い道ベストセレクション 1(2010年1月27日、フジテレビ映像企画部)
- お台場お笑い道ベストセレクション 2(2010年1月27日、フジテレビ映像企画部)
- 『ザキヤマ&河本のイジリ旅』シリーズ
- 竹山のやりたい100のこと〜ザキヤマ&河本のイジリ旅〜イジリ 1 俺がシャツって言ったらシャツなんだよ! の巻(2012年11月21日、ポニーキャニオン)
- 竹山のやりたい100のこと〜ザキヤマ&河本のイジリ旅〜イジリ 2 首はホントに持ってかれるぞ! の巻(2012年11月21日)
- 竹山のやりたい100のこと〜ザキヤマ&河本のイジリ旅〜イジリ 3 お前ら、性で遊ぶな! の巻(2012年11月21日)
- 竹山のやりたい100のこと〜ザキヤマ&河本のイジリ旅〜イジリ 4 マイクロは寝ろよ!の巻(2013年3月20日)
- 竹山のやりたい100のこと〜ザキヤマ&河本のイジリ旅〜イジリ 5 死んだらここに埋めれがいいが!の巻(2013年3月20日)
- 『ザキヤマ&河本のイジリ天国』シリーズ
- 竹山エンディングノート-ザキヤマ&河本のイジリ天国- 1(2013年11月20日、ポニーキャニオン)
- 竹山エンディングノート-ザキヤマ&河本のイジリ天国- 2(2013年11月20日、ポニーキャニオン)
- 竹山エンディングノート-ザキヤマ&河本のイジリ天国- 3(2013年11月20日、ポニーキャニオン)
- 竹山エンディングノート-ザキヤマ&河本のイジリ天国- 4(2014年3月19日、ポニーキャニオン)
- 竹山エンディングノート-ザキヤマ&河本のイジリ天国- 5(2014年3月19日、ポニーキャニオン)
CD
インターネットコンテンツ
著書
脚注
注釈
出典
外部リンク
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