「明治大正見聞史」 時代の空気のなかで発している「想い」や「意見」

2014.09.10


生方敏郎(著)『明治大正見聞史』(中公文庫)【拡大】

 ようこそ、もんどり堂へ。いい本、変本、貴重な本。本にもいろいろあるが、興味深い本は、どんなに時代を経ても、まるでもんどりうつように私たちの目の前に現れる。

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 明治生まれの私の祖母は、「男は玉に砂が溜まるから、こんにゃくを食わないかん」というのが口癖だった。その祖母が亡くなった時、「こんにゃく話」だけではなく、関東大震災のこと、戦争のこと、もっともっと昔の「レアな話」を聞いておけばよかったと後悔した。

 生まれた時代の違う先人の言葉が「正解」なのかどうかはわからない。ただ、その立ち位置から見た風景、時代の空気のなかで発している「想い」や「意見」はそれだけで聞く価値を持つ。そして、それを聞くことは後の世代の人間に一様に託された義務であり、また、大いなる楽しみでもあるのだ。

 <老人連は御一新をただ薩長武士の企てた革命とのみ考えていた。もっとも老人たちは東照大権現と唱えて毎朝神棚に向い、徳川家康を拝んでいたのだ>『明治大正見聞史』(生方敏郎著、中公文庫、昭和53=1978年刊、入手価格157円)

 このもんどり本は大正15(1926)年に書かれた。引用した一節は、明治15(1882)年生まれで当時44歳だった作家の生方敏郎氏が、自分の幼少期に当たる日清戦争(1894年)前の時代の空気を思い出しながら綴ったものである。

 作家ならではの時代のニュアンスを読み取る手腕は鋭い。生方氏は明治期の政府の「ロシアを恐れる病」を、記録文書を頼りに(自ら外務省の事務方を担っていた)、このように解いてみせた。

 <然るに私たちの子供の時分、米国が親切なアンクルサム叔父さんとして、ジャップ坊やの頭を撫でてくれ手を引いて世界の舞台を歩く稽古をさせてくれた時分において、日本にとって何とも言えぬ恐怖の感を与えたものは、露西亜(ロシヤ)と共に英吉利(イギリス)であったろう。今の小学校へ行く子供たちは、(中略)日本を一等国だと信じ、世界の強国だと信じている。言わば大家に生まれたお坊ちゃんが、帽子を被り、ランドセルをしょって学習院へ通っているようなものだが、私たちの子供の時代には、日本の子供はまるで裏店住まいの貧乏人の子供が、猛烈に埃を上げて走ってくる貨物自動車や円太郎自動車(東京市営の乗合自動車=筆者注)の前をよけよけ、悪い路を学校へ通うようなものだった>

 面倒見てくれたアメリカおじさんとダンプみたいにおっかないロシアとイギリス。一種の比喩ではあるが、先人はこんな「想い」を残した。

 古すぎる史料や古すぎる人間の感想は、ある意味では役に立たないのかもしれない。だが、事実としてあったその「想い」は、私たちの心のどこかにしまっておいても損はしないはずだ。笑顔だけじゃない。ふとした瞬間に思い出す、おばあちゃんの名(迷)セリフに救われている人は、きっと私だけではない。

 ■中丸謙一朗(なかまる・けんいちろう) コラムニスト。1963年生まれ。横浜市出身。元雑誌編集者。主な著書『ロックンロール・ダイエット』(扶桑社)、『車輪の上』(エイ出版)、『大物講座』(講談社)など。もんどり本は街にいる、が最近の合言葉。

 

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