2025年7月、急逝した津田力若頭補佐(当時)の葬儀での竹内照明若頭(以下、肩書などは当時)
得度、ベストセラー作家、「伯爵」と多才な活動 晩年は…
後藤組長は六代目山口組から除籍処分となり、後藤氏は引退し組織も解散。この執行部の処分に抗議する直参組長13人の連判状が出回ったが、後藤氏は復帰せず。天台宗系の寺院で得度し、私費を投じて袴田事件をテーマにした映画を制作するなどメディアにも取り上げられ、再び大きな話題を呼んだのが2010年5月。自らの半生を描いた自著『憚りながら』(宝島社)を上梓し、ベストセラーとなった。
「著書では前出のゴルフコンペ騒動にも言及。後藤組長は“力こそ命”という時代に育った自分が今の時代のヤクザに合わないと感じており、“ゴルフコンペはきっかけにすぎず、潮時だった”などと振り返っています。
さらに地元・富士宮での創価学会との攻防や、政財界、芸能界との繋がりを隠すことなく明かしたことで話題を呼びました」(同前)
その後、後藤氏はカンボジアに移住し、養鶏場経営などの事業や学校建設などのボランティア活動に従事。カンボジア国籍も取得し、「伯爵」に相当する称号を与えられるなど“伝説のヤクザ”とも呼ばれることがあった。
2016年に手術で帰国し、近年も「付き合いのある右翼団体のイベントなどに出席していた」(後藤氏を知る人物)と精力的に活動していたようだ。
後藤氏は入院先の都内の病院で病死したと見られる。静岡県警は、後藤氏の葬儀が開かれ、暴力団関係者が集まるとみて警戒を強めている。