心理学者による最強の経済指標選手権 (ネタバレ:民間給与総額はカス)
コンサル風情が珍妙な指標とグラフを持ち出して「悪夢の民主党政権」とか言ってました。発信者がコンサルの時点で8割切っていいでしょ。
まぁ、これのアホっぷりは後で書くとして、そもそも経済指標というのは適当に作られては引っ張り出されて各々好き勝手を言うだけの道具にされている節はある。ここでひとつ、経済指標とやらをきちんと考える機会を設けるのもいいのではないだろうか。奇しくも、「経済に強い」と噂の高市政権が圧勝したことだし、政権の働きぶりを今後確かめるためにも指標は必要だ。
そして、こういう話をするのに最適な人物がいる。経営コンサルタント(笑)ではもちろんない。経済学者? いや違う。
心理学者である。
これは半分ポジショントークだがもう半分はマジだ。目に見えない概念を可視化し扱う点において、心理学者に勝る専門性を持つ人間はいない。こちとら不安だの知能だの曖昧模糊とした概念を研究し続けて100年になろうとしているのだ。目に見えない概念の取り扱いに限って言えば、それが経済に関するものであったとしても、経済学者より優れていると自負している。
だいだい、経済学者に任せた結果がこのザマなんじゃないか。
というわけで、心理学者による最強の経済指標選手権、開催だ!
経済指標は何のために
目的を定めよう!
優れた指標を作るうえで最も重要なのは何か。それは、①何を②何のために測りたいかを明らかにしておくことだ。
①何を、に関して異論はあるまい。知能を測ると考えたとして、知能とは結構漠然とした概念だ。単語をいくつ覚えられるかという記憶力だけを知能と見なしていいのだろうか。暗算の速度も加えるべきだろうか。いや、暗算の速度なんてそもそも知能に関係あるだろうか……。何を測定するかを明確にしておかないと、その指標が妥当かどうかの議論すらおぼつかない。
②何のために、に関しては意外と思われるかもしれないが重要だ。指標は結局道具なのだから、使えなければ意味がない。仮に完璧な知能検査とやらがあったとして、それが元々小学生の知能を測るために作ったのに難しすぎて小学生には答えられませんでは意味がない。逆に、ゲーム依存症のスクリーニングテストのように、指標としてはだいぶ大雑把でも目的を果たしていれば許容されることもある。
では、経済指標の目的は何だろうか。別に1つだけではないだろうが、政治の文脈でざっくり経済指標を用いるなら、その動機はひとつしかない (というか、この目的が最重要であってしかるべきだ)。それは、社会全体の豊かさを測ることだ。
社会全体の豊かさとは、特定の階層や職種などの人だけではなく、あまねく様々な人々に富が行き渡り収入が改善しているかどうかを指す。仮に大企業のサラリーマンの給与が爆増していたとしても、社会の大半が非正規雇用で彼らの給与は低迷しているのでは意味がない。
社会の豊かさを測ることが目的なら、当然だがその指標はその目的に適ったものでなければいけない。言い換えれば、先に述べたように、特定の人々が豊かになっただけで簡単に改善されてしまうような指標では困るということだ。我々が知りたいのは見かけ上の豊かさではなく、あまねく富が行き渡っているという意味での真の豊かさ(に近い数字)だ。
そのため、経済指標の妥当性はこの目的に適うかどうかで考える。その目的に適わない指標がダメだというわけではないが、少なくとも政治の文脈でで使用されるのにはそぐわなかったり、問題があることは留意されるべきだ。
指標はひとつで完璧である必要はない
最初に最強の経済指標選手権とか煽っておいてなんだが、指標はひとつで完璧足り得ないし、そうなる必要はない。
ことあるごとにグラフを振り回す人々が理解していない本質だが、統計は所詮現実世界の一側面を切り取ったものに過ぎない。人間の手で扱えるデータの範囲しか見られない以上、一切のノイズや欠陥のない統計は存在しない。ひとつのデータからすべてがわかることもない。
そのため、この記事で最強とみなした指標にも欠点はある。だが、それは他の指標が優れていることを意味しない。欠点はあってもなお、現状ではその指標が目的に対して最も優れたものであることに変わりがない。
また、指標を組み合わせて使うことも問題とならない。ひとつの指標ではわからないことも、別の指標と合わせれば解釈を確定させることができる。それは指標を使ううえで当然のことだ。
最強の経済指標は実質賃金
実質賃金とは何で、何故使うべきなのか
では本題。最強の経済指標とはなにか。最強というか、経済を語るうえで最適な経済指標という話だが、それは実質賃金である。
議論に入る前に、そもそも実質賃金ってなんだっけという話をしておく必要がある。Wikipediaの記事では以下のように説明されており、おおむねこういう理解で間違いない。
実質賃金(じっしつちんぎん, Real wages)とは、労働者が労働に応じて取った賃金が実際の社会においてどれだけの物品の購入に使えるかを示す値である。賃金から消費者物価指数を除することで求められる。このときの賃金、すなわち貨幣で受け取った賃金そのもののことを名目賃金(めいもくちんぎん, Nominal wages)という。
つまり、額面で受け取った給与に物価の影響を考慮した値だ。なお、この計算では労働していない人は考慮されないから、突然赤ちゃんが100万人産まれて所得ゼロの人が爆増しても数字は変わらない。逆に、低賃金の労働者が大勢失職すると平均が引き上げられる可能性もあるが……。
なお、物価を考慮しない指標は名目賃金という。
では、なぜ実質賃金を使うべきなのだろうか。それは、実質賃金が人々に行き渡る富をおおむね適切に表現できている指標だからだ。
我々に富が行き渡るとき、その大半は給与のかたちで懐に入る。であれば、我々がどれくらい給料をもらっているかという指標は直接我々の豊かさを指し示す指標になり得る。
さらに、実質賃金は名目賃金と違って物価を考慮できる。仮に年収が300万円から600万円に跳ね上がったとすると、名目賃金の上では倍になったことになる。では倍豊かになったかといえばそうとは限らない。極端な例を挙げるが、物価が4倍になったいたらどうだろうか。額面は倍になっていても購入できる物品は半分になってしまう。これでは意味がない。故に、指標は物価を考慮すべきだ。
では、逆にほかの指標ではダメなのだろうか? 経済の指標としてよく用いられるのは株価だが、これは我々の懐に入る富を直接表現しているわけではない。仮に、株価が上がれば賃金も上がるという関係があるとしても、当然そうとは限らない。株価は投資家が、給与は会社が決めるのだから連動したとしても直接ではない。挙句、株価には小手先で吊り上げる方法が数多くある。指標としては頼りなく、直接賃金を表現できる指標を押しのけてわざわざ使う理由が見当たらない。
ほかにも様々な指標があると思うが、実質賃金を使う理由は基本的にはこれだ。実質賃金がほとんど直接、我々の懐具合を表現してくれているところなのに、なぜ別の指標を使うのだろうか。組み合わせるというのはわかるが、実質賃金以外の指標に頼む理由はない。
実質賃金の弱点
とはいえ、実質賃金も完璧ではない。いくつか弱点がある。
1998年以降の日本経済というのは基本的に大不況なんですね。この不況は2013年、つまり民主党政権が終わりアベノミクスが始まるまで続きます。またアベノミクスが始まってもしばらくの間、みんなが雇用されるという状況ではないんですね。2018年に当時の安倍首相が「完全雇用を達成している」と発言しましたが、少なくともこの時までの5年間は不本意な失業をしている人というのが割といたんです。
そうなると何が歪むか。実質賃金が歪むんです。実質賃金の分母は就労者数と物価ですが、なんだかんだ2018年頃まではインフレもなく物価は安定していたので、就労者数が実質賃金の分母になるんですね。
そうなると、就労者でない人は分母から除外されるので、分母=雇用が少ないほど実質賃金が上がるのです。派遣やパートなどの低賃金労働者が切られ、正社員の雇用が守られるような不況局面では実質賃金には上押しの圧力がかかる。
まず、コンサル(笑)が指摘するように、労働者の数が少ないほど実質賃金は高く出やすいということだ。仮に年収130万円のパート労働者が分母からごっそり消えれば、彼らの130万→0円の変化は統計に反映されなくなる。これが130万円→10万円とかなら話は別だ。
この点、注意深く読む必要があるのは事実だろう。ただし、皮肉なことに、コンサル(笑)が指摘するような、民主党政権下での不況によりかえって実質賃金が押し上げられる現象は実在が怪しい。
というのも、就業者数の推移をみる限り、民主党政権下(2009年~2012年)で注意を要するほどの下落は2008年→2009年にしか起きていないからだ。それ以降は横ばいか微増減で、実質賃金を歪めるほどには見えない。
そして、あえてコンサル(笑)の使った画像を用いるが、2008年→2009年の実質賃金は落ち込んでいる。というわけで、就業者数の減少による実質賃金の増加は、理論上起きうるが少なくとも民主党政権下とその周辺では起きていないと結論付けられる。民主党政権を悪夢と評するなら、その後の自民党政権もさほど悪夢と変わらない様子だ。
なお、逆に、低賃金の労働者が増えることで賃金として支払われている額は増えているのに実質賃金は低下することも起こりうる。Wikipediaにも以下のような記載があった。
エコノミストの永濱利廣は、実質賃金は従業員の景気実感を判断する指標とする向きもあるが、この統計の元になる名目賃金は労働時間が短く平均賃金より低い雇用者数が増加すると、すでに働いている人の賃金が下がらなくても低下してしまう。このため、最低賃金やアメリカの単位当たり賃金データは、時間当たり賃金で測られるのが一般的であるとしている。
ただ、仮にその通りの現象が起きるとして、短時間低賃金の労働者が実質賃金を歪めるほど大量に生まれる社会と豊かだといっていいかは疑問がある。そのような状況になった背景次第だろうが、たいていの場合、それはこれまで働かなくてよかった人々が少しでも働かないといけなくなったということではないだろうか。典型例が学費を賄うための学生のバイトや、年金だけでは暮らせない高齢者のバイトだ。
もうひとつの欠点として、実質賃金はあくまで平均値であって過剰に給与の高い者に影響を受けうるというのもある。これもコンサル(笑)が指摘する通りだ。ただ、実質賃金に含まれるのはあくまで給与を受けとる従業員であり、収入が高くなりやすい経営者側の役員等は含まれないはずなので、他の指標に比べれば過剰に高い給与の者の影響を受けにくくはなっている。ほかの指標も平均としての欠点を等しく持つことを考えれば、解釈に注意を要するとはいえ、これ自体が実質賃金の使用を著しく難しくする問題点になるとは考えられない。
というわけで、現状、経済指標としてもっとも妥当なのは実質賃金だと思われる。繰り返すように、実質賃金は完璧な指標ではないものの、他の指標と比べてこれを使わない理由が存在しない程度にはわかりやすく優秀である。もちろん、今後より優れた指標が開発される可能性もあるが……。
民間給与総額(笑)
さて、お上品な内容はここまでで、ここから先はインターネットの中心的娯楽、悪口もとい真っ当な批判のコーナーである。
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