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『アイドルなんかじゃなくて』サンプル/Novel by みっちぇる

『アイドルなんかじゃなくて』サンプル

15,088 character(s)30 mins


こんなことは、初めてだった。
初めて、私は本気で恋をしたんだ。

トリニティ謝肉祭でのアイドルライブを成功させたアヤネとセリカは、対策委員会での会議を経て、アビドスの宣伝のために二人で配信活動を行うこととなった。
配信を通じて自信をつけていくセリカとは裏腹に、アヤネは「みんなのアイドル」へと変わっていくセリカに対して、複雑な思いを抱くようになっていき……?

アヤセリ×アイドル×独占欲ものです。

プロローグ
序章【ハイライト】
一章【秘密】
二章【本音】
三章【涙の正体】
終章【小さな革命】
エピローグ

のうち、プロローグから一章【秘密】までをサンプルとして公開します。
全文は約43000字になります。

3/23(日)開催、青春キャンバス1【B10】
サークル「飛び出した枝豆の行先」にて、A6判118頁、500円で頒布予定です。
なにとぞ、お手にとっていただければと思います。

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-プロローグ-

ただ、眩しかった。

 私たちに向けられる、無数のペンライト。
 色とりどりのステージ照明。

 滲む光は、私にとって遠すぎたけど。

 隣に立った、セリカちゃんが。
 きらめく汗が、嬉し涙に潤む瞳が。

 それだけが、ただ、ひたすらに、眩しかった。




-序章【ハイライト】-

 トリニティ謝肉祭。私たちのライブは、大歓声に包まれて幕を閉じた。
 照りつけるステージライト。熱さすら感じるほどの光が、私のぼやけた視界を埋め尽くす。ノノミ先輩の提案で、今日は眼鏡を外してきた。慣れない裸眼でのパフォーマンス。普段と違って足元がよく見えなかったから、踊っているときは、ずっと目を細めてしまったような気がする。表情管理はしっかりできていたのだろうか。ちゃんと、私はアイドルができていたのだろうか。

 客席に目を凝らせば、かろうじて、ペンライトで描かれた光の軌跡が見えた。拍手だって、いつまでも鳴り止まないで響いている。それなのに、私の頭に浮かんでくるのは、ライブの反省点ばかり。どうしたって、物事をよくない方に考えてしまうのが、昔からの悪い癖だ。
 この声援は、本当に私に向けられたものなのだろうか。お客さんの表情が見えないから、その気持ちを素直に受け止めることができないで、つい不安になってしまう。

 これでよかったのかな。アイドルの私には自信がない。

 足元に気をつけてください、というスタッフさんの誘導に従って、暗転したステージから降りる。
「アヤネちゃん!」
 頭の中で、ぐるぐる回るネガティブ思考。振り返ると、そんな考えを断ち切るような明るい声が飛び込んできた。私と一緒にライブをしていた、セリカちゃんの声だ。肩で息をしながらこちらに向かってくる彼女の身体を、慌てて受け止める。
 ステージで隣に立っているときも思っていたけど、至近距離で見ると改めて、ぱしぱしと揺れる長いまつげ越しの、きらきらとした瞳の輝きに目を奪われてしまう。普段は引かないアイライン。ラメの入った派手なメイクが、セリカちゃんの可愛さをいつも以上に引き出している。
「もう、セリカちゃん……!」
「すごかった、アヤネちゃん……! あんなに応援してもらえるなんて、思わなかった……!」
「うん……! ほんと、すごかったね……!」
「すごい、私、アイドルやってよかった……!」
「あははっ、よかったね、セリカちゃん……!」
 セリカちゃんの、弾けるような笑顔が眩しい。ステージを降りた素の表情は、私だけが見られる特別だ。
 薄暗い舞台裏。おでこに貼りつく前髪とか、化粧が少し崩れているのだって、周りの人には見えっこない。ライブは緊張するけれど、終演後の、二人だけで笑い合うこの時間のためだったら、何度だってアイドルをやりたいと思えた。
 煌めくステージで咲き誇る、綺麗なセリカちゃん。私だけに見せてくれる、眩しい笑顔のセリカちゃん。アイドルをしているセリカちゃんは、いつだって輝いている。そんなセリカちゃんの隣にいると、私の自信のなさ、心の陰りだって振り払ってもらえるような気さえする。

 ステージ裏の狭い通路をセリカちゃんと手を繋ぎながら歩いていると、次の準備を進めるトリニティの設営係さんたちが、こちらに視線を向けていることに気づいた。少し遠くにいる彼女たちがどんな表情をしているのかは分からなかったけれど、あまり周りを気にしていない彼女たちが何を話しているのかは、耳を澄ませなくとも聞き取ることができた。
「きゃ、こっち見てる? えー、顔よすぎなんだけど……」
「いやー、睨まれてない? あれ……」
「うそだぁ。アビドス、だっけ? あの子たち、あんなに可愛いのに」
「まぁ、それはそうね。二人とも、一年生なんだって」
「えーっ、将来有望だ」
「制服も可愛いよ、調べたけど。紺のブレザーと、落ち着いたチェックのスカートで。アレンジし放題って感じ」
「いいなぁ、私たち、セーラー服だからねぇ。限界あるよね」
「ね、うち校則も厳しめだもんね。いいね、アビドス。どこにあるのか、わかんないけど」
「確かに。今まで聞いたこともなかった。アビドス、ねぇ……」
 
 アビドスのことを知らない、彼女たち。正直、私はそういった反応には慣れていた。なにせ、アビドスはトリニティみたいな、大きな学校とは違うのだ。
 全校生徒は、たったの五人。生徒数が足りなくて、連邦生徒会の議席を貰うことだってできない。それが私たちのアビドス高等学校。借金返済に奔走するあまり、広報もおろそかにしてしまっている現状では、知名度が低いのは仕方がないことだった。
「なによ、あの子たち……!」
「まぁまぁ、セリカちゃん……」
 それでも、私とは違って、セリカちゃんは彼女たちに目くじらを立てていた。そんなセリカちゃんをなだめながら、楽屋に戻って荷物を回収する。さっきはミスなく踊りきってガッツポーズまでしていたはずのセリカちゃんは、彼女たちの言葉にすっかり機嫌を悪くしてしまっていた。
 セリカちゃんの機嫌は、口や態度にすぐに出る。それでトラブルになることも多いけれど、私はそういう素直なところを、とっても可愛くて、素敵だなぁと思っている。
 喜怒哀楽がはっきりとしていて、自分の感情を大切にできる、セリカちゃん。
 私には、そういう魅力はない。だから、彼女の在り方が羨ましい――というより、セリカちゃんのピュアなところに、憧れのような気持ちを抱いてしまう。

 『もし帰ってきてくれたら、アヤネちゃんと一緒にアイドルやるから!』
 思えば、私たちがアイドルをやることになったのだって、セリカちゃんがホシノ先輩に放った啖呵がきっかけだった。
 セリカちゃんにはとても言えなかったけど、明るくて元気なセリカちゃんはともかく、私には、アイドルなんかできっこないと思っていた。だって、大勢の人たちの前で歌って踊るだなんて、そういうことができる人のことは尊敬するけれど、私にそれができるだなんて、到底想像ができなかったのだ。いつも後方支援を担っている私が、自ら人前に立つだなんて。私に向いているとは思えない。私じゃなくてもいいんじゃないか、という気持ちはずっと抱いていた。
 けれど、私たちのアイドル活動を通じて、対策委員会のみんなに笑顔が増えて、学校の雰囲気がもっと明るくなっていった。それに気づいてからは、私なりに、アイドルを頑張れるようになった。
 ホシノ先輩は、約束通りにアイドルをしているセリカちゃんのことをからかいつつも、私たちの練習中にスポーツドリンクの差し入れをしてくれた。
 シロコ先輩は、私たちそれぞれに合わせて、体力作りのトレーニングメニューを組んでくれた。

 アイドルというのは、笑顔を見せる仕事ではなくて、笑顔にさせる仕事なのだという。
 アイドルをやるなら是非、と言ってノノミ先輩が見せてくれたおすすめのアニメで、そういう台詞があったことを覚えている。
 アイドルが大好きなノノミ先輩は、プロデューサー兼マネージャーとして、私たちの活動を全面的にサポートしてくれた。セリカちゃんがアイドルをやると言い出した時から、こういったことに疎かった私たちがパフォーマンスだけに集中できるように、いろいろな契約だとか、スケジュール調整だとかを、全て一人で担ってくれた。
 衣装だって、ノノミ先輩のデザインだ。肩もおへそも出した、かなり大胆なデザイン。水着みたいな露出度で、本当に恥ずかしかったけれど、先輩が私たちをいちばん魅力的に見せようと考えて作ってくれたものだというのはわかっていたから、なんとか慣れるように努めた。
 クリスティーナと名乗りながら、私たちをプロデュースする先輩。
 『迷惑ではないですか』そう尋ねたときに『夢でしたから』と答えてくれたノノミ先輩。
 そんなノノミ先輩の姿が、私に“アイドル”を教えてくれた。私はアイドルを続けることで、大好きなアビドスに感謝の気持ちを伝えることができるようになったのだ。

 アイドルを始めてからというもの、誰よりも笑顔が増えたのは、セリカちゃんだった。
 彼女は何個も掛け持ちしていたアルバイトも無理のない範囲内におさえるようになった。
 そうして空いた時間を使って、どんな振り付けを入れたら可愛いかとか、こういうメイクがあるみたいだとか、アイドルとしての自分磨きに力を入れるようになった。
 アビドスのためにできることが増えたセリカちゃん。口を開けば恥ずかしいとばかり言っていたけど、その言葉とは裏腹に、毎日とても嬉しそうにしていた。
 ライブ前の楽屋でも、ノノミ先輩にヘアセットをしてもらいながら、髪の巻き方を教わっていた。
 とにかく学校の借金を返すことだけを考えていた頃のセリカちゃんは、他人にどう思われようがやるべきことをやるだけといった感じで、焦るあまりに自分の恰好なんてあまり気にしていなかった。それなのに、人に見られる活動をするようになってからは、可愛い髪型とか、メイクのコツとかを、自分から調べるようになった。
 アイドルとして、アビドスのために頑張るセリカちゃん。その顔つきは、日を重ねるごとに、自信に満ちあふれたものになっていった。

 セリカちゃんが嬉しそうにしていると、私だって嬉しくなる。校内の事務を担う私と、校外でお金を稼ぐセリカちゃん。いつもは別行動が多かったセリカちゃんと、こうして肩を並べて、一緒にアビドス復興に向けた活動ができるようになったのも、ひとえにアイドルを始めたおかげだ。
「セリカちゃん、本当にかわいいよ」
「んにゃ、何、アヤネちゃん、急に……」
 更衣室でジャージに着替えながら、ツインテールを結びなおすセリカちゃんの顔を見て、つい、頭の中で考えていたことをそのまま口にしてしまった。
 髪を巻いているから、なんだかお嬢様みたいになっているセリカちゃんがかわいらしい。おしゃれな髪型を練習している、頑張り屋さんのセリカちゃん。そんな彼女の色々なヘアスタイルを見れるのは楽しいし、セリカちゃんの努力は、心から尊敬している。
 それでも、やっぱり私は、セリカちゃんといえばツインテールだなあというイメージを、捨てきれないでいる。

 だって、ツインテールは、中学生の頃から知っている、セリカちゃんで。
 セリカちゃんは、あの頃からずっと、アビドス思いの優しい人で。
 そういうセリカちゃんのことを、私は好きになったんだから。




-一章【秘密】-

 セリカちゃんとは、中学生の頃に仲良くなった。

 「なんで、アビドスから出ていくのよ!」

 アビドス公立第一中学校。用事を済ませて戻った教室では、セリカちゃんの怒鳴り声が響いていた。
 私に向けられたものではない。クラスメイトに話を聞けば、隣の席に置いてあった参考書を見かけたセリカちゃんが、その持ち主に突っかかっている、といった事情のようだった。
「あっ、よかった、委員長……! セリカちゃんが、また……!」
「わかった、先生は呼ばなくていいから……!」
 慌てて、セリカちゃんの肩を叩く。相手の子に頭を下げながらセリカちゃんを連れて廊下に出て、いら立ちを収めようとしない彼女をなだめる。
「セリカちゃん……!」
「だって……! 私たち以外、誰もアビドスに残ろうとしてないじゃない! こんなの、絶対ダメなのに……!」
「そうだけど……! みんな、それぞれ行きたい学校があるんだよ、仕方ないよ……」
 好きを声高に叫ぶ彼女は、周りの子からは嫌われてしまっていた。みんな、受験が迫る繊細な時期だ。だから、誰が悪いという話ではなかった。
 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。席に戻ると、隣に座るクラスメイトが、委員長、お疲れさま……、と話しかけてくる。
 気にしないで、と返しながら、アビドス高校の過去問を開く。授業とはいっても、もう三年生の二月だから、ほとんど自習の時間だった。何周もした参考書を少し見返して、やることがなくなった私は、窓の外、砂に埋もれて使い物にならない陸上トラックに目をやった。

 アビドスを襲う、砂嵐。
 マンモス校とまで言われていたアビドス高等学校が大きく人気を落とした原因にして、地元の中学校に通っている子たちがこぞってほかの自治区の高校へ行ってしまう理由が、まさに今、目の前で吹き荒れている。
 
 ―――悪いのはこの砂嵐だ。

 衰退したアビドスは、若者にとっては何もない自治区なのだから、よほどのもの好きではない限り、外へ出ていくのは当たり前だった。田舎で地元にやりたいことがなければ、そうするほかに選択肢はないのだ。
 それに、キヴォトスには寮のある高校が多い。だから、お金に困っていなければ、高校選びをするとき、学区に縛られることもない。これはアビドスに限らない、キヴォトスの進学事情だ。地元から離れた高校へ行きたいというのなら、わりと行けてしまうという現状もあった。
 自由度が高いといえば、確かに聞こえはいい。けれど、それは競争が激しいということでもあった。ただ寂れていくだけの、アビドスみたいな学校は、なかなか選んではもらえないのだ。
 せっかくの、華の女子高生。おんぼろ高校なんかに興味がないというのは当然で、それは他の自治区もわかっていたようだった。私たちの学校は、公立第一というだけあって、地元ではそこそこ勉強ができる子たちが通っている学校だ。そういう中学校に、いろんな高校からパンフレットが送られてくる。教室の後ろのほうに積まれた冊子の山は、まさかアビドスに残る人なんていないだろうと、私たちのことを決めつけているかのような圧を放っていた。
 
 最近、クラスの話題は高校選びでもちきりになっている。願書の提出の期限が迫る中で、私も毎日、やれトリニティの制服がかわいいだとか、でもトリニティは学費高くて行けないだとか、そんな雑談に相槌を合わせるような日々を過ごしていた。
 遠くに思いを馳せる彼女たち。一方で、進路指導室の前で埃をかぶっている、アビドス高等学校のパンフレット。
 皆が皆、まるで地元には高校がないかのような振る舞いをしていた。それが、私にはとても恐ろしいことのように感じられた。

 結局、アビドスに残るようなもの好きは、私とセリカちゃん、たったの二人だけだった。
 クラス委員長を務める私は、セリカちゃんがクラスのみんなと衝突するのをなだめつつも、セリカちゃんとたった二人で、アビドス高等学校への進学を考えていた。
 私は、生まれたときからアビドスで育ってきた。お買い物の仕方だって、アビドス商店街で覚えたのだ。私にとってのアビドスは、昔から支えてくれた地元だ。小さな世間かもしれないけれど、私はそういうアビドスに愛着がある。だから、高校生になったら、恩返しがしたいと考えていた。進学先にアビドス高校を選んだのだって、ひとえに学校の存続のためだ。

 たまに、私だってもっとセリカちゃんみたいに『クラスのみんなにもアビドスに残って欲しい』なんて言えたらいいのにと思う。
 みんなで力を合わせれば、きっとこの自治区の復興だってできるはずなのに。
 今はカイザーグループが大きなお店をたくさん開いて、毎日工事をしているけれど、まだまだ商店街にも、活気が残っているはずなのに。
 思ったことを、はっきりと言えない私。委員長という肩書を持ちながらそういうことを言うのは良くないからと、もやもやとした気持ちをどうにか納得させていた。そう、これは仕方がないことなのだ。まだ、アビドスには私たちの世代にとって魅力的なものがない。私はアビドスのことが好きだけど、周りの人にはなかなか好きにはなってもらえない。それも、痛いほどわかっていた。

 「奥空さんは成績も良いですし、ミレニアムサイエンススクールを狙ってみてはどうでしょうか」
 進路指導室に入ると、ロボット頭の担任が分厚いパンフレットを手渡してきた。
 ミレニアムは、キヴォトスにおける理工学系高校の最高峰とされる学園だ。まさか、そんなところに進学を薦められるとは。
「奥空さんは、第一希望をアビドス高校としていますが……。先生としては、もっと高いレベルの高校を狙えると思っています。もしお金の問題でしたら、カイザーのところでやっている、奨学金制度もありますし……」
「はぁ、そうですか……」
 パンフレットをぱらぱらとめくりながら、在校生製作と書かれたページに載っているロボットの写真を見る。確かに、機械いじりは嫌いじゃなかった。商店街の人たちに頼まれて街灯とかの修理はよくしていたし、学校の用事で、ドローンを操縦することもあった。
 昔から、誰かの役に立てるよう、頑張ることは好きだった。それで、クラス委員長を任されているところもある。
 担任の先生は、きっとそういう私のことをよく見て、高校では私らしく、のびのびとできるようにと気を遣ってくれたのだろう。先生なりに、私を大切にしてくれていたのだと思う。
「アビドスから、こんなすごい学校に行けるだなんて……! 奥空さんならきっと受かります。ぜひ、考えてみて欲しいです」
「はい、考えておきます……」

 突然、アビドス高校以外の選択肢を与えられた私。これまで、そんなことは考えたこともなかった。家に帰って、ベッドの中で思い悩む。よりアビドスのためになるのは、果たしてどちらなのだろうか。
 冷静になって考えてみれば、たかだが十五歳の子どもが地元に残ると言ったところで、地域のためにできることなんて限られているのかもしれない。それに、いったんレベルの高い高校に行って、知識を身につけてからアビドスに恩返しするという方法だってある。受験を間近にして、私の中に迷いが生まれた。

 それから、私はほとんど毎日進路指導室に通った。セリカちゃんは、そんな私をいつも教室で待っていてくれた。
 遅くなってごめんね、と謝る私。それに対して、勉強してたからいいの、と返すセリカちゃん。そんなやり取りが、私たちの間では恒例になった。
 セリカちゃんは、立派だ。周りにどう思われても、アビドスが好き、という自分を大切にしている。

 人の役に立ちたい私は、どうしても誰かの期待に応えようとしてしまう。これはもう癖のようなもので、直すとかいうものではないのだけど、たまに、私が本当にやりたいことって何なんだろう、なんて落ち込んでしまうことがある。周囲からは真面目だと言われる私の、弱いところだと思う。

 「私は、アビドスが好きなんです」
 願書の締め切り二日前。私は、期待をかけてくれた先生に頭を下げながら、きっぱりとそう言い切った。

 あれから、セリカちゃんと何度か勉強会をするなかで、彼女のアビドスにかける想いを聞いた。
 セリカちゃんも、アビドス生まれアビドス育ち。子どもの頃から街の人たちに大切にしてもらったり、地域で一体となって砂かきをして街を綺麗に保っていたりと、そういう雰囲気のあるアビドスのことが好きなのだという。
 アビドスはこんなに優しい人たちばかりなのに、地元のみんなは離れていく。そのかわりに入ってくるのは、お金の話しかしないカイザーグループの人たちばかり。セリカちゃんは、そんな現状が許せないのだと怒っていた。
 自分がアビドスを取り戻して、みんなに帰ってきてもらえるようにする。そのために、まずはアビドス高校から立て直す。
 セリカちゃんは、強い。私にはないかっこよさをもっている。勉強を教えるたびに、私のことを褒めてくれるセリカちゃん。私なんて全然すごくない。セリカちゃんの強さに、私はどれほど憧れただろう。

 「アヤネちゃん、本当にアビドスでいいの? せっかくミレニアムに行けるのに、もったいなくない?」
 雪の降る中、校門で待っていてくれたセリカちゃんと、高校までの道を歩く。アビドスに進学を決めた勇気は、セリカちゃんからもらったものだというのに。それなのに、彼女は私を気遣うような尋ねかたをする。
「うん。私、アビドスに行きたいから」
「えへへ、アヤネちゃん、ありがとう……!」
「セリカちゃんが、お礼を言うことじゃないよ……。一緒に、アビドスでがんばろうね」
「うん!」
 校庭にいた高校の先輩方に直接願書を手渡してから、少しだけお話をして、用事を済ませたあとは、二人で商店街を歩いた。
 なんとなく立ち寄ったラーメン屋さんの暖簾には、柴関という文字が踊っている。木の内装が優しさを感じさせる、雰囲気の良いお店だった。
「あったかいのが食べたいな、セリカちゃん」
「うん。あ! ここ、私が来月から働くところだ……!」
「え、もうバイト先決めてるの?」
 セリカちゃんの行動力に驚いた。まさか、中学生なのに、もうアルバイトの面接を通っているだなんて。
 まっすぐに、高校生活のことを考えているセリカちゃん。ギリギリまで先生と悩んでいた私とは大違いだ。本当に、セリカちゃんはアビドス思いなんだ。少し自分が情けなくなる。
「えへへ、高校の近くのお店って、新入生ですって言えば採ってくれるんだよ」
「へえ……。それでもすごいよ、セリカちゃん……」
 食券機をしばらく眺めて、結局、大将おすすめ! というポップが貼られた柴関ラーメンを頼んだ。しばらく待つと、値段のわりにボリューミーなラーメンが運ばれてくる。
 どんぶりから立ち昇る、あたたかい湯気。学生思いの店だな、と思った。アビドスが好きだといいながら、こんなにも素敵なお店があることを知らなかっただなんて。自分が少し恥ずかしくなった。 
二人分の麺をすする音が響く。少しの沈黙のあと、セリカちゃんが口を開いた。
「私、高校生になったら、たくさんアルバイトする。ここだけじゃなくて、ほかにもたくさん」
「セリカちゃん……」
「アヤネちゃんは、頭もいいし、いろんなことができるから、学校の役に立てるでしょ? だけど、私はそういうことができないから。その分、借金を返せるように、頑張らないと」
 そんなことないのに、とは言えなかった。対面に座るセリカちゃんの瞳に宿る覚悟は、同情を求めるような、やわなものではなかったから。
 自分が、アビドス復興のために何ができるか。たまたま、勉強とか機械いじりとか車の運転とか、すぐに役に立つことができた私とは違って、きっと、セリカちゃんはたくさん考えたはずだ。
 アビドスのために、何ができるか。大好きな地元を何とかしたいと思っても、しょせん、私たちは女子中学生だった。ひとりでできることなんか、ほとんどない。
 大人たちですらどうしようもなかった問題に、それでも必死で向き合ったセリカちゃん。そうやって、セリカちゃんなりに出した答えが、お金を稼ぐということだった。それならば、私がするべきことは、セリカちゃんの決意を応援することだ。そうやって、セリカちゃんの支えになれたらいいと思った。そのために、私は彼女と同じ学校に行くんだ。
「うん、お互い、がんばろうね」
 それぞれに、できることをしよう。寒空の下、二人で帰る道すがら、セリカちゃんの手をぎゅっと握った。誰かと手を繋いで外を歩く。そういう関係になったのは、セリカちゃんがはじめてだった。
 ポケットで暖を取る、手袋を忘れたという彼女の掌。かじかんで感覚がないと笑っている彼女の、真っ赤な指先。私の掌に伝わる、セリカちゃんの冷たさ。
 手が冷たい人は、心の温かい人だという。そんな噂話が、私の心にあかりをともしてくれた気がした。

「はぁ、疲れた……」
 卒業式は、忙しくてあっという間だった。式典は午前中に終わったから、早く帰れるかと思っていたけど、離れ離れになるクラスメイトたちと、それぞれ写真を撮ったり、連絡先を交換したりしているうちに、すっかり夕方になってしまった。
「柴関、食べたいなぁ……」
 もう、早めの夜ごはんといった時間だった。お腹のあたりをさすりながら、一人で商店街を歩く。あの日から、柴関ラーメンは私の行きつけになっていた。
 私のひそかなお気に入りは、ジャンボラーメン。何度か通っているうちに知り合った常連さんから教えてもらった、いわゆる裏メニューというものだ。
 他では見ないような大きさの特製どんぶりに、嘘みたいな量の麺と、たくさんの具材がぎっしりと入った大迫力のラーメン。私は遠慮しているけれど、完食できれば、お店の壁に記念写真を飾ってもらうことだってできる。そのくらいには、とにかくたくさん食べることができる一品だ。それに、大将さんが作るものだから、もちろん味もしっかり美味しい。

 私はご飯をたくさん食べることが好きだ。可愛げのない量を、もりもり食べることが好きだ。
 恥ずかしいから、誰にも話したことのない秘密。こっそり食べるジャンボラーメンが、自分へのご褒美にぴったりだった。今日は、たくさんの人付き合いを頑張った日だ。卒業祝いということもあるし、トッピングのチャーシューを増やしてもいいかもしれない。
 引き戸を開けると、大将さんが出迎えてくれる。暖簾をななめ四十五度にめくる、私の手つきも慣れたものだ。
「おお、今日もいつものでいいかい?」
「こんにちは、大将さん。今日は、チャーシュートッピング追加でお願いします」
 大将さんに食券を手渡してから、他のお客さんからは見えない、いつもの奥の席に座った。おしぼりで手を拭いてから、机に置いてある大きな卵みたいな占いのおもちゃを触って時間を潰す。大将さん曰く、山海経のおみやげだという。
 
 しばらく待って、ラーメンが届いた。研修中と書かれた名札をつけた店員さんが、慣れない手つきで配膳ワゴンを押してくる。一人で持つには重すぎるラーメンだ。手伝おうかと思って顔を上げた。
 すると、そこには柴関ラーメンの制服を着て働いているセリカちゃんがいた。
「お待たせしましたー、ジャンボ、チャーシュー追加で……って、え⁉︎」
「あ、うそ……、セリカちゃん⁉︎」
「え、アヤネちゃん⁉︎」
「なんで、え、まだ、高校生じゃないよね……?」
「大将さん、春休みからいいよって。だから、今日がはじめてなんだけど……」
「うそ、え、あ、教えてくれても、よかったのに……」
「アヤネちゃんこそ、大将さんと仲良さそうだったけど……。柴関、よく来てたの、知らなかった……」
 セリカちゃんの目が、私の顔、お腹のあたり、ジャンボラーメンの三点をどうにか頑張って結びつけようと、くるくる回る。いくら同性同士とはいっても、こうも無遠慮に身体を見られると、どうしたって恥ずかしい。スクールバッグを膝に置いて、彼女の視線を遮った。
「もう、やめてよ、セリカちゃん……!」
「え、だって、ジャンボって、完食したら壁に飾られるあれじゃないの……?」
「そうだけど……! 大将さんに頼んで、写真は撮らないでもらってるの……!」
「え、いや、たしかに、なんで奥の方に座るのかな、って思ったけど……!」
 ジャンボラーメンが机に置かれる。両手に鍋つかみをはめたセリカちゃんは、たらいみたいな大きさのどんぶりに盛られたラーメンを前に、一歩も動けなくなっていた。呆然とするセリカちゃんの目の前で割り箸を割るのが気まずくて、厨房に戻るように促す。
「セリカちゃん、次のお客さん、いると思うよ……」
「あ、つい、見ちゃって……」
「うう、内緒にしてね……。いっぱい食べるの、恥ずかしいんだから……」
「アヤネちゃん……」
 巨大な角煮と見紛うばかりの分厚いチャーシューを口に運ぶ私を見たセリカちゃんは、明らかに引いている。セリカちゃんの素直なところは、彼女のかわいいところだと思うけれど、こんなにもわかりやすく驚きをあらわにした表情を向けられると、さすがに悲しくなってくる。

 まさか、私がたくさん食べるという、誰にも知られたくなかった秘密が、誰かにバレてしまうだなんて。しかも、よりにもよって、これから二人で高校生活を送っていくことになる、セリカちゃんに。

 顔から火が出るようだった。紅潮する頬に、額から吹き出す汗を、どうにか湯気のせいにして誤魔化す。そう。全部、ラーメンのせいだ。
「や、ちがくて、その、セリカちゃ……!」
 戸惑うセリカちゃん。彼女はなにも悪くないのに、ただ真面目に働いているだけの彼女を、困らせてしまっている。
「うう、ごめん、セリカちゃん……。おねがいだから、内緒にして……」
「アヤネちゃん……」
 セリカちゃんが私の席から離れてから、いつもより麺が伸びてしまったラーメンを、いつも以上の早さで食べた。セリカちゃんが他のお客さんの対応をしている間に、そそくさと店を後にする。後からお会計をしなくてもよい、食券制で本当に良かった。





 お風呂から上がって、保湿をしていると、ポケットの中でスマホが震えた。画面に浮かぶモモトークの通知は、セリカちゃんからのものだった。
『アヤネちゃん、黙って働いてて、ごめん!』
『私がアビドスのためにアルバイトしてること、高校では秘密にしたくて』
『先輩たちには気を遣わせたくないから』
『アヤネちゃんには、教えてもよかったよね……!』
『ほんとにごめん!』
 悪かったのは私のほうだ。それなのに、セリカちゃんは私は悪くないからと、私のことを考えてくれる。
 スマホの壁紙に設定してある、セリカちゃんとのツーショット。笑顔で写真に写る彼女が通知と重なって、私に語りかけてくれているかのように見えた。
 セリカちゃん。なんて優しい人なのだろう。
 私の秘密を守ってくれるし、一緒に秘密を抱え合おうと自分のことをさらけ出してくれる、優しいセリカちゃん。セリカちゃんのこういうところに触れるたびに、もっともっと好きになる。
 まじめに働く、アビドス思いのセリカちゃん。頑張り屋のセリカちゃん。
 それに、私の気持ちまでわかってくれる、セリカちゃん。
 大好きなセリカちゃんと、一緒の高校に行けるだなんて。
 アビドスへの進学を選んでよかった。
 セリカちゃんのためなら、どんなことだって頑張れると思った。

 「やっぱり、二人しかいないね……」
「ほんと、信じられない!みんな、薄情なんだから……!」
 アビドス高等学校、入学式。
 桜のかわりに砂埃が舞う校庭で、セリカちゃんと、掲示板に貼り出された新入生名簿を眺める。
 何回見直しても、書かれている内容は変わらない。一番、奥空アヤネ。二番、黒見セリカ。以上二名。大きな模造紙に印刷された、たったそれだけの文字列は、空洞化していくアビドスの寂しさを象徴するかのようだった。
 同級生、ふたりきりの高校生活。クラスだって、もちろんひとつだけしかない。アビドス高校の人気がないのは中学校で散々で見てきたけど、まさか、本当に誰も残らなかっただなんて。てっきり、クラスでは言い出せなかったけど、こっそりアビドスに入学してくる子もいるのかな、なんて思っていたのに。
 受付の場所を探して辺りを見回していると、昇降口から在校生が歩いてくるのが見えた。私が願書を手渡したときの先輩。小柄なのに、唯一の最上級生で、いまはアビドス高校のあらゆる責任を負っているという、小鳥遊ホシノ先輩。ホームページには、確かそういうふうに書いてあった。
「うへぇ、本当に来てくれたんだ。ありがとうね、アヤネちゃん」
 名簿に線を引きながら、ホシノ先輩が話しかけてきた。長いピンクの前髪から覗く瞳は、左右で違う色をしている。どうやら生まれつきらしい。珍しい人もいるものだ。ついまじまじと見つめてしまうと、しばらく目を合わせた形になってしまって、どうしたの、と尋ねられてしまった。
「あっ、すみません。受付、もういいのかな、と思いまして……」
「うん、二人だけだもんねぇ。そっちが、黒見セリカちゃん、でしょ?」
 蛍光ペンで、私の後ろに立つセリカちゃんを指す先輩。セリカちゃんは、ぴしっとした気をつけの姿勢をとっていた。とても緊張しているセリカちゃん。昨日は眠れなかったみたいだ。
「あ、はい……! 一年生、黒見セリカです……!」
「奥空アヤネです、よろしくお願いします……!」
「入学おめでとう。私のことは、ホシノでいいからね。それじゃ、よろしくねぇ、ふたりとも」
 受付用のバインダーをしまったホシノ先輩が、アヤネちゃんとセリカちゃんのぶんだよ、と言いながら、コサージュを手渡してくれた。箱を開けてよく見てみると、とても丁寧な手作りであることが伝わってくる。お金に困っているアビドス。先ほどのポスターに続いて、こういったものだってきっと、先輩たちが手ずから用意してくれたのだろう。

 私の胸には、赤い薔薇。セリカちゃんにはピンクの薔薇。
 鮮やかな花が、濃紺のブレザー、その胸元に咲いた。

 ホシノ先輩についていって、体育館へと向かった。案内には上履きで入るように、と書いてあったけれど、先輩が土足でも構わないというので、靴を脱がずにそのまま入った。
「うーん、朝、ちゃんと掃いたんだけどねえ……」
 頭を掻くホシノ先輩の、視線の先に目を向ける。ぱらぱら、ぱらぱら。天井や窓の隙間からは、絶えず砂が入り込んできていた。窓からは軋む音まで聞こえる。もはや、屋根がついているから体育館と呼ばれているだけで、ほとんど外と変わらない場所となってしまっていた。砂中での入学式は、それでもアビドスを愛すると決めた私たちにとっては、ある意味、お似合いかもしれなかった。

 「二年生、十六夜ノノミです。二人とも、ご入学おめでとうございます」
「砂狼シロコ、二年生。これから、よろしくね」
 形式的なプログラムに則って式を終えたあとは、アビドスの全校生徒で記念写真を撮った。その場で対策委員会への入部を決めた私たち。セリカちゃんは、先輩たちには内緒のアルバイトをするために、用事だといって帰っていった。残った私は、はじめての活動として、自分たちの入学式の会場を片付けることになった。
「私、アビドスのために、頑張りたいんです」
 ほうきで床の砂を掃きながら、ホシノ先輩と話す。
「いやぁ、うれしいけど、今のところは大丈夫だよ」
「えっ、どうしてですか?」
 体育館の掃除ひとつとっても、どう考えても人手が足りない。自治区の行政ともなれば、猫の手を借りても足りないくらいだろう。それなのに手伝いを拒まれる理由がわからなくて、頭を傾げている私に、ホシノ先輩は微笑みかける。
「アヤネちゃんは、入学したばっかりなんだからさ。学校のことは、とりあえず、おじさんたちに任せてほしいな」
「でも、インフラ修理とかならできますよ。あとは、ヘリの操縦あたりは……」
「うへえ、すごいねえ。じゃあ、ちょっとだけ甘えちゃおうかなぁ。だけど、無理だけはしちゃダメだからね」

 くれぐれも、無理だけはしないようにね。念を押すように語るホシノ先輩。

 今でもたまに、釘を刺されることがある。最初にそう言われたのは、思えば入学式の日だった。
 私はアビドス高校に入学して、正式に対策委員会の一員となった。自治区の中心で、アビドス復興のために身を尽くす立場になったのだ。それなのに、私にいろいろなことを任せようと頼んでくるとき、どうにもホシノ先輩は、私が無理していないかどうか、確認を取るきらいがある。

 「大丈夫ですよ、ホシノ先輩。私、アビドスのためなら頑張れるんです」

 私は、いつも決まってそう返していた。本心だから、何の衒いもない。大好きな地元、大好きな高校で、周りの役に立つことができる。好きなことを大切にしながら、胸を張って高校生活を送る。こんなに嬉しいことはなかった。
 それに、なんといっても、セリカちゃんだっている。アルバイトで忙しい彼女とは、放課後はほとんど一緒にいられなくなってしまったけれど、それでも、同じアビドス復興という目的のために、一緒に頑張るセリカちゃんのことを感じることができる。
 大好きなセリカちゃんと、一緒の学校。お互いに好きなことのために頑張れる。私にとっては、とても幸せな日常だ。

 ああ、アビドス高校に入れて、本当に良かった。
 だって、アビドスのためならば。
 私はいくらだって、頑張ることができるんだから。


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サンプルは以上です。
全文は約43000字になります。

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