「アヤネちゃーん?」
朝の七時を過ぎた頃、カーテンの閉ざされたアヤネの部屋にセリカの声が響いた。
「アヤネちゃん、まだ寝てるのー?」
二、三秒待ち、返答が返ってこないことにため息をつくと、セリカはまず部屋のカーテンを開ける。
それから、団子のように丸まった布団の中にいるであろうアヤネの目を覚ますべく、ベッドに近づいていった。——その時。
「きゃっ!?」
突如として、彼女の手はベッドの方へと引っ張られる。
慌ててセリカはベッドに手をつき、そして勢いよく布団を引っ張り上げた。
「もう、アヤネちゃんったらー!」
「ふふっ。びっくりした?」
先ほどまで布団の中に隠れていた少女が、いたずらっぽく目を細める。
その目はまだ眠たげで、普段の理知的な印象とは裏腹に、どこかぼんやりとしている。
トレードマークの眼鏡も当然かけておらず、髪も所々乱れている。
普段はしっかり者な彼女の、学校では決して見られない裏の姿。
そう思うだけで、セリカはどうしてか自分の胸の奥で何かがふつふつと滾るのを感じた。
「おはよう、セリカちゃん」
「お、おはよう。そろそろ準備しないと、学校遅刻しちゃうよ」
「えぇ〜、あと十分だけぇ」
セリカの制服の袖を掴み、子供のように駄々をこねるアヤネ。
こんな姿も、寝起きの今でないと見られない。そう思うと、セリカは彼女を起こしてしまうのが少しもったいなく思えてきてしまうのだった。
だがこれもアヤネのためだ。セリカは心を鬼にし、アヤネの腕を引く。
「だめ、十分も待てません。みんな学校で待ってるから、ほら、起きよう?」
「ん〜……じゃあ、あと五分」
「だーめ! もう、アヤネちゃんってばどうして朝はいっつもこうなのかしら……」
「そう言うセリカちゃんは、いつも早起きさんでえらいねぇ。いい子いい子」
まだ寝ぼけているのか、まるで子供を相手しているかのように、アヤネはセリカの頭を撫で始める。
今はむしろ、彼女のほうが子供のように見える状況だというのに。
「セリカちゃん、こっち来て。そしたら私、頑張って起きるから」
そう言って、アヤネは自分の隣をぽんぽんと叩く。だがその瞳は依然として眠そうなままであった。
「ほんとに? もう、それならしょうがないなぁ」
アヤネが起きるのならと、彼女の指定した位置にセリカは腰掛ける。
するとふいに、彼女の背後からアヤネの両腕が回ってきた。
「ひゃっ!? な、なな、何、急に!?」
唐突に後ろから抱きつかれ、セリカの喉から素っ頓狂な声が出た。
たった今、自分の顔が真っ赤になっている。それが自分自身で分かってしまうのが、セリカは余計に恥ずかしかった。
「ん〜、充電。ふふっ、セリカちゃんはあったかいなぁ、かわいいなぁ」
「…………も、もう、アヤネちゃんったら」
真っ赤に染まった頬を抑えつつ、平静を取り繕った声でセリカは呟く。
もっとも、隠しきれない感情はその声を通して、しっかりとアヤネに伝わってしまっていたのだけれど。
「……ね、ねえ。ちょっと長くない?」
いくら恋人とはいえ——いや、恋人だからこそ、こんな風にいつまでも腰に腕を巻きつけられ、顔を埋められているのは恥ずかしかった。
「ほ、ほらっ! もう起きて準備するわよ、じゃないとほんとに遅れちゃうから! そ、それに、そういうことは学校が終わった後……夜とかに、いっぱいできるじゃない」
自分の腰に顔を埋めるアヤネに、セリカは恥じらいながら呟くようにそう告げる。
彼女の言葉は終わりに近づくにつれ、だんだんと声が窄まっていくかのように小さくなっていた。
「ん〜……はぁい、分かったよぉ。セリカちゃんは手厳しいなぁ、誰のせいで毎晩夜更かしすることになってると思ってるんだか……」
「なっ……!?」
アヤネの不意の一言で、セリカの脳裏に浮かび上がってきたのは、昨晩この部屋でしたことの記憶。
再び頬を真っ赤に染め上げた彼女を見て、アヤネがいたずらっ子のように笑った。
「ふふっ、冗談だよ。……ねぇセリカちゃん、最後にもう一回だけ、充電していい?」
「え? ……し、しょうがないなぁ。ほら、いいわよ」
そう言って、セリカは自分の両腕を広げる。
また、先ほどのように抱きつかれるのだろう——そう思って。
だが、アヤネが彼女にしたのは、ハグではなかった。
柔らかい唇が、有無を言わさずセリカの唇を塞ぎ。
それから、ぬるりと生温かいものが彼女の唇に触れた——かと思えば、その感触をはっきりと感じ取らせる前に、唇ごとさっと離れていった。
「ア、アヤネちゃんっ……!?」
「ふふっ。ごめんごめん、こういうことは夜、だもんね?」
「……っ!!」
微笑んだアヤネの唇は、いつもより少し艶っぽく見えた。
ベッドから起き上がり、伸びをする彼女を前にセリカは心の中で呟く。
(ず、ずるい……!)
あんなキスをしておいて、続きは夜までお預けだなんて。
こんなの、まるで生殺しではないか。