ベルギーの移民問題の変遷も、ドイツやフランスと共通点がある。
1960年代:
単身男性労働者が中心(モロッコ系・トルコ系)。
炭鉱・製造業などの人手不足対策として受け入れ。
一時滞在が前提で、定住や家族帯同は想定せず。
1970年代以降:
オイルショック後も帰国が進まず、家族呼び寄せが拡大。
移民が「労働力」から「定住人口」へと転換し始める。
1980年代以降:
福祉国家の枠組みの中で定住が進行。
ブリュッセルを中心に特定地域への集住が進む。
(「ベルギーの中の外国」と揶揄されるほどの隔離コミュニティを生む)
1990年代:
第二世代以降で失業率の高さ、低学歴層の再生産が問題化。
(1960〜90年代に来た人々の子孫が、今日問題化)。
2000年代以降:
社会的分断、治安不安、宗教・文化的摩擦が可視化。多言語国家ゆえ統合政策が一貫せず、「誰がどの言語・制度に統合されるのか」が曖昧なまま推移。
2010年代以降:
中東・アフリカからの難民流入、テロ事件等を契機に、積年の歪みが一気に顕在化。
ベルギーに派遣された日本の官吏は「ベルギーはもう手遅れ」と言っていた。ベルギーの『手遅れ』は人事ではない。日本でも、移民ではないという建前のまま定住化が進めば、『第二世代』以降が時限爆弾となる可能性がある。