五剣会議
第29話 五剣会議 1
さあ、第二幕を歌うとしよう。
かくして蜥蜴は突然、天下に並ぶ存在となった。
嗚呼、
対人を突き詰めた、最強の剣客。
そこらにいる自称剣豪などとは訳が違う、正真正銘の怪物たち。
その内の一人であったルーファス・アクィナスは、
我らが
腕を切り落とされたルーファスはガラに天下五剣の称号を譲り渡し、
敗北者として立ち去っていく。
かくして銅級冒険者ガラ・ラ・レッドフォートは突然、世界の剣士が数多望む権力の頂点に立ったのだ。
たかが蜥蜴人、たかが銅級冒険者が。
それは敗北したルーファスの、最後で最低の嫌がらせに他ならなかった。
§
天下五剣 ああ天下五剣
我らに並ぶ者なし 我らに立ち向かう者なし 我らに刃向ける者なし
我ら強さを尊び 我ら極技を尊び 善を尊び
そして我ら
剣に狂わん
§
「――という訳で、天下五剣になった」
ギルド受付嬢である
もちろん冗談だと思ったのである。
「あ、冗談じゃないですよセリスティアさん」
エレニアムが追加攻撃を加えた。セリスティアは「またまたご冗談を」と言いつつも、頬が引き攣り始めた。
どうもこう、マジじゃないかという雰囲気がひしひしと伝わってくるのである。
ギルドリーダーである髭の豊かな男、ニコラウスは自分の頬を自分で抓っている。
夢ではない、らしい。
「おい、聞いてくれ! ルーファス・アクィナスが敗北した! 天下五剣のルーファスが……あの
と、ギルドに駆け込んできた冒険者(恐らく例のパーティに参加した者だろう)が叫んだ。
それでとうとうセリスティアは彼の言葉を真実だと認識し、
「まあ、おめでとうございますガラさん!」
セリスティアは満面の笑みでそう言って、受付用のテーブルを拭き始めた。
現実逃避を開始したらしい。
「目を覚ませセリスティア! 現実から逃げても何にもならないぞ!」
ニコラウスが肩を掴んで揺さぶるが、セリスティアは両耳を塞いで何にも聞こえない聞きたくない聞いてません、という態度に出る。
彼女に現実を突きつけるのに、おおよそ一時間を要した。
その間にも、噂は加速度的に広まっていく。
とりあえず混乱を回避するため、ニコラウスは関係者全員を応接室に招集した。
ガラ・ラ・レッドフォート(血塗れ。ポーションを頭からかぶって止血はした)。
エレニアム・セレフィアード。
そして
専用受付嬢であるセリスティアとギルドリーダーであるニコラウス。
そしてもう一人。
「さすがに帰りたいなぁ」
とボヤく金級冒険者、
「絶対に帰さないですよ」
フハハハハ、と自棄っぱちに笑うニコラウス。
「……で、天下五剣になったのはどういう理屈だい?」
「それはルーファス・アクィナスと戦って……」
「うんうん戦って?」
「降伏を宣言して……」
「そうなんだ、負けたんだね。ん?」
「天下五剣を譲られた……」
「その理屈はおかしくない?」
訝しげな一同に、ガラは首を捻る。
「……エレニアム、説明頼めるか?」
「いいですよ。まずですね――」
ガラがルーファスに(超絶カッコ良く)挑んだ。
ルーファスはそれを受け、(神話の如き)激戦を繰り広げた。
ガラはとっておきの技(秘密厳守)を繰り出し、ルーファスの腕を切断。
そこでガラは敗北を宣言。これ以上踏み込めば、勝ってもガラは殺されるからだ。
だが(あのいけ好かない)ルーファスは、それを逆手にとって敗北を宣言。
天下五剣の地位を、ガラに譲り渡したのであった。
第三者であるエレニアムの説明に、ようやく一同は概要を理解した。
「互いに勝ちを譲るとか、そんなん普通の戦いである?」
「ないな。互いに相手がもっとも欲しくないものを理解していたからこそのやりとりだ。とはいえ、まさか……天下五剣の地位を譲るかフツー」
「あ、ってことはもしかしてガラ先輩、目標が叶っちゃった感じです? それなら早速やり合いたいんですけど」
ふ、とトランが思い付いたように呟く。
ガラは渋い表情で首を横に振った。
「あー……厳密にはまだなんだが……目的の半分は達成したな。やるか?」
「いえ、止めておきます。今のガラ先輩になら、勝ってしまいそうですし」
「おいおい。仮にもコイツは今、天下五剣なんだが……」
「でも、ガラ先輩の顔は何だか途方に暮れてるみたいですし。戦ったら剣に迷いが生じると思いますよ。それだったらボクが勝てると思いまーす」
トランの言葉は情け容赦なく、そして的確だった。
「……すまん。少し待ってくれるか」
「いいって事ですよ、先輩」
ガラはぐったりとした様子で、ソファーに身を預けた。
正直に言って疲れた。あまりにも、色々なことが起こりすぎた。何もかも忘れて、このまま眠りたいものだ。
ケェェェェェェェ!
けたたましい声と共に、応接室の扉を白く輝く鳥が通過した。扉を開いたのではなく、壊したのでもなく、すり抜けたのである。
「遣鴉……」
エレニアムの前で着地した鴉が、ちらりと彼女を見てからもう一度ケェと声を出した。
「おいおい。これもしかして……
「それがどうしてエレニアムさんに?」
「んー……多分、このテクステリーで身分が一番偉いからですかね、多分。あ、今のはナイショでお願いしまーす」
しばしの沈黙。薄々察していたガラとスプーキー、それにニコラウスは屈託のない笑顔を浮かべるエレニアムから目を逸らす。
すー、はー、とセリスティアは深呼吸をして受付嬢スマイルを浮かべた。
「はい♡ 何もかもぜーんぶ忘れます♡」
「現実逃避ってやつですね!」
トランが無情なツッコミを入れた。
鴉が周囲を見回してから、口を開いた。
『新たな天下五剣が定まったため、五日後そちらに向かう。歓迎式典などは不要。宿泊の準備のみ、整えるようお願いする』
そのメッセージに、全員が凍り付いた。
来る。
天下五剣。間違いなく人類最強の名を冠する五人……否、四人が。
ガラ・ラ・レッドフォートに会いに、来る。
「うっそだろ早すぎない!?」
「あー、ルーファスさんがこれと同じ鴉を飛ばしたんでしょうね。何でも、コイツは次元を
「……天下五剣が、会いに来るんですってガラ先輩」
「天下五剣が、私に会いに来るのか?」
嫌だな……と、率直にガラは思う。思うが、これは無視できまい。
天下五剣を背負うと誓ったのだ。誓ったのだから、これら一切を抱え込む。
「五日後か……。さて、ガラ・ラ・レッドフォート。いや、ガラ……様? これからについて話をしたいのだが」
ニコラウスが咳払いして、ガラを見る。
「これから?」
「率直に言って。……逃げようとか考えてないよな?」
「考えたがさすがに迷惑がかかりそうなので止めた」
「あっちょっと考えたのね」
「当たり前だ。いきなり天下五剣になれと言われたんだぞ。逃げたくもなる」
セリスティアはガラのげんなりとした声に、状況も忘れてくすりとした。
何だか、ひどく人間らしい感情を発露している。
これまではどうも、泰然自若としている……しすぎている感じがしたのだが。
「では、天下五剣の一人として残りの四人に会う。俺の記憶が確かなら、前回違う天下五剣が決まった時も同じだったはずだ。その時の話し合いは公開されることなく、ただ天下五剣としての名前が世界中に広まっただけだが」
「つまり……」
「ああ。当然だな。君の名は天下に広まる。そしてそれを止めることはできない。ついでに……そのガラ・ラ・レッドフォートがテクステリーの冒険者であるのは、まあいいとして。……銅級なのは、さすがにあんまりなので……金級に昇格します。おめでとう」
「……いや、そこはコツコツといきたいんですが」
「金級に昇格です、おめでとう!」
「銅級から一気に金級というのは、」
「金級に昇格です、おめでとう!」
同じ台詞を繰り返す人形となったニコラウスに、ガラは溜息をついて頷いた。
「はい……ガラ・ラ・レッドフォート、金級です……」
「まあ、金級は金級でも名誉金級だけどな。銅級の仕事はまだまだコツコツとやってもらうぞ。もっとも、仕事をやる余裕があればだが、な……」
「そういえば……天下五剣って、何をすればいいんです?」
トランの純朴な問い掛け。
「いやさすがにそれは知らないよ! 本人たちに聞け本人たちに!」
「なーんだ。じゃあガラ先輩聞いておいた方がいいですよ。冒険とか、する余裕なくなるかもですね!」
「呪いだ……平和的に譲れないかな、この地位……」
「譲る、と言い出すのだけは止めた方がいいです。多分、他の天下五剣の方々に恨まれますよ。えーとですね、王位を譲るって王様が言い出したらどれほど混乱を撒き散らすか……と考えれば分かりますかね?」
「分かりたくないが、分かる……」
ある日、皆から慕われていた――あるいは恐れられていた王が、突然引退を宣言。誰でもいいから、この地位を譲るなどと宣言したとする。
その瞬間、空白となった王位を巡って争いが勃発するだろう。それは正当な権利を持つ継承者同士の争いとは桁が違う。
誰でもいいからと言った瞬間に、全ての人間に機会が与えられるのだ。
行き着く先は、殺し合いである。
異世界――向こう側の世界でも、似た事例があったという。
その際は、『一番強い者がこの国を継げ』という偉大なる大王の遺言により、後継者を巡る争いが五十年続いたとか。
「ガラさんが普通に戦い、普通に敗北するなら仕方ありません。でも、そうでない場合は……」
この国どころか、この世界が天下五剣の地位を巡って争いを起こしかねない。
それほどまでに遍く剣士たちにとって、この地位は羨望の存在なのだから。
「……ああ、そんな気はない。なくなったと言うべきか。ありがとう、エレニアム。それから、頼みがあるんだが」
「は、はい!」
「こんなことを頼めるのは、間違いなく君しかいないのだが」
「はい! 何でしょう! どうぞどうぞ!」
エレニアムの頬が紅潮し、目がきらきらと輝く。ニコラウスは「あっれもしかしてこれ、更に厄介な事態が別口で進行してません?」と思い至ってしまった。
スプーキー、トラン、シャダイは見て見ぬ振りである。
そしてセリスティアは「頼みとは何でしょう……。それにしても、やはり私は間違っていませんでした。お二人とも仲が良くて結構なことです」と鈍感ぶりを発揮していた。
「お金貸してください」
「はいもちろんです! いくらご入り用ですか!」
酷い頼み事と、酷い快諾が交差した。
「いきなり何言い出してんのお前!?」
さすがにスプーキーがツッコむ。
「いや……天下五剣に会うのに、さすがにこの服は……」
血塗れの平服である。割合的にはルーファスの血が一割、ガラの血が七割、その他が二割というところだろうか。
「実に常識的な考え! でも服くらい自分で……」
「銅級冒険者にそんな金あると思うか? そもそも、ルーファスとの戦いのために色々と出費したからな」
「なるほどもっともな理屈だね!」
「ああ、では……私の行きつけの店で、一揃いしましょう」
「よろしく頼む」
この時、ガラはついうっかり失念していた。
目の前にいるのはエレニアム・セレフィアード。この国の第三王女であり、王位継承第五位の堂々たる王室関係者である。
つまり、彼女が選ぶ店は。
――とてつもないセレブということだ。
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