近くの蕎麦屋で妻と食事をしていた。会話はもちろん北京語だ。店内はぽかぽかと暖かく、ふと気づくと窓の外には雪が舞っていた。食べ終えて、レジへ向かうと店員の女性が不意に中国語で話しかけてきた。「北京の方ですよね?」 「ええ、そうです」と答えると彼女はレジを打ちながら続けた。 「私も北京から来た留学生なんです。これ、店からバイトに配られる無料券なのですが、私は使わないので差し上げます」ぼくは慌てて遠慮した。「お気持ちだけいただきます。せっかくだから、あなたが持っておきなさい」 すると彼女は真っ直ぐこちらを見て、こう言った。「遠慮しないでください。私、来月卒業して北京に帰るんです。もう日本には戻りません。どうか、私の気持ちを受け取ってください」雪の日の蕎麦屋で出会った、同郷のよしみ。差し出された無料券には、彼女が日本で過ごした時間の締めくくりと、温かな真心が詰まっているようだった。