概要
1989年10月25日生まれ、和歌山県出身。
ポジションは投手、右投右打。
市立和歌山商高、関西国際大を経て、2011年のドラフト会議にて千葉ロッテマリーンズから4位指名されてプロ入り。同期入団選手は藤岡貴裕、中後悠平、鈴木大地。
ルーキーイヤーの2012年は藤岡、中後とともに開幕一軍入り。中継ぎとして新人では朝日軍(松竹ロビンス→現・横浜DeNAベイスターズ)・林安夫と横浜DeNA・大原慎司の記録を抜く72試合に登板、また41ホールドをマークして広島東洋カープ・野村祐輔とともに平成生まれ初の新人王を受賞した。新人最多登板記録、新人最多ホールド記録保持者。
投球動作中に上半身をふらつかせながら投げ、打者のタイミングをずらす投球方法が特徴。
セットアッパー・クローザー問わず10年以上勝ちゲームで投げており、最多セーブのタイトルも2013年と2021年に獲得している実績のある投手だが、クローザーに回った際は1イニングを打者3人で終わらす機会が少なく、平野佳寿と似たような立場の「劇場型守護神」として名が知られている(救援失敗は「益田劇場」と呼ばれる)。
2024年終了時点で243セーブを上げており名球会入りも時間の問題とも言えるが、7年目まで上げたセーブは2013年の33を加えても61しかなく、その点も平野(7年目まで13セーブしかなかった)と近い。
2025年は上半身のコンディション不調に悩まされ、9月に救援失敗の悔しさからか左手でロッカーを殴り左手甲を骨折。手術は成功したものの、全治数ヶ月と診断された。これにはファンやプロ野球OBからも「不名誉の負傷」「こんな形で怪我するのはもったいない」と反応される始末。
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投手 プロ野球選手 千葉ロッテマリーンズ
はじめてのおつかい 息子が出演した。