自閉スペクトラム症の男女比は、なんと1対1
(筆者・横道による説明)以下は、2026年2月4日に発表されたばかりの自閉スペクトラム症研究の要約です。著者たちはスウェーデンでおこなわれた大規模な調査について報告していています。自閉スペクトラム症の男女比がじつは「1対1」かもしれないという従来の常識を破る内容です。自閉スペクトラム症と女性の関係のみならず、自閉スペクトラム症そのものやニューロダイバーシティを理解するために本質的な意義を有すると判断し、要約を作成しました。
【Fyfe, C., Winell, H., Dougherty, J., Gutmann, D. H., Kolevzon, A., Marrus, N., Tedroff, K., Turner, T. N., Weiss, L. A., Yip, B. H. K., Yin, W., & Sandin, S. (2026). Time trends in the male to female ratio for autism incidence: Population based, prospectively collected, birth cohort study. BMJ, 392, e084164. https://doi.org/10.1136/bmj-2025-084164】
「自閉スペクトラム症の発生率に見られる男女比の経時的変化──人口ベース・前向き収集データによる出生コホート研究」
(筆者・横道による注釈)論題は研究の概要に即しているため、用語を説明しておきます。めんどうな人は、飛ばして本文に移ってくれて大丈夫です。「出生コホート研究」の「コホート」とは、同じ条件をもつ人びとの集団を指し、多くの場合、とくに同じ時期に生まれた人びとを意味しています。「コホート研究」とは、そのような集団を一定期間にわたって追跡調査し、時間の経過とともに何が起こるかを調べる研究方法です。「出生コホート研究」とは、同じ時期に生まれた人びとを対象にして、その後の健康や診断などの変化を追跡するコホート研究のことです。さらに論題には「人口ベース・前向き収集データによる」とあります。「人口ベース」とは、特定の病院や学校ではなく、ある地域や国の住民全体に近い範囲を対象としているという意味です。「前向き収集データ」とは、後から思いだして集めた記録ではなく、出生や診断が起こるたびにそのつど記録され、時間の流れに沿って蓄積されてきたデータを指します。つまりこの研究は、ある期間に生まれた人びとを、国全体に近い規模で、実際の時間の経過に沿って追跡した出生コホート研究ということになります。(補足おわり、以下本文)
自閉スペクトラム症(ASD)の当事者は男性が多い、というのは常識になっている。長年にわたって、自閉スペクトラム症の男女比はおおよそ「4対1」前後と説明されてきた。しかし近年、この前提そのものが揺らぎつつある。本研究は、この問題を非常に大規模なデータによって検証した。
研究者たちは、スウェーデンで1985年から2020年までに生まれた約270万人を対象とし、2022年までの診断記録を追跡した。スウェーデンでは国民全体を対象とした医療登録制度が整っていて、出生、診断、死亡、移住といった情報を長期間にわたり連結することができる。このような条件は、精神医学の疫学研究のなかで非常に貴重と言える。個々の病院のデータではなく、ほぼ「国全体」を対象とした研究が可能になるからだ。
まず確認されたのは、自閉スペクトラム症の診断数そのものが大きく増加しているという事実だ。たとえば10歳から14歳の年齢層では、2000年頃から2020年代初頭までに診断率が約10倍に増えていた。この増加は、自閉スペクトラム症者が急激に増えたというよりも、診断基準の変化、発達障害に関する認知の広がり、支援制度の整備など、複数の要因によって説明できる。かつては「典型的な自閉症」と見なされなかった特性も、「スペクトラム」概念の導入によって、診断の対象に含まれるようになった。
しかし私たちの研究の核心は診断数の増加そのものではなく、男女比の変化にある。結果をひとことで言えば、男女比は年齢とともに低下し、成人期に近づくほど男女差が小さくなる。
子どもの段階では、たしかに男子の診断率が高い。10歳頃までは、おおよそ従来の理解に近い男女比が観察される。ところが思春期以降になると、状況が変わる。女子の診断率が増加し、男女比は急速に縮小していくのだ。研究者たちの推計では、20歳時点での累積診断率の男女比は、すでにほぼ「1対1」に近づいていた。つまり生涯にわたって見れば、男女の診断率はそれほど違わないと思われる。
この現象は、女性が「後から診断される」ことによって説明される。いわゆる「追いつき効果」(catch-up effect)だ。男子は比較的早い時期に特性が目立ち、学校生活などで困難が顕在化しやすい。一方で女子の場合、幼少期には特性が目立たず、思春期以降に困難が表面化しやすい。その結果、診断のピーク年齢も男子より女子のほうが遅くなる。
なぜこのような差が生じるのかについて、いくつかの仮説によって説明できる。ひとつは、いわゆる「カモフラージュ」だ。女子は社会的なふるまいを模倣する能力が比較的高く、周囲に合わせることで特性が目立ちにくくなる。もうひとつは、診断にあたっての先入観だ。従来の診断基準や臨床的なイメージが、男性の症例を中心に形成されてきたため、女性の特性が見逃されやすかった。
さらに重要なのは、併存疾患の問題だ。自閉スペクトラム症者の多くは、不安症、鬱病、摂食障害など、ほかの精神疾患の診断も受けている。女性の場合、これらの診断が先行し、その背後にある自閉スペクトラム症が見過ごされがちだ。いわゆる「診断隠蔽効果」(diagnostic overshadowing)。近年になって自閉スペクトラム症に対する理解が進んだことで、こうしたケースが後から自閉スペクトラム症と診断されるようになり、結果として女性の診断数が増えている。
社会的要因も無視できない。一般に女性のほうが医療機関を受診する頻度が高い。女性が成人期に精神科を受診することで、自閉スペクトラム症が見つかるケースも多い。つまり診断のタイミングは、生物学的要因だけでなく、社会制度や文化的要因とも密接に関係している。
この研究の重要な点は、男女比という単純な数字が、実際には診断年齢や社会的状況に強く依存していることを明らかにしたことだ。従来の研究では、子どものデータだけを見て男女比を論じることが多かった。しかし生涯にわたるデータを見れば、まったく異なる像が浮かびあがってくる。
もちろん、この研究にも限界はある。登録データを用いているため、個々の症状の詳細や生活史までは把握できない。また診断の実態は国ごとに異なるため、結果をそのまま他国に当てはめることはできない。それでも、これほど大規模で長期的なデータはきわめて貴重だ。自閉スペクトラム症に対する理解の前提を見直す契機になることはまちがいない。
この研究が示唆しているのは、自閉スペクトラム症という現象そのものが変わったというよりも、「誰が、いつ、どのように診断されるか」という社会的プロセスが変化しているということだ。診断とはたんなる医学的発見ではなく、制度、文化、臨床の実践が交差する場所で生まれる出来事なのだ。男女比の変化は、そのことを端的に示している。
もし成人期に男女差がほとんどなくなるのだとすれば、これまで見えなかった女性の自閉スペクトラム症が、ようやく可視化されだしたことを意味する。そうだとすれば、今後の課題は、たんに診断を増やせばよいということではなく、女性や成人の特性を前提とした支援や理解の枠組みを整えることにある。
この論文は、統計的な研究でありながら、診断という営みの歴史性と社会性を提示する。自閉スペクトラム症をめぐる常識は、けっして固定されたものではなく、時代とともに更新されていく。その変化のただなかに、現在の私たちも立っているのだ。



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