概要
人口268,764人人(2025年)で、福島県内の自治体の中では3位。人口は減少し、少子高齢化が進む。
奥州街道の宿場町。また、福島藩板倉氏3万石の本拠地として福島城が置かれた城下町である。現在、福島城の跡地は、福島県庁となっている。
戦後、満洲からの引き揚げ者により闇市で餃子が供され、フライパンで一度になるべく多く焼くため円盤状に並べた事により、御当地グルメの円盤餃子が誕生した。近年、次第に全国的に知られるようになっている。
ラーメン店が多く激戦区となっている。
飯坂、高湯、土湯、微温湯(ぬるゆ)といった複数の温泉に、五色沼、花見山公園、へたれガンダム、秘境駅「赤岩駅」(2021年3月12日をもって廃止)、日本三不動のひとつ「中野不動尊」、土湯温泉のこけしなどがアピールポイント。
夏祭り「福島わらじ祭り」で用いられる大わらじは実に10メートルをこえ、堂々の日本一。ただし、これは商工会議所のアイデアで1970年より始まったものであり、本祭は旧正月14日に信夫山の羽黒神社に大わらじを奉納する「信夫三山暁まいり」で、300年以上続いている。東北六魂祭(現・東北絆まつり)でも披露された。
福島県の免許センターは福島市と郡山市にしかない他、福島競馬場はJRA(日本中央競馬会)の競馬場としては東北唯一。
また、1899年に東北で最初の日本銀行の出張所が開設され、1913年に支店となった。
福島市民は県内の商業地よりも仙台市に行く機会が多く、「仙台圏・福島区」と言われる。コープふくしま(市民生協)も2018年にみやぎ生活協同組合に合併された。
2020年8月末に地場百貨店であった中合福島店の閉店により、福島県の百貨店は郡山市のうすい百貨店のみとなり、百貨店が存在しない県庁所在地となった。同日には滋賀県大津市も西武大津店が閉店し(草津市に近鉄百貨店がある)、同じ状況となった。2020年には山形市(大沼の破産)、2024年に松江市(一畑百貨店の廃業)と岐阜市(高島屋の撤退)も百貨店が存在しない県庁所在地となった。
中合跡地は市により再開発の一貫として複合施設が計画されているが、テナントに入りたいという業者が少なく、建設費の高騰もあり一向に工事に入る気配がない。
地勢
周りは山に囲まれ、西にある吾妻連峰の吾妻小富士は市内全域から望め、市のシンボルとして親しまれている。
これに対し、市街地のランドマークは信夫山。市街地の北側にポツンとある離れ小島のような山で、羽黒山、羽山、熊野山の3つの頂が連なる。最高峰は羽山で標高275m。
福島市は1300万年ほど前は海底にあり、信夫山では貝類などの化石が見つかるが、福島盆地ができたのは50万年ほど前で、既に日本列島が陸地になっていた。
信夫山は福島盆地を形作った地殻変動(断層)で出現した山塊の内、風雨に浸食されず、堆積した土砂にも埋もれず残ったものの一つで、地質学的には残丘と呼ばれる。
その後も福島盆地は沈下(吾妻連峰は隆起)を続けたが、吾妻連峰から流出する土砂に埋められて標高はほとんど変動しなかった。中心街では堆積物の厚さが150m程に達する。
阿武隈川が市を貫くように、南から北へと流れる。かなり蛇行しており、ハザードマップを見ると、水害の危険が大きい。
盆地にあるため冬は寒く、夏は東北地方とは思えない蒸し暑さで、最高気温が東京を上回ることも多い。
平坦地の大部分は吾妻連峰から流れ出す川が作った扇状地で、郊外には林檎や梨、桃、葡萄などの果樹園が広がる。寒暖差と水はけの良さにより果物の名産地となった。
歴史
古代には岑越と呼ばれていた。
5世紀、大和朝廷の勢力圏の北限である福島盆地付近に信夫国が置かれた。信夫国造がおかれ、武装して北方の蝦夷の警備に当たった。その後、信夫評に改名。
701年、律令制が始まって道国郡制が整備され、信夫評は陸奥国信夫郡となった。
10世紀初頭、行政管理を容易にする都合から信夫郡は伊達郡と信夫郡に分割された。
905年、醍醐天皇に奏上された『古今和歌集』に河原左大臣(源融)の歌「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに」があり、乱れ模様を特徴とする染物「信夫捩摺り」の産地として知られていた。
1413年、伊達松犬丸(後の伊達持宗)が懸田定勝と共に鎌倉公方へ反乱を起こし、大仏城(後に杉妻城と改名)に立て籠もった。
1548年、伊達晴宗が米沢城に本拠を移し、晴宗の二女を娶って大森城主となった伊達実元が信夫郡の統治を担う。
1583年、伊達実元の嫡男・伊達成実が家督を継ぎ、信夫郡の統治を担う。
1591年、奥州仕置により伊達氏が移封され、蒲生氏郷の支配下に置かれる。杉妻城には木村吉清が入った。
1592年、杉妻城が福島城に改名。
1598年、信夫郡は上杉景勝の領地となる。当初は水原親憲が福島城の城代を務めていたが、伊達氏との間に緊張が高まり、本庄繁長が福島城主として派遣された。
1600年、関ヶ原の戦いで上杉氏の領地が30万石に減らされた後も、本庄繁長が信夫郡を治めた。
1664年、信夫郡が上杉氏から没収され、天領となる。
1686年、堀田正仲が福島藩主として福島城へ入った。
1702年、板倉重寛が福島藩主として福島城へ入った。
1830年、中合(後の中合百貨店)が創業。
1868年、福島藩が薩長軍に降伏。
1869年、中村民政局取締所管轄となる。
1907年、福島町が福島市となる。
1918年、福島競馬場が開設される。
1986年8月5日、観測史上記録を更新する豪雨により洪水が発生。
交通
鉄道
東北新幹線、山形新幹線、東北本線、奥羽本線、福島交通飯坂線、阿武隈急行が通る。
市内で利用者数最大の駅は福島駅。県北地区のターミナル駅である。
いわゆる夜の街があるのは東口方面。西口は1982年の東北新幹線開通まで無く、駅に接していた昭栄製糸福島工場の跡地にイトーヨーカドーをキーテナントとする昭栄福島ショッピングセンターが建設され、再開発が始まった。しかし、2024年にイトーヨーカドーが撤退し、西口から商業施設が消えた。
高速道路
福島vs郡山
福島市民は郡山市にライバル心を抱いており、逆も然りである。
「福島わらじ祭り」と「郡山うねめ祭り」が共に8月の第1金曜~日曜という同日開催&毎年頑なに日時をずらさず行ってきたほか、「テレビユー福島(本社:福島市)と福島放送(本社:郡山)は互いの市に支社があるにも拘らず各々の地元の話題ばかり」である。
1871年の廃藩置県で、絹糸取引で栄えていた福島市(当時は福島町)には旧・福島県の県庁が置かれたが、郡山周辺は、安積台地に荒れた原野が広がっていた。
その後の安積開拓(1877年)で失業士族が入植し、安積疏水によって安積台地は豊かな農地に生まれ変わり、疏水に伴う水力発電所建設により郡山市は工業都市として発展。ドツボのように狭い福島盆地に立地する福島市より伸び代が大きかった。
経済・商業・交通の中心地で利便性が高く人口も多い郡山こそ県庁所在地にふさわしいという郡山市民が多く、本気で県庁移設を目指す市民活動も行われている(実現する可能性は限りなく低い)。
郡山が1997年という早い段階で中核市(県の権限を一部委譲された市町村のこと)に指定されたのに対し、福島は2018年とつい最近だった。
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