概要
ニセコ町の町名の直接の由来となったのは虻田郡倶知安町との境に跨る火山の「ニセコアンヌアプリ」(標高1,308m)であるが、その山名は「(町内の)ニセコアンベツ川(切り立った崖のある川)の(水源の)山」という意味であるとされている。
また、現在周辺自治体も含めて使用される「ニセコエリア」について、本来ならばニセコ町内を流れるニセコアンベツ川、あるいはニセコアンヌアプリ連峰の地域名称である「ニセコ」を、観光開発目的などのために拡大解釈化がなされたものと思われる。
自治体としてのニセコ町については当該項目も参照。
列車愛称として
国鉄時代からこのニセコの地名をその名に取り入れた列車愛称が長らく使用されていた。
準急・急行(初代)
1961年(昭和36年)12月23日に倶知安駅〜札幌駅間の気動車準急「ニセコ」が運転開始。
1962年(昭和37年)2月1日に2往復となり、運転区間が蘭越駅(磯谷郡蘭越町)・岩内駅(岩内郡岩内町)〜札幌駅間(下りは蘭越発札幌行き、上りは岩内線経由の札幌発岩内行き)に変更(うち1往復は小沢駅(岩内郡共和町)から岩内線に普通列車として乗り入れ)。1963年(昭和38年)12月から胆振線経由の準急「いぶり」を倶知安駅〜札幌駅間で併結運転開始。
1966年(昭和41年)3月25日の準急制度変更に伴い、「いぶり」と併結していた「ニセコ」が急行に変更。この際、運転距離が100kmを超え、「いぶり」を併結していた「ニセコ」は急行に変更された一方、併結しない「らいでん」は準急のまま残された。しかし、同年10月1日のダイヤ改正で「いぶり」の併結相手が「ニセコ」から「らいでん」へ変更されたため、今度は「らいでん」が急行に変更。同時に「ニセコ」が準急に変更となり、1往復増発されて2往復体制になった。
1968年(昭和43年)10月1日のダイヤ改正(ヨンサントオ)で、従来の倶知安駅〜札幌駅間の準急「ニセコ」が急行「らいでん」に愛称を統合する形で廃止。
急行(2代目)
1968年(昭和43年)10月1日のダイヤ改正(ヨンサントオ)で函館駅〜小樽駅〜札幌駅間を直通していた気動車急行「ライラック」と客車急行「ていね」、さらに根室駅→札幌駅間の気動車急行「阿寒」を統合する形で誕生。愛称は「らいでん」に押し出された「ニセコ」が転用された。函館駅〜札幌駅間(小樽駅経由)に定期1.5往復及び昼行と夜行の臨時1往復ずつ、根室駅→函館駅間(帯広駅・富良野駅・滝川駅・小樽駅経由)定期0.5往復体制となる。
このうち、根室駅→函館駅間の(上り)「ニセコ3号」(キハ56系)は定期気動車急行の運行距離としては最長記録となっている(根室駅発8時00分・函館駅到着22時41分、走行距離816.6km、所要時間14時間41分)。
旧「ていね」に相当する(下り)「ニセコ3号」・(上り)「ニセコ1号」は気動車ではなく客車列車としての運行となった。「ていね」時代には食堂車が連結されていたが、このダイヤ改正に際して中止となっている。この客車列車の牽引機は函館駅〜小樽駅間でC62形蒸気機関車、小樽駅〜札幌駅間はED76形500番台が担当し、長万部駅〜小樽駅間は「ていね」時代から引き続き重連運転が行われていた。
1971年(昭和46年)7月に夜行の臨時列車であった1往復(下り・上り)「ニセコ4号」が廃止。同年9月15日には(下り)「ニセコ3号」・(上り)「ニセコ1号」におけるC62形の牽引が終了。同列車の函館駅〜小樽駅間の牽引機はDD51形ディーゼル機関車に交代した。
1972年(昭和47年)3月15日に下り「ニセコ3号」の運行区間が釧路駅まで延長されたが、1973年(昭和48年)10月1日のダイヤ改正で臨時の1往復である(下り・上り)「ニセコ2号」が廃止となり、定期列車2往復のみとなる。また、下り「ニセコ3号」の釧路駅乗り入れも終了し札幌駅発着に戻った。
1978年(昭和53年)10月2日のダイヤ改正で札幌駅〜根室駅間が急行「狩勝」として分離され、急行「ニセコ」は全列車が函館駅〜札幌駅間の運行となった。1980年(昭和55年)10月1日のダイヤ改正では、「ニセコ」の気動車列車が廃止(臨時に格下げ)となり、客車列車のみとなる。
残った客車列車は1981年(昭和56年)2月7日にスハ43系などの旧型客車から14系(「雲仙」・「阿蘇」など関西〜九州間の急行廃止で余剰となり北海道仕様に改造された座席車)に置き換えられた(従来の旧型客車で実施されていた本州直通の郵便車・荷物車の連結も終了)。そして、国鉄時代最後のダイヤ改正となった1986年(昭和61年)11月1日のダイヤ改正で「ニセコ」は夏季のみ運転の臨時列車に格下げされ気動車化された。この改正で同区間を走行する気動車特急「北海」も室蘭本線・千歳線経由に変更され特急「北斗」の一員となり函館本線山線ルートから定期優等列車が消えた。ちなみに臨時急行「ニセコ」はキハ56系気動車で運転されていたが、1993年(平成5年)の夏を最後に廃止された。
昭和40年代SLブームの立役者
1968年10月ダイヤ改正で「ていね」が「ニセコ」に改称され登場した頃、C62が牽引を担当する優等列車は「ニセコ」以外では呉線を走行する急行「安芸」「音戸」が残っていた。しかし1970年(昭和45年)10月1日のダイヤ改正で呉線が全線電化され蒸機が撤退したため、「ニセコ」は最後のC62牽引の定期急行としてさらに注目を集め昭和40年代SLブームにおける立役者となり、当時のSLブームとも相まって最晩年のC62形の代名詞的な存在ともなった。なお、「ニセコ」からSLが撤退した後も、石北本線の北見駅〜網走駅間をC58が牽く急行「大雪」、現在の原田線区間に聳える冷水峠越えのために筑豊本線・鹿児島本線の直方駅〜鳥栖駅にてD60やD50の後部補機が付いた急行「天草」、1973年10月から1974年9月末まで日豊本線の宮崎駅→都城駅間をC57が牽引した急行(下り)「日南3号」などSLが牽引したり補機についた優等列車は残っている。
快速「ニセコライナー」
札幌駅→倶知安駅、蘭越駅→札幌駅間において各1本がキハ201系を用いて運行。
1984年(昭和59年)2月のダイヤ改正で廃止された先述の急行「らいでん」の代替として札幌駅〜小樽駅間で運行を開始した無名の快速が源流で津軽海峡線が開業した1988年(昭和63年)3月ダイヤ改正で「マリンライナー」と名付けられた。2000年(平成12年)3月ダイヤ改正で快速列車の再編が行われ倶知安駅方面に直通する快速が「ニセコライナー」と命名された。詳細は当該項目を参照。
ニセコエクスプレス
1988年にJR北海道が製造したキハ183系ベースのジョイフルトレイン及び新千歳空港駅〜ニセコ駅間を結んでいたスキー列車の愛称。2017年退役。詳細は当該項目を参照。
臨時特急「ニセコ」
2015年9月から設定された札幌駅~函館駅間(ニセコ駅経由)の臨時列車。基本的に夏期〜秋期(特に9月)に運行される。
2012年夏期〜2015年夏期に函館本線山線ルートで運行された臨時特急「ヌプリ」「ワッカ」を前身とする。2015年度末の北海道新幹線新函館北斗開業を見据えてリニューアルされ、臨時とはいえ優等列車に32年ぶりに「ニセコ」を名乗る列車が復活した。
停車駅によっては特産品の販売も行われることがあるなど、観光列車的な側面も持っている。
使用車両は2017年まではキハ183系5000番台「ニセコエクスプレス」編成、2016年・2018年・2019年・2020年はキハ183系「オホーツク」編成、2021年・2022年はキハ183系5100番台「ノースレインボーエクスプレス」編成で運転された。
2023年・2024年は「キハ261系5000番台はまなす編成」で運転。全車指定席の運転となった。
運転区間:札幌駅〜函館駅
停車駅:札幌駅・手稲駅・小樽駅・余市駅・倶知安駅・ニセコ駅・昆布駅・黒松内駅・長万部駅・(八雲駅)・森駅・(大沼公園駅)・新函館北斗駅・<七飯駅>・五稜郭駅・函館駅
※八雲駅は函館駅行き列車のみ停車、大沼公園駅は札幌駅行き列車のみ停車、七飯駅は札幌駅行き列車のみ運転停車。
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