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【戦後80年記念企画】戦後建国神話について考える① 「戦後〇〇年」とは第二の元号だった!

1.はじめに

以下は、戦後80年の夏という機会にそれまで考えていたことをまとめたものです。かなりいろいろな物事や立場について距離をおいて突き放したような印象を受けるかも知れませんが、テーマの関係上そういう書き方にならざるを得ませんので、ご承知おきください。

2.神話とは?

タイトルで「戦後建国神話」という言葉を使いましたが、ここで本題に入る前に、まず前提として、「神話」という用語の意味を定義しておきます。
ここでは
「世界の起源や人間が遵守すべき生き方等の由来について、太古に起こったとされる一連のできごとに基づいて説明する神聖な物語。議論の余地なく承認され,帰依されねばならず、絶対的な真実を啓示するものとされる」
としておきましょう。
(★これは神話学者吉田敦彦の説明を参考にしています。くわしくは以下参照)

この定義は非常に重要なもので、後で意味を持ってきますが、いったんは話を進めます。

3.戦後80年

今年の8月15日は戦後80年の終戦記念日ということになります。戦後80年というのはもちろん第二次世界大戦(太平洋戦争、アジア太平洋戦争、大東亜戦争などいろいろな言い方がありますが)が終わってから80年ということです。
ともあれ戦後80年というのはそれなりの節目を感じさせる年数なので、首相の談話を発表するかどうかという議論も出ているのはご存じのとおりです。

4.「戦後」という区分の意識

しかし戦後の年数が長くなるにつれて、第二次大戦が終わってからどんどん長い年が過ぎていくわけですから、戦争体験者も減少して戦争の記憶が継承されなくなっていき、若い世代には「戦後〇〇年」という言い方になじみを感じない人が増えてきます。
例えば以下の記事を読んでみてください。

https://www.kasumigasekikai.or.jp/2019-09-17-4/

この2019年の論考の中で元外交官の筆者は「若い世代には戦後がそれ以前の時代とは質的に大きく異なる時代だという認識や感じ方がないらしい」ということを語っていますが、まさにその通りだと思われます。

逆にいえば、上の世代になるほど「戦後はそれ以前の時代とは質的に大きく異なる時代だ」という認識や感じ方が強く存在しているということです。

つまりこのことは、戦後にそれまでとは日本の国家や社会のあり方が質的に大きく変わったという認識を意味します。
(このような感覚は私のような世代(1960年代前半生まれ)にとってはほとんど自明で、むしろいちいち口にして問題にするのは変わり者か特殊な研究者くらいのように思われていたのですが、今はもはやそうではなくなっているので、あえて言語化しています。)

ともあれ「戦後〇〇年」とは「それ以前の時代とは質的に大きく異なる時代がはじまってから〇〇年」ということです。

1945年=昭和20年は「戦後0年」ということになりますが、これはただ単に戦争が終わっただけではなく、新しい日本の始まりだったのです。

5.第二の元号としての「戦後」

この「戦後〇〇年」という言い方自体がまるで「平成〇〇年」とか「令和〇〇年」みたいですが、それは当然のことでしょう。
「新しい日本の社会・国家体制が始まってから〇〇年」ということだからです。
何かの始まりを0年または元年として、そのからの経過年数を数えるのは、いわゆる紀年法の発想の基本です。

もっといえば第二次大戦の後の日本では、「戦後」というのが実質的に「昭和」「平成」「令和」と並ぶ第二の元号制度として機能してきたと言って良いでしょう。
このことはだいぶ前の記事でも触れました。

それは「戦後日本」とか「新日本」とか「民主的な日本」といっても良いでしょうが、とにかく何らかの点で戦前や戦中の日本とは異質な「別な日本」の国家が新たに立ち上がったというイメージを呼び覚ますものだといえるでしょう。
(実際は、客観的に見て本当に「異質で別な日本が生まれた」と言えるのかどうかも大きな問題になるはずですが、ここでは立ち入らないことにします。)
とりあえずここでは「戦後日本」と呼んでおきましょう。

そして戦後XX年というのは、「戦後日本」という新国家が生まれてからXX年が経過したというイメージを呼び起こしているわけです。
元号とは、前とは違った新たな時代の始まりを意識させるものです。

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6.薄れてきた「戦後」の区分の意識

さきほど触れたように、若い世代は、戦後とそれ以前とが質的に違うという印象をあまり持たないと言われています。
そうだとすれば、それは「戦後日本」という新しい国家が1945年から始まった、というイメージを持たず、「戦後〇〇年」と言われてもピンとこないし、元号のようななイメージも持たないということを意味します。

若い世代ほど、「1945年」という年も長い歴史の中のあくまで一つのエピソードでしかないということであり、もっとはっきりいえば「戦後80年」という言葉は「太平洋戦争開始84年」も「日露戦争終結120年」も同じレベルで、単に過去の歴史上のある出来事と現在との年数を機械的に表現した意味しかないということでしょう。

つまり後の世代になればなるほど
「1945年に新たな異質な国や社会が始まったわけではなく、戦前の大日本帝国も、戦争中も、戦後の日本も、同じ日本が(もちろん政治体制、法制度、経済産業、価値観などいろいろな要素を変化させながら)連続的に変化発展し続けているだけで、1945年というのはその中にある様々な時代区分の中の一つでしかない」
という感覚が広がっているのだと思われます。

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そうなると「戦後〇〇年」などという元号に似た表現は別に必要ない、ということになるでしょう。

これに対して私を含む中高年世代の多くは、年上になるほど1945年を新たな国家や社会の始まりとして意識する傾向が強いのではないでしょうか。

7.「戦後」の建国物語

さて、薄れてきたとはいえ、従来のように「1945年に新たな国家が始まった」という意識を前提にするとすれば、国家の始まりには何かしらの建国物語が必要になります。これは、アメリカ独立革命やフランス革命に建国物語があるのと同じです。

戦後日本についての建国物語はおおむね
「軍国主義にとらわれて侵略戦争に走り、国民は(=場合により他国民にも言及)多くの苦しみを受け、1945年に戦争に敗れてあやまちを反省し、新たな憲法を作って(与えられて)まったく新しい平和国家を作り、崇高な平和主義の理想のもとで戦争の惨禍を二度と繰り返さないことを誓った」
というものでしょう。
(この建国物語にそれぞれの人々が各自賛同するかどうかは別問題です。念のため)

その建国物語を象徴する重要なエピソードとしては、1945年8月の昭和天皇の玉音放送、1946年1月の昭和天皇の人間宣言と俗に呼ばれる詔勅(これを「人間宣言」と呼ぶのは実際は内容から見てそぐわないのではないかという見解がありますが、実際の意図や趣旨がどうであれ、世間的にはこの詔勅は「天皇が神ではなく人間であることが宣言された」ものとして歴史の節目のエピソードとして語り継がれることとなりました)、極東軍事裁判、新憲法の制定などでしょう。

これが古く悪しき災厄に満ちた状態を終わらせて新たな国を誕生させた建国物語の骨子として、長く語り継がれることになったのです。

(法学理論でこれに対応するのがいわゆる八月革命説ですが、この八月革命説そのものが一般大衆に深く浸透したわけではないので、深入りは避けておきます。)

8.物語から神話へ

さて、ここで冒頭で説明した「神話」という用語の定義を思い出してみましょう。
それは
「世界の起源や人間が遵守すべき生き方等の由来について、太古に起こったとされる一連のできごとに基づいて説明する神聖な物語。議論の余地なく承認され,帰依されねばならず、絶対的な真実を啓示するものとされる」
というものでした。
これを先ほどの戦後日本の建国物語に当てはめてみたらどうでしょうか。
まさにそれは、神話の定義にぴったり該当するということになるのではありませんか。

戦後日本の建国物語をこの神話の定義にあてはめて検証すると
①世界の起源→戦後日本の起源
②人間が遵守すべき生き方→民主的で平和国家である戦後日本で「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」という生き方
③太古に起こったとされる一連のできごと→アジア太平洋戦争(またはもっと前からさかのぼる)等、戦前戦中の様々なできごと
④"神聖"な物語→崇高な平和主義の理想
(に至る物語)
というふうに、しっかり神話の定義に対応していることがわかります。

あとは
⑤議論の余地なく承認され,帰依されねばならず、絶対的な真実を啓示するものとされる
という要素があるかどうかですが、これは先ほどの戦後の建国物語を否定するような政治的主張をすれば強く批判されることが多かったことを考えれば、やはり該当すると言えるのではないでしょうか。

つまり戦後の建国物語とは、単なる物語にとどまらず、戦後の建国神話であったと言えることになります。

9.戦後建国神話の伝承

(1)平和教育

さて、神話は伝承が重要です。このような建国神話があるとすれば、それは何によって伝えられていったのでしょうか。
まず一つは、学校教育でしょう。おそらく教育現場の「平和教育」とされるものが特にその役割を果たしてきたと思われます。

「平和教育」という用語を聞くと、最近の若い世代の人ほど国連機関や国連平和維持軍の活動とか、防衛のための哨戒や偵察活動とか、具体的に紛争防止や侵攻阻止の政策や技術的な理解を深める教育、という印象を持つようです。

これに対して上の世代ほど、おそらく上記の建国神話「軍国主義にとらわれて侵略戦争に走り、国民は(=場合により他国民にも言及)多くの苦しみを受け、1945年に戦争に敗れて反省し、新たに民主主義と平和主義の憲法を作って(または与えられて)新たな日本の国家が始まり、国民は戦争の惨禍を繰り返さないようにしなければならない」という内容を繰り返し教わった経験を思い出すのではないでしょうか。
敢えていうなら、ある程度の上の世代にとっては、「平和教育」というのは、政策や技術の教育ではなく、一種の戦後建国神話の伝承教育(または戦後建国神話に帰依し尊重する教育)を意味している(意味していた)ということになります。

「平和教育」という言葉のイメージについて世代間ギャップが生まれて、後の世代になるほど戦後建国神話とは無関係な、政策的・技術的な教育を思い浮かべるようになっているということでしょう。

こういう言い方を不愉快に思ったり「冒涜だ」「けしからん」と思う人がいるかも知れませんが、不快だとか冒涜とかけしからんと思うとすれば、まさにそれが神話だからです。
冒頭で定義したとおり、神話は「議論の余地なく承認され、帰依されなければならない絶対的な真実とされているもの」という性質がありますから、神話を異なる観点から距離をおいて語ろうとすると「けしからん、不愉快だ。冒涜だ。なぜ違う切り口で余計なことを言うのだ。議論の余地なく承認して帰依しろ」という反応が出てきて当然なのです。

(2)児童向け作品

学校の平和教育に関連するものとして、児童文学や児童向け映像作品も挙げることができるでしょう。
戦争の悲惨さをテーマとして作られた児童文学や児童向け映像作品が、上記の意味での戦後建国神話を伝える役割を果たしてきたことは否定できないでしょう。

(3)戦争を語り継ぐ

さらに「戦争を語り継ぐ」という言葉もよく聞かれます(朝日新聞の「声」欄は定期的に「語り継ぐ戦争」という特集を行っています)。

これはただ単に歴史のデータや資料を残すという意味ではなく、口頭で戦争の体験を語り、戦争を知らない世代もそれを受け継いでさらに口頭で語り継げるようにしようという意味ですが、このように物語を口承で伝えようという行為は、まさしく神話の伝え方に似た構造があると言えるでしょう。

重要なことが途絶えないように口頭で代々子孫まで伝えていこうというのは、まさに神話の伝え方の発想にほかなりません。

(4)NHKの朝ドラ

またここで一つ、建国神話の伝承に寄与している大きな要因の一つとしては、NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)もあると考えられます。
朝ドラでは戦前・戦中・戦後の時期を舞台にしたものが多く、ヒロインや家族や友人たちが戦争の苦難を経験して生活の再建に立ち上がる姿が繰り返し様々な作品で描かれてきました。これも国民の間での建国神話の伝承を支えてきたというべきです。

(5)神話の聖典としての日本国憲法

ここで重要な位置づけになってくるのが日本国憲法、とりわけ前文と9条です。憲法の前文と9条はこの物語の中では、いわば神話の聖典などのような最重要アイテムの役割を果たしていると言えるでしょう。

これに対して(いわゆる右派から)「日本国憲法はGHQによって押しつけられたものではないか」という非難が浴びせられることがあるのはおなじみのことですが、これは何ら問題にはなりません。
なぜなら神話の聖典は神聖な内容であることが重要なのであって、その原案を実際に最初に書いたのが誰なのかは、内容次第ではそれほど問題にはならないからです。
譬えていえば、新約聖書のヨハネによる福音書を書いたのが本当にイエスの弟子のヨハネなのかどうかがそれほど重要でないのと似たようなものでしょう。

まして日本国憲法の前文には「人類普遍の原理」「全世界の国民」などの語句が使われています。この聖典に記されているのは全世界、全人類において通用する原理や理想だということになっているのです。
そうだとすれば、神話の聖典を実際に最初に書いたのが日本人だろうとGHQの人間だろうと、人類普遍のことなのだからどちらでも別に全然かまわないという結論に当然なるでしょう。

(余談ながら現実の歴史上の問題としていうと、GHQの草案をそのまま和訳して日本国憲法になったわけではなく、(GHQが容認できるような範囲で、ではありますが)日本政府が手を加え、さらに最後の帝国議会で与野党が審議し、重要な修正をいくつも加えて日本国憲法が完成したことは既にだいぶ前の記事で書きました。さらにGHQの草案自体が日本で出ていた様々な新憲法についての意見や提案を参考にしたとされています。)

反対に「日本民族の独自の憲法典」と称するような憲法であったのであれば、確かにGHQとか外国人が原案を書いたということになると非常にマイナス要因になるでしょうが、日本国憲法はそういう「民族の独自性」のようなものを打ち出すような憲法典ではない点こそが特色なのです。

10.広く受容された戦後建国神話

さて、ここでいう戦後建国神話は、ニュアンスの差はあれ大戦後の日本社会で広く受け入れられてきました。
政治の世界でいえば、自民党の一部から共産党に至るまでカバーする広い範囲にいきわたっていたといえるでしょう。
但し濃淡の差もあり、自民党は比較的薄く、野党(ここでいう「野党」は戦後長く存在してきた共産党、旧社会党などを想定しており、現時点での維新や参政党や国民民主党は想定していないことに注意)は濃い、ということでもありました。

さらにいうと、この戦後建国神話を踏まえたうえで、「せっかく戦後新たな国が建国されたのに、それを否認したうえで再び前の状態に戻そうとしている勢力が日本の政治の世界には根強く存在している」という説明をする傾向が、とりわけ野党やその支持層の間に根強く存在してきました。

11.日本古来の建国神話と戦後建国神話の対立

ところで建国神話といえば、日本古来の建国神話を思い出す人もいるでしょう。イザナギとイザナミが日本列島を作り、様々な出来事を経て、天照大神の子孫である神武天皇が最初の天皇になって「日本」を作った、とされる物語です。

かつて2月11日をこの神武天皇即位の建国記念の日として祝日にしたときに、激しい反対運動が歴史学者や市民団体や野党を中心に起こったことがありました。今となってはその反対の機運の盛り上がりの理由が感覚的にわからない人が多いと思いますが、これも戦後建国神話とは合わない古代の伝承を国家公認の建国神話にしようとしたからだというべきでしょう。

12.戦後建国神話自体を認めない立場

反対に、そもそもこのような戦後建国神話を認めない立場もそれなりにあったことも事実です。

わかりやすい例としては、いわゆる右派の「自虐史観」批判論は、これに近いものだと言えるでしょう。

また、戦後新しい国家が建国されたわけではないとして連続性を強調する立場は右派によく見られた傾向ですが、それだけではなく左派にもありました。
特に「日本は戦前の大日本帝国のころから実質的には変わっておらず、悪しき要素を残し続けている」として非難する立場が有力に左派の中に存在してきました。
(但しこのような「戦前からの連続性を否定的なニュアンスで強調したうえで日本の国家のあり方を総体的に強く批判する」という意味での左派は、現在は言論界でほとんど見られなくなってしまっているように思われます。
現在の左派によく見られるのは、「戦前と戦後の断絶を強調して(その意味で「戦後建国神話」的な観点で)、そのうえで戦後の状況を右派の攻撃から守るように主張する」という傾向ではないでしょうか。)

13.右派・左派と戦後建国神話

最近は構図が少しずつ変わってきていますが、戦後日本の政治言論の右派・左派を考えるうえで、この「戦後建国神話」に対するスタンスを踏まえると分析がしやすいと思われます。

一般に欧米流のポリティカルコンパスでの(特に経済中心の)右派・左派の区分を日本にあてはめようとしても違和感があるのは、この日本独自の戦後建国神話に対するスタンスをうまく処理できないからでしょう。

また、現代日本独特の用語法としての「リベラル」という用語も結構いろいろな意味に使われていますが、そのうち一つは、この「戦後建国神話」を強く受け入れて自分の生き方に反映させている、という意味合いがあると言えるでしょう。

14.おわりに

この戦後建国神話から何がもたらされたかについてさらに考察をしていきたいと思いますが、まずはいったんここまでとします。

余裕があれば、この戦後建国神話と政治的立場の左右の関連をさらに掘り下げ、また安全保障問題との関連などについても検討してみたいと考えています。

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