高層オフィスビルの一室にて。
スーツを纏った大柄な機体の身体を持つ、PMC理事長は心底呆れたような声を出す。
「……また失敗か。つくづく貴様達は、私を失望させてくれるな」
『くっ……アビドスの奴等だけなら勝てたさ。でも、あいつらシャーレの先生や黒髪の男とめちゃくちゃ強い白髪の男を味方に付けてたんだ……!』
「男?それも2人だと?……それは本当か?」
電話の相手はヘルメット団のリーダーだった。
理事は思うところがあるのか、彼女の口から出たその単語を復唱する。
ヘルメット団にとってアビドス対策委員会は強敵だ。その証拠に、何度も彼女達によって撤退させられている。
だが今回、ヘルメット団のリーダーは勝てると思っていた。
どこか楽観視していたことを思い出す。カイザー理事長の支援で手に入れた、強力な武器。
そして惜しみなく集めた多数の兵力。そんな自分達に囲われる対策委員会を哀れにも思う程だった。
しかし結果は完敗…圧倒的な力を持つ1人の男によって私達は壊滅寸前にまで追い詰められた
アビドスの元々の戦闘力に重ねられる、先生の指揮力。
加えて、あの謎の威圧感を持つ2人の男…片方は知ってる連邦生徒会の副会長にしてキヴォトス最強と呼ばれ過去私達を酷い目にあわせた男…天秀ユキト…そして白髪のめちゃくちゃ強い男
それらを前に、ヘルメット団は敗れた。
『白髪の男はめちゃくちゃ強かった!あの天秀ユキトに匹敵する程に』
「!?」
それを聞き、理事長の脳裏に一人の人物が浮かんだ。
協力者の実験で生きる気力を失っていた白髪で赤い瞳を持ち圧倒的な再生能力を持ち協力者からゼロと呼ばれていた一人の少年の姿が。
「フハハハハハ! そうかそうか。最後に役立ってくれたなヘルメット団、お互い気持ちよく縁が切れるというわけだ」
『なっ……! おい! それはどういう』
プツッと理事長は通話を切る。
「フン……格下のチンピラごときでは、あの程度が限界か。主力戦車まで送り出したというのに、このザマとは」
だが、収穫はあった。そこだけは評価出来る。
「天秀ユキトに匹敵する強さを持った男…おそらくアレで間違いない」
だからこそ、失敗は許さない。今度こそ確実に、アレ(ゼロ)を手中に入れたかった。
「ふむ……となると、目には目を、生徒には生徒を……か。専門家に依頼するとしよう」
理事は電話を鳴らす。本当は『影狼』と呼ばれる凄腕の便利屋に仕事を頼む予定だったが、ここ最近音信不通になっているため、別の便利屋を頼ることにした。
『はい。どんなことでも解決します。便利屋68です』
「仕事を頼みたい、便利屋」
まずは実力を証明して貰おう。ヘルメット団の二の舞になるような組織はごめんだった。
なので、理事長は便利屋にこのように依頼する。
『アビドス高等学校を占拠しろ。手始めにカタカタヘルメット団のアジトを襲撃し、成功すればその腕を見込み、追加報酬と共に占拠に加え新たな依頼を行う』と。
カタカタヘルメット団のアジトにて。
現在、そこは何者かに襲撃を受けている。襲撃犯は少人数に関わらず、倍以上の人数である筈なのにヘルメット団は追い詰められていた。
「くそ! くそ! 今日は何て厄日だ!!」
リーダーは苛立ちを隠さないでいる。
優位だったにも関わらず、アビドスに敗北したこと。それによるPMC理事からの一方的な契約解除。連絡を取ろうとしても繋がらず、直接乗り込もうとした矢先の何者かによる襲撃。
無線機からは、仲間の悲鳴とその身体が地に伏せる音が聞こえてくる。
『あーあー、こっちは終わったよー』
『こっちも制圧完了だ、ボス』
「っくそ……!!」
その後に入る襲撃犯の声に、ヘルメット団のリーダーの背筋が冷えた。無邪気そうな可愛らしい声も落ち着いた少女の声も、まるで死神の足音のように聞こえる。
そちらに気を取られて、ヘルメット団のリーダーは気付かなかった。自身が、その二人とは別の死神の瞳の中にあることを。
「がっ……!!?」
身体の数箇所に痛みが走る。狙撃されたのだ。
ヘルメット団のリーダーは倒れるが、せめてもの抵抗なのか、薄れゆく意識を保ちながら、歩んでくる四人組を睨む。
「うう……何者だ、貴様らは……」
「ふふふ」
その問いに、コートを風で揺らす狙撃銃を持った少女が不敵な笑みを浮かべる。
彼女を先頭にしていることから、この者が襲撃犯のトップなのだとヘルメット団のリーダーは悟った。
「ま、まさかアビドスの!? よくも我々を……!」
「はあ。こんな不潔で変な匂いのする場所がアジトだなんて。あなた達も冴えないわね」
溜息の後に、銃口をこちらに向けるコートの少女。
「いいわ。あなた達を、労働から解放してあげる。でないと私達が困るのよね」
「なっ、何だって!?」
「要するにクビってこと。現時刻をもって、アビドスは私達が引き受けるわ」
「ふ、ふざけた真似を! 貴様らは一体……」
その先は続けられなかった。近距離から狙撃銃で撃たれ、ヘルメット団のリーダーは地に伏せた。
コートの少女は狙撃銃を肩に担ぎ、コートを翻す。
「私達は便利屋68。金さえもらえれば何でもする……何でも屋よ」
コツコツとゆったり歩くが、コートの少女……陸八魔アルの心のうちはゆったりとは正反対だった。
(今、すっごいカッコよくなかった私!? 正にアウトローって感じだったわよね? 多くを語らず、背中と実力で語ってやったわー!!!)
(……って思ってるんだろうなぁ〜、アルちゃん。興奮を隠してるつもりなんだろうけど、鼻歌聞こえてるしっ)
浅黄ムツキは幼馴染であるアルの後ろ姿を、楽しそうに眺めている。
そんな二人を見て溜息を溢し、有頂天になっているアルを呼び止めたのは、この中の最年長である鬼方カヨコだった。
「ハァ……社長。帰る前にクライアントに連絡入れないの? 追加報酬と新たな依頼があるんでしょ」
「……ふふふ。ええ、勿論。これから入れようと思ってたのよ」
一度動きを止め、すかさず携帯端末を取り出すアル。
(絶対忘れてたね、アルちゃん)
(絶対忘れてたな、社長)
「もしもし。ええ……はい。勿論……はい、お任せください。それでは」
通話を終えると、アルは勢いよく振り返る。
「喜びなさい!! 追加の報酬と依頼が確定したわ!! これで極貧生活から脱出よ!!!」
「わーーい! じゃあ早速すき焼き行こうよ! すき焼き!!」
ムツキの言葉に反応したのは、オドオドとしている伊草ハルカだった。縮こまる身体を震わせるその姿は、小動物のようだ。
「そ、そんな豪華なもの、私が食べていいんですかっ? いいわけないですよね? 生意気ですいません。今すぐお詫びしますぅ……!!」
「ハルカやめなさい! お詫びなんてしなくていいから!」
「……それで追加報酬はともかく、依頼はなんて?」
カヨコの問いに、アルは簡潔に答えた。ふふん、と得意気な笑みを浮かべて。
「白髪の男子生徒の捕縛、だそうよ。名前はゼロ、凄く強いらしいけど、あの人に鍛えられてる私達なら朝飯前ね!」
「だね〜。あ、でも加減が難しいかも……爆発物は控えた方がいいかなぁ」
楽観的なアルとムツキに、ピシャリとカヨコは言い放つ。
「どうかな。そもそも、アビドスは数年前から襲撃に遭い続けている。にも関わらず、今まで存続しているんだから、舐めていると足元を掬われるよ。二人とも…少なくても裏に誰かいるって思ってた方がいいかも」
「ひ、ひぇぇ……!!」
カヨコの解説で自分より何倍も背丈の大きい怪物を想像したのか、ハルカは震え上がる。ムツキはそんな彼女を不意打ちで背後から抱きしめ、その頭を撫でた。
「大丈夫大丈夫。私もアルちゃんも、カヨコちゃんもいるから。心配ご無用〜」
「あ、あぅぅ」
「そうよハルカ。それに、強力な助っ人を忘れてないかしら?」
強力な助っ人。
これをアルが言い出したら、その人物は一人しかいない。
ムツキは楽しげに笑い、ハルカは少しだけ表情を輝かせ、カヨコは溜息を吐く。
「それって〜……かげかげのことでしょ!」
「ア、アル様達に加えてか、影狼さんまでいるなら、私、頑張れます……!」
「私は複雑だけどね……。顔を合わせる度に憐れみの言葉を掛けられるわ、依頼料をタダにしてもらってるし」
便利屋68はある出来事をきっかけに、影狼と繋がりを持った。それ以来、彼女達から影狼を雇うことも何度かある。
その度にお財布事情を理由に、憐れみを向けられタダ働きを良しとされてしまうので、カヨコとしては複雑な思いだった。
(そもそもこのキヴォトスに男子生徒が2人もいるなんて話…聞いたことがない…ゼロってもしかして…いや…ないかだってあの人は黒髪だし)
「う、うるさいわね! その内返すわよ! 汚名も依頼料も!!」
「アルちゃんは真面目だなー。本人がいいって言ってるんだから、素直に甘えればいいのに〜」
ムツキの言う通り、影狼はタダ働きした分を返せとは言ってない。寧ろ生活に補填してくれ頼むから、と言う始末だ。
そして、その金が無駄な買い物や家賃などの支払いに消えたと顔合わせる度に聞き、影狼が頭を押さえるのが恒例だった。
「ダメよ! 一流のアウトローたるもの、借りを返せないでどうするの!」
勿論アルもこれを申し訳なく思っており、いつか汚名と合わせて返上したいと思っている。
まあ、これからまた借りが増える予定なのだが、その分出る依頼料で返せばいいとアルは結論付けた。
カヨコが早速、電話を掛けるも繋がる気配はない。
「……社長。影狼のとこに電話掛けてるけど、出ないみたい」
「何ででしょう……? お、お眠りになってるんですかね?」
「仕事で外に出てるんじゃない? 事務所の前で待ち伏せして、驚かせてみようよ〜。くっふっふ」
「いいわね、それ」
ムツキの案はともかく、事務所に直接出向くのは手っ取り早くて良い。アルはヒールを鳴らして、歩き出す。
「そうと決まれば、早速行くわよ! 影狼の所に!!」
その後、ブラックマーケットから『何でよーーー!!?』という叫び声が響くことを、この時はまだ誰も知らない……。