熟考する大学職員

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熟考する大学職員
@zyukkou
都内にある私立大学の職員です。入職して10年程。今後の大学業界について思うことを書いていきたいと思います。

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大学業界の特性的に仕方ないが一定数の教員は「自分は偉い」と過度に思ってしまっている。〆切を過ぎたことに対して、まずは「すみません」と言うのが常識なはず。酷い人になると提出を催促すると逆ギレする始末。博士の学位を持っていることや学生指導をしていることがそんなに偉いことなのだろうか?
大学職員の業務は営業職等と異なり、成果を定量的に測れない。だからこそ、①毛嫌いされる業務を自ら買ってでること、②忙しそうな人に手伝えることがないか尋ねること、③改善すべき所を積極的に変えること、これらの行動を取る人は人からの信頼を得やすく、事務職として重宝されると思う。
残念ながら大学職員として「意識高い系」の人は嫌煙される傾向がある。改善しようとやたらと提案する人(本来はそういう人こそ貴重な人材)は、前例を好み淡々と仕事をしたい人からすると迷惑な存在でしかない。採用ページで「改革心のある人を求めています!」と謳う大学が多いが本当にそうだろうか?
大学経営において問題点だと思うことの1つは「研究に集中すべき優秀な教員こそ大学の役職者となってしまい研究以外の雑務に時間を取られる」こと。こういう人こそ役職を当てずに外部資金の獲得に注力してもらうべき。この辺も含めて、大学には改善すべき組織体質がまだまだあると思う。
高校訪問廃止に賛成。やるにしてもZoomで十分。直接会って話すことにどんな意味があるだろうか。営業職のように直接会いに行くことが熱意のあるアピールと見なされ、数字が上がる(志願者数が増える)ということはほぼない。両者にとってメリットがほとんどない前時代的な取り組みだと強く感じる。
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これでも大学職員
@koredemo
今年は教職員による高校訪問を行わない大学も多いと思われます。来年度以降も極力行わない(またはzoom等で代用)選択肢もありではないかと。 大学にとっても出張等の経費削減になりますし、なにより高校側(担当教員)が歓迎していないケースもあり。。(経験あり。アポの電話も迷惑そう)
大学職員の仕事は「楽をしようと思えばいくらでも楽ができるが、改善しようと思えばいくらでも改善ができる」と思う。一緒に仕事をしていると、その人がどちらの意識を持って業務をしているかが面白いように分かる。楽をしたいと思っている人は一言で言うと主体性がない。全てにおいて受け身の人。
大学職員を10年経験して分かったことは「1人で行える業務を2人で行う部署がある」ということ。そのために、過度なダブルチェック体制を築き上げていたりする。しかし「この部署は1人減らしても問題ありません」と言う人はいない。前年2人でやっていたから今年も2人でやるというのが大学という組織。
大学職員は真面目な人ほど損をするというのは一理あって、特定の人がどんどん仕事を引き受けて業務量のバランスが偏ってしまうことがよくある。その裏には「実際は仕事量に余裕があるのに、さも忙しいフリをしてサボる人」の存在がある。本来ならこのような人と真面目な人の待遇には差をつけるべき。
大学職員はどんなに業務改善をしても賞与に反映されたりすることなく、前年度の業務を淡々とこなす人と同じ評価をされる。最初は『なら頑張らなくてもいいや』と思ったが、どうしても改善したいと思う自分がいる。未だにこの評価方法は嫌いだが、自分の実直さ?に気付けた点においては良かったと思う。
大学は教員を人事に活用しすぎている。教員は研究と教育に没頭していただき、事務組織の長は職員が担うべき。教員がトップだと現場を知らない的外れの意見に振り回されることも多く、業務のスピード感も損なわれる。「事務組織の長は全て事務職員が担う」。これくらいやらないと大学改革とは言えない。
多くの大学の採用ホームページには『改革心がある人を求めています!』と書かれている。しかし、実際には『与えられた業務をミスなく無難にこなす人』を求めているのではないだろうか。本学では、積極的に業務改善を行う人は少なからず毛嫌いされる傾向がある。大学はまずこの体質を変えるべきだ。
「事務職は簡単で楽」という認識が安易に広まっていると思う。事務職で一番重要な能力は「正確性」。なぜなら既存の情報や文書を基に資料を作成する業務が多いから。そのため性格による適性がかなりある。慎重で心配性くらいな人が向いている。誰でもできる仕事ではない。事務職を舐めてはいけない。
大学職員の業務においては、「成功は求められないが、失敗をしないように求められる」と感じることが多々ある。業務改善をしてある部分が改善されたとしても大きな賞賛はないが、その業務改善行為が失敗に終わると「なぜやり方を変えたんだ」と指摘される可能性がある。
やはり大学という職場はコスト意識に欠けている。とりあえず無駄な仕事が多すぎる。昨年の入試では「長い間待機する」仕事(待機しなくても全く問題なし)があった。どれだけ人件費かかってるのか分からないのか。大学に長年いるとコスト意識が欠如しちゃうのかな。染まらないように気をつけよう。
大学職員の仕事は定性的なので、優秀かどうかの尺度が曖昧になりがちだが「この人はできる人だ/できない人だ」という評価は職場全体を通し概して一致する。他部署の人であろうと電話対応や口コミで優秀かどうかはある程度分かる。協調性を主とした人柄と仕事のスピード感のある人はいい意味で目立つ。
大学職員の業務特性として“定量的ではなく定性的”であることが挙げられる。すると、担当業務で如何にミスを無くすかということを第一に考えてしまう。結果として、「前例踏襲」「担当外のことはやらない」「減点方式による評価」という価値観が共有され、改革を推進するには程遠い職員が量産される。
本学、12月より週1回のテレワークがなくなり通常勤務になる。事務職員の業務は在宅で行えることが多いので継続してもいいと思う。でも大学は「改革を好まない」「前例踏襲」という風土があるので、コロナ前の体制に戻す方針。コロナを機にフレキシブルな働き方が根付くべきだと思っていたので残念。
仕事をしていると理不尽なことは必ずある。特に大学職員のような事務職は真面目で責任感のある人ほど損をする事態になりやすい。そのような人に仕事は集中し、その分ミスをする可能性も高まる。一方で責任感のない人は他力本願でのんびり仕事をする。適度に手を抜くスキルは大事な能力だと思う。
学生募集において何が一番大切かと聞かれたら『偏差値』と答える。教育や研究も確かに大切。しかし偏差値が一定値を超えていないと大学の中身を見ようとしない高校生は多い。だから学生募集担当が注力すべき業務は『偏差値マネジメント』。小手先のテクニックだと思う人もいると思うが、私はそう思う。
大学職員に向いている人は、人を支えることが好きな縁の下の力持ちタイプ。決して表舞台に立って派手な仕事をする訳ではないが、学生・教員が充実した活動を行うために奔走できる人。ただ、この様な意識を持続するのはなかなか難しい。この意識を持っているかどうかは一緒に仕事をすればすぐに分かる。
大学に保護者からオンライン授業について賛否両論の意見を頂いている。この問題は解決はおろか、妥協点を見出せすのも難しく、オンラインを継続する大学が多数になるだろう。学生のケアとコロナへの対応の両立に関しては、大学だけに一任するのではなく、国からも何かしらのメッセージを発して欲しい。
◾️大学職員に必要な能力など ①教員・学生を『縁の下』の存在として支えたいという意欲 ②円滑な人間関係を構築する対人能力(閉鎖的な人間関係ゆえ) ③教員には下に見られることが多いという事実に対する寛容力 ④資料作成におけるスピード性と正確性。なお正確性の方が重要。 あくまでも私見です。
大学職員の仕事は人間関係がとても大切で仕事のしやすさに大きく関係する。関わる人が日常的にほとんど変わらないから。そして良い人間関係を築くには「仕事ができるかどうか」よりも「間違えたら素直に謝れるか、やりたくないような業務でも自ら買って行えるか」のような懐の大きさが大切だと感じる。
事務仕事は誰でもできる仕事と言われるけど厳密に言うとそうではないと実感している。事務仕事はかなり性格が出ると思う。向いている人は『慎重な性格で細かい所まで気にできる人』。逆に大雑把な人はミスが多発する。これは長年の間で形成された性格なので、大雑把な人に注意してもミスは直らない。
Withコロナを考慮し、今後の大学における広報活動を以下の通りにすることを提案する。 ①高校訪問の廃止 ②進学相談会の廃止 上記2つをITを活用した方法に替える。特に①は必ずしも高校側に利点はなく大学の自己満足になっていることもあるので早急に廃止すべき。
大学職員として総合的に重宝される人材は『少しのリスクは取れる人』だと思う。保守的である大学では改革心旺盛の人は嫌煙される傾向にあるが、改革心が皆無な人も今後の大学業界を考えると望まれない。少しのリスクを取って改善を着実に重ねられる人、そしてそのリスク感覚を持つ人材がちょうどいい。
大学業界は不思議で、本来であれば他大学は競合他社のような位置付けなのだが、お互いの情報をほとんど隠すことなく教え合う。しかも些細なことだけでなく何度も学内で議論を重ねたであろう事項についても。こういう業界特性からも業界全体としてまだまだ危機意識が希薄なんだろうなと推察される。
大学職員になって良かったと思う理由 ①非営利団体なので雰囲気がギスギスしていない。 ②ワークライフバランスがとても良い。夏と冬の長期休暇に加え、有給も消化しやすい。 ③仕事内容と比べて給与の割がいい。 ④自己啓発補助もありやる気があればスキルアップ可能。 ※あくまで本学の場合です。
「この人が残業しているってことは本当に忙しいんだな」と思われる様に仕事をするよう意識している。明日や今週中までに終わらせればよい仕事ならば、残業せずに帰る。誰も帰ってないから帰りづらいなーっていう雰囲気も気にせずに、先陣切って帰るようにしている。これでいい。
①仕事ができる人=効率的に仕事をこなすので残業あまりしない→多くの仕事をふられる→ミスが起こる→メンタル崩壊 ②仕事ができない人=仕事の生産性が低いから残業が多くなる→残業が多いからそれ以上の仕事をふられない→メンタル安定 ①と②の【業務量格差】と【評価基準是正】を強く求めたい。
大学職員の仕事は刺激の少ない仕事だと感じる人がいる。それは否定しない。ただ、大学職員の仕事は必ず誰かのためになっており(主に学生・教員・受験生のいずれか)、多少なりとも使命感を持って取り組むことができる。利益重視の利己的な仕事をしたくなかった私としては、適している仕事だと思う。
事務職はプライドが高い人には向かない。人間関係が狭いので「こっちからは絶対に話しかけない」という態度は仕事を円滑に進める上で大きな障がいになる。仕事はチームプレイなので変なプライドは捨てるべき。※プライドが高すぎる人は仕事を自分だけで完結させるために業務を「聖域化」する傾向あり。
新卒で大学職員になった人は、その大学が40年存続できるかを考えてほしい。もし経営難に陥る可能性があると感じたら、若いうちに何かスキルを習得した方がよい。それは英語かもしれないしプログラミングかもしれないし大学経営の知識かもしれない。とにかく自信の持てるスキルがあると精神衛生上良い
大学職員の業務においては、「成功は求められないが、失敗をしないように求められる」と感じることが多々ある。業務改善をしてある部分が改善されたとしても大きな賞賛はないが、その業務改善行為が失敗に終わると「なぜやり方を変えたんだ」と指摘される可能性がある。
仕事ができる人は「これは自分の裁量で判断できる案件か」という判断能力が高い。何でも管理職に確認して回答する人がいるが、上記の能力を持つ人は業務のスピード感を確保するため、案件の重大さを考慮して時には担当者裁量で瞬時に回答をくれる。これは責任感を持っていないとできないことでもある。
大学職員は、真面目で優しく仕事熱心な人ほど損をする可能性がある。なぜならそのような人は多くの仕事を請け負うことになるので、必然的にそうでない人よりもミスが目立ってしまうからだ。仮にミスが無く良いパフォーマンスを出したとしても待遇は変わらない。大学職員に限った話ではないと思うが。
先日、仲の良い契約職員のおばさんから「これからは若い職員が改革意欲を持たないとダメだよ。年配の職員なんて自分達が逃げ切れればいいと思ってるからみんな保守的なの。でもこれからの時代、大学は安泰とは言えないから改革意欲を持つことが大切だよ。」と言われた。仰る通りです。
職員の中には教員に対して、過度に気を遣い過ぎている人がいる。極端なことを言うと神格化してしまっているような人が少なくない。大学から一歩出れば、普通のおじさん・おばさんなのに。 教員に媚びる職員にだけはなりたくない。
本学の冬賞与はコロナの影響で前年比約15%減。学生も通学ができないなど苦しい環境に置かれていたこともあり、教職員も身を削る決断をしたようだ。ローテーション勤務などを導入したことで通常より勤務日数が減ったこともあるので、私は特に不満はないが、やはり不平不満を抱える教職員は一定数いる。
定性的業務が多い大学職員で『仕事ができる』と思われる人はどういう人だろうか。まず『資料作成の正確性が高い』こと。加えて『歯切れの良い回答ができる』人だと思う。他部署の担当者に問い合わせて明瞭な回答を貰うとそれだけで仕事への当事者意識を感じられる。※歯切れの悪い説明をする人もいる。
大学職員の数は「全員の顔と名前が大体わかるレベル」であることが多い。だからこそ仲良く協働すればいいのに、中には「いかに自分の部署の仕事を減らして他部署に仕事を押し付けるか」と考える人がいてとても残念。部署間や個人間での『縦割り』を強く意識する人が多いのも大学職員の特徴だと思う。
人は誰しも一度は転職を考えることがある。それは“隣の芝は青く見える”から。私も頑張った分だけインセンティブが貰える会社を羨ましく思うことがある。それは大学職員にそのような性質がないから。しかし大学職員の仕事は利己的にならず、純粋に誰かのために仕事ができる点においては気に入っている。
大学職員の中には「程々に仕事をこなせばいい」と割り切っている人が多い。それは大学が非営利組織であり利益を追求しない団体ということに起因している。改革心を持って大学を変えたいと思っている人の一番の障壁はこの文化であり、この体質を変えることは大きなきっかけがない限りとても難しい。
大学は基本的に非営利であるので、ピリピリした空気感はない。そのため職員もリスクを取らず前例踏襲で業務をする人がほとんど。そんな中でも積極的に改善を試みて新しい提案をする人がたまにいる。私はたとえその提案が受け入れられ失敗したとしてもそんな人を尊敬するし、自分もそうありたいと思う。
大学職員に向いている人は、縁の下の力持ちタイプ。表舞台に立って派手な仕事を行う訳ではないが、学生・教員が充実した活動ができるよう直向きになれる人。一方でプライドの高い人は向かない。具体的には「何でこんな業務をしないといけないんだ」と考えたり、偉そうな教員を受け入れられない人。
大学職員は、人材レベルとしては「この人は民間でも活躍できる」「この人は民間にいっても活躍できた」という人は少なくないように感じる。だが、人は意識しなければ環境に染まってしまうもので、その様な人でも大学職員の特性である非常に閉鎖的で前例主義的な環境に染まってしまう場合がある。
最近、大学院で学ぼうかと検討している。大学職員になったのも何かの縁だし、少しでもこの業界における専門性を身に付けたいと思っている。修士論文のテーマはまだ検討中だが、学生募集や入試に興味があるので、それらに関連したものがいいと考えている。
大学職員は意外と精神疾患になる人が多い。理由の一つは閉鎖的な人間関係であり、教員や他の職員から陰口を言われたりすることもある。陰口は、閉鎖的な環境が生み出す弊害であり、どんなに優れている人でも一度は対象にされるものだと思う。だから極力気にせずに、当たり前のことだと捉えらるとよい。
民間上がりの大学職員には、自分はプロパーの大学職員より優秀だと思い込んでいる人がいる。しかし、必ずしも民間の経験を経たからといって優秀だとは限らない。逆に、そのような人は現状の能力に満足してしまっているので、成長意欲が湧かないだろう。民間経験者こそ謙虚でいてほしいものだ。
ミスをするのは当たり前。だから、その後のフォローが大事でいかに誠実に対応できるか。バレないようにしようと取り繕ったり、言い訳をする気持ちも分かる。だからこそ、ミスをした後の対応はその人の度量や器が垣間見れる。尊敬できる人かどうかは、意外とミスをした後の対応で判断したりします。
実務をほぼ担わず、席に座っていることが多い管理職。一方で繁忙期で業務量が増えている課員。本当に尊敬できる管理職は、こういう時に「何かできることある?」と言える人だと思う。普通の管理職は課員の多忙を見て見ぬフリ。管理職としてのプライドなのだろうか。それで残業減らせと言う権利はない。
大学職員に向いている人は、良く言われることだが、縁の下の力持ちタイプ。事務組織で出世したとしても大学運営の決定権を握っているのは教員。プライドが高い人や人の上に立って指揮を執りたい人には向かない職業だろう。
コロナウイルスにより学生へ一時金を給付した結果、教職員の夏の賞与額が減額となった。減少額は、おおよそ政府からの一律給付金と同等。やはり学内者からは不平不満が上がっている模様。
一般的に大学職員が楽な職業と言われる理由は以下の通りだろう。 ◆事務仕事なのでノルマなどの定量的評価がない。 ◆こちらからアプローチしなくても一定数の顧客(高校生)が受験してくれるという経営モデル。 ◆業者との関係においては、基本的にクライアントになる立場なので過度な気を遣わない。
人の苦しみは、絶対に当人にしか分からない。周りの人には小さな問題に見えたとしても、当人にとっては、抱え込めない程の悩みである場合もあるはずだ。そんな時、寄り添ってあげられる人でいたい。ただ肩をさすって一人じゃないって思わせてあげられる人でいたい。それで救われる人もきっといるから。
大学職員は、年功序列の給与制度が基本。どんなに業務改善をして組織に貢献しても、何も工夫せず機械的に業務をしている人と給与は変わらない。なんだかんだで給与は、やりがいの大きなウェイトを占めることが多いので、バリバリに仕事をして稼ぎたいと思っている人にはやはり向いている職業ではない。
◆新入職員へ ・与えられた業務は「正確性」を重視して遂行する。定性的な業務の多い大学職員は正確性があるだけで一定の評価をされる。 ・「新鮮な目」で資料などを見る。長年職場にいる先輩は大学文化に侵されているので、記載がおかしな所があったりする。そこを指摘できれば新入職員としては満点。
コロナによって大学でのオンライン授業が普遍になった。これに伴い、学生や社会が対面で授業を受けられない大学教育の存在意義を考え出していると感じる。この曲面において『ウチの大学に入ればこんなメリットがある』と力強く言える大学になる必要性を感じる。大学関係者は真剣に考えるべきだろう。
今日は、ある教員に「何であなたにそんなこと言われないといけないんだ。事務方に言われても聞かん。とんでもないこと言うな」と言われた。完全に天狗になっているパターン。確かに大学は学問を教える教員あってこそ。それは認めるが、聞く耳を持たない教員とは関わりたくない。
◾️大学が求める事務職員像(主観) 採用サイトには「改革心のある人」を求めています!と記載している大学が多いが、現場レベルとしては ①波風立てない穏やかな人 ②円滑な人間関係を構築できるコミュニケーション能力のある人 ③資料作成などをミスなくできる正確性のある人 だと思う。特に①②
これから大学職員になりたいと思う人には、下記のうち3つ以上をクリアする大学を勧めたい。①大都市圏にある、②文系単科大学でない、③歴史が50年以上ある、④BFの学部がない ②は、最近のAIをはじめとする科学技術の発展により理系の志願者が増えると見込んでの記載です。 ※あくまで個人の見解です
大学時代の同期と話をすると仕事が辛いと言うも一定数いる。中には『自分が売りたくないものを売らなければならない』と言う人もいた。その点、大学職員は少なからず誰かのために仕事ができる。多くは教員、在学生、高校生のいずれかだ。利己的な仕事をしたくなかった私としては嬉しい限りだ。
『大学職員の仕事は創造性がなく、型にハマった業務しかない』と思っている人がいるが、そんなことはない。その仕事がクリエイティブになるかどうかは自分の意識の持ちようにのみ左右されると思う。つまり、改善点を見出す意識があれば型にハマった業務に自分の創意工夫が盛り込まれることになる。
私の所属する部署での話。ある人の業務量は課員の中で最も少ないが、その人が部署内で最も時間外勤務が多いというパラドックスが存在する。つまり、業務量は最も少ないのに最もお金を稼いでいる。このような状況は、本当に優秀な人の士気を下げる要因となる。しかし、この問題の解決は非常に難しい。
大学に限った話ではないが、大学職員の中には「自分がいるうちはこの大学は安泰だから仕事もそれなりでいいや」と考えているんだろうな〜という人がたまにいる。逆に、定年間近でも大学のことを真剣に考えている人もいる。この違いは、大学職員という仕事を好きになれたかどうかにあるんだろうな。
大学職員には意外と心の病で休職する人がいる。これは「 閉ざされた人間関係」による場合がほとんど。事務職であるため常に部署内のメンバーと接する。そのため、閉ざされた空間に苦痛を感じる人、攻撃的な人への耐性がない人、人とうまくコミュニケーションが取れない人は心の病になる可能性がある。
残業ばかりしている人は内心でもう少し時間の使い方を工夫すべきと思っている。もちろん、業務量の問題から致し方なく残業をすることはある。しかし、私の先輩は「今日やらなくて良いことを今日する」「定時という概念がない」。 こういう人が醸し出す「帰りづらい雰囲気」なんて無視しちゃってます。
教務課の同期が言ってた葛藤。 ◆対学生 「締切時間を3分前に過ぎたので、この書類の提出はもう受け付けません」(進級に関わる書類) ◆対教員 「分かりました。それでは明日までに必ずお願いします」 学生と教員で対応が異なるのは致し方ないですけどね。
確かに学生や保護者からしたら大学の事情ですから、そこまで寛大な心で受け止められないですよね。しかし教職員がイレギュラーな対応を求められて多忙になっていることも事実であり、かつ賞与が減った本学のような大学もある。大学側も微力ながら身を削って尽力していることを事実として記載したい。
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これでも大学職員
@koredemo
「教職員は例年以上に多忙」 「オンライン授業のためにかなりの費用をかけている」 「学内感染は避けなければならない」 は、学生や保護者の方々には何ら説得力が無いことを知った前期。