戒野ミサキが二度と自殺未遂しないようにする話
ミサキが先生に重い感情向けてくれないかなって。
ハッピーエンドじゃなくても、二人が幸せならいいんじゃないの?
しゃろうさんのフリーBGM聴きながら書くといい感じかも。かなりおすすめ。
解釈違いすみません。楽しんで頂けたら幸いです。
novel/series/11856627
↑続編的なやつ(R18)
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「ミサキ、ただいま」
「ん?血っ!!」
――ガチャッ
「ミサキ!」
「……ぁ……せんせ……おかえり」
「なにしてんの!」
先生が私の腕を掴んで浴槽から引き抜き、身体を寝かせてバスタオルで腕を強く押さえる。
「……ごめ……ん」
「……しばらく黙ってて」
「……うん」
鬼気迫る表情で私の腕を圧迫する先生。ダメだと分かっているのに、その表情に見蕩れてしまう。
「返事しなくていいから聞いて」
「……」
「もうしないでって何回も言ってるよね」
「……」
「私本気で怒ってるからね」
「……」
「処置終わったら、飲み物持ってくるから、ベッドに運ぶよ」
「……」
濡れている私の服を切って脱がし、身体を拭いてから、私を背負ってベッドに運ぶ。
「動かないで。待ってて。分かった?」
「うん」
先生に言われた通り、ただ目を瞑って待っていると、温かいスポーツドリンクを持った先生が戻ってきた。
「飲ませるから、ゆっくり起こすよ」
「ん」
背中を先生の腕と膝で持ち上げられ、そのまま少しずつ、スポーツドリンクを飲ませてもらう。
「もう一杯持ってくるから。待ってて」
「もういい」
「ダメ」
「……それより、傍にいてよ」
「……作ってくるまで待ってて」
また先生が私の傍を離れ、しばらくして戻ってきた。
「もういいって」
「飲みなさい」
「……はい」
命令されると、断るのが難しい。いくら先生とはいえ、強い意志の籠った低い声で言われると、身体が硬くなって命令に従ってしまう。
――こく、こく、こく
「頭痛くない?」
「大丈夫」
「そう……よかった」
緊張が解けたような顔で、肩から力を抜く先生。私の視線はずっと先生に向いたまま。
「ミサキ。何回も言ってるよ。もうやめなさい」
「うん」
「本当に分かってるの?」
「分かった」
「コレもう5回目。次は無いって言ったよね」
「うん、言ってた」
「それでも、やったんだ」
「ごめん」
「……もういい。分かったよ。次は無いって言ったから。明日。私仕事休む」
「そう」
初めて先生にリストカットの現場を見られた時。必死の形相で私を止めて、そのまま止血してくれた。
その時、私は……とても、興奮したのだ。
私の身体に苦しみを与えれば、先生は必死になって私を助けてくれる。その瞬間だけは、私の事だけを考えてくれる。私のものになってくれる。
悪い思考であることは理解しているけれど、こんなどうしようもない身体に価値を感じてしまった。有効な活用法を知ってしまった。その事実が、血液をふつふつと煮立たせるのだ。
――――――
「ミサキ、おはよう」
「……おはよう」
昨日先生は私と同じベッドで寝てくれた。自殺未遂をした日はいつもそう。私が変な事をしないように、何かあってもすぐ対処できるように、私の心のケアを即時にできるように、隣にいてくれる。
新しい包帯の巻かれた腕を使って先生を抱きしめて、その痛みで先生の感触を脳に焼き付ける。それが痺れるほど気持ちいい。
「ミサキ、ご飯食べたら、お風呂行こうか」
「うん」
トーストとベーコン、目玉焼きの簡単な朝食を食べて、私にはまた温かいスポーツドリンクを飲ませる。
「洗い物は後でやろう。じゃあ、お風呂場行くよ」
「うん」
ただ先生について行く。特に何も考えずに。
「ミサキ、私何回も何回ももうやらないでって言ったよ。でもミサキはやめてくれない」
「……ごめん」
「だから、私思ったんだ。ミサキも同じ気持ちを味わってもらったらいいんだって」
同じ気持ち。
「なにを――」
シャワーから温水が流れ始める。
「ヤバそうなら、私のスマホでセリナ呼んでね」
ポケットから折りたたみナイフを出して、手首に刃を付けた。
「先生!」
「見てて!」
「っ!」
――ピッ!
「ってぇ……」
先生の綺麗な腕をナイフが伝い、刻まれた線から真紅の稲妻が腕を染め始める。
――ポタ……ポタ……
さらに一本、もう一本と、合計3本の傷を刻んだ先生は、その腕をシャワーに晒す。
「ミサキ、今から30分、私に触れることを禁止する」
「……でも、先生」
「触れるな、分かったか?」
「……はい」
見るしかない。見ることしか出来ない。先生から命が流れ出すのを、先生が衰弱するのを、黙って見るしか……ない。
先生は強い意志の宿った目で、自らの腕を見つめている。シャワーから出た清潔な水が、薄いオレンジ色になって浴槽を流れる。
今何分過ぎた?まだ5分。先生は死んでしまわないか。成人男性がショックを起こす失血量は?知らない。でも足が動かない。先生から目を離せない。先生の傷が、険しい表情が、流れ出る血液が、私の心を掴んで離さない。
助けなきゃ。本当に死んでしまうかもしれない。先生が、死ぬ。私のせいで。私の目の前で。命令されて動けない身体。この役立たずな身体が本当に嫌だ。今すぐ止血しないと。セリナって誰。傷口が深い。筋肉までは達してないだろうか。出血が思ったより多い。どうやって止血するんだっけ。タオルはある?直接圧迫なら素手で?
グルグルと回る脳と浅くなる呼吸。視界がチカチカと明滅するような錯覚と、コメカミを両側から締め付けられるような頭痛。
「……どう?ミサキ」
「はぁっ……はぁっ……やめて、先生」
「……怖い?」
「違う、違うの。ダメ。私はっ……」
震える手が先生に触れようと伸びる。
「触るな」
「ひっ……」
ビクッと震えて、手が動かなくなる。先生からの明確な拒絶。怖い。
「ミサキ……不安でしょ?頭では解ってる。この方法だと、そうそう死なないって。でも、流れる血液とか抉れた傷口見てると、関係ないんだよそんな事実なんて」
「わ、分かった。もうしない。もうしないから。先生」
「まだ。あと10分待って。嫌なら見てなくてもいいから」
無理だ。今の先生から目を離すなんて。先生がこんなにも躊躇いなく自分に刃を立てられる人間だなんて思わなかった。目を離したら、次はどこにナイフを突き立てるか分かったものじゃない。
「……み、見てる」
「そう。分かった」
浴槽の縁を掴んで、浴室の床にへたりこんで、ただ、先生から流れ出す生命を凝視する。
苦しい。私の身体を傷つけている時よりも苦しい。大切な人が傷つくのが、命が失われていくのが、こんなに最悪な気分だなんて知らなかった。たった数分が無限にも感じて、流れる水の音が耳障りだ。
「先生、もう時間だよ。やめて」
「やめて欲しかったら、やめさせてよ」
先生に飛びつくようにしてシャワーの水を止め、シャツを脱いで先生の腕を包む。そのまま握り潰す勢いで圧迫しながら、心臓よりも高い位置に腕を持っていく。
「はぁっ、はぁっ」
「必死だね」
「先生もいつも……そうでしょ」
「うん、嫌だから。ミサキが苦しむの」
少しだけ目が落ち窪んだように見える顔で、いつもの優しい笑顔を見せる。
「の、飲み物。あっ、ベッドに運ぶ。いや服脱がせないと」
ダメだ、焦ってしまって頭が回らない。腕を押さえながらだとボタンが上手く外せなくて、張り付いた服は脱がせづらい。
何とか服を脱がせて、引き摺るようにベッドに運ぶ。ズボンからナイフがもう一本出てきて、脱がせないまま目を離したらと思うとゾッとした。
「待ってて。お願い。動かないで」
「うん、分かった」
急いで収納棚に向かい、飲み物を取り出す。スポーツドリンクあった。温めていいのこれ。どうやって普段温めてるんだろう。コップに入れてレンジで加熱?時間は?
「ヤバい、熱すぎる」
明らかにそのままでは飲めない温度になってしまった。でもあまり先生から目を離しておくのも不安だから、とりあえず熱々のスポーツドリンクを持ってベッドに戻った。
「先生、持ってきたけど……その、熱すぎるから、もう少し待って」
「ふふ、冷たいスポーツドリンクあるなら、混ぜて丁度いい温度にしたら?」
「確かにそう」
急いで新しいコップを持ってきて、冷たいスポーツドリンクを混ぜて温度を下げる。
「飲んで」
「うん」
コップを持とうとする先生の腕が震えているのを見て、私が飲ませなければならないと分かった。
「飲ませるから、起き上がれそ……起こすよ」
背中に腕を差し込んで、先生の身体を起こす。力が入らない身体は本当に重い。
「ありがとう」
「飲ませるから口開けてて」
「うん」
少しずつ飲ませようとしても、上手くいかなくて零してしまう。
「ごめん、零しちゃって」
「大丈夫。飲ませてくれてありがとう」
「寝て。外の人の治療法分からないけど、多分自然治癒でなんとかなると思うから」
「うん、分かった」
「……あと、その、私も隣にいて、いい?」
「傍に居てくれるんだ?」
「うん」
「ありがと」
布団に入る。先生の背中に腕を回して、抱き締める。
「先生」
「……なに?」
「ごめんなさい」
「……なにが?」
「私のせいで、先生にこんなことさせた」
「いいよ。少し荒療治だけど、もしこれで効果があるなら、私は後悔しない」
抱きしめる力が無意識に強まる。
「もうしない……絶対。こんなに、苦しいなんて……知らなかった」
「……そっか」
「腕……痛くない?」
「痛いよ」
「治るまで、私が世話するから。仕事にも着いてく。全部私がやる。だから、お願い。もうこんな事しないで」
「……うん、もうしない」
「……ありがとう」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「ねぇミサキ」
「……なに?」
「辛いよね、見てるの」
「うん」
「大切な人がさ、こんな事してるの、止められなかったんだって無力感。私に何かできたんじゃないか、もっと、私がケアしていればっていう自己嫌悪」
そう、そうだ。先生の行動の責任を私が感じた。私は先生に構って欲しくて、私だけを見て欲しくて、先生からの愛を感じたかっただけなのに。
先生は……私を傷つけたのは先生だと感じていたんだ。最低だ、私は最低だ。
「もう、しない……から。私の話、聞いて欲しい」
「うん、聞くよ」
「……先生、もっと私を見て欲しい」
「ちゃんと見てるよ」
「愛して欲しい」
「……それは、女性として……かな」
「うん」
「……ミサキをそういう目で見たことなかったな。意図的に避けてたと思う」
「先生が私の傷に処置してる時、とても愛を感じてしまった。そのせいで、私はおかしくなっていたんだと思う」
「……そっか」
「だから、先生がいいなら。こんな私でいいなら、愛して欲しい」
「そうだねぇ……」
「嫌なら……いい。過ぎた真似だったと思って――」
「キス、してみる?」
「ぁっ……ぅぁ……」
「ん?」
驚きで声が出ない。正直ダメ元だった。断られたら、いい機会だから先生の家を出ようと思っていた。そもそも居候させてもらっているのがおかしいから。
「あ、したくないなら別に」
「する」
「はは、したい?」
「し……たい。笑わないで」
頬が少し熱い。先生の顔を見上げて、目が合う。
「は、初めてだから、やり方分からない」
「とりあえず、鼻で息をする事だけ考えておきな」
先生の片腕が腰に回ってきて、頭が近づく。
「私で、いいの?」
「うん。ミサキを絶対に傷つけたくないんだ」
「本当に……意味分からない」
唇が重なった。こんなことになるなら、もっとちゃんとケアしておけばよかった。唇ガサガサだ。
先生の柔らかい唇がピッタリとくっついて、体温がじっとりと染み込んでくる。先生の背中に回した手に力が入って、指が食い込む。
「ぷはっ……」
「どう?」
「……また、したい」
「……ああいう行為の代わりになりそう?」
「うん、沢山してくれれば」
胸が熱い。唇が触れただけなのに、口内から胃の中まで、溶けた鉄が流し込まれたように熱くて苦しい。こんなに不快感のない苦しさ、初めてだ。
「よかった。私の唇なら、いくらでもあげる。私の愛も、欲しいならあげる。だから、ミサキ。自分を大切にして」
「……うん。分かった。分かったから、もう一回して」
エサを待つ雛のように、先生に首を伸ばす。
――ちゅ……
欲しかった。現実は本当にどうしようもなくて、世界は絶望で満ちていて、それに加えてこの役立たずな身体を持って生まれて。誰にも求めてもらえない。大切な人に迷惑をかけるだけ。だから、欲しかった。愛を、深い関係を、求め合える距離感を。
「先生……もっと私を、求めて」
「……少しずつね」
「うん」
「共依存は……危ないからね」
「……私は、それでもいい」
「私がダメだから」
「なら、分かった。私は求め続けるから、先生が抵抗して」
私から唇を奪う。夢中で先生の唇に吸い付き、存在感を確かめるように、しつこく食む。
「……先生、私にも……幸せを、愛を、信じさせて」
心が潤いました…ありがとうございます…