僕が憤っているのは、この重大な選挙がフェアなものでないからです。
野球でいうと勝ったチームがルールを自分たちの都合の良いように変え続けてきた状態。
勝者が打撃の強いチームなら「ストライクは5つでアウト」「外野フライはホームラン」みたいな。
負けたチームは勝者に都合よく変えられるルールの下でずっと戦いを強いられてきたのです。
例えが酷いですね笑
僕が子供だった1970年代は、選挙となると各政党の候補者が一堂に会し、お互いの主張をぶつけ合う「立会演説会」というものがありました。
地域の体育館に手を引かれていくと、大人たちがそれぞれ支持する政党の主張に「そうだっ、そうだっ!」なんて大声で叫んだりしてて、とても活気がありましたね。
選挙民が各党の考えを理解し、投票の判断を行うにはとっても良い制度でしたが1983年の公職選挙法の「改正」が与党の賛成多数で可決。
それまで義務付けられていた「立ち合い演説会」はなくなりました。
政権与党にとっては、汚職などの問題を追求されて答えに窮する姿を、市民前でさらされなくても良くなりました。
1993年には中選挙区制から小選挙区制へと与党の賛成多数で移行。
中選挙区だと当選者を複数の政党で分け合う形が主流だったものが、小選挙区制だと当選者が極端に偏り、様々な民意が反映されにくくなりました。
(同時に採用された比例代表制で公平性に配慮のポーズは見せました)
現在においてもお金のかからないチラシの個別配布は禁止されているのに、テレビやYoutubeなどで何億円も使った広告はOK。
これでは企業団体献金を年間100億円ももらい資金が潤沢な与党が有利になるのは自明の理。
また証明のしようがありませんが、学校教育で民主主義の大切さを教えないのも、政権与党の思惑とさえ疑ってしまいます。
こうして何十年の時間をかけて歪められてきた「勝者によるルール」の下で行われる選挙がフェアと言えるのでしょうか?
国の重大な転機となる今回の選挙で最大の争点を明示しないまま、党首討論にさえ姿を見せず、何億円を使って抽象的な美辞麗句をならべた動画をばらまき、良い印象だけを若者に植え付ける。
こんな状況で行われる選挙が、僕にはフェアだとはどうしても思えないのです
心から願うのは、今回の選挙の結果によって、国民が「自己責任」と言う言葉の重さを、後悔とともに思い知らされる未来が来ない事。
多少今後の仕事に差しさわりが出るかもしれませんが、投票が終わる前に最低でもこの事を書いておかないと後で自分が許せないので書いてしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました☆