《母親は若年性アルツハイマー》20年以上介護を続けるフリーアナ・岩佐まりが語る両親との向き合い方 「明日行く」と約束した父からの最後の電話…「お母さんをよろしくね」の言葉に今も残る後悔
忘れられない、父との最後の会話
岩佐さん:結婚を機に、今では私も同じ大阪に住んでいるので、たまに父の様子を見に行って、病院に連れて行くこともあったのですが、母にも通院があります。どうしても母の介護が優先になり、父のことはヘルパーさんにお任せしがちでした。父は意識もはっきりしていましたし、どこかで安心していたんです。 けれども、父の体調もどんどん悪くなっていました。ある日、「体がしんどいから、俺はもう死ぬんだ」と電話がかかってきたんです。父は体調が悪いと「もう死ぬ」とよく言うので、「いつもの」くらいに軽く考えてしまったんです。昨日会ったばかりだったので、「明日行く」と約束して、ヘルパーさんにも状況を伝えました。同じ大阪といっても距離があって、しかも私は臨月で身軽に動けませんでした。 ――翌日、ヘルパーさんが訪問した時には、父親は冷たくなっていたんですね。 岩佐さん:あの電話が父との最後の会話になりました。「今までありがとうね」と言われたことを、よく覚えています。「お母さんをよろしくね。今までありがとうね」って、その想いを私に伝えたかったのだと感じました。 父は自分の死を受け入れて、満足した人生だったと思うんです。自分のやりたいように生きて、最期まで自宅で過ごしました。おそらく、父には後悔はないんです。ただ、私はあの時どうして駆けつけなかったんだろう、すぐに向かっていたら異変に気付いて救急車を呼べたかもしれない、助かった命だったのかもしれない。そう思うと、悔やみきれません。 ◆フリーアナウンサー、社会福祉士・岩佐まり いわさ・まり/1983年9月27日、大阪府生まれ。ケーブルテレビなどで司会・キャスターとして活躍。55歳で若年性アルツハイマー型認知症を発症した母を、20歳から20年以上介護。介護の日々を綴ったブログ『若年性アルツハイマーの母と生きる』は月間総アクセス数300万PVを超える人気ブログに。認知症ケアに関する講演を全国で実施。著書に『若年性アルツハイマーの母と生きる』(KADOKAWA)などがある。 取材・文/小山内麗香
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