476.新戦力と、掃除三日目
「――なあ、ちょっといいか」
「はい?」
帰る帰るいいじゃんいいじゃん、と。
絶対帰りたいカシスと。
絶対返したくないユシータ。
二人が攻防を繰り広げている頃。
サンドラがクノンに囁く。
どうやら二人には聞かせたくない話らしい。
「昨日さ、霊が少なかっただろ」
「そう、ですね。初日からすると比較的少なかった気がしますね」
昨日は、手が来なかった。
全然来なかった。
クノンからすれば、ちょっと寂しいくらいだった。
「あれ、クラヴィス先生のせいだと思う」
「え?」
クラヴィスと言えば、依頼人の教師である。
彼からの紹介で、今、第一校舎の掃除を行っているのだ。
「私らが廊下の掃除してる時に、すーっと出てきてよ……どうも霊だのなんだのは、あの人を避けてたみたいだ」
その現象はクノンも知っている。
恐らく、クラヴィスが光属性だからだ。
光の魔力は浄化の力を持っている、と言われているから。
「ユシータが美形だなんだって大騒ぎしたから、先生すぐ消えたんだよ。私に人差し指を立ててな」
――あのジェスチャーは「黙っていろ」だ。
だからサンドラは言わなかった。
昨日の段階では。
「たぶん様子を見に来たんだと思う。ずっとユシータがうるさかったからな」
「ありそうですね」
仮に騒いでいなくても。
様子見くらいはしそうなものだ。
クラヴィスの実験室は、この校舎内にあるから。
ちょっと時間ができたら、すぐに来られる距離にあるわけだ。
「……あ、つまり今日はちゃんと出るかも、ってことですか?」
昨日はクラヴィスが来たから。
だから霊や怪異は、一時引いたのだろう。
これが、昨日は少なかった理由だとすれば。
ならば。
今日はがっつり多め、ってことになるのではなかろうか。
「さすがにそこまではわからねぇけど。
でも、ずっと怖がってるユシータが可愛そうでよ。
だからカシスを連れてきたんだ。
怖い時は仲間がいた方が安心だろ。……おまえに断りなく連れてきて悪かったけど」
まあ、仲間が多ければ心強いとは思う。
これだけ魔術師が集まっているなら、尚の事だ。
「僕は全然構わないんですけど。
でも、カシス先輩って大丈夫なんですか? 霊とか」
「ダメっぽい」
「……怖がる人が増えただけ、って気がするんですが……」
「うーん……まあいいだろ、カシスだし」
ひどいセリフだ。
「あいつはあれで結構タフだからな。
冬でも吹雪くような天気でもミニスカだし、常に太腿は出してるし。根性あるんだよ」
それは根性なのだろうか。
寒さに強いことしかわからないのだが。
まあ、本人がいいならいいのだろう。
……いや、本人だいぶ嫌がっているが。
「私ちょっとだけ霊感あってさ……ここほんとヤバいんだよね。
ほら見てよこの太腿。すっごい鳥肌」
まあまあ。
いいじゃんいいじゃん。
入るだけ入るだけ。
何もしないし、何もしなくていいから。
全部任せればいいから。
言葉巧みにそそのかして。
なんとかカシスを、第一校舎に連れ込むことに成功した。
バン!
「うわっ!?」
「おっ!?」
突然の大きな音に、カシスとユシータが悲鳴を上げる。
今日も入るなり、ドアが閉まったのだ。
「ちょ、あ、開かない!? うそ!?」
カシスがドアを開けようとするが、当然開かない。
昨日ユシータがやったことを繰り返している。
「気にするな。昼くらいになったら自然と開くみたいだから」
「え、どういう理屈? なんのために?」
「さあ」
そうなっている、としか言いようがない。
そもそもの話。
クノンにしろサンドラにしろ、ユシータにしろ。
たった一日二日来ているだけ。
そして掃除をしているだけである。
第一校舎のことは、何もわかっていないのだ。
ちょっと人ならざる存在がたくさんいる。
それくらいしか知らない。
「で、あんたどうするの?」
「え? どうする、って?」
ユシータの質問の意味を、カシスは理解できない。
「風魔術で何やるんだ、って聞いてるんだよ」
今度はサンドラに問われ、彼女は眉を吊り上げた。
「知るか! 私は騙されて連れてこられただけじゃん!
てゆーかさっき何もしなくていいって言ってたじゃん! 入るだけって!」
「バカかおまえ。
こんなところまでのこのこ来ておいて、何もしないで済むわけないだろ」
「そうそう。
働いてもらうわ。ここに来た以上はね!」
「だ、騙したな……二度も騙したな! ユシータとサンドラのくせに!」
まあ、なんだ。
太腿に鳥肌が立っているらしいが。
カシスはとても元気そうだし、これなら大丈夫だろう。
「――じゃあ始めましょうか。今日は三階からですね。はいブラシ」
予想していなかった新戦力も加わったし。
今日中に終わらせたいところだ。