475.そして犠牲者がまた一人
「なんかずっと悲鳴が聞こえてましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だったら悲鳴上げてないんだわ」
まあ、それはそうかもしれない。
――五階の掃除が終わったところである。
集まったのは階段前だ。
自然とここが合流地点になった。
昨日、ある程度慣れていたこともあり。
二日目の進行は早い。
まだ午前中だ。
なのに一階分が終わったのである。
掃除は予定通り行われた。
クノンは教室を回り。
サンドラは廊下担当で、今も泡と水が流れている。
ユシータは、たぶんずっとサンドラと一緒にいた、はずだ。
絶対サンドラから離れない。
絶対別行動なんてしない、と。
言い切っていたから。
まあ、その辺はいいとして。
この進行速度だ。
やはりユシータの存在は大きい。
この分なら、今日で終わるかもしれない。
「叫びすぎて喉も痛いんだわ……」
いや。
ユシータの消耗とダメージが心配だ。
これは午前中だけに集中して。
明日、余裕をもって終わらせるのがいいかもしれない。
「先輩方、これからの予定ですが――」
クノンは提案してみた。
今日、このまま。
無理をして一日で終わらせるより。
今日と明日の午前中で、余裕をもって終わらせる。
その方がいいのではないか、と。
「私は構わないけど。ユシータは?」
「いや私は違うでしょ。
私を加える前提のスケジュールを立てないでほしいんだわ。
やんないからね。
明日なんて絶対やんないから。
なんなら今すぐでも帰りたいくらいだから!」
「そうか? じゃあ帰るか?」
「ふざけんなよ一人で帰れるわけないじゃん!
こんな場所で単独行動する奴は真っ先に死ぬんだよ! 死に散らかすんだよ! 霊なめんな!」
「……」
クノンは一人で行動していたのだが。
ついさっきまで。
死に散らかすらしい。
単独行動していると。
「でも今日は控え目な感じだけどな。なあガキナンパ?」
「そうですね。昨日は結構接触がありましたけど」
手とか。
血とか。
怪奇な現象とか。
それはそれはイベント盛りだくさんだったが。
今日は大人しい。
ちょっと周囲にいっぱい気配を感じるだけだ。
特に、背後。
クノンの耳元で囁く女性の声。
ずっと、「振り向いて、こっちを見て、私を見て」と。
今も聞こえている。
女性に呼ばれれば答えるのが紳士だ。
だが、どうやら見えないとダメなアレらしい。
何度も振り向いているのだが。
「これで控え目ってなんなのよ。
あらゆる隙間からこっち見てる顔とか目とか、すごいあるんだけど」
「それって女性ですか? 女性の顔? 女性の目? 奥手な女性なのかな?」
「見てるだけならいいじゃねぇか。気に入らねぇなら目潰しでもしてやれ」
「……おまえらだけでやってくれない? 平気ならさぁ」
疲れ切ったユシータの言葉は、なかなか切実に感じられた。
「じゃあやめるか? そうなると単位はなしになるだろうけど」
「え? マジで?」
「ちょっと手伝っただけで単位がもらえるなら、私は毎年苦労してねぇよ。
せめて半分は参加しないと、……って言われたことある」
それはそうだろう、とクノンは思った。
単位は成果の証だから。
「半分参加か……ここまで苦労した以上、単位貰えないのは割に合わないなぁ」
まあ、ユシータの葛藤はさておき。
「では四階に移りましょうか。あ、廊下の掃除は済みました?」
「問題ねぇよ。ユシータが早く帰りたい一心で頑張ったから」
なるほど。
やる気をふりしぼってくれたらしい。
廊下の水を吸収し、四階に降りてきた。
「やっぱりユシータ先輩も優秀だなぁ」
少し教えただけで、彼女は「吸水水球」をマスターしてみせた。
やはり特級生はすごい。
手軽な実験で単位を稼いでいるが、実力がないからではないわけだ。
むしろ。
自分のやりたいことに時間を使いたい。
だからこそのスタイルなのだろう。
「い、いいから早く終わらせよう」
まあ、本人には一切余裕がなさそうだが。
「じゃあ僕は教室を周りますので」
「は、早く終わらせてよね――ひっ。首舐めないでよサンドラ! ヘンタイ!」
「え? 私こっちだけど」
「……私から離れるな! 首舐めてもいいから! べろんべろんしてもいいから!」
「何言ってんのおまえ。変態かよ」
ユシータはまだまだ元気そうだ。
これなら大丈夫だろう。
しばらくは。
廊下は二人に任せて、クノンは教室を回ることにした。
◆
次の日。
「――騙された! 騙された!」
待ち合わせ時間より少し早く、クノンが第一校舎前に到着した。
だが、すでに先輩方がいた。
三人。
想定より一人多い。
そして、やってきたクノンを見て一人騒ぎ出した。
「帰る! もう帰る!」
「まあまあ」
「いいじゃんいいじゃん」
帰ろうとする人物を、ユシータとサンドラが笑顔で捕まえる。
笑顔のわりには迫力がある。
逃がすつもりはない、という意志を感じる。ひしひしと。
「話が違うじゃん!」
騒いでいるのは、そう。
カシスである。
サンドラ、ユシータと同じ「合理の派閥」の一員の彼女である。
「予想外……でも、ないかな」
予想はしていなかったが。
サンドラとユシータがいる。
ここにあと一人加わるなら、やはりカシスしかいないだろう。
「言ってたじゃん!
狂炎王子と同じくらいカッコイイ男の子が来るって!
肝試し感覚で一緒に過ごしてラブラブしちゃいなよって言ってたじゃん!」
そう言って騙して連れてきたらしい。
カシスはびしっ、とクノンを指差した。
「こいつ違うじゃん!」
「いや顔はいいでしょクノン君!」
「そうだ! 認めたくねぇが顔はいいぞ! 問題は性格だ!」
なんか悪口言われている気がするが。
「やあ、深き森を統べる緑の三女神。
今日の僕は、さしずめあなたたちに仕える従順な金の鹿かな?」
「……」
「……」
「……」
……。
「――ほらぁ! こいつ朝も早くからこんなこと言うんだよ!? ちょっと顔がいいだけでは許せるもんじゃないでしょ!」
「――まあまあ」
「――いいじゃんいいじゃん」
まあ、何はともあれ。
掃除三日目。
恐らく最終日。
昨日より楽ができそうだ。