貿易統計の衝撃
中国経済の苦境が顕著である。特に昨年11月以降の悪化のスピードは驚くばかりである。
例えば、製造業の景況観を示す2種類の中国製造業PMI(中国には、物流購買連合会と財新伝媒の2つのPMIがある)は昨年12月についに景気判断の分かれ目である50ポイントを割り込んだ(それぞれ、49.4、49.7)。
2つの製造業PMIが50ポイントを割り込むのは「チャイナショック」時の2016年2月以来である。また、減少が著しい自動車販売台数は7月に前年割れした後、9月には前年比2桁台の減少と、減少ペースが加速し、12月時点では前年比13%の大幅減となっている(図表1)。
また、中国の旧正月にあたる春節期間中の小売・飲食業売上高は前年比8.5%増と、調査開始以来初の前年比1桁台の伸びにとどまった。
自動車販売台数もそうだが、このところ顕著なのが中国国内の消費意欲の後退である。その中でも特に、化粧品や雑貨といった選択的消費に属する品目(必ずしも生活必需品ではない品目)で若者の購買意欲の減退が顕著であるとの話も聞かれる(「リップスティック効果」といわれるらしい)。
理由がわからないが、中国では失業率などの雇用関連指標の公表が2011年第3四半期を最後に停止されており、雇用環境が把握できないが、所得の減速や失業者の増加などの雇用環境悪化に見舞われ始めている可能性も否定できない。
このように急激な悪化が観察される中国の経済指標の中で最も衝撃的なのは貿易統計である。昨年12月の貿易統計では、輸出金額が前年比4.4%減、輸入金額が同7.6%減とともに「マイナス」となった。輸出入金額がともに前年比マイナスとなるのはこれまた「チャイナショック」以来のことである。
「中国の輸出入の減少」と聞けば、多くの人がまるで条件反射のように「米中貿易戦争の影響」と考えるだろう。確かに米中貿易戦争の影響は対米貿易には如実に現れている。
例えば、12月の対米輸出金額は前年比で3.5%の減少、一方、対米輸入金額は前年比で35.8%の大幅減となった。米中貿易戦争の象徴である中国を対象とした制裁関税措置は昨年1月に始まり、9月までほぼ毎月のように対象品目が付け加えられてきた。中国側もその対抗措置として米国からの輸入品目に対して制裁関税を課した。
だが、昨年10月までは中国の輸出入金額にはほとんど影響を与えず、輸出入とも前年比で2桁台の伸びを実現させてきた。
この間、影響を受けたのは、大豆(主に飼料用)等の農作物を中心とした対米輸入金額だけであり、中国から米国への輸出金額も10月まではほぼ前年比2桁台のペースで拡大していた(例えば昨年10月時点では前年比13.2%の増加)。昨年10月までの中国の好調な輸出は、今年1月から発動される予定だった新たな制裁関税の前の「駆け込み輸出」だといわれた。
だが、「駆け込み」であれば、1月からの制裁関税発動直前で加速度的に拡大するはずの11、12月の輸出が激減し、しかも、昨年12月1日にトランプ政権による1月からの制裁関税発動は見送りになったにもかかわらず、昨年12月の輸出は激減したのであった。このことから昨年10月までの輸出増は「駆け込み輸出」ではなかったと思われる。
貿易額激減の「本丸」
さて、中国の貿易金額の激減はほぼ全地域で共通の現象である。
昨年12月の貿易統計でみれば、対日貿易では輸出が前年比1%減、輸入が11.4%減、EUがそれぞれ、0.3%減、2.7%減、台湾がそれぞれ、1.7%減、15.4%減、オーストラリアが同じく、5.2%減、3.4%減となっている。これはアセアン諸国向けもほぼ同様である。貿易減は対米だけの現象ではない(図表2)。
次に、この中国の貿易統計を品目別にみると(ただし昨年11月時点までの発表)、11月時点の品目別輸出で伸び率が大きく落ち込んでいるのは、通信機器(前年比0.5%の減少)、電機(同4.1%増)、輸送用機器(同2.2%増)、科学・専門機器(同8.6%減)、コンピューター等(同3.1%増)である。
また輸入金額では、食品(前年比5.8%)、原料品(同6.3%減)、動植物油(同9.8%減)に加え、機械・製造装置(同2.3%減)、通信機(同18.6%減)、電機(同5.7%減)、科学・専門機器(同2.2%減)の落ち込みが大きい。品目別輸出入統計は昨年11月時点だが、12月は同様の品目でさらなる悪化が見込まれる。
このように足元の中国の貿易統計をみる限り、米中貿易戦争の影響はせいぜい米国からの一次産品の輸入くらいである。最近の中国の貿易の急激な悪化の「本丸」は、中国の産業構造そのものの問題にあるように思える。
その代表格は通信機器である。
通信機器については、先日の米アップル社の決算発表で中国国内でのiPhoneの売上急減の一方、中国メーカーの廉価品の売上増が報じられたが、例えば、日本から中国への半導体や製造装置、産業用機械や工作機械(金属加工機械や荷役機械など)の輸出や受注も激減しており(同じく、韓国、台湾、マレーシア等の中国への電子部品等の輸出も激減)、中国メーカーがアップル社との競争に勝利し、主力メーカーの座を奪ったというだけの現象とも思えない。また、もちろん、中国通信機メーカー製造の通信機器の他国への輸出が増加したわけでもない(逆にこれも激減している)。
すでに昨年12月までの統計がすでに発表済みの東アジア諸国の貿易統計の結果も考え合わせると、国をあげて米国から(先端)技術を吸収し、同時に(日本を含む)東アジア諸国を取り込むことによって、一大サプライチェーンを築き上げることで急速にキャッチアップしていった中国の「ハイテク産業」は、このような「必死な努力」ゆえに、技術が急速に陳腐化し、「コモディティ化」した上、現行の商品コンセプトとしては、需要がほぼ飽和したのではないだろうか。
そのため、中国が米国にほぼキャッチアップした段階で、もはや中国経済を牽引する力を失ってしまった可能性があると考える。
さらにいえば、世界的な景気減速懸念が台頭した2017年終盤に、中国がこれらのハイテク産業にからむ製品や製造用機械の輸出入を急激に拡大させたが、これが需要の先食いを起こしてしまい、その反動がタイミング悪く到来してしまった可能性もあると考える。
結局、ある産業が国全体の経済の成長に寄与していくためには、自ら開発した技術をオープンにしてお互い切磋琢磨してイノベーションを持続させ、生産性(経済学の用語でいえばTFP(Total Factor Productivity))の上昇に努めていかなければならないのではなかろうか。
その意味では、言葉は悪いが、もっぱら米国を中心として他国からの技術吸収による「パクリ」で国際競争に勝利したところで、その産業の「イノベーション力」が国全体の成長を寄与する力は大きく低下してしまうのではなかろうか。
これに関連して、中国では、AI等の「ソフトウェア」の技術開発が急速に進んでいるとの話がよく聞かれる。
ただ、中国国内で、この手の最先端技術が用いられるのは、中国共産党一党独裁体制を維持するための人民監視である(その代表格が、中国国民をスコアリングする動きだろう)。このような技術開発は、安全保障上の貢献はあるかもしれないが、経済成長を牽引することは難しいのではなかろうか。
もしこの筆者の「仮説」が正しいとすれば、何とも皮肉なことである。
需給バランスを無視してまで
さらにいえば、昨年の中国から米国への直接投資(例えば、中国企業による米国企業の買収や資本参加など)はほとんどゼロ(もしくは資本の引き揚げを意味するマイナス)となっており、中国が米国から最先端の技術を吸収することが以前よりも困難になっている。
現在の中国国内のハイテク産業の状況を鑑みるに、一方的な「パクリ経済」による本来の意味での「中国製造2025」の実現(すなわち、ハイテク産業による技術革新を梃子にした高成長局面の維持)は難しいのではなかろうか。
このように、中国は、産業構造の転換に苦慮している一方、このところ、生産を大きく伸ばしているのが、鉄鋼、非鉄、化学といった旧来型の重厚長大素材産業である(図表3)。
例えば、中国の鉱工業生産指数全体の伸び率は減速傾向が止まらないが(昨年12月時点では前年比5.7%増、ちなみに2012年までは前年比2桁台の拡大ペースであった)、同月の鉄鋼製品生産量は前年比9.1%増で昨年4月頃から伸び率が拡大傾向にある。
また、貿易統計をみても、11月の鉄鋼非鉄製品輸出は前年比13.1%増、住宅等の建築部財の輸出は同31.0%増、化学製品は同13.2%増と加速度的に増加している。
だが、このような素材産業の生産が中国経済を下支えしているかといえば、必ずしもそうではないと考える。例えば、12月の中国の生産者物価指数は前年比+0.9%と伸びが大きく鈍化した。
もともと生産者物価指数は生産の減速とともに減速傾向にあったが、素材生産が拡大したと推測される昨年終盤に減速ペースを加速させた。これは、中国国内での素材生産が需給バランスを崩していることを示唆しているのではなかろうか。
このような素材系の重厚長大産業の多くが生産性の低い国営企業であるということを考えると、GDP等の経済統計の数字を「作る」ために需給バランスを無視して生産を拡大させた疑念が残る。
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今回は、中国製造業の現況について言及した。最近の中国経済の苦境については、この他にも重要な論点があるが、これは他の機会に譲りたい。
ただ、最近の中国国内の製造業の活動を見る限り、中国経済の苦境が今後も続けば、中国はハイテク企業への産業構造の転換どころか、旧来の国有企業を中心とした低生産性部門主導の産業構造に逆戻りするリスクが出てきたのではなかろうか。
昨年、中国は「高所得国(1人当りGDPが1万ドルを超える)」の仲間入りをしたと推測されるが、製造業の現況を見る限りは早くも「中所得国の罠(というより中所得国へ逆戻り)」に嵌りつつあるような印象がある。
中国人の研究者には、世界をリードする米国の学会で最先端の研究で成果を上げている人が数多くいるだけに非常にもったいないことだ(これは経済学の分野でも同様だが)。