春節の惨劇
2019年の“春節(旧正月)”元旦は2月5日であった。その前日の2月4日は中国で“除夜”あるいは“除夕”と呼ぶ大みそかで、人々は国営の中央電視台(中央テレビ局)が夜8時から放映する日本の紅白歌合戦に似た番組“春節聯歓晩会(春節パーティー)”を家族で見ながら年越しまでの時間を過ごす。
いよいよ年越しの時が迫ると、人々は一斉に屋外へ飛び出し、魔除けの花火や爆竹を鳴らして新年の到来を祝う。冬の夜空に鳴り響く花火や爆竹は、静寂の中で厳かに鳴り響く日本の除夜の鐘とは対照的な騒々しさで、中国人にとって無くてはならない冬の風物詩なのである。
さて、その2月4日の午後7時頃、陝西省楡林市の金鶏灘鎮柳樹灘村(りゅうじゅたんむら)にある1軒の農家で火災が発生し、その家に住む女性が焼死した。
火災が起きたのは1949年8月10日生まれで69歳の朱連堂の家で、焼死したのは彼の妻で小児麻痺の後遺症による身障者で、歩行も身の回りのこともできない34歳の李春であった。
近くの工場で働く工員で火災現場から100m程離れた所に住む徐鵬飛は火災を目撃したとして、メディアに次のように述べた。
徐鵬飛が夕飯を終えた頃、台所の窓から遠くの住宅で火が出ているのを見付けた。彼は7時13分に119の消防局へ電話で火災の通報を行ったが、楡林市の消防部隊から火災現場までは地理的に遠い事に気付き、自分の工場の消防チームに電話を入れて消火を依頼した。
徐鵬飛によれば、住宅に使われていたカラー鋼板はブリキにウレタンを巻いたものだったから、火の回りが速く、人が住んでいた部屋は恐らく早くに焼け落ちたものと思われた。
当時、徐鵬飛は消火の手助けをしようと現場へ駆け付けたが、その時に外食を終えて家へ戻って来たと思われる朱連堂を目撃していた。この時、火の勢いはすこぶる強いだけでなく火足が速く、最終的には火がまだ燃え移っていない牛小屋から牛4頭を救出するのがやっとだった。
当初、この火災は大みそかの夜に発生した単純な失火と思われたが、現場検証の結果、楡林市公安局は火災現場の主人である朱連堂が自宅に放火したものと断定し、朱連堂を自宅に放火して妻で身障者の李春を焼死させた容疑で逮捕したのだった。
2月20日時点で、朱連堂は楡林市公安局楡林分局で刑事拘留されているというが、朱連堂は“冥婚”を行うことを目的として妻の李春を焼死させたと自供したのだった。
動機は冥婚
2月13日付の中国メディアは本件について下記のように報じている。
遺体市場の成立
2016年9月にニュースサイト「澎湃新聞」が中国の裁判記録サイトで“陰婚”というキーワードを検索した結果、2009年から2015年までに34件の関連裁判記録、23件の刑事事件、44体の遺体に関する記載を発見したというが、事件の発生地域は陝西省、山西省、山東省、河北省などの8省にまたがっており、遺体の取引価格は3000元(約4万9000円)から数万元(約50万~80万円)まで千差万別であったという。
冥婚は中国の殷・商時代(紀元前16~前11世紀)から現在まで数千年にわたって伝えられてきた因習である。
上海大学中国語学部准教授の黄景春によれば、現在も冥婚が盛んに行われている地区は、山西省の臨汾、大同、長治、呂梁などに集中しているばかりか、陝西省の楡林、山東省、浙江省などにもあるが、その数はさほど多くはないという。
端的にいえば、冥婚とは「死者のために死者の配偶者を捜して結婚させること」であり、それによってお墓の中で独り者の寂しい魂がさまようのを防ぐのだという。
上述した黄景春准教授が15年近い調査を経て確認したところでは、冥婚は山東省、山西省、陝西省などの地域で大きな市場を形成しているという。
“供不応求(供給が需要に応じきれない)”という需給バランスが崩れている状況下で、女性死体の価格は急騰し、優良品質の女性死体を嫁としてもらい受けるための“聘礼(結納)”は15万元(約245万円)にまで高騰しているという。
このため、金儲けに敏い人々は冥婚をビジネスチャンスととらえ、不法分子は土葬の墓を暴いて女性死体を盗み出したり、女性を殺害したりして、死体を販売することで暴利を得ているのだという。
さらには、仲介業者となって、常時医院に張り付き、若い女性が病死する情報を得ると、冥婚のために若い女性の死体が必要な人々に紹介して、礼金を稼ぐ者たちもいるという。
因習に縛られる遺族
2018年4月7日にオーストラリア放送協会(ABC)の中国語ウェブサイトに掲載された冥婚に関するニュースは、同協会の中国出身記者が体験した事実を下記のように報じた。
取引の実態
また、2016年5月12日付の週刊誌「中国新聞週刊」は、「中国冥婚調査:15万元(約245万円)以下では骨すらも買えない」と題する記事を掲載した。内容は次の通りだ。
こうした背景があるから、文頭に述べた朱連堂は、知的障害で言葉も話せず、歩行困難で自力で身の回りのことができない李春を、35歳もの年齢差があるにもかかわらず、わずか2400元(約4万円)という廉価で嫁に貰ったのだと思われる。
恐らく李春との婚姻は正式な届けを出しておらず、朱連堂は自分が死ぬ前に何らかの方法で李春を殺害して、冥婚の伴侶にする積りだったのだろう。しかし、李春を焼死させた放火がばれて逮捕された今となっては、朱連堂が死後に切望していた李春との冥婚の夢ははかなく消え失せたのだった。
革命から70年近くたっても
上述したように、中国では1997年に『葬儀・埋葬管理条例』が公布され、埋葬は原則「火葬」とし、火葬施設が整わない地域のみ土葬を認めることとなった。
同条例は2012年11月に条文の一部を修正・廃止して、2013年1月1日から2012年修正版が施行されている。
土葬による耕地の浪費を防止しようと、全国各地の地方政府は土葬の撲滅と葬儀に関わる因習の除去をスローガンとして掲げ、火葬の推進を図っている。中国政府は、花葬、樹木葬、芝生葬、壁面墓地など占有する土地面積が少なく済む新たな埋葬方法も推奨しているが、主体は依然として火葬である。
中国政府“民政部”の統計によれば、2017年の火葬遺体は482万体で、全国平均の火葬率は48.9%であった。中国の火葬率は上述の『葬儀・埋葬管理条例』が公布された1997年には36%であったが、2005年に過去最高の53%まで達した後に急落して、現在に至るまで48%前後で推移している。
2014年に民政部は「全国平均の火葬率を2020年までに100%、あるいはその近くまで達成させる」という目標を提示したが、火葬率は2017年末時点でも依然として50%にも達しておらず、100%達成は夢のまた夢で、何時になったら実現できるのか分からないのが現実である。
火葬率の100%達成を阻んでいる理由の1つが上述した冥婚である。遺体が火葬されて遺灰になっていては、恐らく冥婚は成立せず、未婚のまま死亡した男性も女性もそれぞれ家族の墓に埋葬することは許されないことになる。
国営通信社「新華社」が2月27日付で発表した『いかに党の役割と指導を強化するか』と題する長文の論文は、マルクス主義は立党立国の根本指導思想であると言明した上で、「マルクス主義を信じず“鬼神(迷信)”を信じ、真理を信じず金銭を信じるのを断固防がねばならない」と述べている。
中華人民共和国は1949年10月1日の国家成立から69年を経過したが、いまだに迷信の除去に成功していないばかりか、中国共産党の党員の多くが風水や“算命(運勢占い)”といった迷信から脱却できていない。
中国の都市部ではアリペイ(Alipay)やウィチャットペイ(WeChatPay)などといった電子マネーによる決済や、無人コンビニ、レンタル自転車、相乗りタクシーの“滴滴出行”といったITを活用したサービスが想像以上の速さで市場を席捲しているが、都会を離れた農村部では依然として冥婚を含む伝統的な因習が残り、日進月歩の科学技術とは対照的な構図を描き出している。
35歳年下の妻が焼死したのは夫の朱連堂の放火によるものと断定されたことで、メディアはその目的が冥婚だったとその特異性を報じたが、冥婚は中国の一部地域で今なお普遍的に行われている因習であり、決して珍しいものではないのである。