本日土曜日、元々うちの会社のカレンダーは稼働日で、今日の午前中は、夫は夫のボランティアで半休でいません
割と、私一人で土曜日は会社にいたりします。
残業はできるだけしないというのが、昔からの鬼のような義父の決め事となっていて、休日に私を働かせても、自分はさっさと帰って飲みにでたいので会社は残業はあまりしないというのが普通でした。
でも、義父が仕事をしなくなって、丁度私が夫の家を出た頃、忙しさはビークとなり、毎日毎日会社に二人で10時近くまで仕事をしていました。
今思えば、身体がまだ若かったのですね
今は、夫も私も無理をすれば次の朝起きられない疲労が残ることも知っていますから、残業はせず、土曜日で調整しています。仕事がないときは、土曜日は稼働日であっても休みです。
うちの会社も前期の決算から半年が過ぎ、「このままだとまた結構な黒字ですから、奥さんの決算のボーナスを考えられては?」と税理士よりアドバイスがありました。
ボーナスは、企業義務はありません。支払っても良いし支払わなくても良いんです。年に3回までなら、ボーナスとしてみなされ、4回以上は報酬になります。
夫は、役員なので年間で決められた報酬をもらっていますが、私は役員ではなく賃金としていただいています。
だから、私は会社の利益があればボーナスを多くもらい、利益がなければもらえません。夫にはボーナスはありません。
利益があるからといって、夫の報酬は年間決められているし、私のボーナスも何度でも取るわけじゃありません。会社は会社なんです。
義父が社長の頃は、何度説明しても会社にお金はないのに自分の報酬だけは高く、私は実際働いていたにもかかわらず給料は安かったです。その安い給料さえ渡されなかったけどね。
それでも会社は、仕事の激減と働かない義父と義母の給料でずっと危機的な状態で、夫名義の借り入ればかりが増えていきました。
あれから20年近くだけど、私が夫と別居に至った原因はそれです!
耐えかねた私が、義父と義母に「これ以上の夫の会社のための借金はしませんから!あなたがたが、会社を辞めないなら私は退社して離婚します」と、家を出ました。
あの時人生が変わりました。
義父と夫の会社でしたけど、愛情を注いだ会社は今は夫と私の会社になって、今も存続しています。
夫は離婚を選ばず、義父が私に繰り返す卑劣な毎日の嫌がらせから逃れるために実家に逃げました。
こんなに永くなるとは思わなかったし、義父が亡くなっても、私の母が一人で生活できなくなる想像が、その時できませんでした。
でも、苦労して守った会社のお陰で、お互いのしたいボランティアの時間を調整して楽しめますし、定年の心配がなく働くことはできます。
何より、会社の取引先のお客さんも様々で、わがままや無理難題も聞きながら仕事としてその見返りを頂く経験は、私を強くもしました。
私も夫も、会社への愛情があるから、報酬や給料を取るだけ取って潰すなんて毛頭できません。
今も無謀な義父を理解することはありません。
久しぶりに、ひとりコピルアックを飲みながら長いようで短かった、私の奮闘した会社の経営人生を想う朝です