杉作J太郎

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杉作J太郎
@OOKAMINOHAKABA
詩人□「応答せよジェノバ絶望無双篇新版」note連続発表中□「チョコレートデリンジャー」(製作中)「応答せよジェノバ」(待機)□ファニーナイト(南海放送)□ラッキーLIVE(南海放送)□あーしはDJ(イーストプレス)□杉作J太郎詩集(よるひるプロ)□アックス□ザジ□棚残百本□東映チャンネル放送審議委員

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初めて救急車に乗った。自分で呼んだ。決心は難しい。事実躊躇して二度断念、夜が明けたら自分で病院に行こうか。いや、違う。これは違う。発信ボタンを押した。明け方の暗闇にサイレンの音が。 電話してなかったら死んでた。生死の境というのはある。
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病名は急性心筋梗塞と心不全。集中治療室を今日出た。現在一般病棟。ここはスマホが使える。119番したスマホと診療費と帰りのタクシー代万札一枚だけを持ちパンツもはかずここに来た。ラジオ、WBF、メルマガ、締め切り、各種支払い、すべて心配だ。が、この心配不安も命あればこそ。
このXを見た人たち 頑張ろう 負けるな 飲まれるな 寂しさなんかに 寂しいからといってそこにつけ込んでくるやつらに騙されるな そいつらは自分の得することしか考えてない いつか死ぬほど裏切られる 寂しさはそんなやつらのためにあるんじゃない 自分がもっとたしかな自分になるためにあるんだ
生涯忘れない一言を南部虎弾さんから聞いた。南部さんと島田裕二レフェリーと3人でイベントをやった。お客がひとりしかいなかった。どうする?お金払って帰ってもらおうか、みたいな話をしていたが南部さんの「ひとりでもお客がいるんだから頑張ろうよ」の声に目が覚めた。頑張ろう!おー!つづく
ラジオにメールやお手紙をくれる人にはひとり暮らしのお年寄りも多い。同じような内容だったり、意味が難しかったり読めないこともある。寂しいのだろうということはわかります。私もひとり暮らしだから。メールやハガキ、手紙を出すことで寂しさが薄まるのかもしれません。
重篤患者最後の砦、三次救急。愛媛県立中央病院救命救急センター。救急車のスタッフが車内で心電図を取った。そして三次救急に直行した。「救急車がここに来なかったら危なかった」医師の話である。命は個人で保てない。私もお役に立ちたい。備えたい。誰かのため。悲しい誰かの。苦しい誰かのため。
寂しさに負ける人はたいせつなものを失う とんでもない地獄に堕ちることもある 寂しさに飲まれてはいけない 逆だ 寂しさを飲み込むんだ 寂しさそのものになって いまここにある 自分の命をしっかり感じて 生きていきたい
現在いるのはCCU。循環器重症病床。心臓のダメージかなりあって。危機を脱したわけではないようです。そんな気もしてた。驚異的な回復を夢見ている。
夏の終わりに死にかけた。 ほぼ死んでたがいまは生きている。 大静寂の宇宙で生きているのは奇跡のようなプレゼント。 寝転んで古漫画読んでるだけでもありがたい。 孤独も人生の味である。 メリークリスマス。
今日の夕方、死んでたらもう生きてないし、去年の夏にそういや亡くなったね、と自分以外にとってはそういうことで。それだけのことなんだと思ったら静かに夕空を見ていることが貴重だった。うれしくはなかった。悲しくもなかった。人間以外の生き物の気持ちを感じた。子供の頃には感じていたと思う。
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たとえばテレビのバラエティ。小泉今日子さんのおっしゃるとおりだ。しゃべることや考えてることが決まっててそれを自分の考えみたいにしゃべらなければならない。かんべんしてくれ。台本が「などあって」の連続、自由だったのはタモリ倶楽部ぐらいだ。超自由なトゥナイト2は台本すらなかった。
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その人たちが聞いてつらくなったり落ち込んだりするかもしれない内容のメールは読まないようにしています。読めないんです。理解してもらいにくいかもしれませんが。たとえばなにげない内容でもそれが手に入らない、届かない、戻れない人にはつらすぎると思うんです。
私事ですがもともと人とうまくやれないし話もまずあわない。協調性もない。よくやってこれたと思ったらそれは気のせいで実はやってこれてない。俺は俺に言おう。「俺はもう死んでいる!」のだが謎の胆力で幻を紡いでる。組織とは馴染めないから自分を組織にした。この晩夏で19周年。墓場プロ。
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私みたいな者をたいせつに言ってきてくれる、申し訳ない。動けなかったり出かけられなかったりもう誰もいなかったり。推理、想定かもしれませんが私は勘が鋭いのです。その人たちをおろそかにしてはマイクに向かえません。5年間、1000回生放送をした現在の思ってることです。
命はいつまでもはない あるうちに やるべきことがある 命がなかったら できないことがある やって 結果が最悪でも そこからまた なにかはじまる 予想もしなかったことが はじまる 命があるかぎり はじまる
世の中というか古今東西この宇宙なにもかも。思ったようになんかなにひとつならない。自分がいま生きているのも思ったことではないし時代で考えてもいまじゃないほうがよかったと思う生命体は原始から未来に至るまでそりゃある。だから自分の行動言動ぐらいは自分で選ぶ。どうこう言われてたまるか。
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放送では言いにくいことで。ここに記しました。ネットもゲームも配信もある、ほかでなんとかなる人はほかのことを選んでもらってもいいです。事実、ラジオは選ばれないものになってきていますが。枕もとに置いてスイッチひとつで声や音楽が聞こえるラジオはあり続けたほうがいいと思います。
プロレス時代の仲間の訃報が届いた。俺より10ぐらい若い。一昨年の暮れ、20年ぶりに再会した。その夜、ひさしぶりの再会を祝して四人で酒を飲んだ。誰かと酒を飲むのは数年ぶりだった。いつもひとりで飲んでるからだ。泣けてきそうな浜松町の夜だった。俺たちにしかわからないことがたくさんある。
死ぬかわりに詩を書いて私は詩人として生きようと思った。誰かに認めてもらう必要はない。自分の問題なのだから。自分の生き方はどこからでもたったいまからでも変えられる。状況は変わらないがそれをどう感じるかを決めるのは自分だから。
若いひとに言いたい。つらくても、苦しくても、いらいらしていても、それはいまだから。明日じゃないし来年じゃないし十年後じゃない。学校、家庭、友人といった人間関係が不遇でもそれはいまだから。明日じゃないし来年じゃないし十年後じゃない。同じひとでもきっと変わる。
梅宮辰夫さんのご冥福をお祈りします。今夜は梅宮さんの追悼生放送になります。誰にどう思われようとまったく関係ない。SNS時代、自意識過剰の真逆を行く人でした。お客さんが喜ぶならどんなことだってやる、きっぱり言われました。即ち敢えて言えばすべてまぼろし。実像は近親者のものです。
病院の窓から南海放送が見えてるかも。今夜は病室で聴くファニーナイト。 体調復活したら即復帰しますのでそれまでこの枠の保持をなんとかよろしくお願いします。聴いてね! #RNB #南海放送 杉作J太郎のファニーナイト① RNB南海放送 2023/8/31(木) 19:00-20:00 radiko.jp/share/?t=20230 #radiko
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放送では言いにくいことで。そんなふうにも思われたくないかもしれません。ここに記しました。じゃあしあわせな話は書けないのか?いや、書き方だと思いますし、読み方かとも思います。私自身がよくない言い方や雰囲気のときもあるとは思いますがそれを意識してない瞬間は1秒もないです。
1年前の 今日から2週間後 いまぐらいの時間 死にかけた 1年前の今日 なにも知らず 死に向かっていた いつまでも 今日のように毎日が続くわけはないのに 終わるとも思わずに 想いも願いも 先送りにして 気づかないふりをして 生きていた そこがいまは違う 自分の気持ちは たしかにあるんだ
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トゥナイト2は集合してロケバスが走ってるのに行き先もなにするかも決まってなかったりした。週4日出てた頃もあった。タモリ倶楽部のときにタモリさんが「よく出てるねー」とおっしゃるので「タモリ倶楽部のほうがいいです」と言うとタモリさんは「そう?俺はトゥナイトのほうがいいよ」と笑顔で。
千葉真一さんのご冥福をお祈りします。純で明るくて気どらないかただったことは間違いありません。ストレートで熱い人でした。作業中断。帰宅してひとりになって東スポに追悼を書きます。
二十歳の頃 手塚さんは少し年上で それからずーっと あたりまえに手塚さんは手塚さんで 世話になりました 生還してからは はげましあってきた 38年前 夢に手塚さんが出てきた すごい夢だった 話したら笑ってた 雰囲気があった おおらかで距離がなかった 親戚より親戚みたい 手塚能理子さん 時代でした
ふと思ったことや感じたことがなぜつぶやけなくなったのか。なんやかんや否定したり攻撃されたくないからだ。双方向って嫌味言ったり揚げ足とったり鬼の首とったり虐めたりすることじゃないはず。いろんな人がいていい。いろんな考えがあっていい。それを知る奇跡のツールではなかったか。
厳しい状況の北陸に積雪。災害は続いている。距離的に離れていても気持ちは届く。人間どうし。がっかりさせるようなことは避けたい。戦争地域もあれば理不尽に苦しんでる人もいる。世界は常に苦痛の中。自分自身つらいが言葉は他者に届く。せめてあたたかく。せめてやさしく。気持ちは届くのだから。
人間は流木ではない。 だから夢も希望もある。 傷ができるし痛みもある。 気づかないふりをしているうちにその痛みに慣れる。 快感に変わるものさえいる。 人間は自分を肯定する。 否定してるつもりでもそれは悲しい自己防衛手段だ。 その間、またさらに流れる。 だが、人間は流木ではない。
早く目覚めたら晴天 集中治療室で迎えた朝もこんな青空だった 貯金もないにひとしく財産は皆無だがまだ明日がある それはそれは大きなこと かけがえがないね
バス旅行のツアーコンダクターをしている夢を見た。お客はほとんど女性。松山から関西方面に向かって夜出発。深夜0時頃、香川県あたりで全員の荷物を積み忘れたことに気付き飛び起きた!ら、深夜3時。病室のベッド。ほっとした。ほっとしてる状況でもないがこれも夢の効能かと。
あと同じようになにひとつ報われない人間だけじゃない生命体のみなさん。いたらないことはあるができるかぎり精一杯思いやりを持って生きていきたい。接していきたい。それはお互いそうであればよいんだがたまに悪意攻撃性むき出しの生命体もいる。自分の都合だけ考える生命体がいる。接したくない。
生きる意味はともかく、醍醐味は勝利や成功や富裕ではない。敗北、困窮、絶望、そしてその苦しみ、あがき、いまに見てろのなかに私のオリジナリティはある。
人を殺めたり傷つけたり踏みつけたり見捨てたりして得た幸福こそ地獄である。自分の中に悪いものが残りすぎるから。つらくても頑張ろう。どん底でも笑っていたいから。
会うべき人にまだ会ってない確率のほうが大きい。行くべき場所にまだ行ってない確率のほうが大きい。物語や映画を見ればわかる。冒頭にはまだなにも始まってない。途中にはつらいこともあるがまだ登場してない人物もいる。騙されたり裏切られたり、そのおかげで出会えることもある。
「時間がないというのはおかしい、時間は作るものだ」と言ったバカがいたそうだ。きっとそーゆー歯の浮くようなことばかり言って女に気に入られたりしてるんだろう。くたばれ!時間なんか作れるわけねーだろ!こちとらカツカツでやってんだよ!
他人に固執するな。自分に固執しろ。他人に荷を課すな。自分に荷を課せ。他人を支配するな。自分を支配しろ。他人を追い込むな。自分を追い込め。道はそこにある。(杉作J太狼著『狼は荒野を行け』より)
正宗寺境内に子規の住居を復元した子規堂がある。その正宗寺に坪井君の遺骨が安置されている。菩提寺は都内だがご家族の願いで坪井君は正宗寺にいる。坪井君は私の文学を応援してくれていた。DJも新たな文学と応援してくれていた。正宗寺が病室の窓から見える。坪井君の叱咤激励が聞こえる。
もう先のこと考えても不幸なことしかない気がする。 そのなかで。 なんとか生命を燃焼させようというのが私のいまの人生です。 燃え尽きるまで。 なにしたら頑張れるか。 それを選んでいく。 ヒルティやアランの幸福論に対抗してこれが私の不幸論。そのはじまりです。
生きることはゲームでもスポーツでも芸能でもない 人それぞれ 比べることはない 他者と比べて 落ち込むこともないし 偉ぶるのもおかしい 他者もいろいろだからだ 平均なんかない
年齢は関係ない。生きてるか死んでるか。そして相性。つまり生きていて相性がよければそれでいい。死んでも忘れない。ずっとそばにいる。
君はすべてに目的を設定する生活に疲れてしまったのではないか。すべてに結果を求める自分になってしまったのではないか。目的地を持たない旅もあるのである。放浪である。流転である。荒海の中に見つかる自分もあるのだ。孤独の中に感じるぬくもりもあるのだ。
シン・エヴァンゲリオン劇場版:||見てきた。ウルフ戦を終えたジョーに力石が放った言葉を贈りたい。「本物だった」ネタバレはよくないからめったなことは言えないがよかった。よすぎるだろー!興奮した。刺激された。目が覚めた。これが作品だ。 #電撃杉作
採血を終えて 診察を待っている この時間が いやではない いろいろ 考えている まさかの死に直面し 生還して 今生が続いた 断念したことも多いが 理解できたこともある 診察を待ちながら いろいろ考えている こんな時間は いままでなかった
すこしおちついてきた。 生体としては会えないが忘れはしない。あいつはいいやつだった。 俺も昨年死んだがまさかのいま生きてる。あいつに関していいと思ってた部分を俺の生に反映させよう。学んだことは思い出として俺のなかにある。
東日本大震災のときは世田谷在住でした あのときは部屋の中でかなりのケガをしましたが昨夜は自分がいままでに体感したなかでは最大の揺れ、恐怖でした💦 揺れの大きさ、幅がすごかったです🌃
寝たり起きたりまた寝たり なにもしない してるようでもしてない 見てるようで見てない そんな休息が必要です そんな休息が わたしをまもってくれる
(3)お客さんだと思っていた人は劇場スタッフだったのだ。ふは。ま、それはさておき。お客の多い少ないではない。数字の多い少ないはなにも決定しない。その日以来、私はそう思っている。南部虎弾さんの言葉を忘れません。イベント後、近くの店でハンバーグを食べた。各自自前で。おいしかった。
世の中思ったようにはならない。なったらたいへん。なったらつまらない。辛くて悔しくて悲しくても受けとめてさらに苦しんで。こんな身の上を嘆いてみてもまだどこかに突破口はあると信じて魂は死んじゃいない。それが俺たちじゃないか。
とくになにかを越えていかねばならないとき、思考に猪木さんがいます。ネバーギブアップ。気取らない、偉ぶらない、強く豊かな気持ちで生きられました。ありがとうございます。猪木さんのご冥福をお祈りします。
うまくいくとかいかないとか関係ない。自分の濃度だよ。自分の中の自分はなんパーセント?誰かの言葉を借りたりなぞるのは実存への冒涜。自分は自分でしかない。永遠のチャレンジャーでいいじゃないか。暮れる夕日になにを思った?人が出会いたいのは純度の高いそれぞれの人間だ。わかってほしい。
こんやは自宅でひとりすき焼き。すき焼きにはビール。うまい。肉も野菜も独り占めだが美味しいとかたのしいとかいう相手がいないからいまこうしてポストしてる。綾波さんならポストもしないか。なんとも、だけどこれが現代なのかもしれない。最先端かもしれない。ただ先はわからない。俺も最先端も。
私同様、人と話があわない、協調性がない人もたくさんおられるはず。おもしろいことなんかなんにもない。あるかもしれないがめったにない。だから価値はある。が、繰り返す。めったにない。むしろつまらないことをたのしみたい。かっこ悪くて上等。
あいつが死んだなんて まだ信じられない スマホのなかのあいつの電話番号 消したくない 死んだらかかってこないなんてあたりまえすぎてつまらない あいつはすごいやつだった おもしろいやつだった 現実や常識や合理性なんか関係ないやつだったからなー
他人を理解するのは難しい。それぞれ複雑だからだ。そして自分もまた理解されない。 そこに孤独がある。 悩み、苦しみ、泣いて、眠れない。出口がたとえなくても迎えた朝の数だけなにかが変わる。 金銭的に、地位や名誉的に得るものはなくても。自分を獲得する。たからものは自分自身だ。
(2)「ひとりでもお客がいるんだから頑張ろうよ」私たちは燃えた。頑張った。ひとりのお客さんにたっぷりたのしんでもらいたかった。おもしろかったと思う。終わったとき達成感があった。3人で称え合い握手した。そのとき。立ち上がったお客さんが帰らずに場内で作業を始めた。もしかして。つづく