政治活動を盾にしたヘイトスピーチが再び激化している。
在日クルド人への差別が深刻な埼玉県川口市では、2月1日投開票の市長選と8日投開票の衆院選で、候補者らによる排外主義をあおる街頭宣伝が繰り返されている。モスク(イスラム教礼拝所)の建設計画がある神奈川県藤沢市でも、モスク反対を主張する陣営の発言が激しさを増している。
選挙の街頭演説を理由に、根拠のない発言を繰り返すことが許されていいのだろうか。(共同通信ヘイト問題取材班)
▽JR川口駅前
人口約60万人の川口市の中心地、JR川口駅前には、入れ代わり立ち代わり、市長選と衆院選の候補者が街宣に訪れる。
市長選に入る前の1月18日の日曜午後、埼玉県戸田市議の河合悠祐氏はマイクを握り、こう叫んだ。
「クルド人の犯罪率は日本人の20倍」
一方で、河合氏はこの数字の根拠も出典も言わない。
取材班が調べた限り、クルド人に限った犯罪率が分かる公式な統計はない。警察庁の統計には国籍・地域別の検挙状況の数字はあるが、多くがトルコ国籍と考えられるクルド人は出てこない。発言はデマということになる。
河合氏は、衆院選でも争点にすると強調した。河合氏の政治団体「日本大和党」公認で川口市長選に立候補した男性は「外国人が優遇されている」とやはり根拠もなく主張した。
日の丸を振る支持者たちの周囲では、「差別をやめろ」「レイシスト帰れ」と演説をかき消すような声が聞こえる。差別に反対するカウンターと呼ばれる人々だ。
通りかかった解体業のパキスタン人の男性(56)は、じっと街宣に耳を傾けていたが、やがてあきれたように語った。
「悪い外国人はいるが、全員じゃない。悪い日本人だっている。外国人の悪口を言えば選挙に勝てるのか。ではなぜ沖縄の米兵の犯罪には言及しないのか」
▽ひき逃げの1例を出して
衆院選公示日翌日の1月28日午前には、衆院選の候補者が街宣に立った。参政党新人の菅野静華氏(37)だ。
「クルドの彼らが問題を起こしている。違反をして、ひき逃げする死亡事故もある」と述べた上で、「外国人の受け入れを規制していく」と訴えた。
確かに、昨年12月にひき逃げの疑いでトルコ国籍の男が逮捕されている。ただ、それを例示して「外国人の受け入れを規制していく」というのはどうなのだろう。埼玉県と県警の統計では、この10年間で外国籍住民は約12万人増えたが、刑法犯の外国人は年600人ほどで横ばいが続いている。
川口市の人口約60万人のうち外国人は約5万人。うち半数は中国籍で、クルド人を含むトルコ国籍者は1500人ほどと少数派だ。だが、2023年頃からクルド人が標的にされている。
▽「外国人問題」ではなく、日本人の問題
同じ1月28日の午後。川口市長選候補者の街宣で、排外主義を掲げる政治団体「日本党」の石浜哲信党首がこんな発言を繰り返した。
「犯罪者であるクルド人を仮放免にして、犯罪を犯してもかばっている」
これも根拠がよく分からない。具体的に誰の何の行為を指しているのか。
陣営の真っ正面に、たった1人で「選挙ヘイトを許さない」のプラカードを掲げ、立っている男性がいた。派遣社員の45歳で、仕事が終わると駆け付けているという。
「クルド人がターゲットにされている。差別に反対し、自分にできることをしたい」
川口駅前ではこうした街宣が連日のようにある。その様子が動画としてインターネットに投稿され、拡散されていく。それを見た人が、疑いも持たずに信じてしまったら…昨年夏の参院選で問題化した排外主義が、再び顕在化している。
クルド人支援団体「在日クルド人と共に」の温井立央代表理事が指摘する。
「選挙の争点に『外国人問題』が入ること自体がおかしい。日本社会の矛盾が外国人に向けられているだけで、日本人の問題だ」
▽藤沢モスク
排外主義を助長する演説は、神奈川県藤沢市でも見られた。衆院選神奈川12区では、モスク建設計画の是非を争点化しようと躍起の陣営があり、「モスク反対」の旗を立てて「日本文化の中に異文化が入り込み、社会が乱れる」と主張している。
無所属新人の菊竹進氏(53)は1月29日、JR藤沢駅前で建設反対を訴えた。応援弁士の鈴木信行東京都葛飾区議は「インバウンド(訪日客)が来るのはいいが、居座られるのは困る」。
これに対し、差別に反対する市民による落選運動も活発化。「ヘイトスピーチを許さない」と訴える市民たちも連日行動している。1月29日夕方、藤沢市の湘南台駅地下通路では、数人がマイクで通行人に呼びかけた。
「モスクができると治安が悪くなるという主張はデマです。デマを根拠にイスラム教徒への差別を扇動する候補者に投票しないで」
横浜市から参加した女性(72)は語る。
「選挙カーであちこち回ってヘイトを垂れ流されると、マイノリティーの人たちは気を付けていても耳に入ってしまう。外国人にとっては、選挙活動で堂々と排外主義を訴えられ、本当に恐怖だと思う。日本人として反対したい。たとえ選挙であっても、差別を禁止する法律が必要だ」
▽政府の対策は?
法務省は2019年、省内で以下のような通達を出し、公開している。
「選挙運動として行われたからといって、ただちに言動の違法性が否定されるものではない」「人権侵犯性の有無を総合的かつ適切に判断の上、対応するように」
総務省は衆院選公示前の1月23日、SNS運営事業者に対し、衆院選に関する偽・誤情報の削除申し出には迅速に対応するよう要請した。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法に基づく措置だ。
だが、罰則規定も禁止条項もないヘイトスピーチ解消法では、選挙ヘイトに歯止めがかからないのが現状だ。