「――スゥー……ん、ぅ、うぇえぇえッッ!!!?
ぐッッ、くっせええぇええええええッッ!!!?!?」

 それまで、最高潮の興奮を味わって鼻呼吸を続けていた男の表情が一変した――
 大声で嗚咽をあげ、目を見開いてゲホゲホ、ゴホゴホと咽せる。その顔には、「何が起こったのか分からない」と大きく書かれているようだ。なんだこの臭い。さっきまでの甘い香りはどこにいったんだ。
 だが、正確に言えば、男は事態が理解できなかったわけではない。ただ、認められなかっただけ。
 目の前にある藍子の巨大な尻。そこから響いた高い破裂音。そしてその尻の周りの空気を一瞬で支配した、この特徴的な、卵を腐らせたような悪臭。
 冷静に、偏見なく考えれば、これは間違いなく――
「スゥ〜〜ッ、はぁ〜、スゥ〜〜ッ、はぁ〜……っ。アハッ、くっさぁっ、藍ちゃんのお・な・ら♪」
 男の表情に困惑と驚愕の色が浮かぶ。
 彼が認められなかった事態への答えは、まどかの口から語られた。そうだ、彼が経験したことがあるどんなものよりも格違いのレベルで濃く、重く、不快だったが、この臭いは間違いなく、「屁」の臭い。そして状況的に考えて、それを放ったのが目の前にあるこの怪物級の巨尻――この妖艶な巨尻であることは、疑いようもない。これが、あの目をみはるほどの美女、藍子の屁?こんな酷い悪臭が? ……彼が困惑に支配されるのは無理もない。
 そして追い討ちをかけるように彼を驚かせたのが、今、自分と向かい合っているまどかの反応だった。こんな酷い臭いを前にしたら、男のように嗚咽をあげて表情を歪めるのが常人の反応のはず。――だがまどかは、口では「くっさぁ」と言いながらも、頬をますます赤く染めながら、それまでと変わらない、いや、むしろ鼻息を大きくするように増したペースで、その臭いを嗅ぎ取り続けているのである。
 ――おかしい、なんだこの二人、絶対おかしい。
 男の頭の中に浮かぶ混乱が、恐怖へと変わっていく。
 だがその彼に、藍子とまどかは意地悪く声をかける。
「あら、どうかした? “ゲーム”のルールは私のお尻のそばで“鼻呼吸すること”なんだけど。顔を背けてないのはいいけど、このままじゃ失格、あなたの負けよ?」
「そうだよ〜、私の勝ちでいいの? 嫌なら私みたいに、くんくん嗅ぎ続けなきゃ!」
 そう、まだ“ゲーム”は続いている。男もそれがなければ、すぐにでも顔を背けたかった。ついさっきまでは「頼まれても背けたくない」と思っていた尻から。
 臭いがまだ色濃く残る中で、顔を寄せて鼻呼吸しなければならない。だが、彼に他の道はない。“ゲーム”に負けたら何もかも失うのだ。
 藍子の屁が、顔に似合わず凄まじい臭さなことは、もう認めるしかない。あるいは腹の調子でも悪いのかもしれない(そうだとしても常識を逸した臭さだが)。しかし、飽くまでもただの「屁」だ。それに、始まる前も考えたが汚い醜男の屁ではなくあの藍子の、と思えばまだギリギリ我慢できる(おそらく、臭いのレベルで言えばそこらの醜男の屁の方が数段マシだろうが)。これを平然と嗅いでいるまどかは、友達に遠慮して臭がっていないのか、極度の鼻づまりで臭いを感じないのか。いずれにせよ、彼はここで負けるわけにはいかない。
「ぐ、ぐ――ッ、スゥ……、スゥ……」
 男は意を決して、巨尻から漂う残り香を吸い始める。興奮に満ちて大きく深呼吸していた始めよりはかなり小さな呼吸ではあるが、顔をしかめながらその臭いを鼻から肺へと取り込む。
 その様子を見て、藍子はニヤッとほくそ笑んだ。そう、“ゲーム”はまだ、第一関門に達してすらいない。
 一方のまどかは前のめりになって深呼吸を繰り返していたが、ふと大きく息を吸い込むと、
「スゥゥ〜〜〜〜ッ、はぁ〜〜っ。……ねぇ藍子ちゃ〜ん、臭い薄くなってきたぁ。もっとちょうだい!」
と言って、駄々っ子のように両手を縦に揺らした。
 その言葉に、男がギョッとしたのは言うまでもない。「もっとちょうだい」?何を? …言うまでもなく決まっている……
「もう、あんまり慌てないの」
「だって〜。一発嗅いじゃったらもう私、我慢できないよ〜。ていうか藍ちゃん、ぶりっこしないでよ〜!あんな藍ちゃんらしくない可愛いのじゃなくて、思いっきりちょうだい!」
「フフッ、全く、失礼なこと言うわねぇ。まどかが言うんなら、思いっきり、出しちゃおうかな」
 もう訳がわからない。何を言っているんだ、この二人は?
 困惑、驚愕、苦悶……。常識では理解できない出来事の連続に、男にはもう、まばたきをすることくらいしかできない。その彼の目の前で、藍子の尻が、“ゲーム”に決定的な一撃を下した――

ぶっっぼおおおおおぉぉおおぉおおーーーーぉおおーーーーーーぉおぉおおっっ!!!!!

 もう、「可愛らしい破裂音」ですらない。地鳴りのような重低音と同時、巨尻の後ろにいた男とまどかの顔面を、大量の温風がぶわあっと撫でた。――先ほどとは比べ物にならない濃厚腐卵臭と共に。

うぐげいぃいいッッ!!!?!??!
ぐぇええぇえッッ!!!ぐッッぜええぇええぇえーーーーぇえええぇえッッ!!!!!

 それは我慢とか忍耐とかいう次元の話を超えていた。
 男の体は、脳が判断するより前に、本能が脊髄反射で身をのけぞらせ、「危険な巨尻」から少しでも距離を置こうと手足が拘束され不自由な中で床をゴロゴロと転がらせて離れていく。
 「先にお尻から顔を背けたら負け」。頭で分かっていてもどうしようもなかった。屁だ。確かに種類としては屁の臭いに違いないのだが、量、濃さ共にまともな人間の腸内ガスとは思えない。
 顔に似合わず屁が臭い、腹を壊しているのかもしれない、などという甘っちょろい評価では最早言い表せない。これが絶世の美女の尻から放たれたものだと分かっていても、この臭いを間近で嗅ぐくらいなら、醜男の体臭を嗅ぐ方が百倍、千倍マシ。そう思えてしまうガスを浴び、男は目を白黒させながら、ゲェゲェと嗚咽をあげる。
 その一方で、男と同じように今の野太い一発を巨尻の後ろで浴びたまどかは――先ほどまで以上に大きく大きく鼻から息を吸い込み、恍惚とした表情で感嘆の溜息を漏らしていた。
「スゥゥゥ〜〜〜〜〜ッ、はぁ〜〜っっ。ん〜!これこれ!超くっさいよぉ、最高♪」
 藍子が尻を向けているソファから数メートル離れたところでも臭いに苦しみながら咽せる男は、彼女達二人の様子を見て我が目を疑っていた。う、嘘だろ……?あの臭いの中で、深呼吸……?
 おぞましいものを眺めるような男の視線を気にすることなく、まどかはさらに積極的に行動を重ねる。
 先ほどまでは、男とまどかの二人で巨尻の後ろに構えていたため、その尻の左右両脇にしか顔を寄せられなかった。だが男が離れた今は違う。はぁはぁと息をあげるまどかは、ささっと位置を変えて藍子の尻の真後ろにつくと、パンティが食い込んだ藍子の尻の割れ目にこれでもかと言うほど鼻を寄せる。
 藍子の方も、一度「思いっきり」始めたらもう遠慮はない。

ぶすっ!!ぶばっ!!!ばすぅっ!!!ぶううぅううっ!!!

と小刻みに連発される放屁。
 その度にまどかの前髪が風圧でふわっとなびく。まどかはその一発一発を、逃すまいというように「スゥ〜〜ッ、スゥ〜〜ッ、スゥゥ〜〜〜〜ッッ」と鼻から吸い込んでいる。
 淡く微笑みながら平然と大きな音で放屁を連発する藍子と、そのガスを尻から1センチの距離で嗅ぎまくるまどか。
 藍子の一発一発のたびに間近で嗅いだあの臭いを思い出し、男はオエッと嗚咽する。
「い、異常だ……」
 ――ぽつりと呟いた男の率直な一言は、まさに的確な感想だったと言えよう。

 藤崎 藍子(ふじさき あいこ)と姫路(ひめじ) まどか。
 藍子は薬学系、まどかは英文学系の同じ大学に通う仲良し美人女子大生。
 しかし、二人には表にはけして出さない本性があった。それが、「異常放屁体質」。
 盗撮男の前でその常軌を逸したガスを披露した藍子だけではなく、まどかもまた、この体質の持ち主。二人の腸に溜まり肛門から放たれるガスは、量、臭い共に常人を遥かに超え、本気のガスは――容易に他者を殺める。
 その超人的な放屁を思うがままにコントロールできる二人は、あろうことか、自らのガスを男に嗅がせ、その命を奪うことに何よりの生きがいを覚える異常性癖の持ち主でもあった。それゆえ、藍子もまどかも、異性を恋愛の対象と思ったことはただの一度もない。
「男は、おならを嗅がせて苦しませ、自分が気持ちよくなるための存在」。
 そんな彼女達が出会い、相手の異常性と自らの異常性の運命としか言いようがない共通を知ったとき、二人が互いに深い深い愛を抱いたのは、ごく自然なことだった。
 異常放屁体質、おなら嗅がせフェチ、殺人狂のレズビアン。
 まさしく「異常」な共通点を持った藍子とまどか。
 その二人に、ただひとつの違いがあるとすれば、それはまどかだけが持つもう一つの異常体質だろう。
 それは――「異常嗅覚」。
 同じ異常放屁体質を持つ藍子の場合でも、嗅覚に常人以上の耐性は持っている。普通の人間であれば悶絶・失神し、最終的に悶死するほどの放屁ガスの中でも意識を保つことができる。だが、藍子にとってのそれは「悪臭」、つまり不快なもの。「クサいものはクサい」と感じ、飽くまでも常人以上の耐性をして「耐えている」に過ぎない。
 この点が、まどかは根本的に異なる。まどかだけが有する「異常嗅覚」は、その悪臭を「気持ち良いもの」と感じるのである。
 ニオイの区別ができないわけではない。香水や花の香りは「良い匂い」だし、おならは「臭い」もの。それはまどかにも分かる。だが彼女にとっての後者は不快なものではなく、むしろ性的な興奮の対象。それも、臭ければ臭いほど、より強く興奮し嗅ぎたくなる――
 言ってしまえば、「重度の臭いフェチ」。それも、人間を超越した、異常なまでに重度の……
 藍子のことを知る前までは、自分の「臭いフェチ」を満足させられるものは自分自身の異常放屁しかないと思っていた。それが藍子との出会いで、世界が変わった。
 自分以外にもこんなに臭いおならをする女の子がいたんだ、それも、こんなに綺麗な女の子――
 ひとたび藍子のおならを味わったその時から、まどかは心を全て奪われた。運命としか思えなかった。私は藍子ちゃんと出会うために、この体質を持って生まれてきたんだ。――こうしてまどかと藍子は、深い深い愛を育むことになった。

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