【ナカムラクニオと菊池麻衣子のアートさんぽ】「これ誰も買わないでしょ!」を買い続けた偉大なコレクター 「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」
精神科医・高橋龍太郎さん(1946年~)が1990年代半ばから収集を始めた現代美術のコレクションは3500点を超えます。日本の現代美術を中心とするコレクションとしては質・量ともに世界最大級と評される「高橋龍太郎コレクション」から選りすぐりの作品を紹介する展覧会「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」が東京都現代美術館で11月10日(日)まで開催されています。
今回は、美術家・コレクターとして、「高橋龍太郎コレクション」形成期をリアルタイムで体感してきたナカムラクニオさんと、美術展ナビのライター・菊池麻衣子さんが展示会場をまわりながらユニークなトークを展開。オリジナリティーあふれる視点で展覧会を深掘りします。
美術シーンの「中心」ではなく「周辺」を収集
菊池 高橋さんが一番最初に購入したのが、合田佐和子さんのこの小さな作品「グレタ・ガルボ」なのですね。5万円ほどで分割購入したとは!
ナカムラ 合田さんはポスターのデザインなども手がけていましたが、彼女の作品をアートとして買う人はなかなかいなかったと思うんですよ。アンダーグラウンドカルチャーのスターみたいな感じで、例えば寺山修司とか、唐十郎好みの人が合田さんも好きなイメージがありました。高橋さんのコレクションがメジャーなところから始まっていないことがわかります。その時代の美術シーンの中心ではなく周辺を集めているというのは、高橋龍太郎コレクション全体を貫く重要なポイントだと思います。
菊池 でもその中に、後に世界の美術シーンの中心となる草間彌生さんの作品などが含まれているところがすごいですね。
こちらの「なすび画廊」という作品もマニアックな感じがします。ボコボコ泡を立てている白い液体が入った牛乳瓶などが小さな箱に入っていますが……。
ナカムラ これは背負って歩く「世界最小の移動式画廊」なんですよ。その隣には、同時期に撮影された「新宿少年アート」の映像もありますが、かなりマニアックですね。戦後の代表的なゲリラ展の一つですが、村上隆さん、小山登美夫さん、会田誠さんなど現代の日本のアートシーンを牽引している主要な方々がみんな参加していました。実は僕もメンバーとして参加したので、どこかに映っていると思います(笑)。
菊池 「新宿少年アート」の向かいには、村上隆さんのデビュー作「ポリリズム」が……! 村上隆さんは、ゲリラ展にも参加しつつデビュー作を制作したのですね。この作品、今、私たちが村上隆と聞いて想起する作品とはずいぶん違いますが……。
ナカムラ 「ポリリズム」は1991年制作です。この時期「シミュレーショニズム」(※1)が流行っていて、アメリカでプラモデルや市販の人形を使って作品を制作する人がたくさん出てきたんですよ。この作品にも田宮模型のアメリカ歩兵が多数使われていますね。村上さんは、田宮のロゴをアレンジした「TAKASHI, TAMIYA」という個展を開催し、シミュレーショニズムの文脈でまずはブレイクしたと思います。美術館がコレクションしても良さそうなものを、高橋さんがお持ちなのですね。
※1:1980年代に、成熟する米国の大量消費文化の中で、オリジナルよりもコピーとしての複製品に、より強い現実感を求める社会的な動向をとらえて誕生した考え方。
出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」(山盛英司 朝日新聞記者 / 2007年)
誰も買わないもの、買えなさそうなものを買う?
ナカムラ それにしても、コレクションしている作品のサイズが大きいのも高橋龍太郎コレクションの特徴だと思います。
菊池 西尾康之さんの「Crash セイラ・マス」は、象徴的に巨大ですね。なんと6メートル! シンプルに、保管場所が思いつかないですね~。寺田倉庫に預けるとか?
ナカムラ 高橋さんは「誰も買えない巨大な作品」「誰も買わない斬新すぎる作品」を選んで買っている気がしませんか? 40歳を過ぎた頃から株やオーストラリアのビルや土地を購入し、購入資金にしていますが、それでもまだつぎ込み続けているところが驚きです(笑)。
菊池 確かに。こちらは森村泰昌さんの「肖像 九つの顔」ですね。
ナカムラ 名画の中の人物に自らが扮して撮影するセルフポートレイトのシリーズを初めてまとまった形で発表した作品ですね。この作品を僕が高校生の頃に初めて見て、そのとき会場には僕ひとりしかいなかったので、森村さんに作品の前でサインをいただきました。当時ちょうどバブルが弾けたばかりで景気が悪くなっていたから、美術館も個人も作品をあまり買わなくなっていたんですね。
菊池 森村さんの初期作品を高橋さんが収集されていたことはとても嬉しいです! 私も大好きな作家ですから。
ナカムラさんも実は、90年代から現在までの30年間という、高橋さんとちょうど同じ期間にアート作品を500点ほどコレクションされてますよね。リアルタイムで同じものをご覧になっていて、「この作品持ってるんだ!『買おう』とも、『買える』とも思わなかったのに」というものに出会うと衝撃もひときわ大きいのではないかと想像しています。
ナカムラ そうですね。たとえば、塩田千春さんの「ZUSTAND DES SEINS(存在の状態)─ウェディングドレス」。塩田さんは今でこそ大スターですが、当時の僕は買おうという発想がありませんでした。基本的に会場で糸を張り巡らせて制作するインスタレーションですから、それを買えるとは思っていなかったんです。一見買えなさそうに見えるものも高橋さんは「これください」と言ってみるんだろうな。
「売ってないものを買う」のも他のコレクターと違いますね。
ナカムラ 和紙で構成されたインスタレーション「Exchangeability」の作者・三瀬夏之介さんは山形ビエンナーレでも一緒だった友人で、僕も大ファンですが、本人もこの巨大な作品を個人で買う人がいると思っていなかったかも。すごく欲しいけど、あまりに大きすぎる(笑)。家に飾るのが難しいじゃないですか! それでも、この作品を手に入れた高橋さんの情熱に感動します。
投資目的でアートを買う人も多い中、高橋さんは、売れなさそうなものをひたすら買うという点でも一貫しています。
菊池 「あそこに飾ろう」「価値が上がったら売ろう」「失敗したくない」といった、ありがちな発想を超越していますね。
菊池 Chim↑Pom from Smappa!Group「ヒロシマの空をピカッとさせる」のように、戦争、震災、原発事故などのテーマをはらむ、メッセージ性の強い作品も目立ちます。
ナカムラ これは2008年、Chim↑Pom from Smappa!Groupが広島の原爆ドーム上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いたパフォーマンスを写真に収めたものです。このパフォーマンスは、広島市現代美術館で開催される個展に出展する作品の制作過程で行われましたが、様々な議論を巻き起こし、個展は中止となりました。日本の美術史上、禁断とも言える出来事だったと思います。
菊池 それをあえて写真という媒体で、バッチリ事実としてコレクションしている。高橋さんは、良いとか悪いとか、好きとか嫌いではなく、ニュートラルに記録として残すべきものをしっかり押さえているのだなと感じます。
戦後日本の美術史を再編集
菊池 こちら、横幅20メートル以上もある鴻池朋子さんの作品「皮緞帳」! 私は2016年に群馬県立近代美術館の展覧会で鴻池さんの作品を見て圧倒されましたが、高橋さんのような個人コレクターが購入しているとはびっくりしました。巨大なうえに、動物の皮に描かれてますから、メンテナンスも大変そうです。でも、原始時代の巨大生物のようなミステリアスな生命感があって好きな作品です。
ナカムラ 鴻池朋子さんは、日本では内藤礼さんと並んでアニミズムのラインで評価が上がってきている作家です。僕も大好きな作家さんですが、繊細な芸術家を支えるのは大変です。それでも高橋さんは、買って芸術家を応援し続けているところに偉大さを感じます。
菊池 高橋さんは「誰も買わない斬新すぎる作品」を買っているようにみえて、実は「未来に残っていく作品」を見抜いているのではないかと感じます。
ナカムラ 将来伸びる人を買っているし、高橋さんが買うから作家も有名になるという流れができている。高橋さんが「戦後日本の美術史を再編集」していると考えることができるのではないでしょうか。きっと、高橋龍太郎コレクションに入っていない作家さんはすごく悔しがっていると思います。「高橋さんに買われて初めて一人前」といった時代に入っているかもしれません。
菊池 高橋さんは既に、アーティストの評価を左右するほどのカリスマ的なコレクターなのですね。
最終章の「路上に還る」では、高橋龍太郎コレクションの「現在」に焦点が当たっています。ストリートから世界をまなざして制作するアーティストたちの最新の動向を取り込みながらコレクションを拡大していることがわかります。
強く赤い光を放つ工事灯を使った巨大なシャンデリアなど、強烈に個性的ですね。こちらのインスタレーション「レコーン」は、道路によく置かれている三角コーンとレコードで構成されていて、しかもノイズを発しています。不思議なオーラを感じます。
ナカムラ 「レコーン」を作った∈Y∋さんは、オルタナティヴ・ロック・バンドのボアダムスのヤマタカEYƎさんですね。大竹伸朗さんとFAX交換漫画集『ドンケデリコ』を出していますが、僕も大ファンです。
そして、展覧会ラストの極めつけが根本敬さんの巨大絵画「樹海」。
菊池 根本さんは、80年代からオルタナティブな表現者として活動してきた方ですね。
ナカムラ アート好きな人には、ファンも多いと思います。「ガロ系」「電波系」で最も過激な漫画家です。高橋龍太郎コレクションの最後を飾る作品が、根本敬さんだったことが、この展覧会で最も衝撃でした。価値観がひっくりかえるような時代の変化を感じましたね(涙)。高橋さん、いつかお会いして対談してみたいです。この展覧会を担当した学芸員の藪前知子さんのキュレーションも素晴らしいと思いました。
菊池 美術館で飾られることがあまりないような作品が高橋さんのコレクションに入ることで、このように堂々と美術館に展示されることになったのかもしれません。高橋龍太郎コレクションには、従来の美術史の文脈では美術館から見落とされてしまうようなアーティストを美術館に招き入れるほどの力があることをつくづく感じました。新しい日本の美術史を作っていくキーパーソンの一人である高橋さんのコレクション展を今見ておく事はとても重要だと思います。みなさんも是非このチャンスをお見逃しなきよう!
(文 ライター・菊池麻衣子)
ナカムラクニオ
美術家/荻窪「6次元」主宰。15歳から美術の活動を始め、17歳で初個展。山形ビエンナーレ、東京ビエンナーレ等に参加。近現代美術史に関する本を多数執筆している。主な著書に『洋画家の美術史』『こじらせ美術館』、近著に『図解 教養としての美術史』『一気読み西洋美術史』などがある。コレクター歴30年、古美術から現代美術まで幅広く集め、小さな美術館を設立予定。
菊池麻衣子
アートライター/展覧会キュレーター。東京大学文学部社会学科卒業。英ウォーリック大学修士課程修了。web、雑誌等で作品の見方や作家の活動を顕彰する美術記事を多数執筆。特に若手美術家の評価に力を入れている。アーティストと交流しながら作品の鑑賞・購入を促進する企画をプロデュースするパトロンプロジェクト代表を務め、2014年から展覧会やイベントを企画。著書『アート×ビジネスの交差点』。
| 日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション |
|---|
| 会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ホワイエ(東京都江東区三好4-1-1) |
| 会期:2024年8月3日(土)~11月10日(日) |
| 開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで) |
| 休館日:月曜日(8/12、9/16、9/23、10/14、11/4 は開館)、9/24、10/15、11/5 |
| アクセス:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口から徒歩9分、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口から徒歩13分。東京メトロ東西線木場駅3番出口から徒歩15分、都営地下鉄新宿線菊川駅A4出口から徒歩15分 |
| 観覧料:一般2,100円/大学生・専門学校生・65 歳以上1,350円/中高生840 円/小学生以下無料 |
| 展覧会ホームページ:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/TRC/ |