悪性リンパ腫と診断された僕が闘病日記を書かない理由
別に闘ってはいないからだ。
27歳の若さで濾胞性リンパ腫という血液ガンが発覚した僕は、疫学的に見ればかなり珍しい部類で、自分でも決して運が良いとは思っていない。
ことあるごとに神社へ祈祷に行く信心深い家庭で育ったが、本当に神様が守ってくれていたならこうはなっていないだろうな、と流石に思う。
進行が遅く予後予測も最良とはいえ来月には薬剤による治療が始まる予定で、その間は仕事も休まざるをえない。
副作用も馬鹿にはならないだろう。僕は痛いのが嫌いだから少し不安だ。
あと、免疫が落ちるせいで生ものが食べられなくなるらしい。現在週3で食べているスパイシーダブルモスチーズバーガーにもしばらく会えないと考えると、寂しい気持ちになる。
これまでも、つい2ヶ月前までは考えてもみなかったことをたくさん経験している。
骨髄穿刺の痛みのせいでうつ伏せのまま嘔吐しそうになったし、PET前の食事制限にはイライラした。
精子保存やガン保険なんて死ぬまで縁の無いものだと思っていたが、今では毎日資料を読みあさっている。
それでもなお、僕はこの境遇と生活を「闘い」だなんて思えないし、文という形で保存したり、ましてや定期的に発信したりする類いのものだとは思えない。
ガンの進行が遅い僕にとっての検査や治療は、インフルエンザに罹った際に病院で診断を受けて特効薬を貰いにいくようなものだ。
健康を守り命を延ばすために、自分の手が届く範囲で行動を起こすだけ。
要するに生きているだけなのだ。
そして僕にとって、生きることは前向きなことでも後ろ向きなことでもない。
そんな無感動なガンとの付き合いに励まされる人なんて多くないと思うし、「闘い」だなんてパッケージでセンセーショナルに公開していいものではないと僕は思う。
僕なんかよりも「闘っている」人はきっとたくさんいる。これは病気の重さの話ではなくメンタリティの面で、だ。
恐怖に心を蝕まれながれも死の危険性がつきまとう移植を見事に成功させた青年、人生を懸けた夢を犠牲にして意馬心猿の中で治療を選択したスポーツ選手、明日への不安を抱えながらも希望と楽しさを提供し続けた配信者……彼らの決断とガンへの向き合い方は正しく「闘い」といえ、それを見た人々はきっと元気づけられ、難局を乗り越えるための自信を得るに違いない。
僕にはそれがない。
きっと同じ状況に至っても、大して迷わずに治療を決断するだろう。実におとなしく運命を受け入れ、良き患者として無感情に一生を終えるに違いない。
闘いを謳うなら、それではいけない、と思う。
僕はリンパ腫と宣告された時も、ショックではなかったし落ち込みもしなかった。診断にあたって色々な手続きがやってくる面倒くささは感じたが、それだけだった。
何なら生検手術が決まった時点で何となく「ガンだろうな」とは予期していて、例の神座の記事の構想もその時点で組み上がっていた。
僕は極めて刹那主義的な人間で、良いように言い換えれば「今この一瞬だけを精一杯生きている」タイプ、悪い言い方をするなら「将来を無理にどうこうしようと思えない」性格だ。
今が満ち足りていたらなら、僕はそれだけで人生全てが満足だと錯覚してしまう。
だからきっと、余命が6ヶ月とかだったとしても大して落ち込まなかったと思う。
半年もあれば、今までの人生でお世話になった人たち全員にお礼を言うことはできるだろうし、それで十分だ。
だから、心から僕のことを心配してくれている周りの人たちには申し訳ないな、と思う。
一方で、ちょっとしんどいな、と思うこともある。
僕にとって自分の命は、何ものにも代えがたいほどに大切なものだ。それなのに、僕自身よりも僕の命を案ずる人がいてしまうと、それをとてもありがたいことだと思う反面、自分がひどく空虚な人間に感じられる。
要するに、僕は感謝よりもアイデンティティの堅持を優先する、器の小さい人間なのだ。
こんな人間の残す文章は人を元気づけるどころか、傷つけてしまうに違いない。
もちろん、お得意のライティングスキルでユーモラスに治療過程を書き連ねることもできるだろう。「PETの画像で自分の睾丸部分が黒くなっているのを見て、初めて明白に自分の"金玉"の存在を意識して笑っちゃった」みたいな、そんな感じでふざけたっていい。
しかし、それは本当に面白いと思っていることを書いただけの日記で、裏に決意も葛藤も配慮もない悪趣味な駄文だ。
そんな文が、似た病気で苦しみながらも救いを求めて読んでくれた誰かの心を裏切ってしまうのが怖いのだ。
だから、僕は闘病日記は書かない。
書いたとしても、珍しいと感じた経験をたまにXで綴るぐらいだと思う。あと、病気であることを活かした面白い検証を思いついたら企画記事のネタにしたり、それぐらい。
ただ、僕の生活が若年リンパ腫治療の知見として幾分か有用であることは事実だろう。だから、もしそういった目的で参考にしたいという人がいたら直接連絡してほしい。できる限りの相談には乗るつもりだ。
僕はあなたを救うことはできないが、情報を共有することならできる。それぐらいの自負はさせてほしい。
ちなみに、僕がnoteで常々書いていた「自分語りが苦手」という言、あれは嘘だ。なんてったって僕は自分語りだけで京大の特色入試の面接にて8割8分を得点している。苦手なわけないじゃん。
ある程度開示したくない内面がある時に、僕はああやって誤魔化す癖があるだけ。気をつけよう。
書き始めた時に予定していたものよりもずいぶんと重い文になってしまったけど気にしない。
明日も何も変わらず生きていく予定なので、あなたも気にしないで欲しい。
今日もあったかくして寝ます。
それでは。
(終)



なんと言えばいいかわからないですが こういうときは月並みがいちばんかな お大事に です 書いてくださってありがとうございます