2026/2/3
営業戦略展示会の来場者が激減?何が起きたのか?
年間200万円の出展費用をかけて、獲得した商談はわずか5件。前年なら20件は取れていたはずだ。幕張メッセのブースで、ある出展企業の営業責任者は頭を抱えていた。「主催者から謝罪メールが届きました。想定来場者の半分しか集まらなかったと」。
2024年秋、Japan IT Week。来場者数27,801人。前年の41,839人から33.5%減──約14,000人が「消失」した。しかし、この数字が意味するのは単なる「コロナの後遺症」などではない。展示会という営業チャネルに、構造的な崩壊が始まっている。
通説では「コロナで一時的に減ったが、徐々に回復している」と語られる。確かに2025年春のJapan IT Weekは57,803人と前年比7.2%増を記録した。しかし、それでもコロナ前の「10万人規模」からは半分程度だ。そして、この数字の裏に隠された本質的な問題は、来場者数ではない。来場者の「質」が根本から変わったのだ。
かつて展示会のブースには、経営層や部長クラスの決裁権者が歩いていた。彼らは自ら情報収集し、その場で導入を決めた。ところが今、ブースを訪れるのは「上司の指示で来ている」一般社員と、決裁権を持たないミドルマネージャーばかりだ。名刺は獲得できても、稟議は通らない。商談は失注する。出展企業が直面しているのは、営業ROIの急激な劣化という冷徹な現実である。
これは一過性の現象ではない。リモートワークの定着、情報収集のデジタル化、決裁プロセスの長期化──3つの構造変化が、展示会というビジネスモデルそのものを破壊し始めている。本稿では、この「静かな崩壊」の実態と、その裏に潜む経済合理性の歪みを解剖する。
「とりあえず来る客」の大量消失
数字から読み解くべきは、来場者の絶対数ではない。来場者の行動原理の転換だ。
2020年9月、Japan マーケティングWeek夏の来場者数は15,249人。2019年の41,349人から63.3%減少した。しかしこの時、出展企業の満足度は逆に上がっている。「来場者は少ないが、真剣な表情で深い話ができた」「100を超える企業と商談できた」──出展者からはこうした声が上がった。
なぜか。「とりあえず来る」層が消滅したからだ。
かつての展示会には、「情報収集」「暇つぶし」「ノベルティ目当て」といった、明確な購買意図を持たない来場者が相当数存在した。彼らは会場を歩き回り、ブースの前を通り過ぎ、名刺だけ置いていく。出展企業にとっては「分母」として機能していた。500枚の名刺から50件の商談が生まれ、10件が受注に至る──この数の原理が成立していたのは、分母が十分に大きかったからだ。
ところがコロナ禍を経て、この構図が崩壊した。リモートワークの定着により、「わざわざ会場まで足を運ぶ」という行動のハードルが上がった。経営層や決裁権者ほど、時間単価が高い。展示会に行くという選択肢が、彼らの優先順位から脱落したのだ。
結果として残ったのは、「上司から指示された」一般社員と、「情報収集の任務を帯びた」ミドルマネージャーだ。主催者データでは「来場者の約6割が課長職以上」とあるが、逆に言えば4割が課長未満、つまり決裁権を持たない層である。そして課長職であっても、多くは「上に報告するための情報収集」にすぎない。
この変化を、出展企業は「商談化率の低下」として体感している。名刺300枚を獲得しても、商談に進むのは10%の30件。そのうち受注に至るのは数件だ。リード獲得単価は跳ね上がり、顧客獲得コスト(CAC)は従来の2倍から3倍に膨れ上がった。

分母が減っただけではない。分母の質が劣化したのだ。これは「来場者が減っても濃い客が来ている」という楽観論では片付かない。濃い客の絶対数が増えたわけではなく、薄い客が消えただけなのだから。
カネの流れが示す「展示会産業」の歪み
展示会出展の費用構造を見れば、この構造劣化がいかに深刻かがわかる。
1小間(3m×3m)の出展には、出展料30万円〜50万円、ブース施工費30万円〜100万円、装飾費20万円〜100万円、人件費20万円〜30万円、集客費10万円〜50万円、運搬・設営費10万円〜20万円がかかる。総額は120万円〜350万円、一般的な2〜3小間規模なら約200万円だ。
この200万円の投資に対し、2019年には5,000万円の売上が返ってきた。ROI25倍。しかし2024〜25年は1,500万円、ROI7.5倍まで低下している。

問題は、この費用構造が全く変わっていないことだ。出展料は据え置き、会場使用料も同じ、ブース施工費も変わらない。しかし投資対効果は3分の1以下になった。
出展企業から見れば、200万円かけて商談5件では採算が合わない。年間4回の出展で計800万円を投じていた企業が、2026年の出展を2回に減らすか、全面的に見直すのは当然の帰結だ。実際、著者の元にも複数の出展企業から「来年の出展は見送る」という声が届く。
一方、主催者の側はどうか。RX Japanをはじめとする展示会主催企業は、年間100本以上の展示会を運営し、巨大なビジネスを展開している。出展社が減れば収益が減る。だから主催者は、会期中に毎日ブースを回り、「次回出展の早期申込特典」を営業する。開催中の展示会の入口には「いま申し込めば好きな場所を取れます」という看板が立つ。
ここにインセンティブの歪みがある。主催者の利益最大化と、出展企業のROI最大化が、完全に乖離しているのだ。主催者は「出展社数」を増やすことで収益を上げるが、出展社数が増えるほど、1社あたりの来場者接点は減る。会場は「何でもあり」の雑多な空間になり、来場者は目的のブースにたどり着けない。
これは、かつての「ものづくり展」に象徴される問題だ。地方自治体が地域企業を束ねて「○○市」「××県」のブースを出展する。しかし地域的な共通項以外に索引はない。来場者は「品川区の製品」を買いたいのではなく、自社の課題を解決する製品を探しているのだ。
展示会産業は、「出展社を集めるビジネス」に偏り、「来場者に価値を届けるビジネス」から乖離している。この構造が、出展企業のROIを蝕んでいる。
市場の二極化が暴く「体験価値」の正体
しかし、すべての展示会が苦境に陥っているわけではない。ここに興味深い二極化が起きている。
JIMTOF2024(日本国際工作機械見本市)は来場者数129,018人を記録し、海外来場者は前回2022年の4,815人から10,423人へと倍増した。Japan Mobility Show 2023は111万人超、人とくるまのテクノロジー展2024は75,972人を集めた。一方、Japan IT Week秋は27,801人と前年比33.5%減、マーケティング系展示会も軒並み苦戦している。

この差は何か。「その場でしか得られない体験価値」の有無だ。
JIMTOFでは、数千万円から数億円の工作機械が実際に動く。加工精度をその場で確認し、技術者と議論できる。Japan Mobility Showでは、未発表の車両に触れ、試乗できる。これらはオンラインでは代替不可能だ。
一方、ITソリューションやマーケティングサービスはどうか。製品説明はウェビナーで十分、デモはオンラインで可能、資料はダウンロードできる。わざわざ展示会場に行く必然性がない。
この差は、「情報の非対称性」の大きさに起因する。製造業の実機は、カタログやWebサイトでは伝わらない。触って、動かして、初めて価値がわかる。情報の非対称性が大きいからこそ、展示会に価値がある。
逆に、IT系やマーケ系のソリューションは、情報の非対称性が小さい。機能はWebサイトに書いてあり、デモ動画も公開されている。展示会で得られる情報の追加価値が小さいのだ。
加えて、決裁プロセスの違いもある。製造業の設備投資は、現場の技術者が主導する。技術者は展示会で実機を見て、「これがいい」と判断すれば、その意見が通りやすい。一方、ITやマーケ系のソリューション導入は、情報システム部門、経営企画部門、複数の関係部署を巻き込んだ稟議プロセスが必要だ。ミドルマネージャーが展示会で情報を集めても、最終決裁まで半年以上かかる。
つまり、展示会の価値は、「商材の体験必要性」×「決裁プロセスの短さ」で決まる。この両方が高い製造業系は堅調、両方が低いIT・マーケ系は苦戦している。
構造変化の3つのドライバー
展示会来場者激減の背後には、3つの不可逆的な構造変化がある。
第一に、リモートワークの定着だ。コロナ禍を経て、日本企業の多くがハイブリッドワークを導入した。経営層や決裁権者ほど、リモートワークの恩恵を受けている。彼らにとって、「わざわざ幕張メッセまで行く」という選択肢は、時間単価の観点から非効率になった。オンライン会議で済む商談を、リアルで行う必然性がない。
この変化は不可逆的だ。リモートワークを経験した経営層が、再び「展示会巡り」に時間を使うことはない。展示会が狙っていた「キーマンとの偶然の出会い」という価値提案が、根本から崩れたのだ。
第二に、情報収集チャネルの多様化である。かつて展示会は「最新情報を一度に集められる貴重な機会」だった。しかし今やウェビナー、ホワイトペーパー、製品デモ動画、オンライン商談など、質の高い情報をオンラインで入手できる。情報の粒度も深い。展示会の3分間のブース説明よりも、30分のウェビナーの方が遥かに詳しい。
2021年の調査によれば、コロナ禍で展示会出展をやめた企業の約5割が「業績に悪影響があった」と回答している。代替施策としてSNS広告(29.8%)、テレマーケティング(18.3%)、DM(17.3%)を実施したが、4割以上が「効果を実感していない」と答えた。つまり、展示会の代替は容易ではない。しかし同時に、展示会に回帰する理由も弱い。

第三に、決裁プロセスの長期化だ。経済環境の不確実性が高まる中、企業の投資判断は慎重になっている。かつては部長クラスが展示会で「これは良い」と判断すれば導入が決まったが、現在は複数部署での稟議、経営会議での承認など、プロセスが複雑化している。
日本経済団体連合会の調査によれば、ミドルマネージャーの権限は縮小傾向にある。稟議決裁の権限が上位職位に集約され、意思決定が遅くなっている。ミドルマネージャーが展示会で情報を集めても、上申するだけで、決裁権はない。商談は長期化し、失注率が上がる。
この3つの構造変化が、展示会の価値提案を根本から揺るがしている。これは一時的な調整ではない。展示会というビジネスモデルの臨界点なのだ。
「展示会依存モデル」からの脱却
では、出展企業はどう対応すべきか。
まず認識すべきは、「とりあえず出展すれば商談が生まれる」時代は終わったということだ。年4回の出展を漫然と続けても、ROIは悪化する一方である。
選択肢は3つある。
第一は、出展規模の戦略的縮小だ。年4回から2回へ、4小間から2小間へとダウンサイジングし、費用対効果の高い展示会に絞り込む。その際の判断基準は、「来場者数」ではなく「決裁権者接点数」である。主催者が公表する来場者数は、延べ人数であり、決裁権者が何人いたかはわからない。自社で過去データを分析し、「この展示会からは決裁権者との接点が多い」という展示会に集中投資すべきだ。
第二は、出展目的の再定義である。リード獲得から、既存顧客との関係強化やブランディングにシフトする。重要顧客を招待し、VIPルームで濃密な商談を行う「招待制展示会」のような運用だ。
ある出展企業は、展示会を「新規リード獲得の場」から「既存顧客のロイヤリティ向上の場」に転換した。事前に既存顧客100社に招待状を送り、展示会ブースを「特別商談ルーム」として設営。新製品を先行公開し、導入相談に対応した。結果、既存顧客からの追加受注が前年比150%増加した。展示会のROIは、新規リード獲得では測れない。既存顧客のLTV(顧客生涯価値)向上に寄与したのだ。
第三は、ハイブリッドモデルの構築である。リアル展示会とオンライン施策を組み合わせ、役割分担を明確化する。展示会は「決裁権者との初期接点」、ウェビナーは「中間層への情報提供」、インサイドセールスは「長期フォロー」というように。
これは単なる「オンライン化」ではない。チャネルごとの経済合理性を再設計するということだ。展示会1回で200万円かけて5件の商談を獲得するのと、ウェビナー10回で計50万円かけて50件のリードを獲得するのと、どちらが効率的か。そのリードの質はどう違うか。こうした数字を冷徹に比較し、最適なチャネルミックスを設計すべきだ。
展示会産業の未来──「構造破壊」か「構造再編」か
展示会業界は、構造転換期に入っている。
短期的には、来場者数の完全回復は望めない。リモートワークは定着し、情報収集のデジタル化は不可逆的だ。経営層が気軽に展示会場を訪れる時代は、もう戻ってこない可能性が高い。
しかし、展示会の価値が完全に失われるわけではない。BtoB営業において、対面での信頼構築は依然として重要だ。問題は「誰と」「何のために」会うかという目的の明確化である。
営業責任者が注視すべきは、自社の商材特性と顧客の購買行動の変化だ。高額商材で複雑な意思決定が必要な製品であれば、展示会での決裁権者との出会いは依然として価値がある。一方、比較的単純な商材であれば、デジタルチャネルへの完全移行も合理的な判断だ。
展示会主催者の側も、構造改革が必要だ。「出展社数を増やす」という収益モデルから、「来場者の質を高める」というモデルへの転換である。具体的には、来場者の属性データを詳細に収集し、決裁権者の比率を公表する。出展企業に対し、「この展示会には経営層が何人来場し、あなたのブースには何人訪れる見込みか」というデータを提供する。そして、その精度に応じて出展料を変動させる──こうした「成果連動型」の料金体系が求められる。
展示会という営業手法そのものが消えることはないだろう。しかし、「とりあえず出展すれば商談が生まれる」という時代は確実に終わった。営業戦略全体の中で、展示会をどう位置づけ、どれだけの投資を行うか。この判断の巧拙が、今後の営業組織の生産性を大きく左右することになる。
あなたの会社は、年間800万円の展示会投資を、本当に正当化できるだろうか。
参考文献
RX Japan株式会社「Japan IT Week【春】2025」公式発表データ (2025年4月)
https://www.japan-it.jp/spring/ja-jp/showreport/visitorcount.html再春館システム株式会社「Japan IT Week 2024(ソフトウェア&アプリ開発展【秋】)出展レポート」(2024年11月1日)
https://www.saishunkansys.com/information/company-it/news/jiw_2024_autumn/株式会社ワイドテック「Japan IT Week 2025 春 出展報告」(2025年4月)
https://www.widetec.com/category/eventNexdrive「【展示会レポート】Japan IT Week 春 2025」(2025年4月24日)
https://nexdrive.co.jp/blog/japan-it-week-spring-2025株式会社弘久社「コロナ禍における展示会状況」弘久社通信 (2020年)
https://www.kokyusha.com/media/uncategorized/a26株式会社マイノリティ「コロナ禍での営業・マーケティング施策に関する調査」(2022年1月13日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000087276.htmlBeMARKE「来場者数の減っている展示会に出展する意味はありますか?」(2023年2月16日)
https://be-marke.jp/articles/qa-trade-showプロモットワークス「【2024年6月-7月開催】展示会 来場者数の実績 結果一覧データ(前年比)」(2024年8月31日)
https://promotworks.com/202406-07_comparison/展示会とMICE「【レポート】JIMTOF2024が東京ビッグサイトで開催」(2024年11月11日)
https://www.eventbiz.net/?p=147246Japan Mobility Show「歴史」公式サイト
https://www.japan-mobility-show.com/history/Wonderline株式会社「自動車展示会を一挙公開|事業成長のための展示会の選び方」(2024年9月9日)
https://www.wonderline.cloud/blog/automotive-exhibitions-at-a-glance株式会社トーガシ「展示会出展費用の内訳と相場は?質を落とさずコストを落す方法」(2025年)
https://www.tohgashi.co.jp/magazine/event_cost/アイミツ「展示会の出展費用と料金相場【2025年最新版】」(2025年)
https://imitsu.jp/cost/event-planning/article/exhibitionBtoBマーケティング研究所「展示会の出展料の相場は?内訳と費用を抑えるコツも紹介」(2024年10月23日)
https://btobmarketinglab.com/2024/10/23/exhibition-price/日本経済団体連合会「ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応」(2012年)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2012/032_honbun.pdf
向井俊介
ウェルディレクション合同会社 代表社員
事業構想大学院大学 客員教授
国内大手IT企業から外資系企業まで20年にわたりB2B営業の最前線で結果を出し続けてきた。グローバルNo.1プレイヤー・No.1マネージャーを複数回受賞し、400%成長を牽引。2020年、その実践知を体系化すべくウェルディレクションを創業。「自走できる営業組織をつくる」ことを目的に、業種・規模を問わず大手企業の営業変革を支援。2023年、社会構想大学院大学で実務教育学修士号を取得し、実践と理論を融合。現在は事業構想大学院大学客員教授として、属人的とされる営業の本質を言語化し、再現性ある成長モデルを提供している。
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