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高卒から30歳で東大受験を決意し、33歳で合格した男の話・後編【自己紹介】

中編では引きこもりを脱却し、いよいよ就職するところまで書きました。
この記事は前編・中編からの続きです。
未読の方は以下のリンクからどうぞ。

さて、私が就職したのは某大手個別指導塾のフランチャイズ教室でした。当時は近隣に集団塾しかなく、地域で初めての個別型だったため、オープンしてから順調に生徒数が増えていきました。しかし生徒数の増加とともに、人員不足の問題が発生します。

一般的な個別指導塾では、授業をアルバイト講師が受け持つことが多いです。たいていの場合は大学生のバイトです。田舎でも近くに大学のあるところや、それこそ都会であれば募集をかければいくらでも応募があるでしょうが、私が働いていた教室は近くに大学もなく、かなりの田舎でそもそも人がいないため、慢性的な講師不足に陥りました。

私が入社して2年目から教室長になり、本来であれば授業をアルバイト講師に任せて運営管理の仕事に集中しなければならないのですが、生徒の数に対してあまりに講師が少ないため、誰よりも自分で授業を受け持ちながら管理業もこなすという状態になりました。

当然ながら通常の勤務時間内に仕事が片付くわけもなく、毎日残業の日々です。時には教室に泊まり込んで残務処理をすることもありました。塾業界はけっこうブラック気味な世界ですが、私が勤めていた会社も限りなくブラックに近いところで、残業代は出ず有休もありませんでした。毎週日曜だけ休みでしたが、その休みも毎月最低一回は何らかの研修や会議、出張で潰れます。

3年目も生徒数はどんどん増えて、さすがに正社員が私一人では回らなくなってきたので新入社員を採用するのですが、私が元々「仕事は見て学べ、自分で考えて動け」という昔気質のダメ上司であったのと、そもそも忙しすぎて丁寧に指導する暇もなかったこと、加えて会社のブラック体質の三拍子で、みんな入社したそばから辞めていきます。

それでも増え続ける生徒と積み重なる仕事、会社からのノルマ達成へのプレッシャー、誰も助けてくれないという孤独感…。ついに入社4年目に入ったところで限界がきました。

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過労でダウン

ある朝のことです。目が覚めて、さあ起きて支度しようと思ったら、体がまったく動きません。まるで金縛りにあったかのようです。頭の中では「早くしないと仕事に遅れる」と思っているのですが、体がそれを拒否しているかのようでした。20~30分はそのままだったでしょうか。何とか起き上がってみたものの、全身がずっしり重く、何をするにもだるい状態です。そこで「ああ自分は本当は仕事に行きたくないんだ」という心の内なる声に気づきます。

それでもどうにかこうにか教室まで車を走らせましたが、今度は駐車場に車を停めてから体が動きません。あそこに入ったらまた仕事の山が待っているんだと思うと、どうにも足が向かわないのです。ただ、仕事や会社は嫌でも、勉強を教えることだけは好きでした。教え子が自分や講師の人たちの授業を待ってくれているのを裏切ることだけはできなかったので、その使命感だけで何とか重い足取りで教室の扉を開けました。

結局その日は授業だけ済ませ、翌日精神科に行って診察してもらったところ、案の定うつ病と診断されました。薬を処方してもらい、医師から「一ヶ月は休んでください」と言われます。

会社に病状と診断結果を伝えたところ、予想通り「お前が休んだら誰が代わりをするんだ。何とか頑張れ」という反応でしたが、私の自殺でもしかねないただならぬ雰囲気を感じたのか「すぐには無理だが、何とか近い内にサポート体制を整える」という約束だけはしてもらいました。

実際は自殺なんて全く考えていませんでしたが、食欲も気力もなく、身長171cmに対して体重は46kgになるまでやつれ、目はうつろ。ストレスで相当白髪も増えました。確かに傍目には自殺してもおかしくなさそうに映ったことでしょう。

それでもこの数か月後、実際に他の教室から別の社員がサポートに来てくれるようになったことで、何とか教室運営と私の気力体力は元に戻ることになります。この元の状態まで回復する数か月の間、私は今後の身の振り方に色々と考えを巡らせていました。

先に述べたように、私は管理業務よりも生徒に勉強を教える方が圧倒的に好きでした。自分なりに指導法や児童心理なども色々勉強し、実際に生徒や保護者からの評判も上々でした。このまま学習指導のスキルを究めて、もっと生徒や保護者に喜んでもらいたいという思いは年々強くなっていきました。しかし、このまま会社に残っても出世すればするほど指導の現場から離れ、管理業務に追われる破目になり、なおかつ部下の指導は下手クソときています。

「会社を辞めて予備校講師みたいに自分のスキル一本で勝負したいなぁ…。しかし学歴は高卒だし、独立しても信用が得られんよなぁ…。かといって、このまま会社に残っても精神的にも肉体的にも長続きせんわなぁ…」と逡巡する日々です。そんな折、私の教室にある高3の入塾希望の生徒がやってきました。

「あの、ぼく東大を受験したいんですけど。」

この出会いが分岐点になりました。

都会と違い、田舎では出身大学よりも、どこの高校を出たかということの方が就職や周りの評判に影響することがあります。特に上の世代の方は出身高校を重視する傾向にあります。そのため、保護者も高校受験さえちゃんとしてくれれば後はどうでもいいというマインドになりがちで、その高校受験対策も、部活を引退した中3の7月や8月から始めるというケースが多いです。

私の教室もこのような教育熱が高くない地域にあり、高校受験が終わったら大半の中3生は塾を辞めるため、高校生の生徒はほとんどいませんでした。そのわずかに在籍している高校生も、目指す大学はそこまで偏差値が高くないところばかりだったので、この東大志望の子が来た時は本当にビックリしました。もちろんそんな難関大を目指す子は、私の教室では初めてです。

偶然にもちょうどその時マンガの初代ドラゴン桜を読んでいたこともあり、「今まで積み重ねてきた知識と指導スキルを発揮する時が来た!この子を全力でサポートして受からせる!」と意気込んで、私の教室で受け持つことになりました。

指導科目は日本史と英語が中心でしたが、その時は京大卒の講師や学芸員の資格を持つ講師など、東大レベルの指導ができる講師が運よくいました。講師全員で協力して一生懸命サポートし、私も東大やICUなど志望校の英語過去問分析を一部担当するなどしました。

その子もまた我々講師陣をとても信頼してくれて、順調に力をつけていきました。そのままいい調子で受験に臨んでいったのですが、しかし、センター試験の出来がもう一つ振るわなかったことも響き、残念ながら東大は不合格という結果に終わってしまったのです。

その子も保護者の方もこちらの指導には満足していただき、別の大学に進学したその子は夏休みに帰郷した際に教室に遊びに来てくれたり、長期休みの期間だけアルバイト講師として助けてくれたりと、退塾後もいい関係が築けました。

そんな風に、受からせることができなかったにも関わらず、恨むどころか感謝さえしてもらったのですが、私の心は複雑でした。当然ながら、教室全体で出来るバックアップとしてはベストを尽くしました。しかし、結果は不合格です。

一般に、大手予備校は別として、個別指導塾は集団塾と比べて月謝が割高です。なおかつ、地方は低所得層の世帯が多く、週一回通うだけでも決して気軽に出せるような金額ではありません。私自身は子どもの頃に塾に行ったことはなく相場を知らなかったので、入社して月謝の金額一覧を見た時、あまりの高さにびっくりしたほどです。その月謝に対して十分なサービスを提供できているのかと、入社してから毎日のように自問していました。

そんな高い月謝を貰いながら、結果が不合格です。感謝はしてもらったものの、これでいいのか…と心底悩みました。

またこの時に困ったのが、自身の受験経験の欠如でした。私は高3の5月に進路が決定してしまったため、大学受験と受験勉強の経験がありません。当然この仕事を始めるにあたって、そこがネックになることは分かっていたため、本やら雑誌やらで様々な受験のための対策、試験前や当日の過ごし方等を勉強してきました。しかし自分で直接経験したわけではないので、どうしてもイメージが湧きにくいところがあり、生徒へアドバイスする際に言葉に力がこもりませんでした。

また、学力のなさもこの時に痛感させられます。当時私も東大英語の対策を一部指導しましたが、正直その時点では余裕で解けるというほどではありませんでした。センター試験(現・大学入試共通テスト)なら20分くらい余らせてほぼ毎回安定して満点かそれに近い点は取れましたが、さすがにレベルが違います。

「このまま勉強を教える仕事を続けるなら、もうこんな思いはしたくない。まず自分が東大だろうがどこだろうが、自信をもって指導できるだけの学力を身につけなければ生徒や保護者に対して失礼だ。それに、大学受験を自分で一度経験しないと、本物の生きたアドバイスも出来ない。そのためには、まず自分が日本で一番の難関とされる東大に行けるように勉強しよう。」

こうして私は入社5年目の30歳で東大受験を決意し、会社に辞表を出しました。

事情を説明して、会社には同じ教室でアルバイト講師として契約を切り替えてもらい、空いた時間で自分が勉強する傍ら、夕方から授業を受け持って生徒の指導をするという毎日を送るようになります。

大学に入ってからは英語の歴史や言語学を勉強してみたいと思ったので、目標を文科三類(一類は法学、二類は経済学がメイン)に定め、ドラゴン桜の影響で「俺も一年で受かってやるぜ!」と意気込んで勉強しました。

しかし受験一年目は合格最低点からマイナス12点、二年目はマイナス8点という結果に終わり、三年目で何とか合格を掴みとります。

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ギリギリでしたが、3年目でやっと…

予定より時間はかかりましたが、この3年間の受験勉強の経験は何にも代えがたい財産になりました。大学に入ってから改めて塾講師や家庭教師として学習指導に携わりましたが、それまでと比べて指導の時の言葉にこもる力がまったく違います。

今でも同じ仕事を続けていますが、生徒や保護者の方に勉強に関する心からのアドバイスが、自信をもって出来ることに本当に喜びを感じます。

ちなみに東大を目指したのは他にも「今まで本気で勉強したことがなかったから、自分が全力を出したらどのレベルまで行けるのか試してみたい」とか、「東大ならこの歳で行っても箔がつくだろうから、今後のキャリアでもプラスになるだろう」とか、「大学生活や授業内容ってどんなものなのか知ってみたい」などという個人的な理由もあったので、完全なキレイごとではありません。

ただ、きっかけとなった「生徒と保護者に対してもらった金額以上の価値のあるサービスを提供したい、そのために学力と受験経験を身につけなければいけない」という思いに嘘はありません。「東大に行きたい」と自分の教室の扉を叩いてくれたあの生徒との出会いには、本当に感謝しています。

ここまでが、私が東大に合格するまでの一連の経緯です。

勉強のモチベーション管理や、私がどんな教材とスケジュールで受験勉強をしたかという点については別の記事にまとめましたので、よろしければ以下のリンクからどうぞ。

ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。


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コメント

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May's notebook
May's notebook

こんにちは。めいと申します。
青戸一之さんの文章を拝見し、とても感動しました。
その決意に、深く励まされました。
もし可能であれば、青戸一之さんの文章を中国語に翻訳し、中国のSNSに転載してもよろしいでしょうか?
文章の冒頭と最後にお名前とリンクを明記いたします。
本当に素晴らしい文章をありがとうございました。

青戸 一之
青戸 一之

Mayさん、読んでいただきありがとうございます!
つたない文章ですが、何か感じていただけるものがあったなら嬉しいです。
翻訳の件についてはお気持ちは嬉しいのですが、諸事情につき丁重にお断りさせていただきます。ご期待に添えられずにすみません。

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