「男脳」「女脳」はなかった? 最新科学が迫る「脳の性差」の真実
かつて世界的なベストセラーになった「脳の性差(性別による違い)」に関する本がある。『話を聞かない男、地図が読めない女』(アラン・ピーズ/ バーバラ・ピーズ著、主婦の友社)だ。
副題に「男脳・女脳が『謎』を解く」とあるように、軽妙な語り口で男女のすれ違いを「脳の違い」で説明し、人気を博した。男女の脳には明確な違いがあるとの認識が社会に広まるきっかけの一つになったと言える。
日本での初版から25年。今も類似本が出続けてはいるが、実は現在の科学者の多くは、脳の構造や機能に男女間の違いはほとんどなく、部分的に違いがあったとしてもごくわずかだと考えている。つまり、「男脳」「女脳」は科学的根拠に基づかない俗説なのだ。
「脳の性差」をめぐる科学的な理解はどのように進展してきたのか。また、性差に関する研究は社会にどんな形で生かされるのか。
性差を分析することで新たな知やイノベーションを生み出す「ジェンダード・イノベーション」の潮流を紹介する本連載。今回から3回にわたり「脳の性差」にフォーカスする。
科学ジャーナリスト 須田桃子
脳は男性の方が重いが、知能には無関係
ヒトの脳の性差についての科学的な研究は、主に「①全体の重さや体積」「②構造」「③機能」―の3つの観点で進められてきた。
この中で明確に違いが認められているのは①の重さだ。
男性の脳は平均で女性より10~15%ほど、重量にすると100gほど重いとされる。19世紀の解剖学者や人類学者は、こうした脳の重さや頭蓋容積の差から「男性の方が女性より知能が高い」と主張し、その影響は20世紀半ばまで続いた。
だが、脳の重さの違いは基本的に体格差によるもので、体重あたりに換算すると差はほとんどない。それに重さだけみれば、ゾウやクジラの脳の方がヒトより重い。
今では重さと知能との相関関係は極めて弱いことが分かっている。ちなみに天才物理学者アインシュタイン の脳の重さは1230gで、平均的な女性と同じくらいの重さだ。
構造や機能は性差より個人差が大きい
②の構造 についてはどうか。脳は主には大脳、小脳、脳幹に分かれる。
脳の大部分を占め、高次な精神活動をつかさどる大脳にはさまざまな領域があり、領域ごとに記憶や判断、言語理解などのさまざまな機能を担っている。
これまで、生きた人の体内を可視化できるMRI(磁気共鳴画像法)を用いて、脳の構造、つまり各領域の体積や厚み、形態などを調べる研究が行われてきた。
「脳の構造に性差がある」と報告した初期の研究でよく知られているのが、ハーバード大学医学部 のジル・ゴールドスタイン教授らによる2001年の論文 だ。
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