403.幕間 サンドラの話
2024/09/15 修正しました。
「――ユシータ、届け物」
「――え?」
派閥の仲間と朝食を取っていた、ユシータが振り返ると。
カシスが立っていた。
布に包んだ長い板を二つ持って。
「合理の派閥」が拠点としている地下迷宮。
出入り口に近い一室は、広間となっている。
派閥のメンバーが集まる時は、だいたいここだ。
また、隣に台所がある。
だからここで食事をすることもできる。
言わば休憩室、あるいはダイニングである。
「私に?」
「ええ。今『調和』の代表が来て、渡していった。あと手紙も」
「そう。ありがとう」
「ねえ、これ何?」
板を差し出すカシスに聞かれた。
同じテーブルに着いている友人たちも、興味津々という顔だ。
「たぶん飛行盤だね」
「調和の代表」シロトが来たらしい。
彼女とは一週間くらい前に会った。
例の試乗会で。
きっと正式に発売が始まったのだろう。
だから渡しに来たわけだ。
「飛行盤?」
「見ていいよ」
飛行盤のことは仲間たちに任せ、ユシータは手紙を開く。
「――何これ?」
「――飛行盤、でしょ? 飛行盤っていうくらいだから、飛ぶんじゃない?」
「――飛ぶ? ……飛ぶ!?」
仲間たちが騒ぎ。
同じ広間にいた者たちが、なんだなんだと近寄ってくる。
その横で、ユシータは手紙の確認だ。
内容は短い。
やはり特許を得て販売が始まったことが書かれている。
それと。
正式名称は「魔道式飛行盤」に決まり。
お礼を兼ねて、試乗会に拘わった者、皆に完成品を渡すことに決めたそうだ。
「調和」のオースディだけに試作品を渡すのは不公平だから。
彼にも「売る」のではなく。
全員に配る、という形にしたらしい。
追伸で「これ見よがしに乗り回して、ぜひ販促をお願いする。」と書かれていた。
「そっか……」
シロトらの意図はわかった。
貰えるのは嬉しいが。
しかしユシータは、これは得意じゃない。
バランス感覚が悪いと思ったことはないが。
案外悪いのかもしれない。
練習するべきか。
何せ飛ぶのだ、乗れれば非常に便利である。
それとも、乗りやすい形に改造するのが無難だろうか。
確か円盤型なら安定するとか言っていたが……。
「ちょっと乗ってみようぜ」
「この足跡のところに足乗せて、魔力を通せば飛べると見た」
「――あ、待った待った」
ユシータは仲間たちを止める。
試すのはいい。
だがここは屋内だ、さすがにここで乗るのはまずい。
落ちたら大惨事である。
それに加えて。
「それ、私用だから。水属性しか使えないと思う。
あと乗るなら外で乗ってね」
全属性分は作れるはず。
しかし、属性ごとに構造が違う、という話だったはず。
魔術師なら誰でも乗れるが。
しかし、専用の飛行盤が必要なのだ。
「え? 水?」
「そっか。じゃあ私が乗っちゃおうかな」
わいわい言いながら、メンバーは休憩室を出て行った。
残ったのはユシータとカシス、そして数名だけ。
一緒に食事していた友人たちも行ってしまったようだ。
「あんたは行かないの?」
と、まだ一枚板を持っているカシスが問う。
「私あれ苦手なのよ」
試乗会で散々落ちた。
あの時は草原だったから、まだいいが。
硬い地面の上で乗りたいとは、絶対に思えない。
「カシス、もう一つは誰に渡すの?」
「うちの代表。――あの時の用件が今わかった、って感じ」
「あの時?」
「ユシータ、飛行盤に試しで乗ったんでしょ?
それに代表も誘われたみたいでね。
そのお誘いの手紙を私が渡したの。読む時も傍にいたしね」
そして今、また。
飛行盤やら手紙やら渡すよう、カシスが言付かったわけか。
なんだか縁がある話だ。
「これ飛ぶの?」
「飛ぶよ。結構制約もあるから、風属性ほど自由ってわけじゃないけどね」
「ふーん」
しげしげと、ルルォメットに渡す予定の板を見詰めるカシス。
「風属性としては微妙?」
「ん? ぜーんぜん。私の『飛行』を超えてるとは思わないから」
なるほど、とユシータは頷く。
カシスは性格はアレだが、魔術の腕は非常にいい。
特に「飛行」だ。
三派閥あわせてもトップクラスだろう。
「それよりこれ、誰が作っ――」
と、カシスが何か言い掛けたところで。
「――ユシータいるか!?」
同じ派閥のサンドラがやってきた。
小脇に飛行盤を抱えて。
そして、さっき出て行ったメンバーたちも続く。
「返せ」だの「持ってくなバカ」とか言いながら。
「ここ。どしたの?」
手を上げると、彼女はまっすぐにやってきて。
なんだか土汚れだらけの姿で、言った。
「これ、しばらく貸してくれ!」
「飛行盤?」
「ああ! 私たぶん、これで魔力のコントロールが身に付きそうだ!」
「え?」
聞くところによると。
あれこれやっていた集団に乱入したサンドラは、試しに乗ってみて。
動かせなかったらしい。
飛行盤は、魔力を流して操作する。
魔力のコントロールが非常に苦手なサンドラは、強い魔力を流したせいで、反応しなかったらしい。
恐らく事故防止の制御機能に引っ掛かったのだろう。
少しずつ魔力を弱めることで……今度は急発進して、直後に落ちたらしい。ごろごろ地面を転がったらしい。
で、今に至る、と。
「練習の仕方さえわからなかった魔力の操作だが、これならできると思うんだ!
弱い力じゃないと動かせない! その感覚を憶えたい!」
大出力の魔術が得意なサンドラ。
大規模魔術に限れば、彼女ほどの魔術師は稀有である。
しかしその反面、細かな操作は苦手だ。
だから、大出力が必要ない開発や実験には向かない。
特に細かい、ちまちました作業は致命的に向いていない。
そのせいで、毎年単位に難儀しているのは、皆が知っていることだ。
ゆえに協力したり実験に混ぜたりもするが……。
……一応本人も、悩んではいたらしい。
「まあ、貸すくらいならいいよ」
ユシータは、飛行盤が苦手で。
サンドラは、己の問題解決、欠点克服のために欲している。
ならば、断る理由はない。
「あ、ありがとな!」
――そしてこの日の夕方。
真っ二つに折れた飛行盤が、ユシータの手元に戻ってくることになる。
サンドラ・ドナ・アコビスタ。
アクサリス王国の辺境伯の娘。
王家の血を引いている、歴としたアコビスタ家の姫君である。
魔道式飛行盤。
後にサンドラは「運命の出会いだった」と語る。
実際、大きな影響を与えた。
細かい魔力操作が必要な魔道具との出会い。
直感で感じた通りだ。
これを通して、サンドラは魔力のコントロールを身に着けることに成功する。
ただし。
「――貰い物なんだけど!」
「――ごめん! ほんとごめん!」
犠牲になる飛行盤の数は、少なくなかった。