390.爆発で飛ぶやつ
その時、ロジーは執務室にいた。
「――お?」
書類から目を離し、伸びをする。
長い時間、同じ態勢でいたせいで、凝り固まった身体が痛い。
その拍子に、視界の端に動く物が入った。
窓の向こうだ。
浅黒い肌の子供が、ドアのような板に乗って滑空していた。
「……また面白いものを作ったものだ」
今、義娘とクノンが何をしているかは、知っている。
最初は軽い気持ちで、無責任なアイデアを放り込んでやった。
何かしら始めるきっかけになれば、と。
本当に、火や土で飛ぶ方法を編み出したらしい。
どれ、ちょっと様子を見に――いや。
結局ロジーは、立ち上がることはなく。
また書類仕事を再開した。
――だって、あそこにはグレイちゃんがいるから。
拘わるのは、夜の押しかけ助手だけで充分だ。
本当に恐れ多いから。
「――これ、私でも乗れるかな……?」
ひとっ飛びしたグレイちゃんから、乗り心地や改良案を聞いている傍で。
アイオンは興味を示した。
乗りたそうな顔でシロトが持っている、熱源型飛行盤に。
「あ、魔属性なら大丈夫だと思いますよ」
グレイちゃんの言葉をメモしつつ、クノンはアイオンに顔を向ける。
「そちらの感想も欲しいので、ぜひ乗ってください。
火を入れるところに少し水分を入れて、それを焼け石とか溶岩とか、熱いものに変えてください。
重さは必要ないです。あくまでも熱で動きますから」
「なるほど、土魔術で飛べってことね……」
「ええ。全レディが持っている全紳士を愛する情熱があれば、空も飛べると証明してほしいな」
「いや情熱では飛べないだろう」
と、シロトから鋭い一言があったりなかったりしつつ。
アイオンは、乗る準備を始める。
「グレイちゃん、ちょっと待ってくださいね」
今はアイオンの飛びっぷりを見たい。
見えないが。
「うん。ちゃんと土で飛べるといいね」
グレイちゃんも、その辺は少し気になるらしい。
飛行盤を地面に置き。
足跡に両足を乗せ、魔力を注ぎ、浮き上がる。
「あ……確かにわかる、かも」
魔力を吹き込む。
己の魔力が、飛行盤の術式と繋がることで、なんとなく理解できる。
構造が単純だからだ。
言葉にはしづらいかもしれないが。
隅々まで、魔力の流れを感じるのだと思う。
魔力で触れる。
そんな表現が近いのではないか、とクノンは思っている。
「足の下の空洞に、熱を……」
すーっと。
飛行盤が滑るように進み出した。
傍目にはわからないが、アイオンが操作し始めたのだろう。
「お、あ、おぉ、お、お、あ、……あ、そうか」
ふらふらして。
地面に落ちそうになったり。
また急上昇したり。
かなり不安定で、ぐらぐらしつつ。
近くで見ていた造魔犬グルミが、嬉しそうに追い掛けつつ。
すぐに安定した。
さすが強肩のアイオン。
やはり運動神経がいいし、バランス感覚にも優れているのだろう。
速度こそあまり上げないが。
危なげない乗りこなしで、その辺を一周して戻ってきた。
「――これは作る。私はこれを作る」
三人の前で降り立ち、足元にグルミをまとわりつかせつつ。
宣言した。
「私の『桃色の浮遊板』より、圧倒的に乗りやすい。操作も簡単。私なんであんなにひねったんだろ。もっと簡略化できたのに。これと比べたら私の魔道具なんて無駄の集大成だよ。しかも操作も難しいし。作った私でさえ何度も落ちたことあるのに。……なんでこれを思いついたのが、私じゃないのか……こんなに簡単な術式なのに……なんで思いつかなかった……」
感想を窺えば、愚痴のようになっていくが。
まあ、よくあることだ。
これを考えたのが自分だったらよかったのに。
これなら自分でも考えられたはずなのに。
クノンもたくさんある。
特に魔道具のアイデアは、かなり頻繁に。
――「もうある」「すでに作った」「似たようなのあるぞ」と。
まだ魔術学校に入学する前。
師ゼオンリーに散々言われた言葉だ。
一つ実用的な物を生み出すのに。
三十や四十は、実用的じゃない物を考えついている。
魔道具造り、だけでなく。
何かしら作り出す者の宿命なのではないかと思う。
そもそもを言えば、アイオンの発明があったから生まれたものだ。
そこまで卑下しなくても――
「ひぇっ」
ぺしーんと音がして、アイオンが悲鳴を上げた。
「腐ってても何もならないよ! それより今度はこっちの魔道具試そうよ!」
――グレイちゃんに尻を叩かれたのだが、クノンには見えなかった。
「う、うん。そうだね。うんそうだね。うん」
まあ、アイオンが元気になったので、問題ないだろう。
若干動揺しているようだが。
「シロトお姉ちゃんから説明は聞いたけど、個人的にはこっちの方が面白そうだね」
我が意を得たり。
クノンは力強く頷いた。
「そうだよね! 爆発とかいいよね!」
そう、クノンの楽しみはこちらのはずだ。
飛行盤が思った以上に評判がよくて、忘れていたが。
クノンの本命は、こっちのフラスコ型である。
「なあ、本当に大丈夫か? 設計上は大丈夫なはずだが、確証はないぞ。
飛べる私が試した方がよくないか?」
シロトとアイオンが作った魔道具なのだが。
しかし、彼女はずっと事故や失敗の心配をしている。
完全に一人乗りなので、同乗も難しいのだ。
無論、もしもの時はシロトが救助へ行く予定ではあるが。
もちろんクノンだって、事故は怖い。
シロトの心配はわかるつもりだ。
だが、今回は無用だ。
本当に無用なのだ。
「大丈夫だよ! 殺せるもんなら殺してみろって常に思ってるから!」
そう、乗るのはグレイちゃんだから。
「私を殺せたら大したもんだよ!」
間違いなくそうだと思う。
彼女は、世界一の魔女だ。
周辺三国を一人で相手取って戦乱時代を超えてきた、偉大な魔術師だ。
「冗談でも物騒なことを言うな。
この世は広いんだ、自分より上は確実にいるんだぞ」
シロトは真っ当なことを言っている。
……上はいるだろうか、という感じである。
たぶん、生憎、きっと。
彼女が頂点だ。
比類する者なき、一番上だ。
「じゃ、じゃあ、早速試そうか!」
真っ当な言葉の、唯一例外。
それがグレイちゃんである。
だから、何も響くものがない。
しらーっとした空気をぶち壊すために、クノンは声を上げた。
「さっき説明したが、もう一度だけ簡単に説明する」
失敗や事故が怖いので、シロトは念を押す。
今度はクノンとアイオンも聞いている。
だから、そのまま説明してもらうことにした。
「まず、この魔道具の名前は、打ち上げ式飛行落下傘という。
最下部に点火し、爆発の力で一気に高く打ち上がるんだ。
その際、一番下は地面に残る。
言わば発射台だと思ってくれ」
次に、とシロトはその上部を指す。
「グレイはここに乗ることになる。
絶対に手摺りから手を離さないこと。危ないからな。
爆発による上昇が終わったら、上の傘が開く。
そこから第二段階だ。
この中央の柱の中に燃料が入っていて、ここに点火すると、上の傘が回るんだ。
熱で回転速度が変わり、回転数を増せば上へ行こうとする。
ここの火力で、上昇と下降を調整する。
ただ、燃料の減りもどれくらいか想像ができない。
空高くで燃料が尽きたら、落ちるだけになる。
だから今回は上昇は諦めて、ゆっくり落下してきてほしい。
街中に落ちて、誰かが巻き込まれたら大変だからな」
それもグレイちゃんならどうとでもしそうだが。
まあ、黙って聞いておく。
「ここのレバーが傘と直結している。
これを前後左右に動かすことで、移動できるんだ。
前に進みたい時は手前に引いて、傘を前方に傾ける。
後ろはその逆だ。
今のところは、これだけ憶えておけばいい。
いざとなったら私が助けに行くから、あまり無茶な操作はしないでくれ」
「全部わかったよ!」
やはりグレイちゃんはいい返事を返した。
でも、今いい返事は、なんだか不安を搔き立てる。
本当にわかっているのか。
聞いていたのか、と。
――もちろん、本当に全部わかっていると思う。
だってグレイちゃんだから。
その時、ロジーは執務室にいた。
造魔関係の記録を捲りつつ、確認作業をしていた。
顧客の造魔部位のメンテナンスや、新しい生体パーツの交換時期の確認。
ロジーの財政を支え、また実験費用となる仕事である。
これらを疎かにすることはできない。
さて、次の顧客は――
ドォォォォォォォン!
「なっ――!?」
すぐ近くから、とんでもない爆発音がした。
地面が揺れた。
屋敷が揺れた。
ビリビリと窓ガラスが振動している。
驚きのあまり、ロジーは立ち上がってしまった。
今や、ほぼ自在に動かせるようになった足で。
可能な限り素早く、窓際へ近づき。
それを、見た。
炎の尾を引き、上空へ高く高く飛んでいく、何かを。
唖然として見上げていると。
上空に行った何かが、開いた。
そう、開いた。
つぼみが花開いたかのように。
「……な、なんだ?」
爆発は終わった。
まだ残響が残っている気がする。
――今度ばかりは、行かずにはいられなかった。
いったい人の庭先で何をしているのか。
確かめねばならない。