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387.強肩を悔いるばかり





「――そぉぉぉい!」


 思ったより腰が入ったフォーム。

 安定した下半身。

 そして、普段の小さな声が嘘のような、逞しい声。


 アイオンの手から投げられた「水球」が飛んでいく。

 潰れも破裂もしないぐにゃぐにゃの球は、とんでもない速さで一直線だ。


 それを、造魔犬グルミが大喜びで追って行く。


 どうもアイオンは、運動神経がいいらしい。

 なんというか、印象とは真逆というか、意外である。


 そんな犬と戯れるアイオンの横で。


「それは飛ぶというよりは――」


「でも永続する動力って――」


 クノンとシロトは意見を交わす。


 色々と案は出るが。

 二人が共通して念頭に置いているのは、単純な構造だ。


 最初は単純な構造でいい。


 難しいのは、単純な構造ができてからでいいのだ。

 まず造るのは、誰しもにわかりやすい、改良の余地があるものでいいのだ。


 最終的な完成品は、使用する者の意見が必要になる。


 火、土の魔術師の意見がいる。

 クノンらでは詰められない部分もあるだろう。


「――もっと遠く? もっと遠くがいい? え? 向こう? ……グレイちゃんがいる方はやめた方がいいんじゃないかな……向こうがいいの? 本当に?


 う、ううん……まあいいか……」


 横で、絶対よくない話が進んでいる気がするが。


 クノンらの耳には入っているものの。

 肝心の内容が入らない。


 今、二人の頭の中は、空を飛ぶ方法で一杯だ。


「――そぉぉぉぉぉい!!」


 アイオンが投げた「水球」は。

 変形するほどの強烈な回転が掛かり、ぐんぐん伸びていった。


 グルミは嬉しそうに走り出す。





「なんとなく見えてきたな」


「そうですね」


 途中からメモを取りつつ、段々形がまとまっていく。


 何枚も雑に、完成予想図を描く。

 構造、機能、動力。


 何枚も何枚も描き。

 何枚も何枚も書き直し。


 ようやく、これといった形ができた。


 あとは小さな試作品を作って。

 それから、人が乗れる物を造ることになる。


 形を造り、実際に試して。

 問題点を浮き彫りにして、直していく。


 とにかく試作品一号ができれば、話は進むはずだ。


「……あれ? 話、まとまった?」


 ――案が出なくなったら、アイオンの知恵を借りたい。


 そう約束して。

 犬と戯れながら、アイオンは待っていたのだが。


 どうやら終わってしまったらしい。


 こうなると、なぜ呼び止められたのかわからないのだが。


「アイオンさん、こんな感じです」


「ん?」


 クノンがメモを渡すと……アイオンの瞳が真剣味を帯びる。


 魔道具造りが得意というだけあって、興味を持ってくれたらしい。


「へえ……面白いね。ふうん。


 ……想像通りに飛べるかどうかは別として、構造的には火と土で飛ぶんだね」


 色々と必要なのは間違いない。

 だが、火と土の魔術師が飛ぶのを想定して考えた。


「火や土で飛ぶなんて、考えたこともなかったな……。


 でもこういうのを見ると、やっぱり風が向いてるよね」


 と、アイオンはシロトを見る。


「風ですか?」


「うん。魔術単体で飛べるのは、風属性の強みだよね。


 ほかの属性じゃ無理だし。

 私も魔道具が必要だし」


「あ、僕も飛べますけど。水魔術単体で」


「えっ。……えっ!?」


 まだ付き合いの浅いアイオンである。

 まだまだクノンの魔術を知らないのである。


 そして。


 このタイミングで、彼女はやってきた。


「――さっきからなんでこっちに球飛んでくるの? なんなの? 私に構って欲しいの?」


 そう、グレイちゃんだ。


 怖いくらいの笑顔で。

 クノンが作った「水球」を持って。

 グルミを従えて。


 しっぽが垂れ下がっている。

 さっきまで走り回って遊んでいた姿が嘘のようだ。


「水球」が飛んだ先で、何かしらあったのかもしれない。


 たとえば、桶にいるグレイちゃんに当たったとか。

 そこにグルミが突撃したとか。


 そんなことが、あったのかもしれない。


「誰? シロトお姉ちゃん? シロトお姉ちゃんがこれ飛ばしたの?」


「いや、私じゃないが」


 まあ、事実である。


「じゃあクノンお兄ちゃんかな? これお兄ちゃんの魔術でしょ?」


「い、いえ、僕の魔術だけど僕は飛ばしてない、です」


 グレイちゃんの笑顔が怖い。

 満面の笑顔が怖すぎて、クノンは事実を述べるので精一杯だ。


「……じゃあアイオンお姉ちゃんかな?」


 すっと。

 グレイちゃんの笑顔が消えて。

 真顔になって。


 その視線は、直弟子であるアイオンに向かっている。


「……あの……そちらの犬にせがまれたもので……」


 苦しい。

 それも事実なのだが。


 グルミがアイオンの袖を引っ張って。

 走る方向に鼻先を向け。

 あっちに投げろとばかりに催促していたのだが。


 でも、苦しい言い訳だ。

 事実なのに。


「ふうん? 犬のワガママを聞いたの? 優しいんだね?」


「……」


 とんでもない圧だ。


 普段は子供扱いしている、何も知らないシロトでさえ口を挟めないほどに。


「――まあいい。


 何をしているかは知らんが、ちゃんと面倒を見てやれよ」


「水球」を投げ渡し、落ち込むグルミを一撫でして。

 グレイちゃんは来た道を戻っていった。


 ……危なかった。怖かった。


 ほっと息を吐くクノンとアイオンの横で、シロトは呟く。


「……やはり反抗期かな?」


 いいかげん彼女にも知らせるべきかもしれない。





「……まあ、面倒見ろって言われちゃったしね……」


 やることもあるし。

 本当に、あまり拘わるつもりはなかったのだが。


 師に言われてしまった以上、アイオンも参加することになった。


 調子に乗って犬と戯れていたせいか。

 己の強肩を悔いるばかりだ。





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― 新着の感想 ―
読み返して気づいたけど、 掛け声がフロランタンと同じで、 なんか……嬉しかった(´∀`*)ケラケラ
この作品のこういうシュールなギャグ好き
頭ピンクなパワフルヤンデレディか。 癖が強過ぎてゼオンリーにちょうど良い気がしてきた。
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