クソ生意気な後輩千切豹馬が私を追いかけてくる。
クソ生意気な後輩千切豹馬が先輩にぐいぐい迫る話。
浜辺で私を捕まえてご覧なさいをやってみたかっただけなのに50m走5,77の後輩に3秒で捕まった話、というリクエストをいただき書かせていただきました。
⚠︎某少女漫画パロディです。
リクエストありがとうございました。
感想いただけたら嬉しいです。
https://t.co/EJP0RN6BF5
後輩千切は良い。
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「先輩」
千切くんが私を呼ぶその呼び方が、私はあんまり好きじゃない。
なんかちょっと私をからかってるような気がするし、千切くんは私を先輩として絶対敬っていないような気がするから。
実際千切くんはサッカー部のエース、私はサッカー部のマネージャー。
身分に天と地ほどの差があるけど。
千切くんはいつも学校にいる間私を見つけるなり俊足で私の元へ来る。
特に用がなくても休み時間のたびに私の教室まで遊びにくる。
暇なのかな。
今だって、部活終わりにわざわざ追いかけてきた。
「……何か用?千切くん」
とりあえずクールな先輩ぶってアンニュイな顔作っておく。
アンニュイな顔がどんなもんか知らんけど。
「先輩ってデートするならこういうデートしたいとかある?理想のデート」
ちなみに千切くんが先輩って呼んでくれるのは、あまりに他の後輩みんなが私のことを名前呼びで、私が後輩に敬われてない!と嘆いていたら千切くんが渋々先輩呼びしてくれてたまに敬語を使ってくれているのだ、基本タメ口だけどね。
っていうか渋々先輩ってなんだよたまに敬語ってなんだよ、既に敬われてないじゃないか。
とりあえず話を戻すと、クソ生意気な後輩千切豹馬は私の理想のデートを知りたいらしい。
「……何、千切くんは素敵な先輩とデートしたいってこと?」
いい女感出すためにサラッと髪の毛を靡かせてみる。
「いや、先輩とデートしたいなんて言ってないんだけど」
私の勘違いだった。
……恥ずかしい!!
私が恥ずかしさのあまり悶えている間、千切くんも長い髪が邪魔だったみたいで手でサラってした。
千切くんの髪の毛はサラッサラのストレートで綺麗でムカつく。
私がサラってやったのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい綺麗だった。
「私が先に髪の毛靡かせたんだからパクらないでよ!私より後にやったから千切くんの負けね!」
「髪の毛を先に靡かせたほうが勝ちとかあるんだ」
鼻で笑われた。
あー、ムカつく。
「千切くんってさらっさらーのサラサーティーみたいな髪質しちゃって生意気」
「先輩、それ多分違うやつだと思う」
「ふんっ」
あー、馬鹿にしやがって。
もう知らない。
……知らない、じゃなかった、千切くん最初に私になんか質問してきてたよね?
そう……理想のデートだよね、なんで私の理想のデートが知りたいんだろ。
冷やかしかな?
実際私には恋人いたことないしデートしたことすらないけど、それを正直に後輩に言うわけにはいかない。
後輩にされた質問は全部答えられる先輩になりたい。
ということで。
「ふーん、恋愛上級者のこの私に質問するとはいい心掛けなんじゃない?」
私はカッコつけて大人の女ぶってみた。
実際恋愛したことないけどね!
「へー、先輩恋愛上級者だったんだぁ」
千切くんがニヤニヤしてる。
信じてないでしょ。
「じゃ何聞いてもいいよね?」
なんでそんなに偉そうなんだよ、私も嘘をついた手前もう後には引けないんだけど、
「い、いいけど、別に」
今になって嫌な予感がしてきた。
千切くんはこともなげに私に聞いてくる。
「まぁ理想のデートも聞きたかったんだけど。ちなみに先輩はセックスって何回したことある?」
「ポーーーーウ!!」
帰り道になんちゅー話題振ってくるのこの後輩!
驚きすぎてムーンウォークしそうになったわ!
「……先輩、うるさい」
急に叫んだ私に対してうるさそうに耳を塞いでくる千切くん。
いや、誰のせいで叫んだと思ってるんだ。
「えええ?千切くんがこんな話題振ってくるからなんだけど??」
「今どきセックスの回数聞くぐらい小学生でもするけど」
うそでしょ、やるじゃん小学生。
恋愛の話なんて友達にもお前にはまだ早いとか言われてしまってそういう話したことないからもう私はついていけないよ。
でも千切くんはこんな話題サラッと言えちゃうぐらい恋愛上級者なんだろう。
後輩に負けてたまるか。
「せせ、っくくく、す、の回数ね。まぁ……10回は……あるかなぁ?」
「ふーん、そんなもんか」
そんなもんか!?え、普通の平均回数の相場がわからないんだけど。
もっと多いもんなの、女子高生は??
「さっきのは嘘でぇ。ま、まぁ….本当は、100回……いくかいかないかっていうか?」
「やば、変態じゃん先輩」
うおおお、何回が正解なんだよ!
悶々としてると、隣を歩く千切くんの肩が震えていることに気が付いた。
これって、まさか。
「……あのー、千切くん…?」
「……っははははは!!先輩馬鹿すぎてやばいあはははははは!!」
大笑いされてた。
千切くんがこんなに笑うところ初めて見た。
っていうか、誰も見たことないんじゃないかと思う。
でも結局この笑顔って私を馬鹿にしてるってことだよね?
ほんの少しの優越感と共に、同じぐらいの悲しみを添えて。
「小学生がセックスの回数話すわけないじゃん。まぁ、そりゃいるのかもしれないけどそんなにいないでしょ」
小学生の話嘘なの!?
騙された。
「先輩さぁ、恋愛上級者嘘でしょ」
ひとしきり笑ったあと、とんでもないことを言いやがるこの後輩。
でも私にも先輩のプライドがあるからね、この嘘はバレないようにしないと。
「嘘じゃないよ!!」
「じゃ、理想のデートは?」
「海行って浜辺で私を捕まえてご覧なさいってやるやつ!」
「了解。じゃあ次の日曜日の朝10時に最寄駅集合で海行こ。そこで恋愛上級者の証拠見せて?」
「日曜日ね!いいよやってやるよ!!」
「楽しみにしてる」
そのままひらひら手を振って千切くんが帰ってしまった。
気が付いけば私は最寄駅まで送ってもらってしまっている。
ありがとう、っていうべきなのか悩んだけど、千切くんが歩くの早すぎてもういなくなっていた。
……っていうか、あれ?
なんかデート…….いや、一緒に出掛ける約束取り付けられてない??
しかも次の日曜日って、今日金曜日だから……。
「明後日じゃん!!」
・ ・ ・
恋愛上級者と言い出した手前。
ええ、私はやりきってやりますよ。
あのクソ生意気な後輩に一泡吹かせてやりますよ。
「おはよう千切くん」
最寄駅には待ち合わせの15分前に着いておいた。
これぞ大人のデキる女。
「千切くん……待ち合わせの5分前にくるなんてまだまだお子ちゃまね」
よし、キマッた。
完全に今の私はクールビューティーだった。
「先輩……」
千切くんがそんな私を見て、クス、と小さく笑う。
「そんな待ち合わせ時間の前から来てるなんて楽しみすぎて眠れなかった小学生みたい」
……な、なにい??
確かに言われてみれば、大人の女なら遅刻しても『私、時間にルーズだから』って言うほうがカッコいいかもしれない。
最悪だ……出だしから千切くんに負けた…とかへこんでたら、そこで気付く。
千切くんの今日の髪型は今日ポニーテールだった。
そして私の髪型もポニーテールだった……。
「よし、千切くん髪を解いておろそう」
「やだよ。せっかく結んだのに」
「私だってやだよ!!お揃いなんて……お揃いなんて……」
「なんなの先輩。そんなに俺とお揃いが嫌な……」
私が千切くんの言葉を遮って言う。
「千切くんの方がかっこいいから似合うに決まってるじゃん!!」
「……」
「顔美形だし、スタイルいいし、私千切くん以上にイケメンな人見たことないもん!!」
「……」
「……ちょっと千切くんなんで黙ってるの?」
千切くんの顔が赤い気がした。
なんでだろう、暑いのかな。
っていうかそうだ思いついた!
「そうだ、千切くんツインテールにしなよ。そしたら私とお揃いじゃなくなるし」
「なんでだよ、そこは先輩がツインテールにしなよ」
「やだよ結び直すのめんどくさい」
……あれ?千切くんの顔はもうすっかり赤くない。
「今さっきまで顔赤かったのに、もう顔赤くないね」
「まぁ。先輩がいいムード作ってから自分でぶち壊したからね」
「え?いいムードっていつ?」
私がせっかく聞いたのに、千切くんが急に私の手を握った。
「電車来た。先輩走って!」
ナチュラルに手を引かれてどきどきしてる暇もなく千切くんの猛スピードで電車に駆け込む。
「はぁ……っ、は、はぁ……っ、ふぅ……」
走るの早すぎ、と私は千切くんを睨み付けるも、
「先輩走るの遅すぎ」
って私が悪いみたいに言われた。
・ ・ ・
海に着いた。
着いた瞬間、海だーーー!とは言わない。
何故ならモテる女は言わないからだ。
何しろ私の隣にいるのはクソ生意気な後輩千切豹馬。
これ以上馬鹿にされるネタを増やしてたまるか。
そんなことより見てろよ、今から驚かせてやるんだから。
私はその場で着ていた上着のチャックを一気におろす。
下に水着を着てきたから、準備は万端。
「どう?千切くん」
紐の黒いビキニを昨日慌てて買った。
これはかなりセクシーなはず。
しかも胸のパッドも入れたし、お腹は今力入れてへこませてるから今の私は割とスタイルがいいはずだ。
ちょっとサービスして『うふん』なポーズでもとってあげようかな。
はい、セクシーショット。
「……先輩」
千切くんが私の上着をもう一度無理やり着せると、上着のチャックを完全に閉めた。
お?これは他の男に水着見せんじゃねぇよ、この野郎♡みたいな……。
「まだ4月なのに水着着てくるとか風邪ひくと思うんだけど馬鹿?」
……私が馬鹿でした。
・ ・ ・
確かに海行って浜辺で私を捕まえてご覧なさいやりたいだけなら水着着てくる必要なかった。
実際千切くん水着を持ってきてすらいなかったし。
これ以上馬鹿を晒すわけにはいかないので、大人しく砂浜の日陰のところに座って海を眺める。
「先輩、飲み物どうぞ」
千切くんが飲み物買ってきてくれた。
気が利く子だ。
私先輩なのに……。
しかも私の好きなオレンジジュース。
まぁ好きな飲み物千切くんに教えたことないし、たまたまだろうけど。
あ、美味しい。
「先輩、一口ちょーだい」
千切くんが私の顔を覗き込んでくる。
グハッ………不覚にも千切くんがイケメンすぎてオレンジジュース吹き出すところだった。
「……間接キスになるから」
無理、と言おうとして、いやでも今日の私は恋愛上級者、間接キスぐらいなんぼのもんじゃい、ということで。
「の、飲めば?」
オレンジジュースを千切くんに渡した。
「どうも」
ごくん、と喉を鳴らして私のストローに関節キスしやがる千切くん。
千切くんが飲むことによってオレンジジュースが急に大人な飲み物に見えてきた。
「先輩見過ぎ」
ふっ、て千切くんが笑うから、
「見てないし!全然!!」
急いで顔を逸らした。
「先輩、俺のも飲みなよ」
千切くんが持ってた飲み物渡してきて、私も間接キス余裕だし!って一気にぐいっと飲んでやる。
「……う"えええええ!?なになにこの味何!?」
千切くんの飲み物はなんかやばい味がした。
何味なのこれは!?
「それ明太子ジュース。試しに買ったけど不味いよねそれ」
「じゃあなんで俺のも飲みなよとか言ったの!?」
もう嫌だこの後輩。
間接キスしたかったんじゃなくて、ただ自分の不味い飲み物先輩に飲んでもらおうとしただけじゃん。
そう思いながらジュースを飲む。
……あ、意外と飲んでるうちに癖になるかも。
美味しいかもしれない明太子ジュース。
「っていうか先輩」
千切くんの人差し指が私の唇につん、て触れた。
「間接キスだけど、どう?」
「どうもしません!!」
なんだ、つん、って。
なんだそのイケメン顔!
千切くんこそ恋愛上級者なんじゃないの?
・ ・ ・
飲み物を飲んでから、早速砂浜で私を捕まえてご覧なさいを実践することにした。
「千切くん、今すぐ私を捕まえたら今度学校で飲み物奢ってあげる〜」
って言いながらキャッキャウフフで砂浜を走る。
……悲報、千切くんが追いかけてくれない。
「来いよ!!」
私は思わず叫んでしまった。
「先輩、その言われ方だと全然ドキドキしないから追いかける気しないんだけど」
はぁーーー?私のせいなんですか?
色気がない私のせいなんですか?
どう考えてもやる気がない千切くんが悪いでしょ!!
「千切くん!!」
私は叫ぶ。
「元気ですかーーーーっ!!元気があればなんでもできる!!」
「それ言われて元気になる奴いねぇから」
千切くんが砂浜をそれはそれはちんたら歩いて私を追いかけてくる。
理想のデート叶える気ないよこの子。
キャッキャウフフする気ないよ。
千切くんのやる気を出させる方法ないかな……あ、そうだ。
「千切くん、10秒以内にこっち来たらご褒美あげる」
試しに言ってみた。
そしたら高速で千切くんが走って来た。
え、速。
やっと走る速さ神の千切豹馬が本気を出したらしい。
「はぁ、マジ砂浜走りにくい」
私の目の前に来て、不満そうに千切くんが呟いた。
今の速さで50メートル5.77秒が自己ベストの化け物は納得いかないらしい。
確かにいつもよりは遅いけどさ、それでも砂浜この速さで走れたら充分だと思う。
っていうか、そんなダッシュされたらキャッキャウフフまた出来なかったんだけど。
「で、先輩。ご褒美」
期待に満ちた顔で千切くんが見つめてくる。
可愛い奴め。
キャッキャウフフは出来なかったけどご褒美はあげようかな。
「うん、目を閉じてくれるかな?」
って言ったら千切くんが目を見開いた。
なんでだよ。
目を閉じてくれよ。
「……先輩、そんなご褒美豪華な感じ?」
千切くんが割と深刻そうに聞いてくる。
なんだ目を閉じるぐらいで。
「うん、まぁ……結構豪華だけど」
「……マジか」
千切くんは目を閉じた。
うわー、黙ってたら超かっこいいんだよなぁ、いつも意地悪言うのやめてほしいなぁ、と思いながら千切くんの手を握る。
握り込む。
「……ちょ、先輩その手の握り方やば……」
何がやばいと言うんだろう。
千切くんの顔が心なしか赤い気がする。
ま、夕陽のせいでしょう。
まだ昼間だけどね。
私はそんなことを考えながら握り込んだ手に、飴を渡してあげた。
「はい、ご褒美。飴ちゃん」
「……」
「……」
「……」
「……」
千切くんがフリーズしてしまった。
そして次に口を開いたときに、
「先輩、馬鹿?」
飛び出してきたのは暴言だった。
「これのどこが豪華なわけ?」
ひどい。
「千切くんにはわからないんだこの飴の良さが。コンビニで一日一個しか売ってない牛丼味の飴の良さがわかんないんだ」
「知らね」
ぽい、って私があげた飴を海に捨てやがった。
「あああ!限定の飴が!」
「先輩が悪い」
ぐい、と腰を引き寄せられる。
「目を閉じろって言うから期待したのに」
「え?何を期待したの?」
「……もういい。自称恋愛上級者の馬鹿」
ぷい、とそっぽ向いて千切くんがどこかへ行こうとするから、どこ行くのって聞こうとしたけどこれ以上千切くんを怒らせたら悪いので追いかけることは出来なかった。
・ ・ ・
はぁ……なんで私って馬鹿なんだろう。
砂浜で一人、砂のお城を作りながら考える。
なんだかよくわからないうちに千切くんを怒らせちゃうし。
そんなことを一人で悶々と考えていると、不意に見知らぬ男の二人組が声を掛けてきた。
「ねぇ君一人?デートしようよ」
……えっ、私に?
「私ですか!?」
勢いよく立ち上がったら、おお……って感じで男の人ドン引きしてたけど問題なし。
これが人生初のナンパである。
「どうして私をナンパしたんですか!?」
おいこの子ヤベェよ……と男の人が耳打ちしあってる。
おい、聞き捨てならんぞ。
ってそんなことよりせっかく男の人に話しかけられたんだし、聞いてみよう。
「聞きたいことがあるんですけど女の子からご褒美あげるって言って目を閉じさせられたら、何を期待しますか?」
千切くんの気持ちを知りたいからナンパ男二人に聞いてみた。
「え、そりゃ普通……キスとかじゃないの?」
キッス?Kiss?キス……。
「ええ!?じゃあ私さっきキスすると思われてたってこと!?」
「知らねぇよ」
ナンパ男にツッコまれた。
「千切くんがなんで私とキスしようとしたかわかりますか!?」
「誰だよその千切くんって」
「私の後輩なんですけど、いつも私を追いかけてきて、今日だって理想のデートしようとか言ってきて……私ナメられてるんですよ後輩に!!」
「……その後輩、君のこと好きなんじゃないの?」
「はあっ?」
ナンパ男に意味わからないこと言われた。
千切くんが私のこと好きとかありえないし。
「いつもからかってくるんです!どこにいても見つけてくるんです!!」
精一杯反論したら、
「あー好きな子ってなんかどこにいてもすぐ見つけられるよね〜」
とかナンパ男に笑われた。
そして結局、
「君タイプじゃないわ」
なんかフラれた……。
確かにナンパ男とデートするつもりはなかったけどね?でも、『うーん、どうしよっかなぁデートしちゃおうかなぁ』みたいな、ナンパされるのを楽しむ時間が欲しかったのに。
「先輩面白すぎでしょ」
気づけば隣に千切くんが立ってた。
いつの間に。
「……面白いってどこが?」
って聞いてみたら、
「ナンパを自分で撃退出来るとか流石だなぁって」
馬鹿にした回答をされた。
なんだよ千切くんめ。
ナンパされてるところ見てたならさっさと助けてよね……と思ったら、千切くんは涼しげな顔してるけど息切れしてる気がする。
走ってきたのかな。
わざわざ私のために?
「なんでさっきどっか行っちゃったくせに戻ってきてくれたの」
って聞いてみたら、
「あー、さっき飴投げ捨てて捨てちゃったから、お詫びにこれ買ってきてた」
私の手にとんかつ味の飴を渡してくる。
「わ、美味しそう……」
「さっきの牛丼味の飴といい、先輩味覚どうかしてるでしょ」
楽しそうに笑う千切くんの顔を見て、私は恐る恐る問いかける。
「ねぇ、もう怒ってない?」
「怒ってない。つーかさっきも呆れてただけで怒ってはいない。先輩が馬鹿なことは今に始まったことじゃないし」
失礼な。
「……でもよく私を見つけられたね」
いくら4月とはいえ他にも海に来ている人はいるのに、と思って聞くと、千切くんはなんてことなく答える。
「先輩ってなんかどこにいても見つけられるんだよね」
「………それさっきナンパしてきた男の人が言ってたよ。好きな子ってどこにいても見つけられるって…………ん?」
その言い方だと、千切くんが私のことを恋愛的な意味で好きって意味になるような………?
「ねぇ千切くん」
「何?」
「さっき、私がご褒美あげるって言ったじゃん?」
「……飴のこと?」
はっ、と千切くんが鼻で笑う。
飴を馬鹿にしないでほしい。
とりあえず飴の件は置いといて、
「……あのとき、千切くんはさ」
私は千切くんを見つめて言う。
「私にキスされると思っちゃったの?」
「……」
一瞬驚いたような表情をした千切くんの顔が徐々に険しくなる。
「何、さっきのナンパ男になんか吹き込まれた?」
「まぁそんなとこ」
「……へぇ」
千切くんがずい、と顔を近付けてくる。
「キスしたいと思われてるの?俺」
「……」
「ねぇ、先輩的に俺とキスしたいって思う?」
「……」
「あのさ、なんか言って」
「……ごめん、千切くんの顔面良すぎて話入ってこなかった」
「先輩ほんと俺の顔好きだよね。顔だけ」
あ、千切くんが拗ねた。
「顔だけじゃないよ、サッカーに真剣なとこも好き」
「へー、他には?」
「千切くん、ナンパされてる私を助けに走って来てくれたんでしょ?本当は」
「走ってないけど」
……なんで平気でそういう嘘つくかなぁ、このかっこつけたがりの後輩は。
「千切くんの優しいところが好きって言おうとしたんだけどなぁ……」
「……へぇ」
千切くんがぷい、と反対を向いてしまったから、その顔が見たくて私が覗き込もうと千切くんを追いかけてるのに、走って逃げてくる。
え、千切くん走るの早いのに、走って逃げるのはずるい。
っていうかこれ、私が千切くん追いかけたらヒロインポジション千切くんになっちゃうんだけど?
「ねぇ、浜辺で私を追いかけてキャッキャウフフしてくれるんじゃないの〜!?」
大きな声で千切くんを呼び止めると、
「何その言い方ダサッ」
って千切くんが笑う声が聞こえてきた。
遠目からでもサラサラと長い髪が太陽に照らされて、輝いている。
多分50メートルぐらい千切くんと距離が離れた頃、私は試しに千切くんに叫んでみた。
「今から5秒以内に私のところまでこれたら、お願いなんでも聞いてあげるよーー!!!」
50メートル5秒以内はどうせ無理でしょ、なんて思ったのに、
「え、ほんと?」
びゅん、って効果音がつきそうなぐらいの速さで目の前に千切くんがきた。
「早すぎ……」
多分3秒ぐらいで私の元まできた。
50メートル5.77秒で走れる後輩は、本気を出したら砂浜を3秒で走れるらしい。
「限界突破しちゃった」
いや、しちゃった、みたいなノリで3秒で走れるのは普通にすごすぎるって。
「お願い、なんでも聞いてくれんの?」
期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。
なんでも、と言ってしまった手前、やっぱり無理とは言いにくい。
「良いけど……」
身構えつつ言うと、千切くんが笑った。
「じゃあ目を閉じてよ先輩」
「……目を?それだけでいいの?」
すごく簡単なお願いでびっくりした。
「いいよ」
「わかった」
私はすぐに目を閉じて、そういえばさっき私も目を閉じてって千切くんに言ったなぁ、と思い出す。
……あれ、じゃあナンパ男の言う通りなら、このあと私キスされるってことでは!?
「やっぱ……無理!」
急いで目を開けると、目の前できょとんとしている千切くんと目が合う。
別に顔の距離が近いわけでもない。
「……」
「……急に目開けてどうしたの先輩」
「えっ、あの……今からキスされる流れじゃ……ないの?」
「……全然違うけど?」
「……」
勘違いがひどすぎて無理。
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込むと、千切くんが笑った。
「自意識過剰だね先輩」
「もう無理、本当に千切くん無理……」
じゃあなんで目を閉じてとか言ったんだよ、と思ったら千切くんもしゃがみ込んだ気配がした。
「ねぇ先輩こっち見て?」
「やだ……無理、恥ずかしい……」
「あっそ、まぁいいけど」
千切くんが私の耳元で囁いた。
「先輩可愛い」
「!!」
驚いて顔を上げると、かなり近い距離に千切くんの顔があった。
「はは、こっち見た」
楽しそうに千切くんが笑う。
「先輩好き」
「か、からかわないでほしい……」
「全然からかってない。好き、超好き、大好き」
「〜〜〜〜〜っ」
急に好きを連発してくる。
そんなの恥ずかしいけど嬉しくて、どんな顔すればいいのかわからない。
でもそんな私の顔すら可愛いって千切くんが言ってくれる。
「ねぇ先輩、このままキスしちゃおっか?」
「え、は、……え、っと……無理」
「無理ばっかじゃん。いいでしょキスしても。どうせ先輩はキスされると勘違いしたわけだし?」
すごく意地悪く笑った千切くんの唇が頬に触れる。
「次は口にするから」
そんな予告されても。
また千切くんの顔が近付いてきて、私は口を手で隠すと、あからさまに千切くんが不機嫌になった。
「……その手邪魔」
「いや、待って。本当に待って」
千切くんを見てお願いしてみる。
「ドキドキして心臓飛び出そうだから待って……?」
「何それ、煽ってんの?」
「煽ってないよ!!」
会話が通じない。
「実は私……れ、恋愛上級者は、嘘なの」
「知ってるけど?」
バレてたのか。
「知ってるなら……その、スローなキスにして」
「何スローなキスって」
「だ、だから、千切くんのキスのペースが早いの。ときめきすぎて心臓止まりそうなの」
「そこはキスしないでじゃないんだ」
あ、確かに。
「先輩も割とキスすることに乗り気なわけね」
千切くんの手が、私の口を隠していた手を剥がして、そのまま押さえ込まれる。
「めっちゃ丁寧に優しくキスしてあげるよ、恋愛初心者さん」
「……一回だけ?」
「いや、俺の気が済むまで」
・ ・ ・
「ねぇ一人?デートしようよ」
海に行ってから一週間後、放課後一人で歩いていたらナンパされた。
……千切くんに。
「んー、どうしよっかなぁ」
とりあえず悩んでるふりをしてみたら、
「俺の誘い断れると思ってんの?」
ナンパした側がめちゃくちゃ偉そうなんですけど。
「千切くんはさ、どこにいても私を見つけてくるよね。今も走ってきたし。…….犬みたいで可愛い」
「……は?」
千切くんの表情が凍った。
「犬?へぇ、先輩にとって俺って犬なんだ、ふーん」
完全に機嫌を損ねた千切くんが、私の耳をペロリと舐めた。
「……!?……っ、え、何!?」
咄嗟に耳元を隠すと、
「俺犬だから、飼い主舐めただけなんですけど?」
犬相手に顔赤くして可愛いね先輩、とか言いながら笑ってくるから、私ばかりドキドキされられてる気がして悔しい。
「……やっぱり千切くんは犬じゃない。全然可愛くない後輩だった」
「可愛くない後輩?超かっこいい彼氏の間違いでしょ」
「……彼氏なの?」
「……は?」
「千切くんは……私の彼氏なの?」
「キスまでして恋人じゃないとかあり得ないでしょ」
「でも私付き合ってって言われてないし」
「今どき恋人になろうよ付き合ってとか言うやついないし。流石恋愛初心者、知識が古いね」
千切くんが私を馬鹿にしたあと、
「じゃあ先輩にとって俺ってなんなの?」
って聞いてくるから、千切くんは私にとってなんなんだろうと改めて考えてみた。
「クソ生意気な後輩とか?」
「へぇ、じゃあそのクソ生意気な後輩と来週デート行こうよ」
「デートはちょっと。恋人じゃないし」
「うん、だから来週のデートで最高の告白するから待っててよ先輩」
そんな予告されても。
多分、私はこのまま流されて告白を絶対OKしてしまう気がする。
「……逃げてもいい?」
だから千切くんから逃げようと思ったのに、
「いいよ。追いかけて絶対捕まえるけど」
多分私は近いうちに千切豹馬に捕まってしまいそうだ。