ノートPCから伸びた電極パッドを身体じゅうから引っぺがし、プラスチックのケースにまとめて入れる。
この機体に入ってからの日課、検査と駆動データ収集を終えると、いつの間にか夜が更けていることに気づく。
窓の外に散らばるまばらな星を見つめて一息つくと、周囲の静寂が這い寄ってきた。
およそ一週間前から彩葉と暮らし始めたこのタワマンの一室は、一人だととても広く感じてしまう。
内装は10年前に住んでいたあの部屋とほとんど変わらない(かぐやの体感では8000年前とかだけど)。彩葉が、わたしと二人で暮らす時のことを考えて似たマンションの部屋を借りたそうだ。
……ごめん、ちょっとうそ。彩葉いわく、「かぐやは『前と同じ部屋がいい!!』とか言いそうだったから」とのこと。よくわかってますねぇ。
ヤチヨとして画面越しに眺めたことはあったけれど……こうして実際にこの場所に身を置くと、感じ方は全く違う。彩葉とこうしてまた暮らせるんだって、胸があったかくなる(ような気がする)。
ただ、前にかぐやが居た時よりがらんとしていて、それがまた寂しさを助長する。
ああ、そっか。寂しいんだ。彩葉が居ないから。
彩葉は今日、研究所の職員たちと一旦の打ち上げ会に出ている。
かぐやの身体が初めてちゃんと動いたから、ひとまず研究が一段落したらしい。
改善の余地はいくらでもあるからまだまだ気は抜けないって話していたけど、その頬が緩んでいたのは明らかだった。
かぐやがまたこうして現実で動けるようになったことを、自分のことのように喜んでくれるのが嬉しい。
打ち上げに誘われた彩葉は、最初「かぐやを一人にしたくない」ってずっと渋っていたけど、わたしが背中を押した。ずっと頑張ってくれたから、一日くらいかぐやのことを忘れてみんなで喜びを分かち合ってほしかった。
かぐやはどうせ一緒に行っても飲めないし食べられないし、それに日課の検査もあった。だから、これでいい。
「いい……けど……うー」
いいことだとは思うけど、やっぱり寂しい。
この身体はまだご飯が食べられないから、彩葉が居ない今夜は料理の必要が無い。
ううん、もし食べられる身体だったとしても、身は入らなかったような気がする。
かぐやの料理は彩葉に食べてもらってこそ楽しいんだって、こういう時こそ思う。
8000年も待てたのに、今は一分一秒が永遠みたいに待ち遠しい。
長生きして包容力ばつぐんの器でかでかヤチヨ様になれたと思ってたのに、彩葉と居ると出会ったころのわがままかぐやちゃんに戻ってしまう。
彩葉はわたしの願いをなんでも叶えてくれるから、そのぶん欲張りになっちゃうんだ。
この部屋にやって来た日、「何もない部屋じゃ寂しいだろうから」と彩葉が買ってくれたデカいカニのビーズクッションを抱いて、ソファにごろりと転がる。
「寂しいよ、彩葉ぁ……」
溢れる気持ちが言葉になって零れ落ちたとたん、玄関から物音がした。
がちゃ、どたどたべちゃごとん! といった感じだ。
家主が帰って来たらしい。
「うお、寂しいって言ったらマジで帰ってきた。彩葉すげー」
なんでも叶えてくれるじゃん。ドラえもんかな?
さっきまで抱いていたセンチメンタルは一瞬で吹き散らされ、高揚感だけが身を包む。
ただ、なんだかすっごく痛そうな音がしたので小走りで玄関へと急いだ。
「わー」
「う……うぅ……」
そこにはゾンビが居た。
否、彩葉がいた。
パンプスを脱ごうとして転んだのだろう、片方をつま先に引っ掛けたまま、廊下をず
りずり這っている。
メディアにもしょっちゅう取り上げられる、美人すぎるカリスマ研究所長とは思えないありさまだった。
あ、見てる場合じゃない。
ぱたぱた近寄って、亡者のように伸ばされた手を握ってやる。この身体じゃまだわからないけど、きっとすごく熱くなってる。
「おかえり、彩葉」
そう声をかけてあげると、真っ赤な顔がゆっくりと上がってくる。
座ってるなぁ、目。
「ただいまぁ」
わー、子どもみたい。
ふにゃりと緩んだ表情に和んでいると、赤い顔があっという間に青くなっていく。
やばそう。
「う……み、みず」
「おっけ」
さっさか台所と往復してコップに汲んだ水をお届けする。
スローモーションの赤べこみたいに頭を揺らしていた彩葉が震える指先でそれを手に取って、アシカみたいな体勢でぐびぐび哩る。
飲みにくくないのかなと見守っていると、口の端から伝った水が顎や喉や服の胸元を濡らしていく。あらら。
彩葉はこの十年間、全然弱音を吐かなかった。
いつでも凛として、綺麗で格好いい彩葉で居続けた。
きっと気が抜けたんだろう。
ダメなところを見せてくれて嬉しい気持ちと、こんな姿を他の人に見せちゃったのかな、なんてモヤモヤで板挟みになる。
「彩葉、どう? まだお水いる?」
それでもやっぱり心配で尋ねると、彩葉はふるふると首を横に振ってコップを傍らに置いた。
倒しそうで危ないからいったん流しに戻しに行こう――と伸ばした手が、ぎゅっと彩葉に握られる。
え、と驚くのもつかの間、彩葉の頭がかぐやのみぞおちに突撃してきた。ぐえ。いや痛くないけど。
「……かぐや」
戸惑うわたしに、か細い声が届く。
どうしたの、と返すと、滂沱のように彩葉の気持ちがぶつかってきた。
「かぐや、一人にしてごめんねえかぐや、もうどこにもいかないで……大好きだよ、かぐや。好き、本当に好きなの。私のかぐやぁ……もう離れないでよ……」
「――――――――」
思考が停止した。
回路がオーバーヒートするかと思った。
彩葉。
そんなふうに思っていたの?
知らなかった。だって彩葉、ふだんそんなこと言わないじゃん。
握った手に思わず力がこもった。
「あ、はは。もー、今日は彩葉の方が出かけたくせに……寂しがりやだなあ、もう」
気づけば、頬を涙が伝っていた。
こんなに大事に思ってくれていたことが嬉しくて、びっくりして。
この身体の涙を流す機能は、今日のためにあったんじゃないかって思った。
「こまっちゃうな、もう……こんなに愛されたらかぐや、爆発しちゃうよ」
彩葉の頭をぎゅっと抱きしめる。
愛しくて切なくて、おかしくなってしまいそう。
胸元にうずまった彩葉はというと、なにやらぶつぶつと繰り返している。
「うう……メイク落とさなきゃ……あと着替えと……」
「よしよし、全部だいじょーぶ。かぐやちゃんに任しとき」
赤くなった耳に唇を寄せる。
キスのひとつでもしたい気分だけど、反応が見てみたいからシラフの時にお預け。
「……彩葉、だいすきだよ」
今はこれで代わりにしておくね。
かぐいろ2作品とも読みました。どちらも甘くて最高です。もっと読みたいです!次も楽しみにしています