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Conversation

僕の言葉で言えば、記述性という字体という概念によって劇場が規定され、劇場論考によってより曖昧になれる。前者と後者はセットで、僕の(未完の完成形として)完成した哲学になったように思う。つまり確かなものなどないし、「それが確かだ」という確かさもない。