【レポート】糸の芸術が織りなす60年の友情「旅する糸-シーラ・ヒックスとモニック・レヴィ=ストロースが語る」 ケ・ブランリー=ジャック・シラク美術館(パリ)キュレーター・嘉納礼奈
年を重ねるごとに、あっという間に5年、10年、20年が束になり過ぎていく。
昔はその感覚が全く分からなかったが、今は分かるようになってしまった。
とは言え、まだまだ青い修行中の身。
パリでその卓越の極みにいる99才と91才の2人の女性に出会い実感した。
その2人とは、テキスタイル・アートの先駆者であるアーティスト、シーラ・ヒックス(1934-)と、テキスタイル芸術を専門とする美術史家で、社会人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの妻、モニック・レヴィ=ストロース(1926-)。2人の交流歳月は間も無く還暦を迎えようとしている。
現在、パリのケ・ブランリー=ジャック・シラク美術館で2人の友情と対話を辿る展覧会『旅する糸』展が、2026年3月8日まで開催されている。
同展は、ヒックスのテキスタイル作品と共に、2人が選んだ同館所蔵のアンデス地方の古代織物が展示されている。99才と91才の女性コンビが提案する展覧会、2人の60年にわたる友情と対話を紡いだ情熱がぎっしりと詰まった内容になっている。
1934年、米国ネブラスカ州ヘイスティングスに生まれたシーラ・ヒックスは、イェール大学で視覚芸術を学び、バウハウスとモダニズムの中心人物である芸術家ヨーゼフ・アルバースに師事した。絵画からテキスタイルに転向し、プレ・コロンブス期(中南米の古代文明時代)の織物技術と複雑な構造に親しみ、テキスタイル研究の第一人者ラウル・ダルクールの研究や著作に触れた。その後、チリのカトリック大学で教えるために得た奨学金により、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、アルゼンチン、ブラジルを旅する。その後、フランスで二度目の奨学金を受け、1959年にはメキシコの養蜂農場に滞在。1964年に、パリに移住した。
パリでは、1968年に食事会で隣に座ったモニック・レヴィ=ストロースと意気投合。テキスタイルの創作への関心から、共に旅する生涯の友となった。1973年にはモニック・レヴィ=ストロースがヒックスに関する初の伝記(人と作品)を執筆した。
ラテンアメリカとの出会い
ヒックスのラテンアメリカへの旅は、生涯の作品を方向づけるものとなった。旅では、ラマやアルパカの毛織物が山のように積まれた色鮮やかな市場の活気に魅了された。多くの職人たちと出会い、糸を紡ぎ、織る技術を学び、次第に小さな織物作品を創り始める。
ヒックスが初期から取組んだ《ミニム(Minimes)》と題された小さな作品群は、最初は先住民の織物技法に触発された習作のようなものだった。ヒックス自身は「毛糸による絵画」と呼び、素材や形式の実験を重ね、光・素材・色の関係を追求した。セラミックのかけらや貝殻、サクランボの茎が織り込まれているものもある。
構造を作り出す建築としての糸
ヒックスは、織物の持つ建築的な構造に惹かれいく。
例えば、写真左の正面に展示されている、紀元前100年~紀元700年のマントの断片と推測される平織りの織物。
平織は、タテ糸とヨコ糸が交互に上下に交差して織られており、シンプルで均等ではあるが色彩の豊かさと織物の密度によって、構造的な建築物のように思える。織が作り出す形状や紋様は装飾としてだけでなく、意味を持つ表現としてモチーフを描きだす。
右は建築としての糸の役割を表現したヒックスの作品で、フランスで昔使われていた石工用コンパスと麻糸が使用されている。
糸が意味を持つ
スペイン人による征服以前のアンデス地方における糸の多様な用途を示す織物では、刺繍、織り合わせ、撚り合わせなど、さまざまな織の技法で宗教や儀礼の意味を表していた。
写真右側のチリのマプチェ族のポンチョは、縛り(絞り)技法が使われている。タテ糸の一部を縛り、縛られた部分は染料から守られ、もとの色を保つ。つまり、紋様は二段階で設計されている。最初は縛りの段階で模様が設計され、次に織りの段階でヨコ糸がタテ糸に交差し、最終的な模様が現れる。
ヒックスは、チリで出会ったマプチェ族の女性織工たちから学んだ縛り(絞り)技法を活かして、色彩のコントラストを造形的に展開する。
この探求から、独自の表現として柔らかさと力強さが同時に伴うテキスタイル構造が生み出された。最新作《The Soft Side of my Nature》にも縛り(絞り)技法が使われている。
「包む」という行為
ヒックスは、古代アンデス文化の「包む」という行為に造形的・象徴的な側面を見出した。彼女の作品に見られる色とりどりの糸で構成された丸い形は、古代アンデス文化、特にペルー南部の海岸に栄えたパラカス文化(紀元前800〜200年)の葬送儀礼(亡くなった人の遺体は何層にも重ねられた繊維の層で丁寧に包まれる)を想起させている。
糸の絡まりの中で、人生の出来事や出逢った人々、過ごした時間、訪れた場所などの記憶の断片が、織物の襞に埋め込まれるという。
ラテンアメリカの先住民文化の手織りのベルト、『ファハ』もヒックスが触発された創作。その構造の豊かさ、色彩の鮮やかさ、模様の精密さに衝撃を受けた。ヒックスは、《ファハ》と名付けたシリーズを制作する。中心となるモチーフは、タテ糸に糸を巻き付けることで得られる鮮やかな色彩で強調されている。
道具と技法
ヒックスの創作に欠かせないものは、ラテンアメリカの多様な織機とそれらを操作する多様な技術。その一つに、アンデス地方全域で見られる「四方耳」の織物がある。ほつれ止めのため、織物の四辺を全て耳で仕上げる織物を指す。耳は作品を縁取るものであり、その大きさは織機に糸を最初にセットする時点で決定される。
今回、特別に展示されているのは、ヒックスが今でも毎日使っている紡績と織物の道具が詰まった籠。1965年に、チリの画家エンリケ・サニャルトゥ(1921-2001)と結婚した際に「旅の相棒」と呼んでいる小さな織機と共に贈られた大切なもの。
糸の芸術
ヒックスの得意とするところの大型作品も展示されている。《海》(1977)は制作当初は、波のように横長に伸びる壁面のフリーズ(帯状装飾)として構想されたという。後にヒックス自身によって、水平の《海》から垂直に垂れ下がる滝へと姿を変えた。水のように流れ落ちている糸の所々に金色のラフィア素材が使われ、水が太陽に照らされて光っているみたいに見える。
ヒックスは絵画から織物へと媒体を変えた。刺繍や織物は、突き詰めれば絵画の別の側面。糸が筆に代わり、一針一針に素材と色を塗り重ねることで、布地に緊張感が生まれる。自らの手で結ぶ、織る、編む、絡ませる、撚る、包むなど素材と関わりながら、触覚的で繊細な芸術作品が創られる。
99才のモニック・レヴィ=ストロースと91才のシーラ・ヒックス。お会いしたお二人は共に現在も数カ国語を手際よく操っていた。
美術史家のモニック・レヴィ=ストロースは「芸術家は、インスピレーションに従ってヨコ糸一本一本、タテ糸の間を通り抜け新しい道を作り、文字に匹敵する一連の記号を作成してきました」とテキスタイル芸術を分析する。芸術家のヒックスは、「私は単なる装飾には興味がありません。形と素材が出会い、そこにアイデアとの対話が生まれる——そうした瞬間のほうに惹かれるのです」とテキスタイルの創作の秘訣を語る。
二人の刺激的な対話は60年間経っても尽きることはない。
90代になっても、情熱と好奇心、探究心を失わない驚異的なお2人にただただ畏れ入りました。
その尽きぬ探究心こそが、文化遺産の域に達しているかもしれない。(キュレーター・嘉納礼奈)
| 「旅する糸ーシェーラ・ヒックスとモニック・レヴィ=ストロースが語る」展 |
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| 会場:ケ・ブランリー=ジャック・シラク美術館 アトリエ・マルティーヌ・オーブレ(Atelier Martine Aublet) 37 quai Branly, 218 et 206 rue de l’Université 75007 Paris |
| 会期:2025年9月30日(火)~2026年3月8日(日) |
| 開館時間:10時30分~19時(木曜は22 時まで) |
| 休館日:月曜 |
| 入館料:一般 14ユーロほか |
| 美術館HP:https://www.quaibranly.fr/en/ |
フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)博士号取得(社会人類学及び民俗学)。
国内外で展示企画、執筆活動、シンポジウム企画などに関わる。
過去の企画に、「偶然と、必然と、」展(アーツ千代田 3331、2021年)などがある。
近年関わった展示に、ポンピドゥセンターとグラン・パレ美術館共催の「アール・ブリュット:コレクションの親密さの中で」(2025)、著書に《Les Honda de Raynaud》(Editions du Regard, 2025)がある。
障害ある・なし関わらず多様な人々が創作活動を通して交流する「場」を作る「隣人の日・共創ワークショップ」を主宰。