「検死解剖で潰瘍性腸炎は見つからなかった」有名映画評論家 故・安倍晋三氏の持病への主張が「全くのデマ」と批判続出…ネット記事を“ミスリード”して引用
2月1日午前放送の『日曜討論』(NHK)を欠席した高市早苗首相(64)。欠席理由は手の治療と説明され、代理で自民党・田村憲久政務調査会長代行(61)が生出演した。 【写真あり】「潰瘍性腸炎はまるで見つからなかった」著名映画評論家の投稿 NHKによれば、高市氏側から欠席の連絡が入ったのは「番組当日の朝」だったとのこと。かねてより関節リウマチの持病がある高市氏は、1日にXで“支援者から手を強く引っ張られて痛めた”と釈明していた。しかし共産党と社民党が討論会の再設定を求めて抗議文を送付するなど、野党は追及の構えを見せている。 3日には「文春オンライン」が、高市首相が番組放送2日前から出演キャンセルを準備していたと報じ、4日に政府高官がキャンセルは木原稔官房長官の判断だったと説明するなど、事態は錯綜している。 「高市氏は番組を欠席したものの、当日午後から岐阜・愛知での遊説を予定通りに実施。そのことから一部ネットやSNSでは“逃げた”と批判が上がり、なかには“仮病”と揶揄する根拠のない声まで散見されています。 高市氏をめぐっては、『週刊文春』が報じた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体との疑惑や、外国為替資金特別会計の運用について『今ホクホク状態』と円安メリットを強調するような発言が波紋を呼んだばかり。 選挙期間中では唯一の党首討論会だったので、野党側はこれらについても追及するつもりでした。また、“高市氏の説明を聞きたかった”という有権者もおり、番組欠席は批判材料となってしまったかたちです」(全国紙記者)
「潰瘍性腸炎はまるで見つからなかった」故・安倍晋三首相まで批判
そんな高市氏の“討論会ドタキャン”は、野党だけでなくミュージシャンや俳優など一部著名人からも批判の声が。著名な映画評論家の町山智浩氏(63)もその一人だが、’22年7月に急逝した安倍晋三元首相(享年67)を引き合いに出したXの投稿が物議を醸している(以下、《》内引用はすべて原文ママ)。 2月3日午前11時10分(最終更新)に《あなたはもう忘れたかしら》と切り出し、こうつづっていた町山氏。 《安倍晋三さんは潰瘍性大腸炎を理由に総理を辞任。「追及から仮病で逃げた」と批判した人たちが「人でなし」とさんざん批判されました。でも、亡くなった時の検死解剖では、潰瘍性腸炎はまるで見つからなかった……》 町山氏はこの投稿に、’25年11月4日に「現代ビジネス」のWEBサイトで公開された「『安倍晋三元首相の潰瘍性大腸炎は認められなかった』山上被告公判での解剖医発言が話題…現役医師が指摘する『本当の読み取り方』」と題する記事を添付。 さらに別の投稿では、こうも主張していた。 《辞任した時も慶応病院は「潰瘍性大腸炎」とする診断書を書かなかったんですけど、実際に解剖したら何もなかった。実際の潰瘍性大腸炎は形跡が何年か残るそうです》(3日午後4時5分) 《2020年の8月に安倍晋三氏を検査した慶応病院は潰瘍性大腸炎を認めず、それから23カ月後の検死解剖でも潰瘍性大腸炎の痕跡は認められず。この23カ月の間に痕跡も残さず快癒した「可能性」はありますが、潰瘍性大腸炎が「あった証拠」は一切存在しません》(4日午前6時29分) 安倍氏は生前、首相として7年8カ月に及ぶ歴代最長の在任日数を誇ったいっぽう、長きにわたって持病である潰瘍性大腸炎と闘ってきた。 「安倍氏が潰瘍性大腸炎を発症したのは、10代の頃だったそうです。’06年に戦後最年少の52歳で首相に就任しましたが、参院選で大敗した翌’07年に健康上の問題で退陣を余儀なくされました。 ’20年8月の在任中も、潰瘍性大腸炎の再発を理由に辞任を表明。このときの会見では、『13年前、私の持病である潰瘍性大腸炎が悪化をし、わずか1年で突然総理の職を辞することとなり』と最初の退陣理由も明かしていました。 病は投薬でコントロールしてきたようですが、’20年6月に再発の兆候が指摘され、翌月には体力の消耗といった異変もあったそうです。当時は新型コロナウイルス対策が喫緊の課題でもあり、体調が万全でないなか、政治判断を誤ることなどを懸念して辞任を決断したと説明していました」(前出・全国紙記者) 首相辞任後は自らのペースで活動をしていた安倍氏。だが、’22年7月に奈良県奈良市での応援演説中に山上徹也被告(45)が撃った凶弾に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。