『星獣戦隊ギンガマン』第三十六章『無敵の晴彦』
◾️第三十六章『無敵の晴彦』
(脚本:小林靖子 演出:諸田敏)
導入
今回はタイトルからもわかるように、まさかの晴彦パパが活躍してしまうというトンデモ回だったわけだが、この回に関してはどうにも違和感が拭えない。
というのも、これは有名な話だが、今回本来ならば晴彦パパではなくギンガイエロー/ヒカルとの手繋ぎアクション回になるはずだったのを急遽晴彦パパに差し替えることになったのだ。
理由としてはヒカル役の高橋伸顕が左手首を捻挫して怪我していたがためにできなくなったからだそうだが、その話を聞くと随分優しい時代になったものだとは思う。
だって、『仮面ライダー』の頃なんて藤岡弘は主治医の許可をギリギリもらって左足に固定のパイプをした状態で過酷なバイクスタントに臨んでいたからだ。
とはいえ、やはり急遽の差し替えだったせいか、どうしても今見直すと晴彦パパがリアリティーラインを超えてド派手な活躍を見せたのには違和感しかない。
そもそも晴彦パパは今まであまり扱いが良くなくて、勇太少年からも容赦無く突っ込まれるようなズッコケ役だったからであり、それがここまでの活躍を見せるのはどうだろうか?
確かに「ギンガマン」という作品はギンガマン5人だけではなく勇太少年や鈴子先生など一般人も活躍できるように作られていたが、それにも限度というものがある。
勇太少年も鈴子先生も鍛えられてない一般人なりにやれることをやったという無理のない活躍だったのだが、晴彦パパのこれは流石に活躍の度が過ぎている。
別に晴彦パパが活躍してはならないということはないのだが、ただの絵本作家だった男が伝説の戦士並みに活躍してしまうのはいかがなものだろうか?
これはまあ後述するが、映像的にはそれなりの説得力があったからよかったものの、個人的には改めて見直すとどうにも乗りにくい回ではあった。
リアルタイムで見た時はそれなりに笑って見ていたのだが、今見直すとなんでこんな会を繰り返し見ていたのだろいうかという心持ちにさせられる。
かといって、いわゆる「シュールギャグ」「不思議コメディ」という領域に昇華されているわけでもないのが苦しいのだ、今回だけテイストが「カーレンジャー」っぽいから。
とはいえ、バルバンの作戦自体は非常に真っ当であり、ギンガマンが邪魔しないようにしっかり考えられた作戦であるなど、単なる「脳筋軍団」というわけでもない。
ここがサンバッシュと違うところであり、やはりビズネラという優秀なブクラテスとは比べ物にならない参謀がいることで、安定し始めたということだろうか。
今回の場合お話そのものというよりもアクションに全方位振り切っているので、そのアクションそのものに面白みがないと入りにくい、
ポイントは以下の3つだ。
戦隊シリーズ名物(?)「手繋ぎアクション」
バットバス魔人部隊、地味に現代社会を利用
晴彦パパの活躍に対する賛否
では本格的なレビューに入ろう。
戦隊シリーズ名物(?)「手繋ぎアクション」
コメントでも指摘されていたが、今回は「手繋ぎアクション」であり、同じ小林靖子が書いた「侍戦隊シンケンジャー」でもシンケンブルー/池波流ノ介とシンケングリーン/谷千明がやっていた。
脚本家は違えどあれも同じ小林靖子メインライター作品だが、今回は本来であればハヤテと晴彦ではなくハヤテとヒカルだった、要するに2番手の説教キャラと未熟者の組み合わせでやろうおいうことだったのだろう。
ただ、画像を見てもらえればわかるが、この時ヒカルは左腕を捻挫しており、アクションに参加できる状態ではなかったことが影響して急遽差し替えられたわけだが、アクションそのものは決して悪くなかった。
むしろトラックの上に張り付くスタントなんてスーパー戦隊シリーズでもなかなか見ない映画ばりのスタントだったし、諸田監督もいいカメラワークで撮っている。
そして一番面白かったのは「バルバン、作戦は失敗だ」「失敗だ」から倒してボンブスから逃げ惑うところであり、予告にもなっていたが、イケメンとオヤジが走っている図式もまた面白い。
今回はまさに「走れ!駆け抜けろ!」と予告で言われていたように、まさに疾走感あふれるアクションが全開で、こういうアクションに振り切っても「ギンガマン」は面白いのだ。
しかもそれを成り立たせるための理由づけもしっかりしており、ギンガマンに邪魔されないよう爆弾に触れたら吸い付いて離れないようにできているところが素晴らしい。
まさに「手が離れない」ということがどれだけ不便で窮屈かという中でお互いの距離感が近くなるというのもまた面白いところではあるだろうか。
晴彦パパに対する賛否は後述するとして、決してアクションが得意ではないであろう高杢禎彦にここまでやらせるというのは見事だ。
元チェッカーズの尖りっぷりが嘘なくらいのキャラ付けではあるが、変身後のアクションも含めてよくもまあここまでやれたものだと思う。
今だとやっぱりCGとかモーションキャプチャーだとかである程度派手に見せて誤魔化しを効かせることができてしまうから、生々しさがない。
物体が激しく動く中でどれだけ個性的なアクションができるかというのは映画的な面白さなのだが、そういう面白さを今回はしっかり撮ってみせた。
確かにお話そのものは正直ベストとは言い難い、本来であればギンガイエロー/ヒカルがやるところを無理やり晴彦パパにやらせてしまったわけだから。
とはいえ、映像そのものは決して悪くはなかったので、やはりこれがヒカルだったらもっといい画が撮れていただろうと悔やまれてならない。
バットバス魔人部隊、地味に現代社会を利用
そんなギャグ話の構造に目が奪われがちだが、今回改めて思ったのはバットバス魔人部隊が地味に現代社会の運送業だのを利用しているという側面だ。
あんな運送業の格好をしてやることが、東京の街一体を爆破させて隕石を熱してダイタニクスを復活させるためのことをやっているというのもまさにテロリストである。
何千度もの炎で蒸すという作戦ならなぜギンガレッド・リョウマの炎のたてがみを利用しないのかというと、第二十九章でヒカルのアースを吸収しようとして失敗したからだ。
同じ過ちを繰り返さないところがさすがはビズネラであり、こういうところがブクラテスとは違いガチのプロフェッショナル感が漂っていると感じさせる。
だからこの辺りになると、もはや「戦力の差」ではなく「作戦立てをどれだけ緻密に立てられるか?」という「戦略」のところがとても大事になってくるのだ。
何度も言ってきたので今更繰り返さないが、ギンガマンは決してパワーバランスがおかしいわけではなく、「持ってる力をどれだけ有効に使いこなせるか?」が大事である。
以前から述べてきたが、とにかく目的→目標→戦略→戦術というのが徹底しているのがギンガマン、そこら辺の詰めが甘いのがバルバンなわけだが、仮にこのバットバス軍団を1クール目から出していたらどうだったか?
おそらくサンバッシュはおろかブドーほどの成果も出せずに終わったであろう、なぜならばバットバス自身は決して頭脳面が優秀とはいえず、それを自覚した上でビズネラを贔屓にしている。
逆にいうと、1クール目のサンバッシュとブクラテスがなぜギンガマンの初期武装だけで負けたのかというと決して「持っている力」の差ではなく「考え方=脳のOS」の差だろう。
ダイタニクスを復活させるのに有力な手がかりがないという中でサンバッシュは先陣として戦わなければいけなかった、それくらい厳しい話だったのである。
一方で2クール目のブドー以降は最初からある程度有力な情報や手がかりがある状態からスタートしているから作戦も立てやすいし、ギンガマン対策もできるのだ。
そう、戦いとは要するに「情報」が7〜8割だから、どれだけすごい力を持っていたとしても、それを有効に使いこなせる情報力の格差がものを言う。
そういう意味ではバットバス魔人部隊が街中を襲ったり、今回のように廃墟となった工場を利用とするなど地の利をしっかり生かしていることが伺える。
そう、バットバス魔人部隊は別に戦力があるからギンガマンを苦しめることができるのではない、情報を有効に使いこなしそれをしっかり実行する任務遂行力が高いからだ。
近年はこう言う作戦を立てるのではなくとにかくパワーアップアイテムにばかり頼っているから、こういう知略の部分がきちんとしているのは大事である。
展開そのものはギャグだとしても、作戦そのものは実に恐ろしいものであり、逆にいえば悪役がここまでシリアスだからこそ今回のドタバタも成立するのだろう。
晴彦パパの活躍に対する賛否
さて、この回は晴彦パパの活躍に対する賛否で評価が二極化するわけだが、私はあえて「否定派」ではなく「肯定派」として今回は論じてみたい。
というのも、高杢禎彦はチェッカーズとして尖っていた時代があるし、とてもじゃないがあのいじられキャラな中にも実はとんでもなく強い芯があるというのは一定の説得力がある。
ここがゴウキとはある意味逆なところで、ゴウキは「力はあるが中身は小心者」だったのに対して晴彦パパは「力はないが中身は意外に男前」だったりするのではないか?
今回はそんな晴彦パパのかっこいい一面が出ていたと思うし、そういうかっこよさを勇太少年も受け継いでいるのではないかというのが若干垣間見た。
だから、確かにヒカルの方でやってほしかったという気持ちはわかるのだが、なぜ晴彦パパが「無敵」なのかというのがこの回を改めて見直してわかった。
彼はいざという時に誰よりも物怖じせずに大胆にぶつかっていけるだけの胆力があるからであり、それはある意味でギンガマンの気高きプロフェッショナルさとも繋がっている。
青山勇太少年がリョウマたちからそれを「学んでいる」のに対して、晴彦パパは「学ぶ」のではなく「実践してみせる」というのが実に本作らしい。
だからカッコつけても妙に笑い飛ばせない怖さがあるし、逆にいえば第二十八章がそうだったように、一番切れさせたら怖いのはこの人ではないだろうか。
リアリティーラインとして考えたらここまで活躍するものかというのは確かにある、だが映像の説得力はそんなものを黙らせてしまうほどの妙な説得力を持つ。
役者の力か演出の力かはわからないが、決して狙ってやってないだろうに、思いがけもしないエンタメがここに生まれているというのが素晴らしい。
どちらかといえば「ギンガマン」は予定調和としての面白さをベースに「想定外」の面白さがかけ合わさっているが、今回は完全に「想定外」に振り切っている。
晴彦パパはまさにその「想定外」のアドリブに誰よりも強いということが今回明らかになったのではないだろうか。
ギンガマン5人の場合もまさにそれで、リョウマ・ゴウキ・ヒカルが想定外に対する強さを持っているのに対して、ヒュウガ・ハヤテ・サヤが予定調和に強い。
そういう意味では予定調和に強いハヤテと想定外に強い晴彦パパの組み合わせにしたのはヒカルとはまた違う面白さがあったと思う。
もちろん同じ想定外に強いヒカルとハヤテの組み合わせというのも見てみたかったが、晴彦パパが一番「読めない」キャラである。
総括
今回は本来ならば予想だにしないことが起こったということと、それが劇中での出来事と合わせて想定外の面白さがあった。
「ギンガマン」という作品は予定調和の面白さだけではない、ここぞというところで視聴者の予想を裏切る想定外も入れているのが素晴らしい。
だから凡百の作品とそこが決定的に違っており、根幹を突き詰めた上で想定外も予定調和も完璧に使いこなしている最強の作品だ。
評価はA(名作)100点満点中90点。



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