『星獣戦隊ギンガマン』第二十九章『闇の商人』
◾️第二十九章『闇の商人』
(脚本:小林靖子 演出:長石多可男)
導入
今回と次回は久々の前後編であり、4クール目に向けての新機軸と共に物語としても改めて「ギンガマン」の「根幹」がいかなるものかを示した名作回である。
「星祭り」という、ギンガの森の風習・慣わしを題材としてギンガマン5人とヒュウガの「考え方=脳のOS」が示されると共に、そのテーマを「ヒカルの成長」という形で具現化している。
しかも今回は今まで真正面から絡んだことがない最年長ヒュウガとの絡みというのもポイントが高く、とうとうヒカルがリョウマと同じ高みへ登る段階へ来たということだろう。
これまでヒュウガはどちらかといえばリョウマや黒騎士ブルブラックとの絡みが多かったので、ここできちんと最年少のヒカル・サヤとの関係性もしっかり描いているのが抜かりない。
そしてバルバン側もまた宇宙の闇商人・ビズネラと超兵器である鋼星獣という新機軸を出し、さらなる戦力強化を図ることによって脅威を失わないのだ。
本作のすごいところは正にここにあって、どれだけギンガマン側が強化されようが決してバルバンの脅威が失われず適度な強化や軌道修正を図っているところにある。
また、ギンガマン側に黒騎士という「宇宙から飛来した異星人」が存在するように、敵側にもそういう「宇宙から飛来してきた存在」を入れているのがいいところだ。
「ギンガマン」という作品自体は地球を舞台に物語を展開しているものの、物語の大筋や背景設定にしっかりと「銀河」という宇宙規模のものをうまく盛り込んでいる。
今回のレビューに際して大きなポイントは以下の4つ。
「戦士の誓い」は「アウトプット(実践)」が最も大事である
社会悪としてのビズネラの台頭とヒカルとの因縁
ヒカルの成長とヒュウガのメンターとしての器
鋼星獣という「異物」を取り込んだ小林靖子の職人芸
「ギンガマン」という作品自体もここから更に盛り上がりを見せていくことになるわけだが、今回と次回はそのための細かい布石・伏線にもなっているというわけだ。
中弛みしがちと言われる本作の3クール目だが、確かに大筋にそこまで大きな変化はないものの、決してつまらないのかというとそうではないことが改めて実感できる。
銀河規模の物語を実践的なスケールへと落とし込むという、この「壮大な背景設定・物語の大筋と等身大の登場人物の葛藤の連動」がしっかりしているのが伺えるだろう。
ただし、この回の凄みはここまでの物語を丁寧に追っている人でないと分からないものだから、改めて1つ1つを丁寧に精査していくことが大事だ。
「戦士の誓い」は「アウトプット(実践)」が最も大事である
今回「星祭り」という題材で出てきた「戦士の誓い」だが、これまでもちょくちょく示されてきたギンガマンというヒーローの理念=核が改めて言語化されたのでここに書き起こしてみよう。
『戦士とは、日々においても戦いにおいても、心に平和を忘れず、持てる力全てを惜しまず、諦めず振り返らず、また仲間を信じ、苦難と悲しみは受け入れる。全ては「星を守る」ために』
正にギンガマン5人と黒騎士が第一章から現在に至るまでの戦いの根源的なあり方・考え方=脳のOSを示すものであり、私がなぜギンガマンを戦隊史上最高傑作としているかというのも正にここにある。
ここで重要なのは、この誓いが決して唐突に出てきた「後付け」の設定ではなく、これまでの戦いの中で積み重ねられてきた描写の上に説得力をもって成立してるということだ。
リョウマたちは敵をただ倒すだけではなく、常に背景としてある守るべきもの=「星」の存在を意識し、決して心の闇に溺れないという、力を振るうことの責任を知った者の戦い方をしてきている。
特に2クール目の黒騎士ブルブラック編があってからはリョウマ自身がギンガマンの代表にして作品の「象徴」として考え方・戦い方の根幹をしっかりと示し、ブレずに自分たちの戦い方を貫いてきた。
自然とギンガの光にも認められて大きな力を手にすることに説得力が出るし、しかもそれだけ大きな力を手にしていながら決して慢心も油断もせずに日々の戦いに取り組んでいるところにある。
そういうスタイルで描かれてきたからこそ、ヒカルが戦士の誓いを「覚えていなかった」ことを奥底で恥じており、今回改めてヒカルが「言葉の意味」を「腹の中に落とし込む」というドラマが説得力を持つ。
詳細は後述するが、あくまでも戦士の誓いそれ自体はスローガンに過ぎないのだが、スローガンを単なる「お題目」としてではなく「血の通った理念」へと落とし込むのが銀河戦士なのだ。
そしてこの回で最も響くのはヒュウガが放つ「戦士の誓いは暗記することが重要なんじゃない。実際の戦いで生かして初めてその重さを理解できるんだ」という言葉、すなわち「アウトプット(実践)」こそが最も大事ということだ。
ここがとても重要であり、特に日本という国だとついつい蔑ろにされがちなのだが、日本の学校教育はとても質が高いにも関わらずなぜ「役に立たない」と言われがちなのかというと、正に「アウトプット」にこそある。
勉強でも仕事でもそうだが、日本という国は「インプット(暗記)」ばかりを重要視しがちだし、実際詰め込み教育というスタイルはただただ暗記することばかりを是としてきた側面があった。
だが、インプット(暗記)をするだけだったらそれこそAIにだって簡単にできるし、何なら今は人間よりもAIの方が知能というか「データベース」としては優秀である。
それを踏まえて見ていくと、ヒュウガがいう「アウトプットが最も大事」というのは戦士の誓いに限らず、我々の日常においても言えることなのではなかろうか。
ヒカルにとって戦士の誓いとは決して上っ面で空疎な「知識」としてではなく「己の魂に刻み込み実践する」ためのものとして叩き込むということが今回の課題であり、逆にいうともうヒカルも単なるやんちゃな少年ではないということだ。
このあとヒカルは第四十章・第四十七章とビズネラとの因縁を通して大きく成長していくわけだが、第四章の時からまた1つヒカルが戦士としても人間としても大きく成長していくのだ。
ギンガマンにとって「戦士の誓い」とは決してただのスローガンでも戦士教育の一環でもない、日常の中で「生き方そのもの=哲学」として深く体の染み込んでいるものなのだ。
皆さんは、果たしてこういう「考え方=脳のOS」を日々の勉学や仕事の中できちんと実践できているのか、一度振り返ってみてもいいかもしれない。
社会悪としてのビズネラの台頭とヒカルとの因縁
宇宙の「闇商人」ビズネラは戦隊シリーズでも珍しいタイプの敵であり、いわゆる「社会悪」とでもいうべきバルバンにとっての「異物」でもあるというのが今回のミソだ。
シェリンダが指摘する通り、ビズネラはハイエナのようにバルバンが荒らした星の残り物を漁る下卑た欲望に塗れた存在であり、言葉遣いも非常に慇懃無礼である。
これがブドーとも違うところで、ビズネラは安直な武力や暴力ではなく、資源搾取・策略・交渉・計算によって物事を動かすキャラクターであり、敵ながら一種の現実味を持っているのだ。
後述する彼が持ち込んだ超兵器のことを考えると、これは小林靖子を中心にスタッフが盛り込んだスポンサー=財団Bが持つ商業主義の悪役としてのメタファーとも言えるだろう。
ビズネラが今回考えた計略は超兵器を動かすための動力源=アースのエネルギーを奪い取り、コントローラーに収集することだがこれがまた卑劣な印象を視聴者に与える。
なぜならばアースとはギンガマンの力の源であり、大自然と繋がる「命のエネルギーそのもの」でもあり、それは第四章「アースの心」でヒカルとハヤテの絡みの中で示された通りだ。
その「星の命そのもの」であるアースを奪う行為はギンガマンの持てる力を無効化するというだけではなく大自然そのものに対する冒涜でもあるのがまた生々しい。
また、ヒカルが「感情的」であるのに対してビズネラは「理論的」であるという点も大きく異なり、ヒカルにとっては天敵とも言える苦手な相手とぶつかることになった。
この構図が鮮明でとてもよくできていて、単なる「敵キャラ」としての台頭だけではなく、「現代社会・文明の闇」VS「自然と共存する戦士たち」という文明観のぶつかり合いにまで昇華されているのだ。
しかも、アースの力を「奪えば利用できる」と考えるビズネラに対し、ヒカルたちは「その力は信じて共鳴することで初めて使える」というスタンスの対比も鮮やかで、まさに両者の哲学の違いが衝突してる。
そしてビズネラの「奪って利用する」という考え方=脳のOSの根幹はバルバンの持つ「支配欲」とも根底で通ずるものであり、アウトプットの形として異なるだけで根幹の思想は同じだ。
つまり、ビズネラという完全な外注のキャラクターによってバルバンの悪辣さがより強固に担保されると同時に、この辺りから終盤に向けてギンガマンとバルバンの対極的な価値観の相剋が画面の表層に露呈していく図式だ。
そんなビズネラの策略でヒカルとヒュウガが囚われ、ヒカルに「自分の力(アース)を出せ・協力しろ」と迫る場面で、ここが二人の因縁の出発点になる。
あくまでも感性で動くヒカルに対し、理論で動くビズネラ、直感と計算、情熱と冷徹という真逆の思考がぶつかり合い、この関係が後の物語で徐々に緊張感を増していく。
ギンガマン側でビズネラに近い立ち位置のキャラクターはギンガグリーン/ハヤテだが、ヒカルはハヤテを苦手としており、そのヒカルの苦手なタイプが敵に回ったのがビズネラなのだ。
ギンガマンはこういう風に1つのキャラに複数のものを暗喩させたり、また複数のキャラクターを通して作品の哲学やメッセージ性を織り込むのが非常に巧みである。
ヒカルにとってのビズネラとは、ただの敵以上に、“自分の弱点を突いてくる社会そのもの”のような存在であり、この横軸の展開の仕方がお見事。
こうした「キャラ同士の関係の軸」をしっかり立てて、時間をかけて育てていくのが本当に上手く、この2人の今後がどうなっていくのかも実に楽しみだ。
ヒカルの成長とヒュウガのメンターとしての器
ヒカルの精神的成長が描かれたのは第二十二章以来だが、いわゆる「考え方=脳のOS」という「核」にまで踏み込んだのは第四章以来であり、ここからが「ギンガイエロー/ヒカルの物語」の始まりなのだ。
第一章からそうだったが、ヒカルはギンガマン5人の中でやんちゃな元気っ子、悪く言えば「トラブルメーカー」であるとも言えるが、そんな彼がここから「一人の戦士」として大きく生まれ変わる=転生するのである。
これまで直感と感情で突っ走ってきた彼が初めて「どう戦うか」だけじゃなく「なぜ戦うか」に向き合うのかというさらに踏み込んだ哲学的な問いに向き合うことになったのだ。
第四章「アースの心」ではアースを悪戯に乱用していた彼が「力の抑制」を覚えて謙虚に向き合うことで銀河戦士としての成長と共に「自然に対する感謝・畏敬の念」を覚えた。
つまり第四章が「How to fight(戦い方)=どう戦うか」との向き合い方だったのに対して、今回は「Why to fight(戦う理由)=なぜ戦うか」という核心に向き合ったわけだ。
しかもその転機となるのが銀河戦士の中でも最強クラスにしてカリスマでもあるヒュウガとの一対一の対話という贅沢な一流との対話であるというのもポイントが高い。
「ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない」という言葉がある、すなわち一流の高み・ステージへ登ろうとするならば、現状の自分以上の人たちの交流や努力・経験が必要であるというわけだ。
今回のヒカルとヒュウガの絡みは正にそれであり、ヒュウガという「完成されたダイヤモンド」と光るという「ダイヤの原石」がお互いを研鑽することでヒカルは一流への階段を着実に登っていく。
戦士の誓いを一言一句、ヒュウガが語って聞かせ、ヒカルは檻に閉じ込められて動けない中で戦士として自分はなぜ戦うのかという生き方の意味をヒュウガの静かな言葉から汲み取っていくのだ。
もちろんヒュウガだけではない、リョウマ・ハヤテ・ゴウキ・サヤ、そして青山勇太少年に司令官の知恵の樹モークなど沢山の仲間たちがヒカルという人物の根幹を形成している。
そんな彼が印象的なのはアース吸収装置を破壊したヒカルが「自分が壊れればいい」とすら言い放った場面であり、あくまでもバルバンに魂を売り渡すこともヒュウガを死なせることもしない。
ここだけを聞くと自棄を起こしてヒカルは自己犠牲に走ったかのように見えるが、実際はそこにしっかりと戦略があり、アース吸収装置の特性を逆手に取って反撃に出たというわけだ。
これはヒュウガのような秀才のカリスマにはできない直感型の天才肌なヒカルだからこそできる発想であり、最終的にビズネラに装置を開けさせて反撃の機会を伺っていた。
この離れ業を見せたことでヒカルは決して感情で走って自滅するのではなく、冷静な観察と覚悟を持って動き、さらにその中で「戦士の誓い」を完全に暗記しヒュウガから「合格」の言葉をもらったのだ。
しかも単なる「合格」ではなく、戦士の誓いを「アウトプット(実践)」してみせたわけであり、ヒュウガのお墨付きをもらったことでまた一歩ヒカルが戦士として大きく成長した。
それをしっかり導いたヒュウガのメンターとしての適性も素晴らしく、ヒカルの未熟さに対してハヤテのように怒鳴ったり叱責したりするのではなく、静かに優しく、しかしながら芯のある強い言葉で導いていく。
ヒュウガの素晴らしいところはきちんと人を見て接し方を変えていることであり、例えば弟のリョウマに対してはリーダーという責任から非常に厳しく叱咤している。
しかし、ヒカルに対しては「称賛」によって自信をつけさせる形で導くという「信頼と尊敬で背中を見せる」タイプのカリスマであり、そんな彼の存在がチーム全体に深みを与えている。
ヒカルが“誓い”を暗記したことは結果にすぎず、本当に変わったのは彼の「心のあり方=世界との向き合い方」なのだ。
鋼星獣という「異物」を取り込んだ小林靖子の職人芸
そんな風に戦士として成長するヒカルだが、ビズネラもただやられて終わりではなく、黒騎士ヒュウガの「黒の一撃」と獣装光ギンガマンの「ギンガの閃光」の莫大なエネルギーを吸収し、遂に超兵器を解き放つ。
それが「鋼星獣」、すなわちギガライノス・ギガフェニックス・ギガバイタスなのだが、実はこの「ギガシリーズ」と呼ばれる鋼星獣は当初の予定に全くな買った「スポンサー事情」によるものである。
どういうことかというと是非以下の動画で詳細を見て欲しいのだが、実は前作『電磁戦隊メガレンジャー』の続編として構想されていた「ギガレンジャー」に登場する宇宙探査ロボの没案を流用したものだ。
だから私をはじめ当時視聴者の多くが違和感を抱いたのだがそれも当然、大自然と共生する戦士たちの物語・世界観の中に突然「メカメカしい宇宙探査ロボ」という劇薬・異物が投入されるのだから世界観の乖離が生まれるのも当然だ。
小林靖子は当時2クール目を終えたあたりで思い切って年月を飛ばして宇宙SFへの路線変更も検討していたらしく相当に激怒したのだというが、思えば『烈車戦隊トッキュウジャー』(2014)を最後に戦隊から離れたのもそういう事情があったのだろう。
しかし、彼女は苦心して紡ぎ上げた「ギンガマン」の世界観の統一性を無駄にするまいと懸命な努力を行い、路線変更ではなく逆に宇宙探査ロボを「ギンガマン」の物語・世界観に落とし込む方向へ舵を切った。
その結果として動物モチーフの意匠を付け加えることによってなんとか「星獣」というところに魔改造する選択を行い、なんとか立ち直り乗り切るという見事な職人芸をやってのけたのである。
結果として、鋼星獣は単なる「新兵器」でも「パワーアップアイテム」でもなく、「アースとは異なる機械文明の価値観」「奪うための道具」としてビズネラに利用される対象として印象的だ。
メタ的に言えばスポンサー=財団Bの闇のメタファーだったのだが、それをしっかりとギンガマンという作品の世界観に落とし込むという小林靖子の作家性・作劇論が見事なのである。
ここが凄いのは「異物」でしかないギガシリーズを「世界観の破壊」ではなく「星獣が乗り越える試練」に変えてしまったことであり、これによって、鋼星獣の登場が逆に物語を広げる装置になった。
どんなに浮いた要素だったとしても、それをしっかり「文脈」として物語に取り込む脚本力と構成力は全盛期の髙寺成紀と小林靖子のこだわりが生み出した結果である。
そのおかげで「ギンガマン」という作品が単なるヒーロー番組ではなく一本筋の通った「伝説の神話」であることを証明するエピソードとなったのだ。
総評
今回は新機軸を用いているが、派手な戦闘やパワーアップではなく、精神的な深みとテーマの提示をベースに改めて「ギンガマン」という作品の「根幹」を示した極めて象徴的な話である。
「戦士とは何か」「力とはどう使うべきか」「仲間をどう信じるか」というこれまでに蓄積してきた要素をもとに、ヒカルの成長とヒュウガの導き、ビズネラという強敵の登場によって鮮やかに浮かび上がらせた。
それと同時に、外部からねじ込まれた「異物=鋼星獣」すら作品世界に馴染ませる、制作陣の技術と執念の職人芸も見所の1つだろう。
この章があるからこそ、ギンガマンという作品が「ただの王道戦隊」で終わらず、「血肉の通った伝説の神話」として成立してると断言する。
異物が世界観を壊すのではなく、世界観が異物を吸収して進化していく……これがギンガマンという作品の生命力であり、未だに見るものの感性を揺さぶり続ける。
総合評価はA(名作)100点満点中95点。



コメント
1今は亡き塩沢兼人さんの声が聞けたのは
嬉しかったです 因みに最後に塩沢さんの声を聞いたのはアニメモンスターファームのガリでした