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「音色」って何?――倍音と聴覚のふしぎ

音色とは何か?

私たちは日常的に、意識せず音色を聞き分けている。ヴァイオリンとトランペットが同じ「ラ」を鳴らしても、どちらの音かは一瞬でわかる。声でも同じだ。「人の声」という共通の音源でありながら、誰の声かはすぐに識別できる。

よく考えると、これはとても奇妙なことだ。私たちが聞き分けているのは「高さ」や「大きさ」ではなく、音の質感、すなわち「音色」だ。ピアノとギターで同じ C コードを弾いても、そこから受ける印象はまるで違う。音楽の専門的な訓練を受けていなくても、母親の声と友人の声を取り違えることはまずない。この確かな判断の根拠はいったいどこにあるだろう?

音響学の世界では、この違いを説明するために「倍音」という概念が用いられる。音色とは何かを知ろうとすることは、倍音とは何かを知ることとほぼ同義なのである。ここからは、この倍音の正体に迫っていこう。

倍音の秘密

私たちが「一つの音」と認識しているもののほとんどは、実際には単一の音ではなく、複数の音の集合体だ。たとえばピアノで「ド」の鍵盤を弾くとき、実際に鳴っているのは「ド」だけではない。基本となる振動(基音)に加え、その整数倍の周波数の音が一緒に響いている。これらを「倍音」と呼ぶ。

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たとえば、「ド(C)」の基音を鳴らしたとき、2倍の周波数にあたる「ド(1オクターブ上のC)」、3倍にあたる「ソ(G)」、4倍にあたる「さらに上のド(C)」、5倍にあたる「ミ(E)」といった音が同時に鳴っている。これらすべてを重ね合わせて、私たちは「ド」という一つの音として感じ取っている。

この倍音の並びは「自然倍音列」と呼ばれる。弦楽器でも管楽器でも、あるいは人間の声でも、振動という現象が起これば必ず倍音はつきまとう。つまり、私たちが聴くほとんどの音には、基音と倍音がセットで含まれているのである。そして音色の仕組みは、この倍音の存在を抜きに語ることはできないのだ。

音色を決めるもの

では、なぜ同じ「ド」を弾いても、ピアノとギターではまるで違う響きになるのか。その決定的な要因は、「どの倍音がどのくらい強く現れるか」にある。

ピアノの音は、多くの倍音を豊かに含み、厚みと広がりを感じさせる。一方で、フルートの音は倍音の含有量が比較的少なく、透明感のあるすっきりとした響きを持つ。人の声も同じ仕組みで、声帯が生み出す基音と倍音に加え、声道の形状や口の開き方によって特定の周波数帯域が強調される。

この「特定の周波数帯の強調」を「フォルマント」と呼ぶ。フォルマントは楽器や声ごとの個性を生み出す大きな要因であり、話し言葉の母音を聞き分けられるのも、このフォルマント構造によるものだ。

私たちの脳は、このフォルマント、すなわち「どの周波数帯が目立っているか」を瞬時に解析し、それがどの楽器や誰の声かを判断している。言い換えれば、音色とは倍音の配列とフォルマントの組み合わせによって決まる「音の指紋」なのである。

倍音を聴き取るトレーニング

ここまで読んで「なるほど、倍音が音色を決めるのか」と思ったとしても、実際にその倍音を耳で聴き分けるのは簡単ではない。多くの人にとって、倍音は「理論上は存在するが、実際には聴こえない音」だろう。しかし、倍音を聴き取る耳は訓練次第で鍛えることができる。

手軽な方法としては、ピアノの低音を使ったトレーニングがある。低い「ド」を強く鳴らし、その響きの中から第3倍音の「ソ」や第5倍音の「ミ」を探してみる。

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最初は雑音の中に埋もれてまったくわからないかもしれない。しかし、毎日少しずつ耳を澄ませて続けていると、やがて「あ、確かにソが鳴っている」と感じられる瞬間が訪れる。これは、倍音を聴き取る感覚が育ってきた証拠だ。

ギターを持っている人はハーモニクス奏法を試してみるのもいい。特定のフレットに軽く指を添えて弦を弾くと、基音を抑えて倍音だけを抽出した澄んだ音が響く。これによって倍音を「純粋な形」で体験でき、理解が一層深まる。

倍音を聴き取れるようになると、音楽の聴き方や演奏の仕方が大きく変わる。たとえば合唱曲や弦楽四重奏曲を聴くとき、和音の中から自然に浮かび上がる「隠れた音」を感じ取れるようになる。また、自分の演奏においても、どの倍音がどのように響いているかを意識することで、音色をコントロールしやすくなる。

倍音は特別なものではなく、私たちの身の回りのあらゆる音に潜んでいる。街の雑踏、風の音、日常の生活音──そのすべてに無数の倍音が含まれている。耳を澄ませば、世界そのものが倍音に満ちたハーモニーでできていると気づくだろう。倍音を聴き取り、操ることこそ、音楽的成長への近道なのかもしれない。

動画案内

倍音について詳しく知りたい方のために、解説動画を YouTube で公開しています。

実際に音を聴き比べる実験に加えて、
「倍音は誰によって発見されたの?」
「倍音を聴き取るメリットって何?」
「私たちは無意識のうちに倍音を使いこなしている?」
といった一歩踏み込んだテーマも扱っています。理解を深めたい方は、ぜひこちらもご覧ください!

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コメント

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あとむくん

倍音って、ハーモニーや半音階も含まれると捉えて構わないのでしょうか?

1
北原至 / 音楽家 いいね
北原至 / 音楽家のプロフィールへのリンク

倍音の中には確かにハーモニーを感じ取ることができます。たとえば基音・第3倍音・第5倍音を重ねると長三和音になり、これはラモーが「長三和音が最も自然な響きだ」と主張した根拠になりました。 一方で、倍音に半音階が含まれるかどうかは少し複雑な問題です。高次の倍音になるほど半音階的な音程は…

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「音色」って何?――倍音と聴覚のふしぎ|北原至 / 音楽家
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