『星獣戦隊ギンガマン』第二十七章『ミイラの誘惑』
◾️第二十七章『ミイラの誘惑』
(脚本:荒川稔久 演出:辻野正人)
導入
前回までを経て、ここから改めて第三十四章までがイリエス編だが、先に言っておくとこの3クール目は「中弛み」とまではいかないが「緩い」流れになっている。
第二十九章・第三十章で新機軸が出てくる以外ではそんなに目立つような箇所はなく、少なくとも前半2クール目に比べて「大筋を動かす」というような流れにはなっていない。
どういうことかというと、1クール目のサンバッシュ編と2クール目のブドー編はそれぞれ大筋の部分に影響を与える仕掛けがしっかりと凝らされていた。
きちんと目的に沿って必要なものが顔を出すだけではなく、それをギンガマンのヒーロー像と直結させることによって作品の根幹を分厚いものにしていく。
しかし、この3クール目はイベントらしいイベントがほとんどなく、上記の第二十九章・第三十章・第三十四章以外は箸休めの回ばかりで本筋が動かない。
やはり2クール目に濃いイベントを集中的に挟んでいたためか、非常に盛り上がり完成度も高かった反面、本来なら3クールかけてやるネタを2クールで消化してしまった。
そのことが良くも悪くも弊害として出ているのがこの3クール目であり、作品全体の評価に大きく影響することはないが、それでも2クール目に比べると幾分楽をしているように感じてしまう。
もちろん作り手側にそんなつもりがさらさら無いのは見ていてわかるし、ここまでに築き上げた土台が強固だから今更滅多なことで崩れるようなことはないのだが。
さて、今回と次回に関しては2クール目であまり描けなかった脇のイベントを描いている、今回がサヤとヒュウガの絡み、次回が鈴子先生と青山親子。
いずれもがメインストリームでは描けない話であり、だからこそ第二十一章以来荒川稔久が起用されたのだとは思うところで、「乙女の若さを吸い取る」なんて変態の発想は荒川稔久くらいしかできない。
それに女子高生に魔人が憑依してハニートラップを仕掛けて毒殺しようというのもなかなか強烈だった、話とてはさほど凝ってないものの、シンプルなヒュウガたちの活躍が見られた。
しかし、どうにも「荒川稔久らしさ」をイマイチ感じにくいのはやはり荒川稔久にはこういうガチガチのシリアスな王道系が似合わないからだろうか。
前回までと比べるとややパワーダウンしている印象は否めないが、その分純粋に楽しめるという意味では悪くない一本である。
サヤの可憐さよりもヒュウガの格好良さが際立つ回
個人的にはこの回はサヤの可憐さが表立って描かれているが、どちらかといえばヒュウガの格好良さの方が際立っていたのではないかと思う。
つまり一見サヤを目立たせているようでいて、そのサヤですらヒュウガのかっこよさを引き立たせるための素材にされてしまったというのがまあなんともいえない。
冒頭では珍しく花言葉の意味を説明するシーンがあるが、その「花」担当も第三章で星の花を愛する優しさをゴウキに取られてしまっていて、今更な印象である。
つくづくサヤは前半でのキャラ立てに完全に失敗してしまい、3クール目に入ってもなお立て直しを図ろうとする涙ぐましい努力が痛々しい。
ギンガレッド/リョウマは前回までで「個」としては完成を迎えたのでここからは「リーダー=和」であることに軸足を置くようになっていく。
ハヤテはこの後に勇太少年との絡みや晴彦父との共闘を挟んでシェリンダとの因縁に入っていくし、ゴウキは鈴子先生でメイン回が固定される。
ヒカルも第二十九章でビズネラとの因縁が構築されて成長する余地が残されている、つまり各キャラクターそれぞれに縦軸というかキャラの核がきちんとある。
それに対してサヤはキャラの芯が何もなし、唯一今回大々的に描かれた「ヒュウガへの思い」というのが逆にサヤのキャラを狭めてしまったのが難点だ。
今回のサヤはほとんど猿芝居をやっていたようなもので、あれでよくバルバンの魔人を騙せると思ったものだが、モルグモルグがアホすぎたということだろうか。
ほとんど中身はあってないようなものなのだが、前回に続きヒュウガの策士な側面をしっかり描いてきたのはとてもいいところである。
逆にサヤはヒュウガの意図を汲み取って動いていたのは悪くないとはいえ、いわゆる「知性派」としての印象を積み重ねてきたわけではない。
だからそうしたキャラクターの弱さが露呈してしまったともいえ、まあ個人的にはヒュウガがかっこいいからそれだけでも良しとはしたい・
ハニートラップに強い小川輝晃はニンジャレッド/サスケのセルフオマージュか?
さて、今回はサスケが女子高生に寄り添っていて「浮気!?」と勘違いされるが実はそれすら芝居であったというオチだった。
これまではとにかく「厳しい完璧超人の兄」という一面ばかりが目立っていたが、今回はさらにそこから頭の回転の速さというか柔軟性も示してきたのである。
「やっと会えたなバルバン!」と言いながらあっさりモルグモルグをひっくり返してきたのだが、この辺りはニンジャレッド/サスケのオマージュとも言えるだろう。
「彼女を傷つけずにお前を引き離すにはこんなやり方しかなくてな」という言い回しなど、実に「カクレンジャー」後半の完璧超人となったサスケを彷彿させる。
知らない人のために解説しておくと、小川輝晃は『忍者戦隊カクレンジャー』のニンジャレッド/サスケを演じていたが、彼もまた屈指のカリスマ性の持ち主だった。
もちろん最初からそういう「できたキャラクター」として作られていたわけではないが、話の流れで何となくそうなっていったというタイプのキャラクターである。
そして、そのサスケ時代に積み上げた功績があればこそ、黒騎士ヒュウガがそれをより成熟させた完璧超人として描くことができた。
戦闘力としては流石にブルブラックと比べてやや弱体化した感はあるものの、ずっと黒騎士と一体だったから動きを体が覚えているのは納得である。
何となくだが、この3クール目は「カクレンジャー」のオマージュではないかと思うのだ、というのも妖怪軍団はこういう搦手や罠をしょっちゅう仕掛けてきたから。
実は「カクレンジャー」に出てくる敵は歴代でも結構やることが陰湿であり94年にしてかなり厄介な悪を描いていたのだが、イリエスが受け継いだのはこういうところの「悪」なのかもしれない。
卑劣な罠を仕掛けるというのは第十二章でサンバッシュがギンガマン5人相手にやっていたことだが、あくまでも最終手段としてやっただけである。
一方のイリエス魔人族はそれを呼吸をするように日常茶飯事としてできるわけであり、そういう相手には警戒心が強くベテランのヒュウガが必要というわけだ。
やっとフィニッシュを任せてもらえたギンガピンク
さて、変身前のキャラ立ちはうまくいかなったものの、変身後のギンガピンクのキャラクター自体はアクション面でかなり優遇してもらえたのではないだろうか。
今回でギンガの閃光が決して5人揃った状態ではなく一人でも使えることで補強されていたが、今回は黒騎士ヒュウガとのバディで決めるというかなり珍しい画である。
ピンチに陥っていた黒騎士ヒュウガを助けるなど、決してギンガピンクと黒騎士の関係性が単なる「守り守られる上位下達の関係性」ではないところがポイントが高い。
だからサヤは決して「キャラが薄い」のではなく「ヒロインとして器用貧乏」というのが正しい評価ではないだろうか、満遍なく揃っている分突出したポイントも逆にないのである。
以前にも書いたが、ギンガピンクの猫モチーフにしたキャラクターは好きなのだが、そこに変身前のサヤのキャラが今ひとつ追いついていない感じがすごい。
他の男性陣が圧倒的に完成度が高い(特にギンガレッド/リョウマはとんでもなく高い)こともあるのだが、やはりそういう意味でも色々と「勿体無い」のである。
ギンガピンクにしてもせっかく美味しい単独での戦闘シーンで目立てたのに、それがさほど印象に残らないのは変身前のキャラクターが弱いせいだろう。
何が言いたいかというと、どれだけ戦闘力が強かったとしてもそこに芯がなければ、魂が通っていなければ単なる空虚なハリボテでしかない。
これは決して宮澤寿梨が悪いわけではなく、久々のシングル女戦士だったことで女戦士のあり方が迷走してしまったということではなかろうか。
「ギンガマン」自体は間違いなく歴代でもトップクラスに完成度が高い作品だというのに、女戦士のあり方にしっかりメスを入れられなかったのは目配りが届かなかったところか。
総合評価はB(良作)100点満点中70点、ヒュウガのキャラクターの強さに幾分カバーしてもらってやっとこの点数といったところだ。



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