バーチャルが人の心にかける橋:「私」が私を好きになるまでの物語
「私」は、かつて自分のことがあまり好きではありませんでした。
強気に振る舞っていても、見栄っ張りで、そのくせ頑迷で、完璧主義で…たくさん書き溜めた小説も、結局ほとんど世に出せず無為に時間を過ごしました。評価されたがって、それでも評価されるのも怖くて。刹那的に、享楽的に、でもどこか空虚さを抱えて日々を過ごしていました。
そんな私に訪れた人生最大の転機の一つが、7年前…そう、もう7年前です。「思惟かね」というVTuberを生み出したことでした。
この7年で「私」は大きく変わりました。それこそ別人と言っていいほどに。
精力的に、挑戦的に、そして年を経ながらもむしろ心は柔軟に…日々の空虚さは充実感に変わり、自分を信じて前向きに進めるようになりました。
しかしその過程は平坦ではありませんでした。むしろそれは、まるで吊り橋を渡るような不安定な道のりで、私と思惟かねの関係性は…特に私の心の中で、激しく揺り動き、近づいたり遠のいたりしながら、それでも橋を渡りきった先で、私は彼女と…思惟かねと、やっと手を取り合うことができました。
このエッセイのテーマは、まさにその過程を皆さんに共有すること。そして同じことが皆さんにも起こりうるのだと、知ってもらうことです。
それは、私が活動初期から追い求めてきた「バーチャルが人の心にもたらす可能性」という大きなテーマに、一つの結論を出すものです。
かつて、私の探索は自身の実践的な体験を構造化・一般化したものでした。
しかし様々な巡り合わせから、そこに心理学の視点(特にユング心理学と、臨床心理学的な解離と統合の機序)を得たことで、私は自分の身に起きていたことを、より広く、人間が本来持つ機能の一環として理解できるようになりました。
だからこそこの節目に、そこで得られた知見を改めて皆さんへ語りかけたい。
それはバーチャルの可能性の理論的提示であり、同時に、
バーチャルこそが特別であることの否定であり、
可能性と表裏一体の危険性の警告であり、そして、
人は誰も変わっていけるという希望の共有です。
それでは、しばし私の物語にお付き合いください。
◆はじまり
私が思惟かねと出会った時のことは、以前4周年のエッセイにて叙情的に語ったとおりです。
当初は、本当に勢いと思いつきでした。当時見ていたVTuberが面白かった。自分もできると知った。だからやってみたくなった。
そうしてフリーのLive2Dモデルを雛形に、思惟かねは生まれました。
ただそれは、ゲームにおけるキャラメイキングに極めて近いものでした。私はそれをただのツールと思っていましたし、ましてやそれがいずれ自分を変える存在になるとは夢にも思いませんでした。
それでも、特に理由もなく、私は自分がなんとなく好きな要素をそこに見出し、詰め込み、そして今に至る思惟かねの原型が完成しました。…それが持つ大きな意味も知らぬままに。
それがカメラトラッキングで動き出した時の不思議な気持ちは今も覚えています。けれど当時は、その姿に自分の男性としての声を「あてる」ことが我慢できず、ボイスチェンジャーに手を出し、けれどそのクオリティにもまた満足がいかず…それから1年半、思惟かねは世に出ることもなく過ごしました。かつて私が誰にも見せられなかった自作小説と同じように。
きっと、いや間違いなく、私は怖かったのです。自分ですら満足できないものを、人に見せるなんて。ただそれを当時は、不完全なものを人には見せたくない、いつかクオリティが上がったら表に出そう、と自分を騙していただけでした。
しかし2020年の5月、私は突如、思惟かねとして表舞台にでることになります。惰性で続けていたXとnoteの活動をきっかけに、対談企画を主催することになったのです。
私は思惟かねとして、はなはだ不完全な状態で、初めての配信で過去にないくらい緊張しながらその日を迎え、思惟かねとして人々の前に立ちました。
成功裏に終わった、と言っていいと思います。多くの人からの温かい言葉によって、私は安堵の中で、人々に「思惟かね」として受け入れられたことを実感しました。それは、私の心の中での変化の萌芽でした。
…人は、誰しも心の中に表には出せずにいる…抑圧された部分があります。
私にとっての小説…そして2020年5月に日の目を見るまでの思惟かねは、まさにその象徴でした。恐れ、自尊心、羞恥、自分の思索、好きなもの、評価されたい欲望…そういう私の中にありつつも、私が蓋をして閉じ込めてきたもの(ユング心理学ではこれをコンプレックスと呼びます)。それが誰にも見られない楽屋裏でこそ、初めて思惟かねとして形を得たのです。
自分の好きなものを形にする時、人はしばしばそうした心の中の意識していない部分を投影します。つまり、私はキャラメイキングをするつもりが、実際には自分の心の中を映す鏡を掛けていたとも言えました。
それが紆余曲折あって、「思惟かね」として…創作物であり、同時に私自身でもあるアバターとして周りの人々に受け入れられたことで、私の心の一部を押さえつけていたその蓋に、おそらく人生で初めて亀裂が入ったのです。その長年溜め込まれた圧力こそが、次章で語る変化の原動力となったのでしょう。
◆二人の自分
それからの私の活動は、まさに首輪を外された仔犬のように自由奔放でした。長く抑圧されていただけに、その噴出は強烈で、彼女は猛烈な勢いで「橋」を渡り始めたのです。
思いつきでクイズ大会を立ち上げ、思索から技術解説から書評まで様々なnoteを書き、多くのVTuberや学術たんとオンラインで交流し、毎晩のようにボイスチャットで話しました。バーチャルポートレートを撮り、写真雑誌を編集し、様々な創作活動に精を出しました。
その全ての時間を、私は「思惟かね」として過ごしました。たとえ夜が明けて声がかれるまで話そうとも、私はボイチェンを外すことなく、いっそ頑なほどに思惟かねであり続けました。
思惟かねは…軽やかで、思いつきを行動に移すことを恐れず、無邪気で自由で、人に尊敬され愛され、たまの際どい冗談やブラックユーモアさえもアクセントとなる…そんな存在として、心の赴くままにオンライン空間を跳ね回りました。
そうした挑戦は、もちろん失敗に終わることもありましたが、彼女はそれを恐れませんでした。もはや行動こそが目的であり、成功とは他人の評価というより、自分自身がその内容に満足できるかに移っていきました。
その快感と開放感の中で、この私が感じたバーチャルの可能性を広く伝えたいという思いで書かれたのが、VTuberとしての活動を通した心の解放について書いた『全てがVになる』でした。
一方でそれは、現実世界の私とはかけ離れた姿でした。当時の私にとって、思惟かねの自由さ、エネルギッシュさ、自己肯定感、なによりそれを皆が受け入れてくれる愛らしさというものは、望んでも得られないもので、心から羨ましく思うと同時、その存在をどこか遠くに感じていました。それを演じているのは自分であるという厳然たる物理的事実がありながら、私自身は彼女よりも遥かに不自由なままでした。
この時、やはり私の心の中で、私と思惟かねは他人だったのです。だからこそ「全てがVになる」の中でも、私は「仮想人格」「バーチャルな存在」として、その存在を現実の自分とは異なるものとして定義づけました。
実際、私は2022年までの3年半もの間、思惟かねとしての交友関係において現実世界で誰かと会うことを頑なに避けていました。
というのも「あなたと友誼を結んだのは、思惟かねであって、現実世界の私ではないから」と、当時私は本心から思っていて、実際にそれを伝えてすらいました。各種アカウントも、Twitter、Discord、Steam、Google…思惟かね名義で別に用意して使い分けていたほどです。いっそ執拗なまでに。
…そうしたおおよそ合理的でない行動の数々にも、今なら心理学的に説明ができます。
抑圧されていた自己の一部を分離し、意識できるようにする…こうしたプロセスを、広い意味で「分化(Differentiation)」と呼びます。思惟かねとは、まさに分化した私の一部であり、分身でした。それを実体化させ、強化したのは、思惟かねというアバターと声という具象、そしてそれ以上にその姿で様々な人との関わりの中で成功や承認、対話を積み重ねたソーシャルな経験に他なりません。
こうした抑圧(コンプレックス)からの分化は、まさにユングが100年も前に個性化(Individuation)の過程として描いたダイナミクスとよく重なります。
そしてまた、思惟かねと現実の自分を強く区別するような、「新しく立ち上がった自分の一部を、元の自分と強く区別しておこうとする」心の働きも「峻別(Splitting)」というプロセスとして説明されます。
つまり、思惟かねという新しく開放的すぎる自分の一部は、そのまま自分として受け入れるにはあまりに刺激的すぎたのです。だから思惟かねは、私とは他人であらねばならなかった。裏を返せば、姿形や声、人間関係といった何もかもが違う他者だからこそ、それほどまでに異なる在り方を自分の内に抱え込めたのかもしれません。
しかしこれさえもまた、発達過程での保護的・防衛的な反応として、さまざまな心理学の枠組みで理論化されているものなのです。
つまり、私がバーチャルを通して得た「驚くべき変化」は、実は質的には極めて一般的な人の心の成長過程だったと言えるのです。
そして、ごく一般的な過程と同じように次の変化が訪れます。2022年中頃のことでした。
◆現実に溶けゆくバーチャル
2022年末、私が記したエッセイ『君と出会って四年過ごした私が微妙に変わった理由』は、当時の私としてはとても挑戦的なものでした。
私は「思惟かね」として語りつつも、同時にその思いを現実世界の自分…「あなた」へと語りかける体裁を取ったのです。現実世界から遊離した存在であった思惟かねの、明確な変化がそこに表れています。
事実、2022年は変化の年でした。私は「思惟かね」として出会った友人に初めて現実で会うようになりました。一方で単調だった仕事は、変化に富んだチャレンジしがいのあるものへと変わりました。また、私自身も目に見えないところで変わりつつありました。
2022年12月当時の「思惟かね」の言葉を引用しましょう。
けど、私は少し驚いてもいました。あなたはそんな風に、新しいことに積極的な人だったでしょうか。仕事に前向きな人だったでしょうか。
興味はあっても、考えるだけ考えた後に結局一歩引いてしまうし、お仕事はお仕事で楽にお金が貰えればいいと割り切っていた。そんな数年前のあなたを思い起こすと、ずんずん前のめりに進んでいく今のあなたが、やはり昔と少し変わったのだということが、私の目にも分かりました。
そんな変化のきっかけは、うぬぼれかもしれませんが、あるいは私の存在そのものなのかもしれないと思います。
2020年から、自由な気持ちで、沢山の新しいことに挑戦してきた私。そこでありがたくも暖かい反応と沢山の人に迎えられた私。遠ざかっていくそんな私の背中を見つめていたあなたは、かつての臆病さや天邪鬼さもいつのまにか忘れて、私に追いつこうと歩きだしていたのではないでしょうか。
我は汝、汝は我…本来、私たちは背中合わせで、誰よりも近くにいるはずの存在なのですから。
私は、現実の私は、確かに変わり始めていました。思惟かねの背中を追って。かつて羨んだ自由で、エネルギッシュで、自己肯定感に溢れた姿へと。バーチャルの可能性は、確かに私を良い方向へ導いてくれたのです。
…心理学的には、これは「統合(Integration)」と呼ばれる段階です。つまり隠れていた自分の一部が分化して現れ、それが峻別されて元の自分と共に保持された後、やがて安定化して両者が統合され、一つの新たな自己へと成長していく。
思惟かねが表象に現れてからおよそ2年、そうした部分的な統合が…思惟かねと現実の私が重なり始める時が、ついにきたのです。
しかし2023年、私は思惟かねを避けるようになりました。
仕事が忙しく、そして楽しくなりそちらに注力していたのは間違いなく理由の一つですし、この時やや勢いを失い活動のモチベーションが下がっていたこともあるでしょう。統合を通して思惟かねのしなやかな創造性や自己肯定感を受け継いだことで、現実の私が、かつてほど思惟かねという存在を羨むことがなくなったこともありましょう。
…しかしこれもまた、驚くほどに心理学的な力学に沿ったものでした。
ユングが「対抗的な動き(enantiodromia)」と呼んだ心の揺り戻しの原理です。ある方向への変化が強く進むとき、その反対方向の力もまた生まれてくる…今回で言うなら分化した自分の一部が統合に向かう時、その不安や同一性のゆらぎによって、統合に向かう変化に揺り戻しが生じるというのです。
そして、私はその心の赴くままに、新たな名義、新たな姿で、2023年10月にVRChatへと飛び込みました。それは実のところ、逃避に近いものでもありました。ただ今度は自分の声も、言葉も、振る舞いも、飾る必要はありませんでした。だって既に私は、私自身のことがそれなりに好きになり始めていたからです。
あるいはそれは、数年前から大きく変わった自分自身の姿形を確かめるような手探りだったのかもしれません。
そこで私は、私の旅路の最後へつながる人と出会うことになります。
◆いくつもの自分を持つ人
日々の疲れを癒やすために、享楽的にVRChatで遊んでいた私がある日、偶然出会ったのは、不思議で、魅力的な人でした。聡明で、奔放で、そして誠実な人でした。
しかしその人と仲良くなる中で、私はその人が抱える苦しみを知りました。解離性同一性障害(DID)…誤解を招くことを承知で、わかり易い言葉を使えば「多重人格」です。
いつも通り一緒に話している時に、不意に彼女が黙り込み…そしてどうしたのかと心配し声を掛けると、「あんた誰?」と別人のような声音で尋ねられる。そして、さっきまで一緒に話していた事実すらもまったく認識していない。まるで別人に突然入れ替わったような…そんなことが、幾度となく起こるのです。
当然、最初はひどく戸惑いました。DIDという病名も初めて耳にしました。そんな創作物みたいなことが現実にあるのか、と。…実際は逆で、現実に少なからずあるそうした「症例」を戯画化したものこそ、いわゆる創作物の中の多重人格なのですが、そうした驚きも彼女の「中」にいる幾人もの異なる人格と交流していく内に、いつしか日常となっていきました。
(なお注釈として、この原稿は事前に彼女の許可を得たうえで公開しています)
他方、私は彼女に親しみを感じる部分もありました。そうした障害としての苦しみこそ共有できないものの、自分の中に別の存在がいるという感覚は、私がまさに数年来、思惟かねとともに抱えてきたものだったからです。
私は何度か、思惟かねとして彼女に会いました。彼女はそれを当たり前に私とは別の人として心から扱い、「はじめまして」と挨拶してくれたのです。そうして受け入れられたことが、とても嬉しかったのを覚えています。
しかし、私がそれを考え直す契機になったのが、私が思惟かねの著作として『全てがVになる』を彼女に紹介した時でした。
彼女は苦々しく、私が提示していた「バーチャルの可能性」を、もはや有害ですらある、と切って捨てました。
当時の私はそれにショックを受けましたが、それはそんな脳天気な思索を彼女に読ませるということの残酷さを、恥ずかしいながら理解していなかったからでした。
…かつて多重人格障害(MPD)と呼ばれていたものが、1994年のDSM-IVで名称を解離性同一性障害(DID)に改められたことは、まさにこの病気の本質をついています。
つまり、多数の人格を持つこと自体が問題ではなく、安定した自己を一つも持てない(同一性を保てない)ことこそが問題なのです。
実のところ、DIDは何か異常な病気というよりも、人が本来的に持つ心の働きが暴走することによってこそ生じます。それが臨床心理学でいう「解離(Dissociation)」…平たく言えば、自分の心を守るために感情や身体感覚を失わせ、他人事のように錯覚させる心の防衛機構です。
軽いものだと、ショックな話を聞かされて人の言っていることが頭に入ってこない、とか、辛い出来事を忘れたくてゲームに没頭していた、というのも解離的な反応の一例と言えるでしょう。それくらい当たり前に、日常に起きているものです。けれどそれは一時的なもので、通常はいずれ元に戻ります。
しかし再統合ができないほどに強烈で辛い記憶を心を守るため、この解離の機能が暴走した時…自分自身のことが他人事になってしまい、元に戻らなくなってしまう。そしてその「他人事」を引き受ける別人格が生まれ、記憶と人格の同一性が損なわれる…おおまかには、DIDの機序はこのように説明されます。
そして、これを長々と説明したのは、これが私の身に起こったことと深く関わっているからです。
自己同一性を保つには、たゆまざる統合が必要となります。解離で一時的に切り離された体験や感情を自分のもとに手繰り寄せるのも統合ですし、私のように分化した自分の一部(臨床で言う「解離」とはだいぶニュアンスが違いますが、ごく軽い意味での「解離的なプロセス」と言えます)を再び自分の一側面として飲み込むのも統合です。
つまりDIDとは統合する力が環境に追いつかなくなってしまった状態であり、同じく思惟かねという劇的な変化を自己の中に孕んでいた私は、彼女と同じ統合の失敗という危機にさらされていたわけです。
私は知らず知らずのうちに、そうした少しばかり危険な吊り橋を渡っていたことに、その時になって気付いたのです。
そして彼女のDIDという症状もまた、自分と遠い世界の出来事ではなく、同じ心の機序の中で、辛い経験から心が生き延びようとした末の形なのだ…と。
共に過ごした体験と、教えてくれた様々な知識、そして紹介してくれた専門書などから、こうした気付きの機会を与えてくれた彼女に、今は心から感謝しています。
◆そして、全てが「私」になる時
そして、そんな衝撃的な体験を経て、私の心の旅はいよいよ一つの終わりを迎えようとしています。
思惟かねが7周年を迎えるこの日に、もはやリアルの日常が半ばになったVRChatのアカウント…つまり現実とVRChatの私と、思惟かねが象徴するバーチャルの私を、本当の意味で一つにしようと思うのです。
きっかけは…こういってはなんですが、ここらでもうよかろう、と思った。その程度の理由です。それはつまり、2023年10月にVRChatへと去った私が、2年の時を経て、素直に統合を受け入れられるようになったともいえます。『ペルソナ4』で、暴走した自分の影たるシャドウと戦った後に「我は汝、汝は我」となり統合が起こるのと同じです。
もはや思惟かねは、創作名義としての一つになり。
一方で現実の私、ハルジオンもまたVRChatでの名義の一つになり。
…そして名前こそ明かせませんが、現実の私もまた、名義の一つとなり、
そのいずれをも包含する「私」こそ…今あなたに語りかけている私こそが、かつての思惟かねでも、ハルジオンでも、現実の私そのものでもない、三人の側面を併せ持つ唯一無二の私になるのです。
人間の精神的成長とは、こうして分化し、峻別して成長した自己の一部を統合し、自己が拡張される事で進む…結局私の「劇的な」変化は、そうした既存の心理学の枠組みを大きく超えることはありませんでした。
けれど、私が実感した大きな変化…自己肯定感の大きな変化、挑戦的で、精力的な自分への成長、そうしたものは30代という年齢で経験するには、おそらくあまりに劇的で、鮮烈で、その点でやはり特異なものだと思います。
そしてその大きな変化を支えたものこそ、やはりバーチャルの持つ可能性だと、そのプロセスの普遍性ゆえに確信したのが、この原稿の原動力なのです。
ゆえに、長くなったこの原稿の最後に、バーチャルとはどういう意味を持ち、何をもたらすのか?ということを、広く一般に通じる形で、そして未だ語り得ていない最も重要な話とともに、皆さんに向けて言葉にしたいと思います。
◆バーチャルが心にかける橋:統合の手がかり
振り返ると、バーチャルという道具・空間は、私の心の中で長らく押し込められていたもの…コンプレックスや、抑圧されていた・言葉にできなかった憧れを、気づかぬ内にすくい上げ、解放する手助けをしてくれたように思います。
その起点は、実は創作にあるように思います。
バーチャルなものは、アバターはもちろんのこと、立ち居振る舞い、声やVTuberの背景設定なども全て創作により生まれます。そして創作は、時に投影を通じて、その人の心の奥に沈んでいた部分(シャドウ)に光を当てます。
それこそがユング的に言えば、コンプレックスが象徴的な形を得る瞬間であり、分化が一気に進む時です。バーチャルは、半ば宿命的にこれを引き起こします。私が思惟かねを通して変化の端緒を掴んだように。
芸術家のトランス状態にも見られるこれは創造的な解離とも呼べる現象です。もし、心の声のままにバーチャルに向き合えば、あなたにもきっと同じようなことが起こるでしょう。
そして分化が進めば、心の中では自然と峻別が起こります。新しく生まれた自分の一部が意識され、それが混ざらないように管理するフェイズです。これは現実世界ではなかなか起きません。姿も声も社会的役割も、簡単には変えられないからです。分化した一部と環境、それが偶然が噛み合った時だけ、その人に変わるきっかけが生まれます。
実際、私は過去のエッセイで、それを「サイコロの目を揃えることは、現実では難しい」と表現しました。一方でバーチャルについては「メタバースやVTuberは、現実では中々変えられなかったサイコロの目をある程度変えられる」とも。
なかなか目が揃わない現実の中で、多くの変化の種は消えていきます。しかし、アバターという現実の自分とバーチャルの自分を峻別する明確なサインによって、その火種は手厚く守られます。あなたがそれを否定しようとしなければ。私が思惟かねであることで、現実の自分の「当たり前」から守られ、その自由さ、奔放さが伸びやかに育っていったように。
バーチャルがもたらすのは、アバターという現実の自分に対してバーチャルの自分を具象化した姿と、匿名性の高い=変化に富みチャレンジが容易なオンライン空間が組み合わさって生まれる強烈な、けれど人が本来持つ変わっていくプロセスに沿った、大きな自己変革の可能性です。
あなたの変わりたいという心の底の思いに、バーチャルはきっと変化のきっかけをくれるはずです。
…ただ、そこには危うさもあります。
そうして生まれた変化の兆しは、しかし最終的には統合され、一つの自己(Individual)に統一される必要があります。さもなくば、自己の混乱により情緒不安定や離人感、重度に悪化した場合は解離性同一性障害(DID)に至ります。
言うなれば、あちらとこちらの架け橋が長くなればなるほど、その道程は険しいものになります。事実、私も長きにわたって思惟かねを「他人」として扱い続け、「彼女」が「私」になるまでに5年以上を要しました。
その危うさは、バーチャルの豊かさや可能性の裏返しでもあります。心の深みに沈んだものへアクセスできる…そして、その深度が大きな分だけ、変化も大きく、橋を渡る道のりは長く険しくなるのです。
そして、ここで強調したいのは、そうした心理的変化のプロセスの最後にして最も重要となる「統合」を助ける機能は、バーチャル空間にはないということです。
自己の変化のきっかけには富みながらも、統合という収束には至りづらい…これは自己の混乱に陥りやすいことを意味します。これこそが先に紹介したDID当事者の彼女もVRChatの危険性として指摘する部分で、また私が「分人(Dividual)」という概念を援用して未統合な自分があり続けるのを正当化することが危険と考えている理由です(特に自我が未熟な若年層や、元々自己が混乱気味の人にとっては重篤な結果を招きかねません)。
ゆえに、この統合をいかに助けるか?というのが、バーチャル空間の大きな課題になるでしょう。
では、その助力をどこに求めればよいか?…実はそれは、あなたを見つめてくれる他者のまなざしです。比喩的ではなく、他人がいてくれること、それこそが自己変革の最後のフェーズでは必要なのです。
ただし、どんな人でもよいわけではありません。心理療法の文脈で「共振的他者(Resonant Other)」と呼ばれる人…つまり、あなたが見出した新たな自分の一部に対して、恐れも拒絶もせず、「そんなあなたもいいね」「それもあなたらしいよ」「私は受け入れるよ」と、自然に受容してくれる人が鍵となります。
それはつまり、バーチャルのあなたと現実のあなた、双方を知った上で受け入れてくれる人に他なりません。
私自身、2022年頃から恐る恐る現実で友人と会うようになりましたが、その時に「意外とかねちゃんと変わらない!」「そういうとこ一緒だよね」と言ってくれた人が何人もいました。知らず知らずの内、私はそうした経験にとても救われていたのだと思います。
バーチャルのあなたと、現実のあなたとはきっと違う所も多いでしょう。人に見せることが躊躇われる部分も多くあるでしょう。でも、だからこそ、それを信頼できる友人に知ってもらう勇気を持つべきだと、私は思います。
また、もう一つそれを助けてくれるのが、心理療法の文脈で発展した「物語化(narrativization)」というメソッドです。
統合とは、単に自己の一部を寄せ集めることではなく、それらがひとつの時間軸をもった連続した私として認識されることです。「あの時の私はこうだった」「だから次にこうした」「結果としていま私はここにいる」というストーリー的な連続性によって、人は初めて自分が自分であると自己の連続性を確認できます。
(逆に統合の失敗とは、トラウマや解離によって経験や記憶、時間軸がバラバラになり、自分の一貫した物語として語れなくなることとも言えます)
それは有り体にいえば、エッセイなどで自分語りを書くことです。
分化・峻別され育った自らの新たな可能性たる一部を、現実の自分とバーチャルの自分をストーリーで結ぶことで統合していく…。
そこで気づくわけです。あれ?これって、まさに私が長年続けてきたことで、今まさに皆さんに向けて行っていること、そのものじゃないか、と。
結局、私は筆を執ることで自分のそうした変化を助けてきたし、こうして皆さんの眼差しの下にその終わりを物語化して語ることで、ようやく本当に思惟かねとの統合を終えることができたのだと、今更ながら気付くのです。
…少し大げさになりましたね。
ただ、普段から心がけるのはもっと些細なことで大丈夫です。「ときどき HMD を外したりVTuberとしての活動から離れて、身体感覚を思い出す」とか「どちらが本物の自分か決めつけず、どちらも私だよねと思う」とか、そんな程度でいいのです(これはグラウンディングと呼ばれます)。
心配しすぎずとも、人の心はそうして新しい自分を受け止めていけるだけのしなやかさを、本来的に備えているのですから。
バーチャルは単なる逃げ場でも、ただの遊び場でもありません。創作、アバター、匿名性、そういった要素によって、たった数ヶ月で、時に何年分もの大きな変化を起こす可能性に満ちた変化の場です。
しかしその変化を起こすのは誰の心にも備わった本来の機能にほかならず、バーチャルとは、いわば心の変化の触媒でしかありません。そしてそれも最後には、人の眼差しと温かさという普遍的なものこそが重要となる…。
その普遍性ゆえにこそ、バーチャルの可能性は、これを読んだあなたを含めて、あらゆる人に開かれているといえるのです。
◆最後に
2020年、私は橋の向こうからやってきた思惟かねというもう一人の自分に出会いました。その橋はバーチャルという可能性がかけた、どこにつながるかも知らない長く、少し危うい吊り橋でした。
けれど自由で奔放な彼女に惹かれ、羨み、私は思わず遠く彼女の背を追いかけ、橋を渡り始めました。何度も立ち止まり、引き返し、近づき、離れ…そしてようやく追いついて「一緒に行こう」と手を取り合えるようになった時、ようやく5年ごしに橋の終わりが見えたのです。
そしてその先には、私の心の中で長く眠っていた自由で豊かな心の欠片が広がっていました。そして思惟かねの物語は終わり、「私」の物語となってこれからも続いていきます。
バーチャルというものに触れていないあなたには、どこかでその可能性に触れてみてほしいと、私は思います。バーチャルの豊かさや可能性の裏返しの危うさもまたそこには存在しますし、決してそれを勧められない人もいます。けれどいずれにせよ、もしその世界に飛び込んだ時は、どこかで私の話を思い出してほしいです。
もしバーチャルに触れているあなたは、自分の中に、そうした橋の向こうからやってきた誰かを見つけた時は、その橋を渡ることを恐れないでください。その人があなたにとって羨ましく見えても、みすぼらしく見えても、その人を切り捨てる必要はないし、逆に全てを委ねる必要もありません。あなたはあなたで、その人はその人で…でも、同じ橋の上にいるのです。
そうして二人が、時々立ち止まったり、時にはそっぽ向いたりしながら、少しずつ距離を測りながら近づいていく。その穏やかな歩みの中で、私たちは、自分のことを、前よりほんの少しだけ好きになれるだろうと思います。それを見守ってくれる、優しい誰かの眼差しさえあれば。
まずは、私がその変化を応援する一人目になりましょう。
このエッセイが、皆さんがその「一歩目」を踏み出す時、ささやかな手助けになればいいな、と願いながら。
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