生まれて初めてバスった
宇宙に喜び多からんと書いて宇喜多・W・要出です。タイトルの通り、バズリました。今までの人生でこれほどのバズリはなかった。
提案したんですよ!
— 宇喜多・W・要出@ウィキペディアンVTuber (@UkitaWKanamede) June 11, 2025
「寄付のお願いのバナーは翻訳調が強すぎる」って!
「日本人ボランティアが推敲しますよ」って!
そしたら「チームに持ち帰ります」って返答があって、それであの文面ですよ!https://t.co/LPeo9sVEB1 https://t.co/k7NxQMIzq2
これだけバズったんです。みんなあの文言が気に障ったのでしょう。
このポストを読んだ人がもしも、「財団に愛想がつきた!」などと言いだしたら、それでもしも寄付が減りなんてしたら、寝覚めが悪いというものです。寄付をするよう促すポストをぶら下げておきました。
もしこのポストのせいで寄付が減ったら私の寝覚めが悪いので、皆さん寄付をお願いします。https://t.co/dbuWEEQeyZ
— 宇喜多・W・要出@ウィキペディアンVTuber (@UkitaWKanamede) June 11, 2025
あんまり伸びていません。
他にも不満を表明するポストがありました。こちらです。
#jawp 毎年財団にあれはやめてくれと言ってるのにまだ対応してくれません。今年なんか私が無料で訳すから日本語だけでもナチュラルにしてくれって言ったのに間に合わずに出た… https://t.co/ec4R885mml
— saebou (@Cristoforou) June 11, 2025
同じ引用元から、同じような発言をして、フォロワーの少ないほう(私)がよりバズったのです。
そりゃあ前のポストほどとはいいません。それにしたって後のポストだってバズったっておかしくないはずです。では、なぜ差がついたのでしょう。投稿した時間帯の差もあるでしょう。人気商売は水物、と言ったらこの議論はおしまいです。ビックリマークの数でしょうか?
割と本当に、ビックリマークの数だと思っているんです。私。
感情を見に来ている
このタイミングで丁度、私はこんな切り抜き動画を見たんです。
視聴者は感情を見に来ている
チャイカは最近面白いことあんま言えてないかも
でも大丈夫なんだ
困ったら泣きさけんどけば視聴者は喜ぶ
ボクピエロ
「感情を見に来ている」。私や他のウィキペディアンの発言もあった中で、最もビックリマークの多かった発言が最も伸びた原因は、「感情を見に来ている」からだと私は思います。理路整然と根拠を挙げるよりも、共感と声の大きさが重視される世界になってきたのではないでしょうか。
すなわち、「持ち帰りますと言って、結局どうにもなっていなかったこと」が共感を呼んだのでしょう。ビックリマークの多さが感情の起伏の大きさとうけとられたのでしょう。実際、私がVTuberの切り抜き動画に求める内容はまさにこの二つです。あるあるの言語化と大声です。そうやって再生回数が増えれば、収益につながります。いまや感情の高ぶりはお金に変換できるのです。
感情をお金に変換できる時代
私はもう一つ、寄付バナー消しについても投稿したのですが、これもまたいまひとつ伸びないのです。むしろこの謝意の方を広めたいのですが、感情が高ぶっていないためか、広まりません。
Wikipediaの寄付のバナーは、いくら(何回でも、何円でも)寄付しても消えません。
— 宇喜多・W・要出@ウィキペディアンVTuber (@UkitaWKanamede) June 14, 2025
アカウントを作ればバナーは消えます。
寄付をしなくても消えます。
ウィキペディアンとして、この仕様には賛成です。新たにウィキペディアに参加してくださる方が何百倍もありがたいのです。
ウィキペディアで記事を書く時も、感情はほぼ必要ありません。書き始めるときにモチベーションとして高ぶりが必要かもしれません。で、書き始めたら出典に従うまでです。ウィキペディアで感情が高く評価される場面は……ちょっと思いつきません。
そしてウィキペディアンが記事を何本かいても、お金を稼ぐことはできません。感情の高ぶりをお金に変換できることを考えれば、さもありなん、逆もまた然りでしょう。
インターネット上でわたしたちの感情が高ぶったとき、わたしたちはお金や時間を奪われる可能性が高いわけです。例えば、激怒や安堵を促すショート動画はこの世にあふれています。自分の感情を動かそうとしているな、インターネット上で感じたら、まず最初にその場を離れた方がよさそうです。
なんてさもしい時代でしょう。
「感受性が強すぎると不幸をもたらし、感受性がなさすぎると犯罪に導く」
でも、弱い心の人はやらない方がいいかも



コメント
1ビックリマーク(感情の昂ぶり)がバズり、あるいはお金になるという視点は面白いですね〜!
確かに自分が街中を歩いていたとして、大声で何か叫んでる人がいたら思わずどうしたんだろうと内容を聞いてしまいそうです。ネットも同じなのかもしれませんね!